エルメッセンスは、アコードのクチュールバージョンです。あなたは、必ず肌にのせて嗅がなければなりません。エルメッセンスには特別なフィニッシュがあり、肌に馴染んだ時に感じることができるのです。それを言葉にすることはできませんが。
ジャン=クロード・エレナ
語られることの少ないエルメスの最高級ライン「エルメッセンス」。専属調香師であり、エルメッセンスの生みの親であったジャン=クロード・エレナは、「嗅覚の詩」とも呼んだ正にアートを突き詰めた作品群であります。詩と言いましたが、これはエレナが愛してやまない日本の俳句であり、実は実際にそれぞれの作品には俳句が存在していたのです。
ルールに則って、日本の俳句は一息よりも長くなってはいけず、それらを読むのは予期せぬ時に突然閃いて生み出されるべきものです。私がエルメッセンスに望んだことは、この俳句の形式に共鳴するものであり、その不思議な感覚を引き出すものであり、当惑させるものであり、そして、シンプリシティを知っていることを表現するものであり、極限まで自然に近い物であり、それでいながら、心を映すものであることです。
ジャン=クロード・エレナ
時は遡ること2011年、小林一茶の研究者であり、フランス出身の俳人マブソン青眼氏の元に一通の手紙が届きました。青色の万年筆で書かれたその差出人はエルメスジャポンでありました。そこに書かれていた内容とは、エルメスの専属調香師であったジャン=クロード・エレナのために、付記した現代日本の俳人何名かの代表作をフランス語に翻訳してほしいという依頼でありました。
「日本の現代俳人十数名の代表作をフランス語に訳して頂けないかと、お便りを差し上げている次第でございます。実は、パリに住む弊社の調香師ジャン=クロード・エレナが日本の俳句に対して大変関心を抱き、彼の個人的なお願いを代筆しておりますが…。」
手紙に、その担当者が提案した「現代俳人十数名」のリストが添えられている。なるほど、と思えるような好選出だ。僕は作者ごとに名句数句を選び、仏訳を作り、電子メールで送った。
参月庵ニッポン日記より
受け取ったエレナは、いたく感動し、俳人の方と会って、俳句と香水について語りたいと返事を送ります。こうして、2012年1月、銀座エルメスにて現代俳人7名とジャン=クロード・エレナの邂逅が実現するのです。
自身が目指す俳句のような香水の究極形態エルメッセンスを俳人たちに紹介すると、俳人はその中から自身の好みの香りを選び一句捧げる。かつてこれほどまでに美しい日本とフランスの出会いがあったでしょうか。エレナの喜ぶ顔が思い浮かびます。
こうして、エレナが極限までそぎ落とした俳句香水に、本物の句が宿ることとなりました。
Poivre Samarcande ポワブルサマルカンド
涼しさやオアシスのある星に住み(鷹羽狩行)
Iris Ukiyoé イリスウキヨエ
すれ違ふときアイリスの香を配る(稲畑汀子)
Vanille Galante バニーユガラント
色貝の打ちあがる浜日永なる(小澤實)
Paprika Brasil パプリカブラジル
花揺れて夜の涼しき大樹かな(長谷川櫂)
Brin de réglisse ブランドゥレジリス
夕星(ゆうづつ)を磨き上げたる青嵐(黛まどか)
Santal Massoïa サンタルマソイア
我に詩を あなたを、丘を行く鹿を(神野紗希)
Osmanthe Yunnan オスマンサスユンナン
杏の奥に翡翠の髪ざし太白星(ドゥーグル・リンズィー)
Ambre Narguilé アンブルナルギレ
目をほそめカルタゴの猫名月嗅ぐ(マブソン青眼)
Vétiver Tonka ベチバートンカ
太陽を奪ひしごとく泉かな(櫂未知子)
Rose Ikebana ローズイケバナ
薔薇に似し耳噛みをれば薔薇匂ふ 山口優夢