Bogue Profumo(ボーグ・プロフーモ)― 建築家が夜に育む、影の実験室から生まれた香り

ブランド創業者

「私は夜に仕事をする。光が化学物質を変質させず、昼間の匂いが消えて、影の新しい実験のための空間が生まれるから」

— Antonio Gardoni(アントニオ・ガルドーニ)[1][2]

基本情報

設立年: 2012年[3]
創設者: Antonio Gardoni(アントニオ・ガルドーニ)
本拠地: ブレシア(Brescia)、イタリア[4]
公式サイト: bogue-profumo.com

創設者・ブランドの成り立ち

建築家、ブレシアで生まれる

1972年、アントニオ・ガルドーニはイタリア北部の都市ブレシアで生まれた。ブレシアはロンバルディア州の中心地のひとつで、ミラノとヴェローナの間に位置する歴史ある工業都市だ。彼はその地で育ち、後にヴェネツィア建築大学(Università Iuav di Venezia)へ進み、1997年に建築学を修了した。[7]

建築の道に進んだ後、ガルドーニは目覚ましいキャリアを歩んだ。彫刻家・デザイナーのロン・アラッドのもとでの仕事を経験し、2001年にはブレシアにAG Studioを設立(北京にサテライトも開設)。さらに15年の長きにわたって、ロンドンのインテリアデザイン集団「ジャンプ・スタジオ(Jump Studios)」と実りある協力関係を持った。ジャンプ・スタジオは、ナイキ英国本社やレッドブル、サッチ&サッチなど名だたる企業のオフィスや空間を手がけたことで知られる集団である。ガルドーニ自身も、ナイキ、グーグル、リーバイス、レッドブルといったブランドのプロジェクトに携わり、家具ライン「Unhappy Family(不幸な家族)」のデザインや、著書『Food by Design』(2002年、Harry N. Abrams刊)の編著なども手がけた。[8][9][10][11][12]

「自然への熱狂」と香りの世界へ

「私は決して”香水人間”ではありませんでした。自分が纏う香水にのめり込んだことも、本当の意味で香りに関心を持ったこともなかった。香水に関心を持ったのは、あるとき植物——樹木や茂みや花——にとても惹かれたからです。自然への”恋”があって、それを理解しようとした。香水の世界に入ったのは、”自然を実験すること”がきっかけでした。ものを刻み、抽出し、素材で遊ぶ中で、やがて自分の手持ちの素材で自然が届ける香りの側面を再現してみようと思ったのです」[13][14]

香水に興味を持ち始めたのは、2009〜2010年頃になる。最初は天然素材だけを使って庭や自然の風景を香りで再現しようとする試みから出発した。[13]

やがて、理想の香りを実現するために独学で有機化学を学び始めた。「とても退屈な有機化学の本から勉強しました。でも、それが自分の問いへの答えを与えてくれることが多かった。勉強しながら別の方向も見えてきて、間接的に学ぶこともありました。今でも勉強を続けています。これは続きのない過程です」。[13]

最初の香水は家族や友人へのプレゼントとして制作された。「正式な」最初の作品がマーイ(Maai)——2014年のことである。

「長い間、天然素材だけで遊んでいました。庭の松、バラ、草などを思い浮かべると、何を混ぜ合わせるかが見えてくるので、視覚的に繋がりやすかったんです。何度も小さな実験をして、それを”風景”と呼んでいました。それが建築の面白さと繋がっていた——建築の魅力のひとつは抽象化だから。やがて、作ろうとしていた”庭”は視覚的な庭ではなく、理想の庭になり、さらには風景、アイデア、コンセプトへと変わっていきました」[13]

ブランドの誕生と「マーイ」の衝撃

ボーグ・プロフーモとして法人化したのは2012年のことだ。しかし表舞台への登場は2014年のマーイとともにやってくる。[3]

「自分にとってはまた別の大きな実験に過ぎなかった。ところが世界中の見ず知らずの人たちから『サンプルをくれないか』というメールが届いて、本当に驚きました。自分がしたことへの意識が、私にはあまりなかったんです。人々がマーイについて書いたレビューや感想を読んで、自分が何をしたのかを理解できた——逆向きに。レビューを読んで、私は自分の創作プロセスや作品の意味を知ることができました」[14][13]

マーイとは、日本語の武道用語「間合い」のこと。二つの対立するものの「間の距離」を意味する。チュベローズと獣毛感溢れるアニマリック成分(シベット、カストリウム、ヒラセウム)が拮抗するマーイの構造は、まさに「間合い」を体現しているようにも思える。[6][5]

マーイは香水評論家のルカ・トゥリン(Luca Turin)から4つ星評価を得た。トゥリンはその評を「2ヶ月間着信音ばかり聞いた後にウィーン・フィルハーモニーの最前列に座るようなもの」と表現したという。このひと言が、ボーグの世界観をよく表している。[15]

二つの職業、ひとつのバランス

今日もガルドーニは建築と香水制作の二足のわらじを履き続けている。ブレシア在住で大学で建築史を教えながら、自らのアトリエで夜、香水を作り続ける。二つの職業の関係についてこう語っている。[4]

「私の香水への情熱は、建築があってこそ生き続けられる——それは経済的な理由だけではありません。香水はまるで雲の一片のよう、実体がなく、とらえどころがなく、追跡が極めて難しい。でも設計した建物の中を歩けば、純粋に物理的な重い鉄やコンクリートの構造が見える。その具体性が釣り合いをもたらしてくれる」[13]

配給ネットワークを広げたり、生産量を増やしたりするつもりもないと明言している。「売上を10本、20本、30本増やすためだけに二、三の新しい扉を開けることは信じていない。流通は常に個人的な関係に基づいている」。[13]

ブランドのこだわり

香りづくりの哲学——古い技法と現代の直感

ボーグ・プロフーモの公式スタンスは「古代の技法と現代の直感を持って、現代的なフレグランスを作る」というものだ。ガルドーニは自らアルコールに樹脂、木材、根、金属を浸出させた溶剤を作り、それを使って旅先で見つけた希少な高品質の原料を溶かし、スチームディスティレーション(水蒸気蒸留)によってエッセンシャルオイルを抽出する。ただし彼自身が認めているように、こうした実験的な自家製溶剤は規制(IFRAおよびEU安全基準)の関係で商業製品には使用できず、自らの実験・研究にとどまる。実際の製品には、研究で得た知見をもとに選定した市販の原料を使用している。[2][8]

天然素材への偏愛も際立っている。例えばマーイは配合の約80%が天然素材だという。天然原料は産地の気候や収穫時期によって品質が変動するため、「まったく同じ処方式で作っても、バッチごとに香りが微妙に違う」という現象が生じる。これを欠点と捉えるのではなく、生産の豊かさとして受け入れている。また、20%以上の高濃度処方を好む。「それ以下では思い通りの効果が出にくい。天然素材は一定量の量がないと、ある種の効果が発揮されない」からだという。[13]

香りの構造については建築家らしい比喩を使う。

「建築とデザインから、私は層を重ねて作ること、そして引き算で思考することを学びました。私の香水は、気分・テクスチャー・光・色を持つ、発見されるべき部屋です」[8][2]

さらに、各成分の間に「ミニクラッシュ」を生み出すことが自身のスタイルだと語っている。「シトラスを最悪の敵——深いアニマリックノートや、突出した花——と組み合わせて、バランスを取れたら、面白い結果が生まれる」。相反するものを共存させ、その緊張感の中から美を引き出すこと。これがボーグの香りを唯一無二にしている。[13]

少量生産・完全手作り

全作品が小ロット生産(スモールバッチ)で完全手作りだ。工業化が進む現代の香水産業においてこれは極めて稀なことだが、ガルドーニにとってそれは表現の形式の一部である。コラボレーション作品「ドゥルール!(DOULEUR!)」の最初のバッチはわずか300本だった。ブランドとして大きな利益を狙うよりも、その都度の探求の結果を瓶に詰めることを優先している。[16]

パッケージデザイン

パッケージについての公式な詳細情報は限られているが、2026年2月に日本でのリニューアルに合わせて、既存の主要3作品(マーイ、オーイー、メム)のパッケージが刷新された。またトラベルセットには、4本のバイアルが並ぶカスタムケースにシルバーフォイルのロゴが施されているという記述が確認できる。全体として、過剰な装飾を排した実直なスタイルは、”香り自体が作品”というガルドーニの姿勢を反映しているように思われる。

香水ラインナップ

マーイ(MAAI)— 2014年

ジャンル:シプレ・フローラル・アニマリック

ボーグの出発点にして看板作品。チュベローズ、ローズ、ジャスミン、イランイランといった豊潤なフローラルを核に、シベット、カストリウム、ヒラセウム(ハイラックスの化石化した分泌物)という複数の獣毛系アニマリック成分と、オークモス、サンダルウッド、ドライフルーツが重なる。プレIFRA時代の1970〜80年代の大型シプレ香水へのオマージュとも言えるが、偶然の産物でもあった。

「マーイが年代物の大きなシプレ香水に似ていると言われたとき、私は驚きました。新しいことをやっているつもりだったから。当時は古典的な香水をそれほど知らなかった。あんな古いスタイルに似ることは、ほとんど事故だったんです」[14][13]

評論家のルカ・トゥリンはこの作品に4つ星を付け、「2ヶ月間着信音を聞いた後に、ウィーン・フィルハーモニーの最前列に座るようなもの」と評したという。また「間合い」という命名は、二つの対立物の距離・空間を指す日本の武道用語に由来する。[6][15]

オーイー(O/E)— 2015年

ジャンル:シトラス・アロマティック・ウッディ

ベルガモット、グレープフルーツ、レモン、ネロリなどの爽やかなシトラス群を起点に、クローブ、ブラックペッパー、ローズマリー、タイム、カンファーの薬草系スパイス、さらにレバノン杉、ジュニパー、パイン、ヒノキなど多種の木が連なり、最後はベチバー、ベンゾイン、タバコ、樹脂、サンダルウッドのスモーキーでアニマリックなベースに着地する。[21]

「デジタルとアナログ」「過去と未来」「職人的と産業的」——こうした矛盾する要素を一本の香水に共存させた作品だと紹介されている。シトラス香水でありながら、隠された「内なる獣」を解き放つ大建築と表現されるほど、複雑かつ多層的な構造を持つ。[17]

メム(MEM)— 2017年

ジャンル:フローラル・オリエンタル・フゼール

ボーグを代表するもうひとつの傑作。4種のラベンダー、プチグレイン、ジャスミン、ダマスクローズ、イランイラン、シャンパカなどの花々に、シベット、カストリウム、アンバーグリス、シアム・ベンゾインなどのアニマリック素材が絡み合う。[22]

「1889年にエメ・ゲランがジッキーを生み出して以来、これほど急進的なラベンダーの解釈をした調香師はいなかった」[23][22]

——とラッキーセントのテキストは言う。ルカ・トゥリンはペルフュームズ・ザ・ガイド2018版でこの作品に5つ星を与えた。[24][25]

「ラベンダー・ジャスミン……メムは、アントニオ・ガルドーニが作った中で群を抜いて最も複雑で野心的な作品だ。バランス、テクスチャー、そして交響楽的な豊かさにおいて、メムは非常に稀少な域にある。どの調香師にとっても途方もない達成であり、建築士を本業とする人にとっては、なおさらだ」 — Luca Turin[24]

リタ(LiTA)— 2020年

ジャンル:スモーキー・フローラル・オリエンタル

英国インディーバンド「ザ・クークス(The Kooks)」のボーカル、ルーク・プリチャードと妻エリー・ローズによる音楽デュオプロジェクト「DUO」とのコラボレーション作品。”LiTA”は「Love in the Afternoon(午後の愛)」の頭文字から。パチョリ、イランイラン、タバコを核に、ジャスミン、アンバー、シベット、ミルラ、ベチバーなどが重なる重厚でスモーキーな作品。[26][27]

「音楽と香水は多くの共通点を持つ。ノートと構造、そしてムードを作りムードを伝える機能。DUOの音楽を使って、彼らのダーク、スモーキー、官能的なサウンドに呼応するものを作りたかった」 — Antonio Gardoni[27][26]

カム(COME)— 2026年

ジャンル:グリーン・ウッディ・スモーキー

2020年の日本上陸以来初となる完全新作として2026年2月に日本初披露。「緑(グリーン)」のあらゆる側面を探求する作品。ベルガモット、ヘリクリサム(イモーテル)、フィグリーフを出発点に、ラブダナム、アウド、ベンゾイン、ブラックティー、ジャスミン、シベット、パチョリ、バニラ、トンカビーンが深みを与える。[28][29][30][19][17]

公式のテキストはこう詩的に語る。「カムはコントラストとハーモニーの間で振動する。ベンゾインの樹脂的な甘さとアウドの大地的な強度が、豊かで忘れられたエメラルドグリーンを描き出す」。ひとつの色——緑——をあらゆる香料の語彙で解体・再構築しようとする、きわめて概念的な試みだ。[29][28]

ちなみに…

「ヴァリュキリー」の香水とスクリーンの匂い:マーイは、 インスティチュート・フォー・アート・アンド・オルファクション(Art and Olfaction)による1960年代の「スメロビジョン映画」(匂い付き映画)『Scent of Mystery(香りの謎)』の再上映プロジェクトで、主人公女性(エリザベス・テイラーへのオマージュ)の纏う香水として採用された。これがきっかけでガルドーニはArt and Olfactionの主宰者サスキア・ウィルソン=ブラウンと親交を結び、2016年から複数年にわたりアート&オルファクション・アワードのジャッジを務めることになった。[31][13]

「痛み」は売れた:「DOULEUR!」はフランス語で「痛み」を意味する、タトゥーアーティストのフレディー・アルブライトンとのコラボ作品(2019年)。発表当初は「こんなに奇妙なものを誰が買うのか」とガルドーニ自身が半信半疑だったが、初回300本はすぐに売り切れとなった。それを受けて処方を微調整した「DOULEUR!2」も作られたが、後に生産を終了している。[32]

「ティラノサウルス・レックス」の解釈:ゾオロジスト・パフュームズのために作られた「ティラノサウルス・レックス」(2018年)。ガルドーニはその香りを「とても穏やかな連続音」として構想した——ゼリー状の物質が葉から滴る音、川の水が滝になだれ落ちる激しい水音、遠くから聞こえる水の違う音……。「それは実は視覚的だ」と笑いながら語っている。[13]

  1. Zoologist Perfumes “An Interview with Antonio Gardoni, the Perfumer of Tyrannosaurus Rex” (2018) – https://www.zoologistperfumes.com/blogs/news/an-interview-with-antonio-gardoni-the-perfumer-of-tyrannosaurus-rex
  2. The Institute for Art and Olfaction “Meet a Nose: Antonio Gardoni” (YouTube, 2020) – https://www.youtube.com/watch?v=FBtXYSEEi6Y
  3. Smell Stories “the story behind Bogue Profumo” (YouTube, 2020) – https://www.youtube.com/watch?v=E74WKLFzDIo
  4. Perfume Lounge / Bogue Profumo product pages – https://www.perfumelounge.eu/brands/bogue-profumo
  5. Luckyscent / MEM by Bogue Profumo – https://www.luckyscent.com/products/mem-by-bogue-profumo
  6. Luckyscent / COME by Bogue Profumo – https://www.luckyscent.com/products/come-by-bogue-profumo
  7. Smell Stories / MAAI product page – https://www.smellstories.be/en/bogue-profumo-maai-extrait-de-parfum.html
  8. Smell Stories / LiTA product page – https://www.smellstories.be/en/bogue-profumo-lita-extrait-de-parfum.html
  9. The Fandomentals “Fragrance Friday: Bogue MEM” (2020) – https://www.thefandomentals.com/fragrance-bogue-mem-review/
  10. NOSE SHOP “Bogue Profumoラインアップリニューアル記事” (2026年2月) – https://noseshop.jp/blogs/blog/260227-bgp-debut
  11. We Are IB “Antonio Gardoni” (biography) – https://www.weareib.it/designers/antonio-gardoni/
  12. Mondo Collection “Antonio Gardoni” – https://www.mondocollection.com/antonio-gardoni/
  13. Art and Olfaction Awards “Antonio Gardoni” – https://www.artandolfactionawards.org/judges/antonio-gardoni/
  14. Kafkaesque Blog “Bogue Profumo Maai: Valkyrie Chypres & Vintage Animalism” (2014) – https://kafkaesqueblog.com/2014/09/14/bogue-profumo-maai-valkyrie-chypres-vintage-animalism/
  15. A Bottled Rose “Douleur by Bogue Profumo x Freddie Albrighton” (2019) – https://abottledrose.com/2019/09/11/douleur-by-bogue-profumo-x-freddie-albrighton/