木の壁を眺めながら木のにおいを嗅ぐとき、私たちは、目と鼻から届く情報を別々に受け取っているのでしょうか。それとも、どちらも「木」という一つの対象の情報として感じているのでしょうか。
Viviane Gallus、Christine I. Huckeらが2025年に発表した研究は、マツ材のにおいと木材の写真を組み合わせ、においの快さや強さの評価と脳波を調べました。単に二つの感覚が同時に刺激された効果と、それらが意味の上でつながる効果を、区別しようとした研究です。
木のにおいと、木の写真を組み合わせる
一つ目の実験には27人が参加しました。測定上の問題があった3人と、においの有無を答える課題の成績が基準を満たさなかった3人を除き、18~35歳の21人を解析しています。
においは、細かくしたヨーロッパアカマツの木材から出るものです。精油や香水を使ったのではありません。装置が木材のにおい、または対照の清浄な空気を鼻へ送りました。
写真は、木材の表面と、木ではない人工的な壁面のような質感を写した24枚です。明るさなどを調整し、「木のにおいと木の写真」「木のにおいと別の写真」「空気と木の写真」「空気と別の写真」の四条件を作りました。
各人は計240試行を経験しました。写真を6秒間見せ、その開始に合わせて装置が1.5秒間においを送ります。参加者は、においを感じたらボタンを押し、その後、においの快さと強さを評価しました。解析には、においの有無への回答が正しかった試行だけを使っています。
別の二つ目の実験では、23人から得た21人分のデータを解析しました。一つ目とは別の参加者で、木材のにおいの代わりに、レモンを思わせる香料成分シトラールを用いています。木の写真と意味が合うにおいでなくても、同じ結果が出るかを調べるためです。
快さを左右したのは、写真の側だった
予想に反し、木材のにおいもシトラールも、空気より有意に快いとは評価されませんでした。においへの評価には個人差が大きく、よく感じる人も、そうでない人もいたのです。
一方、写真の効果は両方の実験で見られました。木の写真を見ているときのほうが、別の表面の写真を見ているときより、においの快さの評価が高くなっていました。
木材を使った一つ目の実験では、においと写真の組み合わせによる効果も認められました。ただし、条件を個別に比べると、木の写真による評価の上昇は、木のにおいがあるときだけでなく、空気しか送っていないときにも見られました。
さらに、「木のにおいと木の写真」は、「空気と木の写真」より有意に快いわけではありませんでした。写真もにおいも木でない対照条件との間にも、明確な差はありません。木のにおいと写真をそろえれば、ほかの組み合わせより必ず心地よくなる、という結果ではなかったのです。
参加者は、においの体験を評価するよう求められていました。それでも、見ている写真に評価が引っ張られた点を、著者らは重要だと考えています。木の写真自体の好ましい印象が、嗅覚の判断に及んだ可能性があります。
においの強さについては、両実験とも、においを送った条件で高く評価されましたが、写真による明確な違いはありませんでした。快さと強さが、同じように変わったわけではありません。
脳波を、波の速さごとに調べる
研究者らは、頭皮上の電極で記録した脳波も解析しました。脳波には、速い変動とゆっくりした変動が重なっています。それを速さごとに分け、写真の表示前に比べて、各成分がいつ強まったり弱まったりするかを調べました。この時間と周波数の解析を、論文ではERSPと呼んでいます。
木のにおいを処理するときには、およそ毎秒8~13回変動するアルファ帯の活動が弱まり、よりゆっくりしたデルタ帯の活動が強まる変化が見られました。著者らは、においの感覚処理や、それに注意を向けることとの関連を考えています。
木材を使った実験では、木の写真を見ることにもアルファ帯の変化がありました。研究者らは、嗅いでいるにおいと関係のある視覚情報が注意を引き、無関係な画像とは違う処理を受けた可能性を提案しています。脳波の弱まりを、そのまま脳が働かなくなったという意味にはできません。
意味の合わない情報には、処理の負担がある?
中心となる解析では、四条件の脳波を組み合わせて比較し、写真だけ、においだけの変化では説明できない、意味の一致に関わる成分を探しました。
すると、木材を使った実験では、写真の表示から約4.5~4.7秒の遅い時間帯に、デルタ帯の相対的な違いが見られました。木のにおいと木でない写真という、不一致に関わる比較の側で、より大きい活動がありました。
著者らは、においを評価しようとするとき、意味の合わない写真を無視したり、競合する情報を整理したりするために、余分な処理が必要になったのではないかと解釈しています。一致する情報なら、そうした負担が少なく済むかもしれない、という仮説です。
シトラールの実験では、同じ種類の一致に関わる効果は検出されませんでした。ただし、二つの実験を直接比べる統計的検定はしていません。一方で検出でき、他方では検出できなかったことだけで、木という意味が原因だったと確定することはできません。
探索的な結果として、確かめる必要がある
脳波の解析は、多くの時間と周波数を調べる探索的な面を持っています。有意なまとまりが見つかっても、その中のすべての時刻や周波数が、個別に有意と確認されたわけではありません。また、装置を動かしてからにおいが鼻の感覚器に届くまでにはずれがあり、報告された時間は、その到達時刻を基準にしたものではありません。
参加者はにおいを感じたときだけボタンを押したため、においと空気の条件には動作の違いもあります。研究者らは動作に由来する脳波成分を取り除く処理をしましたが、その影響が完全になくなったとは保証していません。
さらに、写真は二種類の画像を比べる一方、においは香りのあるものと空気の比較で、対照条件が対称ではありません。各実験21人という規模も含め、別のにおい同士を使う比較や、あらかじめ解析範囲を絞った検証が必要です。
研究はドイツ連邦食料・農業省の資金による支援を受けました。著者らは、申告すべき競合する利益はないとしています。
まとめ
今回の実験では、木の写真が、木材のにおいに限らず、嗅覚の快さの判断に影響しました。脳波には、木という意味に関わる視覚情報への注意や、意味の合わない情報を処理する負担を示すかもしれない変化もありました。
研究が目指すのは、心地よいにおいを単独で探すだけでなく、見えている環境とにおいが、どのように一つの体験へまとめられるかを理解することです。木材を使う室内空間でも、香りだけでなく木がどう見えるかが重要かもしれません。その設計への示唆を確かなものにするには、今回の視覚効果と、探索的な脳波の意味を分けて検証する必要があります。
参考文献
Gallus, V., Hucke, C. I., Butter, K., Ohlmeyer, M., & van Thriel, C.(2025). Conceptual processing of natural, complex odours: multisensory effects on behaviour and ERSP. Brain Research, 1863, 149839. DOI: 10.1016/j.brainres.2025.149839。原著全文(Thünen研究所、PDF)。© 2025 The Authors. Published by Elsevier B.V. CC BY 4.0.


