自由とインスピレーション、そして体験のための空間。
ローランス・セミション
店舗のはじまり
三人の好きなものが集まる店
1961年、パリのサンジェルマン大通り34番地にディプティックが生まれた。店を開いたのは、画家のデスモンド・ノックス=リート、室内装飾を手がけるクリスティアーヌ・モンタドル=ゴトロ、舞台の世界で働いていたイヴ・クエラン。三人がつくりたかったのは、自分たちの感性をそのまま分かち合える場所だった。
店頭には、自らデザインした幾何学模様の布と、旅先で見つけた品々が並んだ。英国の紙製の小さな劇場、日本の凧、ドイツのランタン。イヴは舞台で培った感覚をウィンドウの演出に生かし、異なる国や用途の品々を一つの景色にまとめていた。
見るだけの店でもなかった。蓄音機から流れる曲は、ローリング・ストーンズからモンテヴェルディまで幅広い。異国の香水、手で確かめたくなる素材、三人の選ぶ音楽が、店を訪れる時間を満たしていた。香りもまた、この豊かな取り合わせの一部だったのである。
暮らしの香りからメゾンへ
1963年には、サンザシ、お茶、シナモンの香りのキャンドルが登場する。1968年には初めてのオードトワレ「ロー」が加わった。家の中を香らせることと、自分自身が香りをまとうこと。その両方が、装飾品や布を選んできた店の営みから広がっていった。
この原点を、展示や職人との出会いまで含む大きな空間へ発展させたのが、2024年にパリとロンドンで開いた「メゾン ディプティック」である。パリはデュフォ通り、ロンドンはニューボンドストリート。創業店とは別の住所に生まれた二つのメゾンでは、製品とともに美術や工芸を楽しむ時間が用意された。
店づくりの考え方
作品のある暮らしを見せる
メゾンの空間が手本とするのは、美術や装飾を愛するパリの住人のアパルトマンである。香水を並べる棚だけで完結せず、浴室、室内の香りを楽しむサロン、個別の相談をする部屋へと用途が分かれる。器や家具と一緒に香りを見ることで、自宅のどこで、どのように使いたいかも想像しやすくなる。
ディプティックのCEO、ローランス・セミションが挙げるブランドの精神にも、創業時からの関心が重なる。
芸術と自然の出会い。
ローランス・セミション
メゾンには、作品の展示だけでなく、アーカイブを通じて歴史に触れる場所や、人と集うための場所もある。調香師ファブリス・ペルグランを招いて香水が生まれる過程を聞く催しも開かれてきた。展示や講演は企画ごとに変わるが、香りの向こうにいる作り手に近づけることが、この店舗形態の魅力である。
店ごとに描く装飾
店舗の装飾にも、場所に応じて手を動かす人がいる。壁画を手がけるアレクサンドル・プーライヨンは、ディプティックとの仕事について、各店に合わせた手描きの大きな作品を求められると説明している。
ブランドは特注を求めます。それぞれの世界に合わせてつくること自体が、刺激的なのです。
アレクサンドル・プーライヨン
この姿勢は、同じ店を世界中に複製する方法とは異なる。パリのメゾンでは彼の壁画が階段を包み、ロンドンではガラスや浴槽など別の素材が住まいの表情をつくる。香りを選ぶ前後にも、目を留める場所が残されている。
訪れたい店舗
サンジェルマン大通りの創業店
34番地の創業店は、現在も同じ場所で客を迎えている。店内で探したいのが、青みがかった鏡をまとった二本の柱。かつて隣にあったナイトクラブ「オルフェオン」の名残で、今は一つにつながった空間の中に残る。画家や俳優、学生たちが行き交った界隈の夜と、三人の店の日常をつなぐ細部である。
この住所は「34 Boulevard Saint-Germain」という香りの名前にもなった。香りと店内の調度を見比べれば、この店をもう一つの角度から楽しめる。
メゾン ディプティック パリ
デュフォ通りのメゾンでは、入口の先に「空想の庭」が現れる。屋外の庭園ではなく、室内に自然の気配を組み込んだ空間だ。階段を飾るプーライヨンの壁画、バスルームを思わせるサロンへと進むと、香りが生活の場面ごとに置かれていることが分かる。


この住所を冠したキャンドル「7 rue Duphot, Paris」は、かつてここにあった図書館を着想源とする。磨かれた木と古書を思わせる香りが、建物の記憶を伝える。
個別の香りの相談に加え、大型キャンドルを香りと仕上げの組み合わせから選ぶサービスもある。相談はフランス語で行われるため、予約時に内容を確かめたい。さらに年に数回、数多くのキャンドルを灯す夜の催しも設けられる。昼間に見る調度と、炎に照らされた空間を見比べられる機会である。
メゾン ディプティック ロンドン
ニューボンドストリート107番地は、パリの住まいの感覚をロンドンのタウンハウスに重ねたメゾンである。浴室をテーマにしたサロンには、Witt & Bergの舟形の浴槽が置かれた。銅とニッケルの仕上げ、Studio Vitrail Bianconiによる緑の光を落とすステンドグラス、トラバーチンの洗面台と白鳥をかたどった蛇口が、一室の表情をつくっている。
ロンドンにも、その場所の記憶を香りにしたキャンドルがある。「107 New Bond Street, London」は、画廊ファイン・アート・ソサエティの精神を、伝統的なポプリを思わせる香りで表すものだ。パリの古書の香りと並べれば、同じメゾンでも異なる街の背景を持っていることが伝わる。
香りやキャンドルの使い方を学ぶワークショップ、アーティストとの制作体験なども企画される。三人が選んだ珍しい品々に出会う店から、自分でも手を動かし、香りのある暮らしを考える店へ。その広がりを体験できるのが、二つのメゾンである。

参考文献
- Diptyque:The Story of Diptyque
- Diptyque:34 boulevard Saint-Germain
- Comité Colbert:Laurence Semichonインタビュー
- Hélène Cascaro:Alexandre Poulaillonインタビュー
- Diptyque:Maison Diptyque Paris
- Diptyque:Maison Diptyque London
- Witt & Berg:Maison Diptyque, New Bond Street, London
- Harper’s Bazaar India:Laurence Semichonインタビュー
- Diptyque:サンジェルマン大通り店


