「香りこそ、もっとも雄弁なスタイルの証。それは、あなたが何者であるかを世界に語りかける。」
— カリーヌ・ロワトフェルド(W マガジン、2019年)
基本情報
ブランド設立: 2019年
創設者: カリーヌ・ロワトフェルド(Carine Roitfeld)
共同創業者: ウラジミール・レストワン=ロワトフェルド(Vladimir Restoin-Roitfeld)※カリーヌの息子
公式サイト: carineroitfeld.com
創設者・ブランドの成り立ち
パリ16区で育った少女
カリーヌ・ロワトフェルドは1954年9月19日、パリに生まれた。育ったのはパリ16区のオートゥイユ地区——シャンゼリゼとブーローニュの森に挟まれた、緑豊かな高級住宅街である。父ジャック・ロワトフェルドはロシア移民の映画プロデューサー、母はカリーヌ自身が「典型的なフランス女性」と形容する人物だった。
ファッションへの興味は、幼少期から自然と育まれていた。
「16区で育ったとき、母は『エル』誌の定期購読者でした。あの雑誌で見たファッション写真が、私の最初の記憶です。」
— カリーヌ・ロワトフェルド(La Réserve Mag、2019年)
10代でパリの街角でスカウトされたカリーヌは、モデルとして活動を始める。これがファッションの世界に足を踏み入れる最初のステップだった。1977年にはプレスへの執筆を開始し、以降はフランス版『エル』誌でスタイリストとして約15年間キャリアを積んでいく。独学で技術を磨いた彼女のスタイルは、既存の美の定義に縛られず、常に「反骨の一粒」を忍ばせるものだった。
マリオ・テスティーノとの出会い、トム・フォードとの時代
転機は1990年に訪れる。写真家マリオ・テスティーノとの邂逅だ。ふたりはたちまち共鳴し、フランス版・アメリカ版『ヴォーグ』などで共に仕事を重ねていく。やがてトム・フォードがグッチのクリエイティブ・ディレクターに就任すると、フォードはこの写真家とスタイリストのデュオを招聘し、眠れるイタリア老舗ブランドを刷新する大プロジェクトに参画させた。
カリーヌのスタイリングのもと展開されたグッチの広告キャンペーンとランウェイショーは、後に「ランドマーク」と称される一連の作品群となった。扇情的でありながら洗練され、タブーを踏み越えながら品を保つ——その独自の美学は「ポルノ・シック」とも呼ばれ(カリーヌ本人はこの言葉を嫌っているが)、90年代後半から2000年代にかけてのファッション広告の様式を塗り替えた。トム・フォードが1999年にイヴ・サンローランのクリエイティブ・ディレクターに就任した際も、カリーヌは同行している。
『ヴォーグ・パリ』編集長として10年
2001年、コンデナスト・インターナショナル会長ジョナサン・ニューハウスの指名を受け、カリーヌは『ヴォーグ・パリ』の編集長に就任する。この10年間で、彼女は同誌を官能と知性が共存する「バイブル」に変貌させた。2007年には黒人のひげのあるドラァグスターをカバーに抜擢するなど、ファッション誌の常識を覆す選択が話題を呼んだ。
「私はモデルを単なるモデルとして使うことをしません。女優として見るのです。」
— カリーヌ・ロワトフェルド(Surface Mag、2019年)
2010年12月、カリーヌは10年の任期を終え、『ヴォーグ・パリ』編集長を辞任。後任は長年ファッション・ディレクターを務めたエマニュエル・アルトが引き継いだ。
香水への夢——8年越しの挑戦
雑誌の世界を離れたカリーヌが向かったのは、意外にも香水の世界だった。ファッション・ブランドを立ち上げるのではなく、香水——それは彼女が長年抱き続けた夢だった。
しかし、道は平坦ではなかった。
「私はちょっとナイーブで、ファッションの世界と美容の世界は同じだと思っていました。でも全然違う。同じ人たちではないし、同じルールでもない——まったく別の世界でした。」
— カリーヌ・ロワトフェルド(Fashionista、2019年)
挫折しそうになったとき、彼女を奮い立たせたのはカール・ラガーフェルドの言葉だった。最後のシャネル・ショーで、ラガーフェルドはこう語った——「シャネルの仕事を最初に打診されたとき、周囲の言葉に従って断った。二度目も反対された。それでも最終的に受けたのは、みんなが止めるから。あなたの香水も同じよ」と。カリーヌはその言葉を胸に、香水づくりを続けた。
開発に費やした年月は、実に8年。その間、外部資本には一切頼らず、息子ウラジミールとともに自己資金で全過程を賄った。ウラジミールは後にこう語っている。
「外部からの財政的サポートなしに、どの大手香水・美容グループにも名前をライセンスすることなく、限られた予算の中で、私たちが想像し得る限り最も正直なコレクションを作り上げました。すべてのクリエイティブな決断——香りの開発からボトルのデザイン、コンセプトやストーリーラインに至るまで——カリーヌ自身が手がけました。これは彼女という人間、芸術家、トレンドセッターを体現したものです。」
— ウラジミール・レストワン=ロワトフェルド(Beauty Matter)
なお、「ブランド化」という発想自体は、もともとウラジミールが提案したものだという。
「これは私のアイデアではありませんでした——私はフランス人すぎて(笑)。アメリカで時間を過ごす息子のアイデアです。」
— カリーヌ・ロワトフェルド(Fashionista、2019年)
こうして2019年5月、ブランド「カリーヌ・ロワトフェルド・パルファム」は誕生した。
ブランドのこだわり
「ストーリーを語る」という香りの哲学
カリーヌが香りに求めるのは、単なる嗅覚的な美しさではない。人物、場所、記憶、そして感情——それらが渾然一体となった「物語」である。
「ヴォーグで学んだのは、香りについて語るよりも、物語を語る方がずっと簡単だということ。香りを言葉にするのは難しい。でも人は物語が好きで、物語を覚えている。」
— カリーヌ・ロワトフェルド(Glossy、2022年)
また、香りはジェンダーに縛られるべきでないというのも、彼女の一貫した信念だ。7作すべてがジェンダーレス(ユニセックス)として設計されており、「男性用」「女性用」という区別を意識的に排除している。
高品質素材と気鋭の調香師たち
カリーヌが抱いていた香りへの感度は、10代の頃に遡る。
「18歳のとき、お金があまりなかった頃、インド系のお店でパチョリやお香、スカーフをよく買っていました。お部屋に焚くお香と、香水として。」
— カリーヌ・ロワトフェルド(Glossy、2022年)
この原体験が、後にブランドのシグネチャー素材となるパチョリへの愛着につながっている。コレクション全体を通じて、惜しみなく高品質な天然・合成香料が用いられており、甘さに偏ることなく、官能的でありながら奥行きのある香りが特徴だ。
「私の好みはわりと特殊で、バラやオレンジなどの甘い香りは好きではありませんし、グレープフルーツは大嫌い。要するに既存の店頭にあるものには興味を持てなかった。だから自分で戦って、3人の調香師と組んで、オリジナルの香りを作りました。」
— カリーヌ・ロワトフェルド(La Réserve Mag、2019年)
調香師との仕事は、トム・フォードの助力で巡り合った名匠たちとの真摯なコラボレーションだった。7ラヴァーズの制作には、オーレリアン・ギシャール、IFF社のパスカル・ゴーラン、同じくIFFのヤン・ヴァスニエという3人の調香師が携わっている。
フラッグシップ香「カリーヌ」と「フォーギブ・ミー」は、世界的調香師ドミニク・ロピオン(IFF)が担当した。ロピオンとの出会いは、フレグランス・ファウンデーション授賞式の席でカリーヌ自らが声をかけたことに始まるという。
ボトルデザイン——触感と色彩へのこだわり
7ラヴァーズのボトルは、エルゴノミクス(人間工学)に基づいたガラス製で、「持つと官能的な感触がある」ことを意識してデザインされた。カラーはカリーヌのシグネチャーカラーでもあるディープ・カーキ。ボトルのフォルムから色に至るまで、すべてカリーヌ自身が決定したという。
フラッグシップ「カリーヌ」には別のボトルデザインが採用され、フォーギブ・ミーにはアメジスト(紫)のミステリアスな色調が選ばれた。コレクションごとにボトルのカラーと質感を変えることで、視覚的にも香りの世界観を体現している。
自己資金・自社開発という姿勢
外部資本を入れず、大手香水グループへのライセンスも行わずに運営するブランド体制も、重要なこだわりのひとつだ。これにより、すべてのクリエイティブな決断を自分たちの手に留め、「最も正直なコレクション」を実現することを優先している。
香水ラインナップ
現在までに確認されているカリーヌ・ロワトフェルド・パルファムのコレクションは、大きく以下の3つに整理できる。
① 7ラヴァーズ(2019年)——7つの都市と7人の恋人たち
ブランドのデビューコレクション。7という数字はカリーヌの「ラッキーナンバー」であり、7つの都市にまつわる記憶と、実在または架空の人物からインスピレーションを得た7作で構成される。
| 香水名 | 都市 | 調香師 | 主なノート |
|---|---|---|---|
| オーレリアン (Aurélien) | パリ | オーレリアン・ギシャール | オレンジブロッサム、ミルラ、ジャスミン、パチョリ |
| ジョージ (George) | ロンドン | ヤン・ヴァスニエ | イラン産ガルバナム、アイリス、カンナビス、レザー |
| カーウァイ (Kar-Wai) | 香港 | パスカル・ゴーラン | ラプサン・スーチョン・ティー、ターキッシュローズ、レザー |
| ローレンス (Lawrence) | ドバイ | ヤン・ヴァスニエ | ジャスミン、サフラン、ウード、トルーバルサム |
| オーソン (Orson) | ニューヨーク | オーレリアン・ギシャール | ホーソンフラワー、チューベローズ、イランイラン、トンカビーン |
| セバスチャン (Sebastian) | ブエノスアイレス | パスカル・ゴーラン | チューベローズ、イモーテル、サンダルウッド、バニラ |
| ウラジミール (Vladimir) | サンクトペテルブルク | パスカル・ゴーラン | アイリス、インセンス、アンバー、シダー、セージ |
各香水の名前にはそれぞれ由来がある。「オーソン」はオーソン・ウェルズ、「カーウァイ」は映画監督ウォン・カーウァイ、「ローレンス」はアラビアのロレンス、「ジョージ」はプリンス・ジョージ(未来の国王)、「セバスチャン」は写真家セバスチャン・ファエナ、「ウラジミール」はカリーヌの息子の名前にちなんでいる。
ローンチに際してカリーヌはパリ市内に400枚以上のヌードポスターを貼り付けるというゲリラ的なマーケティングを行い、話題を集めた。
「何かを、これほどの正直さで作るとき、まるで裸になるような気分です——魂をさらけ出しているから。」
— カリーヌ・ロワトフェルド(Paper Mag、2019年)
② カリーヌ (Carine, 2022年)——自分自身を香りにすること
2022年に登場したフラッグシップ・フレグランス。調香師はドミニク・ロピオン。ノートはパチョリ(インドネシア産)、ジャスミン、ガーデニア、ピンクペッパー、ベチバー、カシュメランなど。
「新しい香水『カリーヌ』を公開することは、シャンゼリゼを裸で歩くようなもの。これは私の最も親密な旅——自分の感情、記憶、夢、そして幻想への扉を開くこと。」
— カリーヌ・ロワトフェルド(Haute Living、2022年)
「香りを作るとき、あなたは調香師に全てを打ち明けなければならない。嘘をつくことはできません。本当のことを言わなければいけない。」
— カリーヌ・ロワトフェルド(Glossy、2022年)
③ フォーギブ・ミー (Forgive Me, 2023年)——娘への敬意
2023年11月に発表された。調香師は引き続きドミニク・ロピオン。ミューズに指名されたのは娘のジュリア・レストワン=ロワトフェルドで、「フォーギブ・ミー」の究極のフェミニニティと官能性を体現する存在として選ばれた。
ノートはチューベローズ(インド産)、イランイラン、ガーデニア、チュニジア産オレンジブロッサム、パチョリ(インドネシア産)、ラブダナム、オリバナムなど。ボトルはアメジスト紫のミステリアスな色調。
「フォーギブ・ミーを纏うことは、自分の中にいるもう一人の女性をさらけ出すこと——鏡の中で、違う自分を見るようなもの。」
— 公式サイト
ちなみに…
- パチョリとの原体験: カリーヌが18歳のとき、お金のない時代にパリのインド系雑貨店でパチョリのお香と香水を買い求めていたというエピソード。このラフな出会いが、後に世界を代表するラグジュアリーブランドのシグネチャー素材となる。
- CFDA ファウンダーズ賞: 7ラヴァーズのローンチと同じ2019年、カリーヌはCFDA(米国ファッション評議会)からファウンダーズ賞を受賞した。賞の授与者はトム・フォード本人だった。ファッション誌編集長としての業績のみならず、業界全体に与えたクリエイティブな影響力が評価された。
- “Carine Roitfeld on Turning Her Name Into a Brand and Her Fragrance Career” – Fashionista – https://fashionista.com/2019/05/carine-roitfeld-perfume-career-interview
- “Carine Roitfeld Launches Her Eighth Fragrance, ‘Carine'” – Glossy – https://www.glossy.co/beauty/carine-roitfeld-launches-her-eighth-fragrance-carine/
- “CARINE ROITFELD EXPANDS HER BRAND WITH FRAGRANCE LAUNCH” – Beauty Matter – https://beautymatter.com/articles/carine-roitfeld-expands-her-brand-with-fragrance-launch
- “Carine Roitfeld Unveils A New & Unexpected Fragrance” – Haute Living – https://hauteliving.com/2022/03/carine-roitfeld-fragrance/709442/
- “You Can Now Smell Like the Eternally Cool Carine Roitfeld” – Coveteur – https://coveteur.com/2019/05/03/carine-roitfeld-launches-debut-fragrance-line/
- “Carine Roitfeld Spent 9 Years Making These Perfumes” – Paper Mag – https://www.papermag.com/carine-roitfeld-7-lovers-eau-de-parfum-travel-gift-set-x-10ml/
- “The Naked Truth: Carine Roitfeld on Post-Vogue Life, Her New Perfume” – Surface Mag – https://www.surfacemag.com/articles/carine-roitfeld-perfume/
- “Carine Roitfeld | BoF 500” – Business of Fashion – https://www.businessoffashion.com/people/carine-roitfeld/
- “About Carine Roitfeld” – 公式サイト(US版) – https://carineroitfeld.us/pages/history
- “About Carine Roitfeld” – 公式サイト(GB版) – https://carineroitfeld.com/en-gb/pages/history
- “FORGIVE ME EDP 90ML” – 公式サイト – https://carineroitfeld.com/en-eu/products/forgive-me
- “The fabulous destiny of Carine Roitfeld” – La Réserve Mag – https://www.lareserve-mag.com/carine-roitfeld-fabulous-destiny/
- “Carine Roitfeld unveils Forgive Me fragrance” – The Glass Magazine – https://theglassmagazine.com/carine-roitfeld-unveils-forgive-me-fragrance/
- “Carine Roitfeld | Woolmark Prize” – Woolmark – https://www.woolmarkprize.com/judges-list/carine-roitfeld/
- “2019 CFDA Fashion Awards: Carine Roitfeld Receives Founder’s Award” – YouTube / CFDA – https://www.youtube.com/watch?v=53Nzp0P08bQ
- “2019 Fragrance Foundation Awards Winners and Highlights” – Perfumer & Flavorist – https://www.perfumerflavorist.com/events/event-coverage/news/21883458/2019-fragrance-foundation-awards-winners-and-highlights
- “Carine Roitfeld” – Wikipedia – https://en.wikipedia.org/wiki/Carine_Roitfeld
- “Carine Roitfeld The former Vogue Paris director” – NSS Club – https://www.nssgclub.com/en/lifestyle/18670/carine-roitfeld-story-vogue-paris

