MAD et LEN(マドエレン)― 失われた記憶の香りを、よりリアルな香りを。

ブランド創業者

「2007年、私たちのアイデアはスモールスケールの職人的生産にあった。ほとんど使われていなかった技術で:手作りのアイアン、ハンドブレンドのパルファム、手詰めのボトル、すべてを私たちのチームによってアトリエの中で。」

— Alexandre Piffaut(マド エ レン 共同創業者)

基本情報

  • 設立年: 2007年
  • 創設者: Sandra Fuzier(サンドラ・フュジエ)、Alexandre Piffaut(アレクサンドル・ピフォー)
  • 拠点: フランス南東部、オート=プロヴァンス=アルプ県、サン=ジュリアン=デュ=ヴェルドン(Saint-Julien-du-Verdon)
  • 公式サイト: https://madetlen.com

創設者・ブランドの成り立ち

パリを離れた日から

マド エ レン(MAD et LEN)の物語は、パリの喧騒に疲れた二人の人間が、もっと手で触れられるものを作りたいと思った決断から始まる。

共同創業者のサンドラ・フュジエとアレクサンドル・ピフォーは、元々パリを拠点に働いていた。サンドラのLinkedInプロフィールによれば、彼女はブランディングや出版、デジタルメディアにわたるアートディレクターおよびグラフィックデザイナーとしてのキャリアを持ち、大手広告代理店「Havas Worldwide Pulp-Design」でシニアアートディレクターを務めた経歴もある。 アレクサンドルについては、フランスの名門校レンヌ大学を経たことがLinkedInに記載されているものの、ブランド設立前の職歴の詳細は公開情報では確認できなかった。

いずれにしても、二人がパリのオフィスで消耗することに限界を感じたことは、ピフォーが後のインタビューで示唆している。彼らは手で作ることへの渇望を抱え、2007年、南フランスへと移住する決断を下した。

ヴェルドン渓谷での根づき

二人が選んだのは、プロヴァンス南東部の山岳地帯に佇む小村、サン=ジュリアン=デュ=ヴェルドンである。 標高800メートルに位置するこの土地は、ヴェルドン自然公園の豊かな自然に囲まれており、 世界的な香水の産地グラースにも近い。 フランス調香産業の職人たちが守り続ける伝統の技術と素材に、彼らはすぐ手が届く距離にいたのだ。

「自然を取り囲むアトリエが、パルファムやキャンドル、装飾品を作る際のインスピレーションの主な源泉だ」と、公式サイトは語る。 同時に二人は、アフリカ、マレーシア、ニューカレドニア、フィジー諸島など世界各地での旅の経験を持ち、そのグローバルな記憶もまた香りに封じ込めようとした。

ブランド名に宿る、プルーストの「マドレーヌ」

ブランド名「MAD et LEN」は、フランス語で焼き菓子を意味する「マドレーヌ(Madeleine)」に由来する。 より正確には、マルセル・プルーストによる20世紀の大作『失われた時を求めて(À la recherche du temps perdu)』の冒頭、主人公が紅茶に浸したマドレーヌをひとかじりした瞬間に幼少期の記憶が怒涛のように蘇るシーンからのインスピレーションだ。 同著の原文では「mad.len」と表記されており、それがブランド名の由来となっている。

このエピソードにちなみ、嗅覚や味覚によって過去の記憶が引き起こされる現象は「プルースト効果」とも呼ばれる。 記憶を呼び起こす香りを作る、というのは単なるコンセプト上の美辞ではなく、マド エ レンの製造思想そのものである。

プルーストの言葉が、二人の姿勢を言い表している。スタイルツァイトガイスト誌は、次の一節をブランドの精神として引用している:

「長い過去から何も残らないとき、人が死に絶え、物が壊れ散らばったとしても、香りと味だけは長く漂い続ける、魂のように、私たちを思い出させようと待ち望み、廃墟の中で揺るがない……」

— Marcel Proust, Du côté de chez Swann(スワン家のほうへ)

アポセカリー(薬局)の伝統を現代に

ブランドを設立した際、二人が選んだ生産モデルはアポセカリー、すなわち古き調剤薬局のそれだった。 すべての製品は受注を受けてから製造する少量生産(小バッチ生産)を基本とし、パラフィン、PEG、石油系合成物質、人工着色料・保存料を一切使用しない方針を貫いている。 天然素材を季節のサイクルに従って調達し、その時期に応じてできあがる香りの印象が微妙に異なることも、品質の証として誇りとしている。

マド エ レンでは、自社の香りを調合する専門家を「ビオロジスト(biologist)」と呼ぶ。すべての素材が天然由来であるため「ケミスト」ではなくそう名乗っているのだという。 例えば、パチョリ精油のエイジング(熟成)には2年間を要する。 これほどの時間と手間を惜しまないことが、マド エ レンの香りの深さと独特の重厚さを生み出している。

ブランドのこだわり

「アンチ・ラグジュアリー」な美学

マド エ レンのビジュアルアイデンティティは、他のいかなるニッチ香水ブランドとも一線を画す。その象徴は、黒く焼きしめた鉄の容器だ。

スタイルツァイトガイスト誌は初見でこのブランドを発見した際の印象を「ポイントを突いたアンチ・ラグジュアリー(pointedly anti-luxury)」と表現した。 磨き上げられた光沢や金箔ではなく、錆び、傷、歪みを「不完全な美」として積極的に肯定するこのデザイン思想は、素材と職人の手の痕跡を正直に見せることに美を見出している。

鉄の器は、伝統的な製法を持つ職人によって圧延鋼を使って完全な手工程で制作され、溶接も火による黒化処理もすべて手作業。 容器そのものがひとつひとつ異なる表情を持ち、「真にユニークなクラフツマンシップの証」と公式は謳う。 キャンドルを燃やし終えた後も、小さな鉄の壺として手元に残り続けるというのも、使い捨てを前提としない姿勢の現れだ。

最近では、2025年に「The Bell(セラミック・キャンドル)」というシリーズが登場し、黒い磁器と素朴な陶器という二つの新素材に挑んでいる。いずれもリモージュの伝統と、ヴェルドンのアトリエでの手仕上げを組み合わせたものだ。

精油は薄めない

ピフォーは自社の調香哲学についてこう述べている:

「私たちのパルファムは即座に力強くあることを目指しています。そのため高濃度で仕上げています。これにより、原材料が持つ本来の可能性を最大限に引き出した『よりリアルなパルファム』を提供できます。その強烈な表現力と、より荒削りな側面を輝かせます。」

— Alexandre Piffaut

この言葉通り、マド エ レンは精油を希釈しない。 これがキャンドルやポットポプリ、オードパルファンを最初に使い始めた瞬間の「打ちのめされるような」香りの強さを生む。だが、それは圧迫的ではなく「ちょうど良い音程(right pitch)」だと評者は記す。

また、ブランドはパラフィン(石油由来ろう)を排除し、植物性ソイワックスを使用。コットンウィックに手で注ぐキャンドルは、燃焼中も空間をしっかりと香りで満たす。

独立・自律のアトリエ

フランスのメディアsuadnly.frによれば、マド エ レンはいかなる銀行や外部投資家にも頼らず、自律的な財務独立を保ちながら運営する独立系のメゾンである。 少人数のチームで、小規模生産を維持しながら、「長持ちするものを作る」という明確な意志がある。生産量を意図的に絞ることで、品質と希少性を担保し続けているのだ。

香水ラインナップ

ポットポプリ — ブランドの「顔」

最も知名度が高いのがポットポプリである。 琥珀樹脂(アンバー)や溶岩石(ラバロック)、カラフルな天然鉱石を鉄の器に詰め、精油を数滴垂らして使う。 溶岩石の多孔性の表面構造が精油を特によく吸収し、ゆっくりと放出するため、拡散が長持ちすると言われる。

容器のサイズはレギュラーからグランまであり、精油はリチャージオイルとして単体でも販売。香りのラインナップはブランド全体と共通で展開される。

オードパルファン — 大地と自然の言語

オードパルファンのラインナップは、自然の情景を言葉のように香りに翻訳することを試みている。以下は代表的な香りと、その世界観を示すブランドの詩的なコピーである。

  • テレノア(Terre Noire):腐葉土、樹皮、化石化した松、古いオーク。”暗黒の大地の静かな精霊” と表現される、ブランドを代表する香り。
  • レッドムスク(Red Musc):燃える炭、青いアルコールの炎、センシュアルなムスク。”火は官能性と情熱” とされ、ラインナップ中もっとも人気が高い。
  • スピリチェーレ(Spirituelle):ミント、ヨモギ、ビターオレンジ。”カフェ・ロワイヤルのアラビアン・ナイト” を喚起するフレッシュ・ハーブの香り。
  • グラファイト(Graphite):モノクロームの鉛筆、チョーク、切り取られた木。「大工の手で使い古されたチョークペンシル」という比喩で表現される、唯一無二のドライな香り。
  • ヴェチバー・ブコリック(Vetyver Bucolique):濃いベチバー、タバコの緑、黒い蜂蜜。ビザンティンのフレスコ画を思わせる威厳ある構成。
  • ヒュムス(Humus):ベチバー、ロシアン・ブルーパイン、キノコ、オークモス、バイオレット。生々しい腐葉土の香りから、やがてフローラルに移行する芸術的な変化が特徴。
  • パナメ(Paname):スエード、パリのカフェのタバコ、野生の草。パリの別名「パナメ」を冠し、都会的な情景を描く異色の香り。
  • ダークウッド(Darkwood):スモーキーなダークアロマ、エボニー(黒檀)の香り、タール、古い焼けた樹皮。アフリカの奥地をイメージした木質系。

香水はドイツ製の遮光ブルーボトルに入り、手作りのアイアンボックスとともに展開される。 天然素材を用いるため、原料の収穫状況や時期によって、一時的に製造できない香りが生じることもある。これもマド エ レンが自然に従う姿勢の証拠である。

ちなみに…

  • マド エ レンは公の場への露出を好まないブランドとして知られており、初のパリ旗艦店オープン(2019年、ガレリー・ヴィヴィエンヌ27番地)も、ファッションウィーク終了後にほぼ無告知で静かに行われた。 ローライアルに近いこのアーケード商店街は、19世紀のパリの雰囲気を残す場所であり、マド エ レンの世界観とも共鳴している。
  • ブランドが日本のファッション界から高い評価を受けていることも特筆に値する。2020年、Jun Takahashiが率いるアパレルブランド「UNDERCOVER(アンダーカバー)」とのコラボレーション・カプセルコレクションを発表。 通常のラインナップにはないピラミッド形や三角形の特別設計のアイアン容器に「Buddha Paper(ブッダ ペーパー)」キャンドル、「Black Mysticism(ブラック ミスティシズム)」トルマリン&黒曜石ポプリ、「Holy Fig(ホーリー フィグ)」ルームスプレーの3点が収められた。 このコレクションは日本先行発売となり、アンダーカバー各店舗、GINZA SIX、ドーバー・ストリート・マーケット銀座などで取り扱われた。
  • また、ブランドの国際展開という観点では、2022年5月に台北・信義誠品にフランス国外では初となる旗艦店をオープン。 さらに2023年11月には東京・蔵前(台東区)に日本初の旗艦店を出店している。 東京の旗艦店は、職人の技とアートが息づく下町エリアを意識した立地選びとのことで、 マド エ レンらしい静かな審美眼を感じさせる。
  1. “Mad et Len: In Search of Lost Scent” – Style Zeitgeist – https://www.stylezeitgeist.com/mad-et-len-in-search-of-lost-scent/
  2. “Holiday Gift Ideas: Mad et Len Artisanal Candles” – Jenni Kayne Rip & Tan(アレクサンドル・ピフォーへのインタビュー掲載)– https://www.jennikayne.com/blogs/ripandtan/holiday-gift-ideas-mad-et-len-artisanal-candles
  3. “MAD et LEN story and history” – 公式サイト – https://madetlen.com/en/la-maison
  4. “About : MAD et LEN” – DOUBLE’H ML STORE(日本公式) – https://store.doubleh.jp/pages/about
  5. “Our Scents : MAD et LEN” – DOUBLE’H ML STORE – https://store.doubleh.jp/pages/our-scents
  6. “The arrival of Mad et Len at Nose” – Nose Paris – https://noseparis.com/en/l-arriv-e-de-mad-et-len-chez-nose
  7. “Mad et Len Room Fragrances and Candles from France” – Rawlooks – https://rawlooks.com/brand/mad-et-len/
  8. “法國最有個性的質感香氛MAD et LEN海外首間旗艦店在台灣” – Marie Claire Taiwan – https://www.marieclaire.com.tw/beauty/perfume-and-nails/65387
  9. “Mad et Len: A Journey into Scented Memories and Handcrafted Elegance” – Mono-Krom – https://mono-krom.com/en-il/blogs/behind-the-labels/mad-et-len-a-journey-into-scented-memories-and-handcrafted-elegance
  10. “Mad et Len” – Enter the Loft – https://entertheloft.com/pages/journal-mad-et-len
  11. “MAD et LEN Opens Paris Store” – Style Zeitgeist – https://www.stylezeitgeist.com/mad-et-len-store/
  12. “UNDERCOVER x Mad et Len Fragrance Capsule Collection” – Hypebeast – https://hypebeast.com/2020/3/undercover-mad-et-len-home-fragrance-capsule-collection-release-info
  13. “UNDERCOVER × MAD et LEN コラボカプセルコレクション” – Highsnobiety Japan – https://highsnobiety.jp/p/undercoverxmad-et-len/
  14. “【SHOP GUIDE】 MAD et LEN Tokyo Flagship Store” – YouTube(Wataru & Ryo)– https://www.youtube.com/watch?v=vzaYGXFI_78
  15. “Témoignage de Mad et Len” – Team France Export – https://www.teamfrance-export.fr/temoignages/mad-et-len
  16. “Mad et Len. Éloge de l’ombre” – Sudnly – https://sudnly.fr/deco/mad-et-len-eloge-de-lombre/
  17. “Sandra Fuzier” – LinkedIn プロフィール – https://www.linkedin.com/in/sandra-fuzier-62356889
  18. “Alexandre Piffaut” – LinkedIn プロフィール – https://www.linkedin.com/in/alexandre-piffaut-925a37233
  19. “MAD et LEN(マドエレン)の香水「パルファンミスト」人気の香りから芸術的な香りまで全種類紹介” – Lounge Sai – https://loungesai.com/en/blogs/note/mad-et-len-eau-de-parfum
  20. “Mad et Len (マドエレン) ポットポプリ ルームフレグランス” – SOUTH STORE – http://southstoreokinawa.com/mad-et-len-マドエレン/