私にとって、香りは記憶を呼び起こす通路です。
— Patrick Hui(パトリック・ホイ)、創業者
香港のScented Niche(センテッド・ニッチ/聞伯樂)は、世界の独立系香水を集めるマルチブランドのセレクトショップである。始まりには、一人の香水好きが、海外で知った香りを香港で試せないという不便があった。
知らない香水を、説明文だけで選ぶのは難しい。まして、その一本に自分らしさを求めるなら、実物に触れる時間がほしくなる。センテッド・ニッチの歴史は、遠くの作り手の香水を集める仕事と、目の前の人が自分の好みを確かめられる場所をつくる仕事が、重なっていく歩みである。
基本情報
- 名称:Scented Niche(センテッド・ニッチ/聞伯樂)
- 創業・最初の店舗:2018年、香港・中環の歌賦街32号
- 創業者:Patrick Hui(パトリック・ホイ)
- 業態:複数ブランドの香水・ホームフレグランスを扱う専門店
- 現在の店舗案内:銅鑼湾のLee Garden Two、尖沙咀のK11 MUSEA
- 公式サイト:Scented Niche
創業者と店の成り立ち
英国で広がった香水への関心
パトリックは高校時代に香水を使い始め、英国への留学を通じて、その世界の広さを知った。帰港後に気づいたのは、海外で出会った小規模なブランドの香水を、香港では容易に試せないことだった。海外へ行くか、オンラインで買うか。どちらも、日常のなかで気軽に香りを選ぶ方法にはなりにくかった。
パトリックの香りの記憶には、土や草がある。そうした匂いが、外国で友人とサッカーをしていた頃を思い出させるのだという。香水を自分の記憶や生活と結びつけてきた人にとって、名前や包装だけで一本を決めることには限界があった。高価な香水を、試さずにネットで買う冒険。その隔たりを埋める場所が、彼の店になった。
2018年、歌賦街に開いた白とオレンジの店
最初の店は2018年、中環の歌賦街32号に開いた。白い外観とオレンジを使った内装を持つ、小さな香水店だった。
同年9月に店を訪れた『My Modern Darcy』の筆者は、近隣の店を出たところで、その外観と入口から届く香りに引かれて足を踏み入れている。迎えた二人のうち、一人がパトリックだった。店頭では、カルトゥージアやザ・ディファレント・カンパニーなど、異なる作り手の香水を試すことができた。
二人と香水について話すうちに、筆者は香りそのものに加え、その工芸を伝える熱意にも触れた。センテッド・ニッチが目指したのは、香水好きが集まり、知識を分かち合える場所でもあった。小さな店で、作り手の違いを知りながら試す。その対話が、遠くの香水を身近にしていた。
歌賦街からK11 MUSEAへ
2020年には尖沙咀のK11 MUSEAへも展開した。歌賦街の路面店とは異なる、現代的なコンセプトストアである。同年9月の案内では、K11の拠点は12月までの限定店として紹介され、区画も現在とは異なっていた。
その後の店舗展開を、当時の限定店の情報だけで捉えることはできない。2026年10月の公式店舗案内には、K11 MUSEAの2階210Aと、銅鑼湾のLee Garden Twoの1階117が掲載されている。海を挟んだ二つの地区に、独立系香水と出会う接点がある。
店の歩み
| 時期 | 出来事 |
|---|---|
| 2018年 | 中環・歌賦街32号に最初の店舗を開く。 |
| 2020年 | K11 MUSEAへの展開が紹介される。同年9月時点の案内は期間限定店。 |
| 7周年 | コレテルノの香水シリーズを紹介し、独創性と芸術性を重視する選品方針を改めて掲げる。 |
| 2026年10月 | 公式店舗案内にLee Garden Two 117とK11 MUSEA 210Aを掲載。 |
選品と試香のこだわり
香りとともに、作り手の進む方向を選ぶ
私たちは香水メゾンと直接仕事をしています。
— パトリック・ホイ
2020年のパトリックの説明では、選品はサンプルを嗅ぐだけで終わらない。ブランドが翌年にどのような展開を考えているか、流通をどこまで広げるか、オンラインでどう販売するかも検討した。小さなメゾンの創作と、その香水が人に届く経路を、一続きのものとして見ていたのである。
導入候補を熱心な顧客に試してもらうこともあった。正式な消費者調査ではないが、多くの香水に親しんだ人の反応を確かめる機会になった。当時の取扱は8ブランド。これは創業初期の規模であり、その後の品揃えはさらに広がっている。
現在の公式カタログには、ニコライ、パルファムMDCI、メンデットローザ、パピヨン・アルチザン・パフュームズ、ニラ・ヴェルメイユ・クリエイションズ、オルト・パリージ、マティエール・プルミエールなどが並ぶ。ホームフレグランスも含む複数ブランドの選品が、店の骨格である。
実際の商品ページにも、ニコライの「Macaron Bourbon」、パルファムMDCIの「Chypre Palatin」、マティエール・プルミエールの「Metal Lavender」が掲載されている。ブランド名だけを掲げた店ではなく、作り手ごとの具体的な作品を扱う香水店なのだ。
以前に使った香水から、次の一本へ
最初に出会うのは、親しみやすい私たちのスタッフです。
— パトリック・ホイ
パトリックが説明した接客の出発点は、客の好みと、それまでに買った香水である。スタッフはその話を手がかりに、取り扱う独立系ブランドの作品へ案内する。初めて聞くブランドでも、自分が知っている香りとのつながりから入れる。
この店づくりには、急いで決める必要のない空間も関わっていた。歌賦街の店では、暖かな照明の下に香水が並び、選ぶための時間を過ごせた。知識を一方的に渡すよりも、実際に試し、自分の反応を確かめる。それが、オンラインでの購入だけでは満たせなかった部分である。
現在の公式方針も、専門スタッフが客に合う香りを探すことを掲げる。K11 MUSEAの施設側の紹介も、独立系ブランドの香りを探索する、街なかの落ち着いた場として店を案内している。
独立時計にも通じる、独創性への関心
パトリックは時計の収集家でもある。2025年には、独立時計と自分が扱う香水に共通する魅力を、流行への距離と、作り手が追求する表現から説明した。
ブランドが、とても集中して定番となるものを作ろうとしている。
— パトリック・ホイ
多くの人に合わせるために、表現の落としどころを探す仕事もある。一方、強い個性を持つ作品は、最初から誰にでも受け入れられるとは限らない。彼が独立した作り手に見いだすのは、そうした違いを保つ余地である。
センテッド・ニッチの7周年の言葉も、ただ選択肢を増やすのではなく、独創性と芸術性を持つ香水を選ぶというものだった。香港の店頭で異なる国の香水を試すことは、その土地の作り手が何を大切にしたかに触れることでもある。パトリックの選品と接客は、その違いを、一人ひとりの好みへ結びつけようとしている。
参考文献
- 創業の背景、香りの記憶、歌賦街とK11 MUSEA — Vogue Hong Kong、2020年7月17日
- Manifesto — Scented Niche(最初の店、7周年、選品と接客の方針)
- Scent Master — Gafencu、Patrick Huiインタビュー(2020年)
- A new home of niche fragrance – Scented Niche, Hong Kong — My Modern Darcy、2018年9月5日
- 香氣世界中的「伯樂」 — Vogue Hong Kong、2020年9月30日(当時の限定店案内)
- Store Locator — Scented Niche(現行店舗)
- Brands at Scented Niche — 公式取扱ブランド一覧
- Macaron Bourbon — Scented Niche
- Chypre Palatin — Scented Niche
- Metal Lavender — Scented Niche
- Scented Niche — K11 MUSEA(店舗と取扱ブランド)
- 製錶工藝與香氛藝術是兩碼子的事? — Madame Figaro Hong Kong、2025年9月8日


