KENZO Parfums(ケンゾー パルファム)――一片の詩を分かち合う。誘惑や幸福ではない香り。

ブランド創業者

「私が人に影響を与えていると言われるのは嬉しい。しかし私は、私が影響を与えていると言うこの世界に、影響を受けているのだ。私が生きるこの世界こそが、私のインスピレーションなのだから」
― ケンゾー・タカダ(高田賢三)

基本情報

  • ブランド名:KENZO Parfums(ケンゾー パルファム)
  • 設立年:1970年(1988年、フレグランス部門)
  • 創設者:高田賢三
  • 本拠地:フランス・パリ
  • 親会社:LVMH モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン
  • 公式サイトkenzoparfums.com

創設者・ブランドの成り立ち

姫路に生まれた少年の夢

高田賢三は1939年2月27日、兵庫県姫路市に生まれた。ホテルを営む家庭の7人兄弟の5番目として育ち、幼い頃からディスレクシア(読字障害)を抱えていた。言葉による表現が得意でなかった少年は、やがて別の表現手段を見出すことになる。

「僕はまるで、話し方を知らないかのように感じる」
― ケンゾー・タカダ

ファッションへの関心は、姉たちの雑誌をこっそり読むことから始まった。両親の希望で神戸市外国語大学に進学するが、入学間もなく父が他界。賢三は家族の反対を押し切って大学を中退し、1958年、男子学生に門戸を開いたばかりの東京・文化服装学院へ入学する。彼はその最初期の男子学生の一人であった。

「大学は……僕向きではなかった」
― ケンゾー・タカダ

最初の1年は苦難の連続だった。周囲との実力差に打ちのめされたという。

「東京のデザイン学校に入ったとき、すべてにおいて自分が劣っていると感じた。そのレベルに達していなかった。何もかも理解できなかった」
― ケンゾー・タカダ

しかし賢三は粘り強く学び続け、1961年には装苑賞(Soen Award)を受賞するまでに成長する。装苑賞は日本最長の歴史を持つファッション雑誌『装苑』が主催する新人デザイナーの登竜門であり、後に山本耀司やコシノジュンコなど世界的デザイナーを輩出することになる。在学中は三愛百貨店で月に最大40点ものレディースデザインを手がけ、実践力を磨いた。

1ヶ月の船旅、そしてパリへ

賢三のパリへの憧れを育てたのは、パリのシャンブル・サンディカル校(L’École de la chambre syndicale de la couture parisienne)で学んだ恩師・小池千枝であった。イヴ・サンローランのデザインに魅了されていた賢三にとって、パリはまさに夢の地だった。

転機は1964年の東京オリンピックの準備に伴い、賢三のアパートが取り壊されたことで訪れる。政府から支払われた立ち退き補償金を手に、恩師の助言に従って船旅を選んだ。香港、サイゴン、ムンバイ、マルセイユを経由する約1ヶ月の航海は、賢三のクリエイターとしての原点となった。

「飛行機ではなく、長い旅に出なさいと言ったのは大学の先生だった。そしてそれは正しかった。香港、ボンベイ、ジブチ、コロンボ、カイロ、マドラス。寄港先のすべての都市が、それぞれに視覚的な衝撃だった。あの記憶は永遠に消えない。あの船旅、私の最初の旅は、人生で最も素晴らしい体験であり、その後のすべてのコレクションの糧となった」
― ケンゾー・タカダ(パレ・ガリエラ美術館インタビュー、2014年)

1965年1月1日、賢三はパリ・リヨン駅に降り立った。しかし「光の都」の第一印象は、夢に描いていたものとは程遠かった。

「リヨン駅、なんて悲しい場所だったのだろう!『光の都』はどこに? すべてが暗かった。『なんてことだ、ここで何をするんだ?』と思った」
― ケンゾー・タカダ

だが、タクシーの窓から見えたノートルダム大聖堂のライトアップに心を動かされ、パリに残ることを決意する。「見事だった(magnifique)」と後に語っている。

異邦人のパリ生活 ― 5フランのスケッチから

フランス語もろくに話せず、知人もいないパリでの生活は厳しかった。賢三はファッションハウスにスケッチを売って生計を立てた。最初に買ってくれたのはルイ・フェロー(Louis Féraud)で、5枚を1枚5フラン、計25フランで購入してくれた。

「その成功を胸に、ELLE誌の本社がある Réaumur通りに向かった。上の階に行って、誰かに会えないかと尋ねた」
― ケンゾー・タカダ

ELLE誌の担当者は10枚のスケッチを1枚10フランで買い上げ、さらに作品を売り込める先の住所リストまで教えてくれた。こうした地道な努力の中で、賢三はテキスタイルメーカーのピサンティ社に就職し、滞在許可証を得ることができた。

母の着物姿は、異国の地での創作を支える大きなインスピレーションであった。

「母に魅了されていた。彼女は常に存在感があり、着物がとてもよく似合う、信じられないほどエレガントな人だった」
― ケンゾー・タカダ

ジャングル・ジャップ ― 200ドルの布地から生まれた革命

1970年、蚤の市でたまたま知り合った女性から、ギャルリー・ヴィヴィエンヌ(Galerie Vivienne)の小さなスペースを安く借りる機会を得る。賢三はそこに自分のブティックを構え、画家アンリ・ルソーの『夢』に着想を得たジャングル風の壁画を自ら描いた。故郷の自然とジャングルのイメージを重ねて「Jungle Jap(ジャングル・ジャップ)」と名付けた。

手元にはわずかな資金しかなく、モンマルトルのサン・ピエール市場で200ドル分の布地を購入してファースト・コレクションを制作した。プロのモデルを雇う余裕もなく、ニキビだらけのモデルのニキビを緑色に塗るという大胆なアイデアでショーを乗り切った。

この型破りなデビューは、パリのファッション界に新風を吹き込んだ。1970年6月、ELLE誌の表紙に賢三のデザインが掲載される。当時のパリは、ディオールやサンローランらクチュールメゾンが君臨する閉鎖的な世界であったが、賢三は日本の着物からアフリカのモチーフ、ボヘミアンスタイルまで、世界中の文化を自由にミックスする「エスニック・シック」で旧来の価値観を揺さぶった。

「僕は日本の影響とヨーロッパの文化を混ぜ始めた。日本の素材やカッティングをヨーロッパのファッションに持ち込んだんだ。そしてすぐに他の文化にも影響を受け、世界中の要素をミックスするようになった。それは当時の市場にとってとても新鮮なことだった」
― ケンゾー・タカダ(W Magazine、2017年)

1976年、パリのプラス・デ・ヴィクトワール(Place des Victoires)にフラッグシップストア「KENZO」をオープン。1978〜79年にはサーカスのテントでファッションショーを開催し、フィナーレで自ら象に乗って登場するなど、ショーをエンターテインメントとして昇華させた。

「僕にとって、パリでファッションをやること、ファッションショーを開催することは、パーティーをすることとすぐに混同された。そこに生きる喜びがあること、男女が踊っていること。驚きがあること。それがパリだった」
― ケンゾー・タカダ

LVMHへの売却、引退、そして永遠の別れ

1980年代、ケンゾーの年間売上は1979年の3,000万フランから1984年には2億4,000万フランへと急成長した。しかし1990年、人生のパートナーであったフランス人建築家グザヴィエ・ド・カステラ(Xavier de Castella)がエイズで亡くなり、ビジネスパートナーも脳卒中で倒れた。この悲しみの中で、タカダは会社の売却を決断する。

1993年、フランスのラグジュアリーコングロマリットLVMHが約8,000万ドルでケンゾーを買収。タカダ自身はしばらくブランドに残り、1999年に60歳で引退を表明した。

「60歳で引退したかったので、2000年にケンゾーを去り、旅をするために引退した。しかし旅とバカンスだけでは足りなかった。何かワクワクするもの、冒険が必要だった」
― ケンゾー・タカダ(メゾン・エ・オブジェ 2020インタビュー)

引退後もロッシュ・ボボワとのコラボレーションや、2020年に発表したライフスタイルブランド「K3」など、創造活動への情熱は衰えなかった。しかし2020年10月4日、新型コロナウイルスによる合併症のため、パリ郊外の病院で81年の生涯を閉じた。


ブランドのこだわり

香りづくりの哲学 ― 自然と詩情

ケンゾー パルファムの根底にあるのは、創業者タカダが生涯貫いた「自然への愛」と「文化の混交」という二つのテーマである。1988年の香水部門発足以来、自然はつねにブランドの中心に位置してきた。ケシ、蓮、薔薇、牡丹といった花々が創作の出発点であり、それはタカダ自身が花を深く愛していたことに直結する。

「水には色がない。だから僕は、色彩と果実と花と新鮮さと幸福に満ちた水が欲しかった」
― ケンゾー・タカダ

ケンゾー パルファムのかつてのクリエイティブ・ディレクター、パトリック・ゲッジ(Patrick Guedj)は、フラワー バイ ケンゾーのコンセプトを生み出し、2018年までブランドのクリエイティブ部門を率いた人物である。ゲッジのチームは、「香水はセダクション(誘惑)や幸福を売るものではなく、一片の詩を分かち合うもの」という哲学を掲げていた。これはケンゾーが他のフレグランスハウスと一線を画する重要なスタンスといえる。

ボトルデザイン ― 香りを纏う彫刻

ケンゾーの香水ボトルは、それぞれに強い物語性を持つ。

  • ケンゾー プール オム(1991年):竹の形を模した流線型のボトル。海風にしなる竹のイメージが、マリン・ウッディの香調と呼応する。
  • フラワー バイ ケンゾー(2000年):彫刻家セルジュ・マンソー(Serge Mansau)が手がけた、わずかに傾斜したモノリス型のガラスボトル。ケシの花がポップアートのデカールのように浮かぶデザインで、「ガラスの建築家」と呼ばれたマンソーは「彼の作品はどれも、強い物語を持つ我が子たちだ」と語っている。
  • ケンゾー ワールド(2016年):パトリック・リ(Patrick Li)によるデザインで、ブランドのアイコンである「眼」のモチーフをブラックラバー、ピンクゴールド、オパリンで表現した。

サステナビリティへの取り組み

近年のケンゾー パルファムは、自然への敬意をサステナビリティという形でも表現している。2023年以降の新作には90%以上の天然由来成分を使用し、2024年のアルコール原料はフランス産のリジェネラティブ農法で栽培されたビートルートから調達。2020年から2024年の間に、製品あたりのバージン化石プラスチック使用量を平均31%削減した。フラワー バイ ケンゾーに使用されるブルガリアン・ローズは、現地の生産者とのフェアで持続可能なサプライチェーンから調達されている。


香水ラインナップ

ケンゾー パルファムは1988年の創業以来、数十種類のフレグランスを世に送り出してきた。ここではブランドの骨格を形成する代表的なラインを紹介する。

フラワー バイ ケンゾー(FLOWER BY KENZO)

2000年に誕生した、ケンゾー パルファム最大のアイコンである。Vogue誌に「史上最高のクラシック・フランス香水」のひとつに選ばれている。

その着想の原点は、1967年にマーク・リブー(Marc Riboud)がワシントンで撮影した写真「花を持つ少女(La jeune fille à la fleur)」にある。ベトナム戦争の反戦デモで、銃剣を向ける兵士たちの前に一輪の花を差し出す若い女性の姿。この写真が体現する「暴力への静かな抵抗」と「花のもつ儚くも力強い美しさ」が、当時のクリエイティブ・ディレクター、パトリック・ゲッジのインスピレーション源となった。

最大の挑戦は、ケシ(coquelicot / poppy)という「本来香りを持たない花」に香りを与えることであった。マスター・パフューマーのアルベルト・モリヤス(Alberto Morillas)は、この「存在しない香り」を夢想するという離れ業に挑んだ。

「ケンゾー パルファムは、沈黙した花、自然には無臭の花の香りさえも発明した。マスター・パフューマーのアルベルト・モリヤスは、本来香りを持たないケシの香りを創造した。だから彼は、空想の匂いを夢見たのだ」
― ケンゾー パルファム公式プレスリリース

完成までに312回の試作を重ねた末に生まれたのは、パルマ・バイオレット、ブルガリアン・ローズ、ブルボン・バニラ、ホワイト・ムスク、オーバーン(サンザシ)、ピンクペッパーが調和するパウダリー・フローラル。

モリヤス自身はこの作品について次のように振り返っている。

「フラワー バイ ケンゾーは長い物語であり、何よりも情熱の創造だ。その情熱は、創造以来ずっとこの香りを愛し続けてくれた人々と共有されている。そのオリエンタル・フローラルの署名、パウダリーなトーンはひとつの時代を刻みつけ、今日もなお時代に寄り添っている。時代を超越し、私たちに触れ、安心感を与えつつ、同時に抽象的でもある」
― アルベルト・モリヤス

フラワー バイ ケンゾーの影響力はフレグランスの枠を超え、2001年から2009年の間に世界中の都市で合計1,385,000本の造花ケシが「植え付け」された。ポンピドゥー・センター前広場、シンガポール、ミラノ、ウィーン、ドバイ、モスクワの赤の広場……花畑が都市に出現するというアート・ハプニングは、まさに「都市と自然の融合」というブランドのDNAを体現するものであった。

ケンゾー プール オム(KENZO HOMME)

1991年に誕生したケンゾー初のメンズフレグランスであり、「自然からインスピレーションを得た史上初のマリン・ウッディ・フレグランス」をブランド自ら謳う。調香師はクリスチャン・マチュー(Christian Mathieu)が手がけた。

海藻、シーソルト、ローズマリー、ベルガモット、マホガニーのヘッドノートに始まり、ジャスミン、ゼラニウム、セージ、クローブのミドルへ展開。ベースにはシダーウッド、パチョリ、オークモス、アンバーグリスが横たわる。ダビドフのクールウォーター(1988年)と同時代のアクアティック・フレグランスだが、ケンゾー プール オムはフゼア調ではなくウッディ調をベースとし、海辺の潮風と流木の情景をより深く、複雑に描き出した。

竹を模したボトルは「空想の海からの風にしなる竹」のイメージであり、発売当時はその大胆な海洋ノートが賛否両論を巻き起こしたが、フランスを中心に根強い人気を維持している。

ジャングル・コレクション

1996年発売のジャングル・レレファン(Jungle L’Éléphant)は、オリエンタル・スパイシーの傑作として知られる。調香を手がけたのはドミニク・ロピオン(Dominique Ropion)とジャン=ルイ・シュザック(Jean-Louis Sieuzac)という二人のマスター・パフューマー。マンダリン、カルダモン、クローブのスパイシーなオープニングから、リコリス、マンゴー、ヘリオトロープのミドル、そしてパチョリ、バニラ、アンバーのベースへと展開する。

パッケージは折り紙のように組み立てると小さな舞台装置となり、象のキャップが飾られる。これは1970年代にタカダ自身がギャルリー・ヴィヴィエンヌの壁に描いたナイーブなジャングル壁画、つまりブランドの原点への回帰でもあった。同時期に発売されたジャングル・ル・ティグル(Le Tigre)と並び、ジャングル・コレクションは当時のケンゾーの大胆でエキゾチックな美学を象徴している。

ロー パー ケンゾー(L’EAU PAR KENZO)

1996年(レディース)と1999年(メンズ)に展開されたアクアティック・フローラルのラインである。「水は富、純粋さ、活力、若さ、無限の源泉である」というタカダの水への哲学が色濃く反映されている。ボトルは一滴の水の雫を思わせる透明なガラスで、トップに小さな青いリングが添えられたシンプルなデザイン。箱の裏面にはタカダ自身の詩が記されている。

ケンゾー ワールド(KENZO WORLD)

2016年に登場した、カロル・リム(Carol Lim)とウンベルト・レオン(Humberto Leon)がクリエイティブ・ディレクター就任後に初めて手がけたウィメンズフレグランスである。調香はフランシス・クルクジャン(Francis Kurkdjian)が担当し、ピオニー、エジプシャン・ジャスミン、アンブロキサン®のクリスタルを組み合わせた。

このフレグランスを一躍有名にしたのは、映画監督スパイク・ジョーンズ(Spike Jonze)が手がけた広告フィルムであった。女優マーガレット・クオリー(Margaret Qualley)がフォーマルな舞踏会を飛び出し、廊下で狂気じみたダンスを踊る。ライアン・ヘフィントン(Sia「Chandelier」の振付師)による振付で、従来の香水広告の常識を覆すものとなった。


ちなみに…

  • 象はタカダの「お守り」だった。1978〜79年のファッションショーで自ら象に乗って登場したエピソードは伝説的だが、ジャングル・レレファンのボトルキャップにも象が飾られているように、象はケンゾーのブランドにおけるカルト的なアニマルであった。​​
  • 「ジャップ」という店名で裁判沙汰に。1971年にタカダが初めてアメリカを訪れた際、日系アメリカ人市民連盟(JACL)から「Jap」の名称を撤回するよう訴えを起こされた。翌年、州最高裁は商標としての使用を認めたものの、タカダはフランスに戻った後にブランド名を変更した。
  • タカダのファッションショーは常にパーティーだった。スタジオ54を彷彿とさせる会場選び、サーカステントでの開催など、ショーは観客を楽しませるための「お祭り」であった。そのスピリットは、スパイク・ジョーンズによるケンゾー ワールドの広告にまで脈々と受け継がれている。
  • 現在のアーティスティック・ディレクターはNIGO®。A BATHING APE®の創設者として知られる日本人デザイナーのNIGO®(長尾智明)が2021年にケンゾーのアーティスティック・ディレクターに就任し、タカダから半世紀を経て再び日本人がブランドの舵を取っている。
  1. Kenzo Takada – Wikipedia(英語版) – https://en.wikipedia.org/wiki/Kenz%C5%8D_Takada
  2. Kenzo (brand) – Wikipedia(英語版) – https://en.wikipedia.org/wiki/Kenzo_(brand)
  3. “Renegades of Fashion: Kenzo Takada” – Fashion Industry Broadcast – https://fashionindustrybroadcast.com/2015/07/15/renegades-of-fashion-kenzo-takada-a-sense-of-joyous-wonder/
  4. “Hommage to Kenzo” – Palais Galliera, Musée de la Mode de Paris(パレ・ガリエラ美術館、2014年インタビュー) – https://www.palaisgalliera.paris.fr/en/news/hommage-kenzo
  5. “Interview With Kenzo Takada” – CovetED / Best Interior Designers – https://www.bestinteriordesigners.eu/interview-with-kenzo-takada-one-of-the-ultimate-creators-of-the-world/
  6. “FLOWER BY KENZO — 20th Anniversary” – KENZO Parfums公式プレスリリース – https://www.kenzoparfums.com/press/flowerbykenzo20years.html
  7. “Conversation avec Alberto Morillas, créateur de Flower by Kenzo” – Ta Tou Senti – https://www.tatousenti.com/conversation-alberto-morillas-createur-de-flower-by-kenzo/
  8. Alberto Morillas – Wikipedia(英語版) – https://en.wikipedia.org/wiki/Alberto_Morillas
  9. “KENZO HOMME” – KENZO Parfums公式プレスリリース – https://www.kenzoparfums.com/press/kenzohommeedti.html
  10. “Spike Jonze helps launch Kenzo World fragrance” – Inside Retail Asia – https://insideretail.asia/2016/09/02/spike-jonze-helps-launch-kenzo-world-fragrance/
  11. “Kenzo Jungle L’Elephant : Perfume Review” – Bois de Jasmin – https://boisdejasmin.com/2012/10/kenzo-jungle-lelephant-perfume-review.html
  12. Patrick Guedj – Art Direction(公式サイト) – https://patrickguedj.com/update_1_1/creation.html
  13. KENZO Parfums – Notre Engagement(公式サイト) – https://www.kenzoparfums.com/fr/en/our-commitment/
  14. LVMH Fragrance Brands – Earth Day 2025 LinkedIn投稿 – https://www.linkedin.com/posts/lvmh-fragrance-brands_earthday-kenzo-kenzoparfums-csr-activity-7320486031600848896-TZeD
  15. “Kenzō Takada: ‘I was always told it would be impossible for a Japanese person to work in fashion in Paris'” – The Gentleman’s Journal – https://www.thegentlemansjournal.com/article/kenzo-takada-designer-interview/
  16. “12 Iconic Perfume Bottles That Truly Made History” – I’M Firenze Digest – https://imfirenzedigest.com/2024/03/21/12-iconic-perfume-bottles-that-truly-made-history/
  17. “RIP Kenzo Takada” – W Magazine – https://www.wmagazine.com/story/kenzo-takada-rip
  18. Kenzo Jungle L’Elephant – CaFleureBon – https://www.cafleurebon.com/cafleurebon-modern-masterpieces-kenzo-jungle-l-elephant-dominique-ropion-jean-louis-sieuzac-1996/
  19. “An exhibition on Soen and the Soen Award” – Fashion Headline – https://www.fashion-headline.com/en/article/1757
この記事を書いた人
Root

香りの学び場「ルシェルシェパルファム」の運営者。
元香水販売員で、現在はとあるIT企業の管理職。
香水への愛が抑えきれず、自身の学んだことをはきだすサイトを作ってしまう。エルメス・フレデリックマルを主に愛用。

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