Boadicea the Victorious(ブーディカ ザ ヴィクトリアス)― 勇気と英国魂を纏う、気高き女王の名のブランド

ブランド創業者

「私の苗字は Boadi(ボアディ)。学生時代、友人たちはローマ人から英国を守るために戦ったケルトの戦士女王の名を取って、私を『ブーディカ』と呼んでいた。だから、香水ブランドに名前をつけるとき、『マイケル・ボアディ』とは呼ばず、英国の歴史と遺産を込めて『ブーディカ・ザ・ヴィクトリアス』と名付けることにした」

— Michael Boadi(マイケル・ボアディ)、Esxence 2010 にて​

基本情報

創設者・ブランドの成り立ち

ロンドンで生まれ、ニューヨークで磨かれた才能

マイケル・ボアディは1969年11月15日、ガーナ系移民の家庭の子としてロンドンのパディントンに生まれた。高校卒業後、彼はニューヨークへ渡り、正式な職業訓練なしに独学でヘアスタイリングを学び始めた。この「独学」という姿勢は、後に香水製作においても一貫して彼のスタイルとなる。

転機は1994年に訪れた。気鋭の写真家ニック・ナイト(Nick Knight)とともに手がけた『ヴォーグ』誌の撮影で鮮烈なデビューを果たし、その名は一気に国際的なファッション・シーンへと広まった。以後、シャネル、グッチ、エトロ、ミッソーニなど名だたるブランドの撮影に参加、ケイト・モス、マドンナ、ジェニファー・ロペス、ナオミ・キャンベル、ジゼル・ブンチェン、デヴィッド・ベッカムといった時代を代表するアイコンたちの髪を手がけた。

香水との出会い、そしてブランドへの道

ボアディが幼いころから香水を愛していたことは、本人がたびたびインタビューで語っていることである。ファッション業界でのキャリアの傍ら、彼は高品質な香料オイルのコレクターでもあった。​​

わかっていることは、彼がヘアスタイリングと同様に香水においても正式な訓練は受けていないという事実である。それでもベースノーツ誌(Basenotes)のインタビュアーは2008年のローンチ時に、「このコレクションは、不思議なほど丸みがあり官能的で、全作品に共通する個性の糸が通っている」と評している。独学であることが弱点ではなく、むしろ既存の業界の文法に縛られない自由な発想として機能したのかもしれない。

「ブーディカ」というブランド名の二重の意味

ブランド名には2つの意味が重なっている。ひとつは歴史的な意味だ。紀元60〜61年、英国東部のイケニ族の女王ブーディカ(Boudicca)は、ローマ帝国の侵略に抵抗して諸部族を束ね、ロンドン(当時のロンディニウム)を一時奪還するほどの大蜂起を起こした。剛胆にして気高いこの女王の姿は、英国の民族的誇りと勇気の象徴として2000年以上にわたって語り継がれている。

もうひとつはパーソナルな意味だ。ボアディ本人が語るように、「Boadi」という自分の苗字が「ブーディカ(Boadicea)」という名に音として似通っていたことから、学生時代からこのあだ名を持っていた。英国の歴史と自らのアイデンティティを一本の糸で結ぶこのネーミングは、単なるマーケティング上の工夫を超えた、ブランドの核心である。​

ブランドとして訴求しようとしたのは、古代の女王が体現した「力強さ、情熱、不屈の意志」という資質を香りで表現することだった。香水の名前にも「エキゾチック」「ダイヴァイン(神聖)」「コンプレックス(複雑)」「インヴィゴレーティング(活力)」といった人間の感情・特性を表す言葉が選ばれた。

「名前はすべて、香水の名前ではなく人間の特性を表している。纏うことで、エキゾティックに感じることができる」

— Michael Boadi、Esxence 2010 にて​

ハロッズでのローンチ:先駆者として

2008年9月のロンドン・ファッションウィークでブランドが発表され、同年11月15日にハロッズの世界独占販売としてスタートした。当時を振り返ってブランド・ディレクターのシャーロット・ケリー(Charlotte Kelly)は次のように語っている。

「2008年のローンチ当時、ユニセックス・フレグランスもニッチブランドもまだ市場を席巻する前の時代でした。私たちはパイオニアだった」

— Charlotte Kelly(ブランドディレクター)、Country & Town House 誌 2024年

ハロッズ内の名物フロア「ブラックホール・パフューマリー」でたちまちベストセラーとなり、翌2009年にはセルフリッジズ(ロンドン)でもトップのニッチブランドとして定着した。同じく2009年、ニューヨークの「アンリ・ベンデル(Henri Bendel)」にも上陸し、欧米市場での地位を確立していった。

ブランドの歩みとマイケル・ボアディの次なる章

2011年には中東市場への本格進出として、クウェートのアベニューズ・ショッピングモールにブランド初のパフューマリー・ブティックを出店した。同年、ボアディ自身は2つ目の香水ブランド「イルミナム(Illuminum)」を立ち上げ、ロンドン・メイフェアのドーバー・ストリートにフラッグシップを設けた。

イルミナムは思わぬかたちで世界的な注目を浴びた。2011年4月、キャサリン・ミドルトン(現ウェールズ公妃)がウィリアム王子との結婚式でイルミナムの「ホワイト・ガーデニア・ペタルズ(White Gardenia Petals)」をまとったことで、そのフレグランスは世界中で即完売した。

その後、ボアディはブーディカ ザ ヴィクトリアスとイルミナムの両ブランドを売却し、仏教の茶道儀礼にインスパイアされた3つ目のブランド「ボーディダルマ(Bohdidharma)」を創設した。現在、ブーディカ ザ ヴィクトリアスは独立系の英国フレグランスブランドとして独自に運営が継続されている。

ブランドのこだわり

「Year 3000 Celtic」——ボトルという芸術作品

ブーディカ ザ ヴィクトリアスのボトルを初めて目にしたとき、その印象は強烈だ。ロングフラスコ型のボトルの両面には複雑なケルト式のノットワーク(結び紋様)が深く刻み込まれており、ボアディ自身がこのデザインを「Year 3000 Celtic(西暦3000年のケルト)」と呼んだ。古代の文様でありながら、未来を感じさせる造形への意志が込められている。

ボトルの素材にはリードクリスタル(鉛ガラス)、鉛フリーのピューター(錫合金)、シルバーが使われている。特筆すべきは、この盾(シールド)とリッドの製造を担う工場だ。バーミンガムに本拠を置くA.E.ウィリアムズ社は1779年創業で、ファミリー経営のピューターメーカーとしては世界最古とされる。現在の当主で7代目にあたる職人たちが、今日もひとつひとつのシールドを手作りしている。全パーツを英国内で製造するという方針は、創業以来一貫して守られている。​

「すべてのボトルは英国でハンドクラフトされ、シールドとリッドはバーミンガムの7代続くピューター工場が手作りしている。シールドはケルトの歴史とブーディカの物語から着想を得ており、彼女の力強さ・情熱・献身がブランドのDNAに織り込まれている」

— Charlotte Kelly(ブランドディレクター)、Country & Town House 誌 2024年

さらに近年はオンラインでボトルカラーとシールドデザインをカスタマイズできるツールも導入され、自分だけの一本を設計する楽しみも加わった。

素材へのこだわり——世界から集めた最高級原材料

香りの原材料は世界中から調達される。ブータン産サンバック(ジャスミンの一種)、東南アジア産ウード(アガーウッド)など、いずれも入手困難とされるトップクオリティの素材が使われている。

調香師については非公開とするのが基本方針だ。これはボアディの「個人的なアイデアと香りのビジョンを実現することが主眼である」という考え方に基づいている。ただし、CPL アロマスのマスターパフューマーであるクリスチャン・プロヴェンツァーノ(Christian Provenzano)が複数の作品を手がけていることは確認されており、ハロッズとのコラボイベントでもプロヴェンツァーノが調香の最高責任者として紹介されたこともある。

ジェンダーレスという哲学

全フレグランスが性別を問わないジェンダーレス設計であることも、ブランドの柱のひとつだ。2008年当時は、ユニセックス香水市場がまだ確立される前の黎明期であり、この判断には先見の明があった。「香水は個人のアイデンティティを表現するものであり、性別によって制限されるべきではない」という思想は、ブーディカという女王が男社会にあって自らの信念を貫いた姿とも重なる。

「プレミアム原材料の使用は、人々にどのフレグランスが自分のアイデンティティを最もよく表現しているかを考えさせ、インスパイアする」

— Charlotte Kelly(ブランドディレクター)、Country & Town House 誌 2024年

香水ラインナップ

ブーディカ ザ ヴィクトリアスは創設以来200種を超えるフレグランスを展開しており、現在は約350の販売拠点で取り扱われている。全ラインナップを網羅することは難しいが、ここではコレクションの構造と代表作を概観する。

初期のコレクション構成

ブランド初期には「ヴィクトリアス(Victorious)コレクション」「プライヴェート・コレクション(33種)」「ビスポーク(オーダーメイド)」という三層構造が採用されていた。高濃度のピュア・パルファンのみをラインナップに置くという姿勢も当初から一貫しており、フレグランスを「贅沢品」として位置付ける意図が明確だった。

ブランド公式ベストセラー TOP 10

公式ジャーナルで発表されたグローバルベストセラーは以下の通りである。

  1. ブルー・サファイア(Blue Sapphire) — エリザベス女王とフィリップ王配の65周年婚姻記念に着想を得た作品。トップにレモン・オレンジ・グリーンアコード、ハートにローズ・カルダモン・インディアンジャスミン、ベースにウード・パチョリ・アンバーが広がる。現在もブランドの看板フレグランス。
  2. コンプレックス(Complex) — レザーとウォームなムスクのシグネチャー的な一本。根強いファンを持ち、2020年には「コンプレックス 2020」としてアップデート版も登場。
  3. ネマー(Nemer) — アラビア語で「虎」を意味する名の通り、クリーミーなウードの艶が際立つリッチな香り。
  4. ヴァリアント(Valiant) — フレッシュでウォームかつクリーミーなバランス。気品ある洗練が漂う。
  5. アズラック(Azrak) — アラビア語で「青」を意味する名を持つ、海風を思わせるフレッシュ系。
  6. アーデント(Ardent) — ローズとクリーミーなアンバー・ヴァニラの豊かなロマンティック系。
  7. グローリアス(Glorious) — 2012年リリース、クリスチャン・プロヴェンツァーノ調香。フルーティーなトップノートから木質系のベースまで、明るく生き生きとした一本。
  8. アルマス(Almas) — カンボジア産ウードとパイナップルの組み合わせというユニークな設計。「アルマス」はアラビア語で「ダイヤモンド」。
  9. モナーク(Monarch) — ロイヤルな存在感の中にアクセシビリティを持つバランス型。
  10. インペリアル(Imperial) — ラベンダーとウードの共存という大胆な構成で落ち着きと権威を表現。

サファイア・コレクション(Sapphire Collection)

ブランドを代表する宝石シリーズ。ブルー・サファイア、グリーン・サファイア、ローズ・サファイア、アクア・サファイア、ウード・サファイアなどが揃い、それぞれ宝石が持つとされる象徴的な特質(知恵、調和、信頼など)と香りの世界観が結びついている。2019年のハロッズ「サロン・ド・パルファン」ブティック開設時には、このコレクションを含む3ラインがローズゴールド仕上げの世界独占ボトルで展示された。

ロンドン・ゴールド・コレクション(旧称)

かつてのコレクション分類によれば、「キングズ・ロード」「チェルシー」「ハイドパーク」「ノッティングヒル」「ピカデリー」など、ロンドンの街をそのまま名前にしたシリーズが存在した。英国の地理そのものを香りの地図として描くアプローチは、ブランドの「英国性(Britishness)」へのこだわりを端的に示している。

ちなみに…

  • 「Great British Brands 2024」選出
    ブーディカ ザ ヴィクトリアスは、Country & Town House 誌が毎年選ぶ「グレート・ブリティッシュ・ブランズ」の2024年版に掲載された。英国が世界に誇るブランドとして、ファッション・美容・ライフスタイル分野で選出されるものであり、ブランドの英国的アイデンティティが評価された形だ。
  • エミレーツ航空との提携
    2020年よりエミレーツ航空の機内免税プログラム「EmiratesRED」において、ブーディカ ザ ヴィクトリアスは独占パートナーブランドのひとつとなっている。機内エンターテインメントの専用ショッピングチャンネルでは当時のCEO・デヴィッド・クリスプ(David Crisp)のインタビュー映像も放映された。フレグランスとしては異例のチャンネルでの展開であり、ブランドの認知を大きく世界へ広げるきっかけとなった。
  • ブランド創設者のその後
    マイケル・ボアディがブーディカ ザ ヴィクトリアスを売却した後に立ち上げた「ボーディダルマ(Bohdidharma)」は、仏教の茶道儀礼に着想を得たコレクション。メイクアップアーティストのイサマヤ・フレンチ(Isamaya Ffrench)が雑誌のインタビューでボーディダルマの香水を「すごくパワフルでクール」と語るなど、業界内での評価は引き続き高い。ボアディはヘアスタイリスト、調香師、そしてコレクターという複数のアイデンティティを持ちながら、英国フレグランス界を独自の視点で切り拓き続けてきた人物である。
  1. Lesecretdumarais — ブランド説明ページ – https://www.lesecretdumarais.com/en/boadicea-the-victorious-
  2. Parfumo — Boadicea the Victorious ブランド情報ページ – https://www.parfumo.com/PerfumeBrand/Boadicea_the_Victorious
  3. Boadicea the Victorious 公式サイト — Our Brand Story – https://boadiceaperfume.com/pages/brand-story
  4. Country & Town House — “Boadicea The Victorious: Great British Brands 2024″(Charlotte Kelly 発言含む)– https://www.countryandtownhouse.com/style/health-and-beauty/boadicea-the-victorious-gbb/
  5. Basenotes — “An interview with Michael Boadi of Boadicea the Victorious”(2008年11月)– https://basenotes.com/interviews/an-interview-with-michael-boadi-of-boadicea-the-victorious/
  6. Alchetron — “Michael Boadi” プロフィール – https://alchetron.com/Michael-Boadi
  7. extraittv(YouTube) — Michael Boadi at Esxence 2010 インタビュー動画 – https://www.youtube.com/watch?v=lOFjrrXG73E
  8. NST Perfume — “Boadicea the Victorious ~ new fragrances”(2008年9月)– https://nstperfume.com/2008/09/22/boadicea-the-victorious-new-fragrances/
  9. Retail & Leisure International — Jeremy Taylor インタビュー “Boadicea the Victorious: Opulent Perfumes” – https://www.rli.uk.com/boadicea-the-victorious-opulent-perfumes/
  10. Boadicea the Victorious 公式ブログ — “Top 10 fragrances” – https://boadiceaperfume.com/blogs/journal/boadicea-the-victorious-top-10-fragrances
  11. Lucky Scent — Blue Sapphire 商品説明 – https://www.luckyscent.com/products/blue-sapphire-by-boadicea-the-victorious
  12. Parfumplus Mag — “Boadicea The Victorious: Queen of Hearts” – https://parfumplusmag.com/uncategorised/boadicea-the-victorious-queen-of-hearts/
  13. pewtergiftware(YouTube) — “A E Williams Pewter – Crafting for Boadicea The Victorious Perfume” – https://www.youtube.com/watch?v=lRVfFWVM3i8
  14. Agoratopia — Christian Provenzano パフューマー紹介ページ – https://www.agoratopia.com/perfumers/christian-provenzano
  15. Perfumeria Laura — “Glorious – Boadicea The Victorious”(調香師・リリース年情報含む)– https://perfumerialaura.com/en/products/boadicea-the-victorious-glorious-eau-de-parfum
  16. Moodie Davitt Report — “Emirates Airline hails early impact of new inflight concept EmiratesRED” – https://moodiedavittreport.com/emirates-airline-hails-early-impact-of-new-inflight-concept-emiratesred/
  17. Boadicea the Victorious 公式ブログ — “Boadicea launch in Japan – a 2022 highlight” – https://www.boadiceaperfume.jp/blogs/journal/boadicea-launch-in-japan-a-2022-highlight
  18. People Magazine — Kate Middleton’s wedding perfume(Illuminum / Michael Boadi 言及)– https://people.com/style/catherine-middletons-flowery-wedding-day-perfume-sells-out/
  19. The Women’s Room Blog — “The Best Perfumes I’ve Worn This Year” 2015(Boadicea 売却の言及)– https://www.thewomensroomblog.com/2015/11/18/the-best-perfumes-ive-sniffed-this-year/
  20. Roullier White Blog — “An Exclusive Interview with Perfumer Michael Boadi”(Bohdidharma 言及)– http://roullierwhite.blogspot.com/2015/10/an-exclusive-interview-with-perfumer.html
  21. Into The Gloss — Isamaya Ffrench インタビュー(Bohdidharma 言及)– https://intothegloss.com/2017/06/isamaya-ffrench-makeup-artist/
  22. Boadicea the Victorious 公式ブログ — “Boadicea the Victorious opens exclusive ‘sensory sanctuary’ in Harrods Salon de Parfums” – https://boadiceaperfume.com/blogs/journal/boadicea-the-victorious-opens-exclusive-sensory-sanctuary-in-harrods-salon-de-parfums
  23. Parenthèse Profumeria — “Boadicea the Victorious – Sapphire Collection” 商品説明 – https://parenteprofumeria.com/en/products/boadicea-the-victorious-sapphire-collection-4x10ml
この記事を書いた人
Root

香りの学び場「ルシェルシェパルファム」の運営者。
元香水販売員で、現在はとあるIT企業の管理職。
香水への愛が抑えきれず、自身の学んだことをはきだすサイトを作ってしまう。エルメス・フレデリックマルを主に愛用。

Rootをフォローする
ブランド創業者
ルシェルシェアする
Rootをフォローする