畳や金木犀の香りから、昔の景色が浮かぶとき

畳や金木犀の香りから、昔の景色が浮かぶとき 香りの科学

金木犀の香りから、子どものころ友達と遊んだ野原が浮かぶ。畳の香りから、おばあちゃんと話した場面を思い出す。2021年の研究では、高齢の参加者から、このような具体的な思い出が語られました。

研究者が調べたのは、思い出に結び付く香りを嗅ぐときの脳活動と、記憶の鮮明さや安心感との関係です。本人に合う香りを選び、記憶との結び付きが弱い対照香と比べることで、香りから心の中に場面が浮かぶ体験を探りました。

本人に合う「思い出の香り」を選ぶ

募集したのは、自立して暮らし、物忘れなどを自覚していた高齢者30人です。神経内科医による評価では、認知機能は正常な群とされました。既往歴による除外の後に27人がMRI検査へ進み、機器上の問題や撮像中の不快感による中止を除いた24人を解析しました。男女12人ずつ、平均年齢は74.4歳でした。

最初の日に嗅覚と認知機能を調べ、畳、金木犀、ベビーパウダー、柑橘、線香の五つの香りを、無作為の順番で提示しました。参加者は、誰か、場所、出来事の記憶が浮かぶか、何歳ごろの記憶か、その快さ、鮮明さ、感情の強さなどを答えました。

各人で最も強い自伝的な記憶を引き起こした香りを、撮像時に使いました。したがって、全員に畳や金木犀を使ったわけではなく、その人に合う一つを選んでいます。対照はバラに似た香りのβ-フェニルエチルアルコールでした。

香りと無臭の空気を30秒ずつ交互に提示

約2週間後にfMRIを行いました。参加者は鼻のマスクを通して、自分の吸気で香りを嗅ぎます。一つのセッションでは、香り30秒、無臭の空気30秒というブロックを各5回繰り返しました。思い出の香りと対照香を、それぞれ別のセッションで測っています。

fMRIは血液の酸素化に関係する信号から、脳活動の変化を捉える方法です。研究では、まず各香りと無臭の空気を比較し、次に思い出の香りと対照香を直接比較しました。さらに、活動した脳領域どうしの結び付きと、主観的な記憶・感情の評点との関係をモデル化しました。

香りの快さより、安心感と「戻った感じ」に差

著者らは、思い出の香りでは、対照香より安心感・心地よさ、記憶の鮮明さ、記憶を思い出す程度、過去へ戻ったような感覚の評点が高かったと報告しています。一方、香りの快さそのものと覚醒度には有意差がありませんでした。

ここは、単に「よい香りだから気分がよくなった」という話と分けたい点です。快さの差が明確でなくても、個人的な場面を思い出す体験には違いがありました。ただし、主観評価の一部では、本文に記載されたz値とp値が整合しません。とくに「過去へ戻る感覚」には大きな食い違いがあり、著者の報告した平均の方向と、厳密な有意性の確認を区別する必要があります。

視覚に関わる領域と、眼窩前頭皮質の連携

思い出の香りは、無臭の空気に比べて、左の後部眼窩前頭皮質、右の下前頭皮質、左右の紡錘状回に活動増加を伴いました。対照香でも、左右の紡錘状回は活動していました。紡錘状回は視覚処理に関わる領域なので、その活動すべてが思い出の香りだけに特有だったわけではありません。

思い出の香りと対照香を直接比べると、左の後部眼窩前頭皮質では、思い出の香りの方が活動が高くなりました。さらに、思い出の香りの条件では、この領域と左の紡錘状回などの活動の結び付きが検出されました。

写真を見せていないのに視覚に関わる領域が関わり、参加者は人や場所を含む場面を語る。この組み合わせから著者らは、香りが引き起こす心の中の映像と、記憶に伴う感情の連携が表れた可能性を考えています。脳画像から、思い浮かべた景色の内容を読み取った研究ではありません。

「過去へ戻る感じ」から記憶、脳活動へというモデル

研究の第二の目的は、主観的な体験と脳活動の関係を、一つの経路モデルとして検討することでした。思い出の香りの条件では、過去へ戻った感覚が強いほど想起の評点が高く、想起の程度が左紡錘状回の活動と、その活動が左後部眼窩前頭皮質の活動と関連する経路が残りました。安心感や鮮明さも、ほかの主観評点と関連していました。

対照香では、主観評点どうしの関係はありましたが、同じように左紡錘状回へつながる有意な経路は得られませんでした。著者らは、記憶・感情・視覚的なイメージに関わる活動をまとめて捉えるモデルとして、この結果を解釈しています。

ただし、モデルの矢印は実際の因果の順序を確定しません。同じデータを見ながら経路を絞っており、対象も24人です。また、快さへの直接経路は有意ではなく、間接経路については、本文が有意とする説明と表のp値・経路名に不一致があります。快さがどの経路で生まれるかまで確定したモデルとしては扱えません。

高齢期の記憶を刺激する可能性と、今回の到達点

予想された海馬や扁桃体などの活動は、多重比較補正後には有意な結果として残りませんでした。著者らは、繰り返す香りへの反応の慣れや、想起した場面への注意が関わった可能性を挙げています。これは今回直接確かめた仕組みではなく、次の検証課題です。

著者らは、思い出に結び付く香りで記憶や感情を刺激することが、高齢期の認知機能に役立つ可能性も論じています。しかし、今回測ったのは短い実験中の反応で、認知機能が長期的に改善したか、認知症を予防できるかは調べていません。今後はより多くの人や認知機能の低下がある人でも、記憶の内容を詳しく評価しながら調べる必要があります。

まとめ

本人の思い出に合う香りでは、対照香より記憶の想起や安心感などの評点が高く、左後部眼窩前頭皮質の活動も高くなりました。視覚処理に関わる左紡錘状回との結び付きと、想起の強さとの関連も見つかりました。

香りが、過去の場面を映像のように思い出す体験へつながる。その体験を高齢者の主観評価と脳活動から捉え、記憶・感情・視覚的なイメージを結ぶモデルを提案したのが、この研究です。モデルの因果や健康面の応用は、今後の検証に委ねられています。

研究の背景・開示:科研費20K03482と花王が資金を提供しました。研究当時、共著者Haruko Sugiyamaは花王に所属し、設計、実験、主観指標の解析に関わっています。論文は、データ解析者には群の情報を知らせずに解析したと申告しています。

参考文献

Masaoka, Y., et al. (2021). Odors Associated With Autobiographical Memory Induce Visual Imagination of Emotional Scenes as Well as Orbitofrontal-Fusiform Activation. Frontiers in Neuroscience, 15, 709050. 原著論文・公開全文