サンタ・マリア・ノヴェッラ ── 800年の時を超える、世界最古の薬局が紡ぐ香りの物語

ブランド創業者

「伝統と革新(Tradition and Innovation)――それがオフィチーナ・プロフーモ・ファルマチェウティカ・ディ・サンタ・マリア・ノヴェッラのモットーであり、私が製品ラインの拡充と海外店舗展開の両面で実践しようとしてきた原則です」
── エウジェニオ・アルファンデリー(元社長)


基本情報

  • 正式名称:Officina Profumo-Farmaceutica di Santa Maria Novella(オフィチーナ・プロフーモ・ファルマチェウティカ・ディ・サンタ・マリア・ノヴェッラ)
  • 起源:1221年(ドミニコ会修道士がフィレンツェに到着した年)
  • 公式な商業活動の開始:1612年(トスカーナ大公により「オフィチーナ・プロフーモ・ファルマチェウティカ」の名称を正式に授かる)
  • 本拠地:イタリア・フィレンツェ Via della Scala 16
  • 公式サイトeu.smnovella.com / jp.smnovella.com(日本公式)
  • 現在の所有者:イタルモビリアーレ(Italmobiliare、ペゼンティ家が所有する投資持株会社)

※ 読み方について:日本では「サンタ・マリア・ノヴェッラ」と表記されるのが一般的である。イタリア語での発音は「サンタ・マリーア・ノヴェッラ」に近い。以下、本記事では略称として「SMN」も適宜使用する。


創設者・ブランドの成り立ち

修道院の薬草園から始まった800年

サンタ・マリア・ノヴェッラの物語は、13世紀のフィレンツェ郊外から始まる。1221年、ドミニコ会の修道士たちがフィレンツェに到着し、当時城壁の外にあった小さな教会「サンタ・マリア・インテル・ヴィネアス(Santa Maria Inter Vineas=”ぶどう畑の聖母マリア”の意)」に居を構えた。修道士たちは修道院に付属する庭園でハーブや薬草を栽培し、軟膏、バルサム(芳香性の樹脂から作る薬用クリーム)、エリクサー(万能薬)といった薬を調合して、修道院内の診療所で使用し始めた。

当初は修道士自身の治療のための小さな試みに過ぎなかったが、やがてその薬草の品質と治癒力は修道院の壁の外にまで知れ渡ることになる。

ダルダーノ・アッチャイオーリとサン・ニッコロ礼拝堂

1334年、一つの転機が訪れた。フィレンツェの名門中の名門であるアッチャイオーリ家の豪商、ダルダーノ・アッチャイオーリが修道士たちの治療によって病を癒されたのである。感謝のしるしとして、ダルダーノは壮麗なサン・ニッコロ礼拝堂を修道士たちに寄贈した。この礼拝堂こそが、現在もフィレンツェのヴィア・デッラ・スカーラ16番地にあるSMNのブティック兼ミュージアムの心臓部となっている空間である。

ペストとの闘い──アクア・ディ・ローゼの誕生

14世紀半ば、ヨーロッパを襲った黒死病(ペスト)はフィレンツェにも壊滅的な被害をもたらした。この惨禍のさなか、修道士たちはバラの花を蒸留してローズウォーター(Acqua di Rose=アクア・ディ・ローゼ)を作り、ペスト対策に用いた。1381年にはこのアクア・ディ・ローゼの売買を記録した領収書が残されており、これがSMN最古の商業記録のひとつとされている。消毒や空間の浄化に使われたこのローズウォーターは、感染症を食い止める効果こそ限定的であったものの、芳しいトニック(化粧水)として現在もSMNを代表する製品であり続けている。

カテリーナ・デ・メディチと「王妃の水」

1533年。SMNの歴史において最も劇的な場面が訪れる。フィレンツェの名門メディチ家の若き令嬢、カテリーナ・デ・メディチ(後のフランス王妃カトリーヌ・ド・メディシス)が、フランス王アンリ2世のもとへ嫁ぐことになったのである。

カテリーナは婚礼の随行員の中に、ドミニコ会修道士たちのもとで育てられた調香師レナート・ビアンコを加えた。伝説によれば、レナートは修道院に拾われた孤児であり、フラ(修道士)の一人に薬草蒸留の秘技を仕込まれた人物であったという。カテリーナはこの特別な日のために、フィレンツェの優雅さと気品を思い起こさせる香りを修道士たちに依頼した。こうして誕生したのが、アクア・デッラ・レジーナ(Acqua della Regina=「王妃の水」)である。

「アクア・デッラ・レジーナは、カテリーナ・デ・メディチがフランス王への結婚の贈り物として、サンタ・マリア・ノヴェッラのドミニコ会修道士のもとで育てられたレナート・ビアンコに依頼して創らせた香りを讃えたものです。イタリア産の柑橘類に、プチグレン、ネロリ、ラベンダーが織り成す、爽やかなシトラスブーケが広がります」
── サンタ・マリア・ノヴェッラ公式サイトより

この香水は画期的な特徴を持っていた。当時、香水のベースにはオリーブオイルやビネガーが使われていたが、アクア・デッラ・レジーナはアルコールをベースとした最初の香水であるとされる。つまりこれは、近代香水の祖ともいえる存在なのである。

パリに渡ったレナートは「ルネ・ル・フロランタン(René le Florentin=”フィレンツェ人のルネ”)」と呼ばれ、ポン・サン・ミシェルに香水店を開いてパリ貴族社会の御用達となった。カテリーナ自身もフランス宮廷に香水文化を持ち込んだ人物として広く知られており、フランスの香水産業の礎を築いたのは実はこのフィレンツェの修道院であったという見方もある。

なお、伝説によればルネには影の顔もあった。カテリーナ王妃に雇われ、敵を排除するための毒薬を調合していたとも伝えられている。歴史の真偽はさておき、こうした逸話の数々が、SMNの神秘的な魅力をさらに深めていることは確かである。

薬局の公開と黄金期

1542年、修道士たちはついに薬局の扉を一般公衆に向けて開いた。そして1612年、フラ・アンジョロ・マルキッシ(Fra Angiolo Marchissi)のもとで正式に「オフィチーナ・プロフーモ・ファルマチェウティカ」として商業活動を開始し、トスカーナ大公から「Fonderia di Sua Altezza Reale(王室殿下の鋳造所)」の称号も授かった。

18世紀には、オフィチーナの薬剤師であったフラ・コジモ・ブチェッリ(Fra’ Cosimo Bucelli)が大きな功績を残す。彼は1749年に、SMNの膨大なレシピを『王室殿下の鋳造所の秘密(I segreti della Fonderia di Sua Altezza Reale)』という一冊の書物に体系的にまとめ上げた。さらにブチェッリは、薬効を持つリキュール「アルケルメス(Alchermes)」のレシピを1743年に完成させた人物でもある。砂糖、ナツメグ、シナモン、クローブを配合し、干したカイガラムシで深紅に染め上げるこの独特なリキュールは、産後の回復を助ける薬として新しい母親たちに処方されていた。

国有化とステファニ家の時代

イタリア統一の波はSMNにも及んだ。1866年、教会財産の没収により、オフィチーナはイタリア王国の所有物となった。その後、最後の修道士院長ダミアーノ・ベーニの甥であるチェーザレ・アウグスト・ステファニに譲渡され、以降4世代にわたりステファニ家がこの事業を継承していくことになる。

しかし時代が進むにつれ、かつての栄光は徐々に薄れていった。修道院の中庭は体系的な栽培には狭すぎ、機械設備は老朽化し、従業員はわずか3名にまで縮小していた。伝説的な歴史を持つオフィチーナは、まさに存亡の危機に立たされていた。

エウジェニオ・アルファンデリー──機械技師がもたらした再生

1958年のある晴れた午前中のことである。7歳か8歳のひとりの少年が、曾祖母の手に引かれてヴィア・デッラ・スカーラのオフィチーナに足を踏み入れた。曾祖母が石鹸やリキュールを買い求める間、退屈した少年は店内を歩き回り、家具を分解していたという。

「退屈で、家具を分解してしまいました」
── エウジェニオ・アルファンデリー

少年の名はエウジェニオ・アルファンデリー。後にこの人物がSMNの運命を一変させることになる。

機械工学を学んだアルファンデリーは、1989年に故障した古い機械を修理するためにオフィチーナを訪れた。当時は繊維産業で働いていた彼だが、オフィチーナの潜在力を見抜いた。とはいえ、化粧品や香水にはさほど興味がなかった彼はしばらく躊躇していた。決断を後押ししたのは、意外な人物であった。フランスの大女優カトリーヌ・ドヌーヴが、SMNの製品は「派手さとは無縁の、本物の贅沢を求める人にこそふさわしい」と彼に語ったのである。

「大手化粧品企業ではコストの半分以上がマーケティングに費やされています。他社が広告に投資するものを、私たちは製品に投資するのです」
── エウジェニオ・アルファンデリー

アルファンデリーは企業家としての才覚を発揮した。生産拠点をフィレンツェ郊外の近代的なラボラトリーに移転し、空いた歴史的空間にはミュージアムとカフェを設けて訪問体験を充実させた。原料栽培のための農地を購入し、アジア市場の開拓にも着手した。結果、直営店は世界75か所に拡大し、売上は10年間で2,700万ユーロと3倍に成長した。

エンジニアとしてのバックグラウンドは製造面でも活かされた。SMN特有の天然原料と古来の製法に適した機械は市場に存在しなかったため、彼は自ら設備の多くを設計・発明した。

「市場には私たちの特殊な原料や製造工程に適した機械がなかったので、設備の多くを自分で発明しなければなりませんでした」
── エウジェニオ・アルファンデリー

イタルモビリアーレの時代と新たなステージ

2020年9月、ペゼンティ家が所有する投資持株会社イタルモビリアーレ(Italmobiliare)がSMNの過半数株式を取得し、翌2021年には4,000万ユーロで残りの20%を買い取って完全子会社化した。同時に、香水一族出身のジャン・ルカ・ペリス(Gian Luca Perris)がCEOに就任した。ローマ生まれのペリスは、父ミケーレ・ペリスが1981年にミラノで設立したペリス・グループで調香師としてのキャリアを積み、自身のブランド「ペリスモンテカルロ」も手がけてきた人物である。

ペリスは着任直後の課題をこう語っている。

「到着した時、基本的に組織がなかったのです。世界的にはそれなりに大きなブランドでしたが、マネジメントが不在でした。アジア太平洋市場の担当者もいない。グローバルの商務ディレクターもいない。マーケティング担当もいない。Eコマース専任もいない。あらゆるステップで組織を再構築する必要がありました」
── ジャン・ルカ・ペリス

彼はSMNを「800年の歴史を持つスタートアップ」と形容した。ペリスの就任は、ブランド創設800周年となる2021年の直前というタイミングでもあり、記念すべき節目に向けてSMN初のオー・ド・パルファム「リリス(L’Iris)」を発表した。このフレグランスはたちまちブランドのベストセラーとなった。

「SMNがミュージアムになってしまっては意味がない。ルーツを大切にしながらも、革新を続けることが重要です。修道士たちは偉大なイノベーターでした。新しい原料を研究し、新しい処方を生み出し、メディチ家と手を組んで化学や薬学に投資していたのですから」
── ジャン・ルカ・ペリス

2024年にはジョヴァンナ・パオローニがペリスの後任としてCEOに就任し、さらに2025年9月からはリュディヴィーヌ・ポンが新CEOとして指揮を執ることが発表されている。


ブランドのこだわり

天然原料と自社栽培

SMNの製品づくりの根幹にあるのは、天然原料への徹底したこだわりである。フィレンツェ郊外に15,000平方メートルの自社農園を持ち、約2,500種の植物を栽培している。ベチバーやサンダルウッドなどフィレンツェで育たない一部の例外を除き、原料のほぼすべてが自社栽培で賄われる。化学農薬や除草剤は一切使用されず、有機栽培が徹底されている。

特筆すべきはアイリス(iris)の根である。フィレンツェの丘陵地帯で栽培されるアイリスは、収穫後6年間の熟成を経て蒸留され、わずかな量の精油(コンクレート・ディリス)が抽出される。乾燥した根15トンから得られるエッセンスはたったの1リットルともいわれ、香水原料の中でも最も貴重なもののひとつである。

伝統的製法と近代技術の融合

2000年に取得したフィレンツェ北部の工場は、ヴィア・デッラ・スカーラの店舗から約3キロの場所にある。ここでは古来の製法を忠実に守りつつ、近代的な技術も活用されている。たとえば石鹸は、石鹸フレークをミルクと混合して成形した後、特殊な換気キャビネットの中で30日間かけて乾燥・熟成させる。この工程により、一般的な石鹸の約3倍の耐久性が実現される。毎日500個以上の石鹸が一つひとつ手作業で削り出され、包装されている。

製品の品質管理には「電子の鼻」と呼ばれる分析装置が導入され、成分のわずかな偏差も検知できる体制が敷かれている。45度の高温環境で長時間テストされるクリーム類の耐久試験など、最先端の品質管理が行われている一方、すべての製品は動物実験を行わずに製造されている。

パッケージとボトルデザイン

SMNのパッケージは、何世紀にもわたって意図的にほぼ同じスタイルが維持されてきたことで知られている。クラシカルなフロスト加工のガラスボトルに刻印されたラベル、ルネサンス期のフィレンツェの美意識を反映した抑制的なデザインは、流行に左右されない普遍的な美しさを湛えている。ただし近年、環境配慮の観点から、一部の製品でフロストガラスから透明ガラスへ、エングレーブ(刻印)ラベルからステッカーラベルへの移行が進められているとの報告もある。

広告を打たない哲学

SMNはこれまで一貫して広告宣伝を行わないことで知られてきた。アルファンデリーの「他社が広告に投じる費用を、私たちは製品そのものに投資する」という姿勢は、ブランドの DNA に深く刻まれている。顧客は口コミ、旅行ガイドブック、そしてフィレンツェ店舗への訪問体験を通じてブランドに出会う。ヴィア・デッラ・スカーラの店舗には一日平均2,000人もの来店者が訪れる。


香水ラインナップ

SMNは香水だけでなく、ボディケア、石鹸、キャンドル、ルームフレグランス、リキュール、食品まで含めて600以上の製品を擁する。ここでは代表的な香りのカテゴリーを概観する。

オーデコロン・コレクション(Acqua di Colonia)

SMNの香りの世界の中核をなすのが、25種類以上を数えるオーデコロン・コレクションである。19世紀以来、王侯貴族や知識人に愛されてきたこのコレクションは、洗練された軽やかさが特徴である。

代表的な作品は以下のとおり。

  • アクア・デッラ・レジーナ(Acqua della Regina):1533年にカテリーナ・デ・メディチのために創られた、SMN最古のフレグランス。イタリアンシトラス、ネロリ、ローズマリー、クローブ、ラベンダー、ムスクで構成される爽やかなシトラスブーケ。
  • ポプリ(Pot Pourri):ベルガモット、ビターオレンジ、ローレルのトップノートから、ラベンダー、タイム、クローブ、ローズマリーのハートへ。ベースにはパチュリ、シダーウッド、ペルーバルサムが温かく包み込む。フィレンツェを象徴するアロマティックな香り。
  • メロ グラーノ(Melograno):ザクロ(pomegranate)をモチーフにしたスパイシー・オリエンタル。ローズ、イランイラン、パチュリ、ムスクが織りなす甘美な一品。
  • アンブラ(Ambra):1828年に誕生したオリエンタル。バーチ(白樺)の力強いスモーキーなノートが特徴的で、ベルガモット、ネロリ、ラベンダー、サンダルウッドと交わる。
  • パチューリ(Patchouli):土っぽく力強い、修道院的な深みを持つパチュリの香り。

イ・ジャルディーニ・メディチェイ(I Giardini Medicei)──オー・ド・パルファム・コレクション

800年の歴史の中でSMN初のオー・ド・パルファムとして2022年に誕生したのが「リリス」であり、2023年にはさらに3作品が加わって「イ・ジャルディーニ・メディチェイ(メディチ家の庭園)」コレクションが形成された。メディチ家が15〜17世紀に築いたヴィッラ・メディチェア・ディ・カステッロとヴィッラ・メディチェア・ラ・ペトライアの庭園に実際に足を運び、そこに息づく植物からインスピレーションを得たコレクションである。

  • リリス(L’Iris):フィレンツェの紋章であるアイリスに捧げるオマージュ。フィレンツェの丘で6年間熟成させたアイリスのコンクレートを使用。
  • ビッザッリア(Bizzarria):1644年に発見され、一度は失われたと思われていたビターオレンジ、エトロッグ、レモンの奇妙な交配種「ビッザッリア」の実に着想を得た柑橘の香り。1980年にヴィッラ・メディチェア・ディ・カステッロで再発見された。
  • ジェルソミーノ(Gelsomino):1688年にポルトガル王からコジモ3世・デ・メディチに贈られたゴア産ジャスミン「ジェルソミーノ・デル・グランドゥーカ」がモチーフ。コジモ3世は自分以外の栽培を禁じるほどこの花に執着し、カステッロ邸に秘密の温室「ストゥーファ・デイ・ムゲリーニ」を建てたという。
  • マニョーリア(Magnolia):マグノリア・グランディフローラの花を中心に、ホワイトローズ、アラビアンジャスミン、アンバーを配した華やかな一作。

その後、クエルチャ(Quercia=オーク)インチェンソ(Incenso=インセンス)、アクア(Acqua=水)が加わり、コレクションは現在7作品にまで成長している。

伝統的調合品(Traditional Preparations)

香水以外の領域にこそ、SMNの修道院薬局としての真髄が表れる。

  • ポプリ(Pot Pourri):トスカーナの丘陵で農薬不使用で栽培されたつぼみ、花弁、葉、根を手作業で収穫し、何世紀も使い続けている巨大な陶製壺にエッセンスとともに漬け込み、蝋で封をして数か月間熟成させるという古来の製法が守られている。持続期間は9〜12か月。
  • アチェート・アロマティコ(Aceto Aromatico=「七人の泥棒の酢」):ペスト禍の時代、死者から盗みを働いていた7人の泥棒がそれぞれ1つずつ材料を知っていたため、7人揃わなければ作れなかったという伝説を持つ芳香酢。現在はコレクターズアイテムとして販売されている。
  • アルケルメス(Alchermes):1743年にフラ・コジモ・ブチェッリが完成させたレシピに基づくリキュール。カイガラムシで深紅に染め上げるこの酒は、2003年にトスカーナの伝統的農産食品の認定を受けている。
  • メロ グラーノ・イン・テラコッタ(Melograno in Terracotta):イタリアン・テラコッタで手作りされたザクロの形をしたルームフレグランス。メロ グラーノの香りをしみ込ませた陶器がゆっくりと空間に香りを放つ、SMNを象徴するアイコニックな製品のひとつである。

ちなみに…

  • オーデコロンの起源説:1725年にドイツ・ケルンに移住した若き調香師ジョヴァンニ・パオロ・フェミニスが、アクア・デッラ・レジーナを持ち込んで再現し、その地名にちなんで「Eau de Cologne(オーデコロン)」と名付けたとされる。つまり、世界中で使われる「オーデコロン」という呼称の源流はSMNにあるという説がある。
  • レオナルド・ダ・ヴィンチとの接点:サンタ・マリア・ノヴェッラ修道院には、中世にはローマ教皇がフィレンツェ訪問時に滞在し、レオナルド・ダ・ヴィンチがアトリエを構えていたこともある。店内には、ダ・ヴィンチがデザインしたとされるボトルも保管されていた。
  • ニコール・キッドマンとの縁:女優ニコール・キッドマンがある女性誌でSMNの「ムスキオ・オーロ(Muschio Oro)」を自身のお気に入りの香りとして挙げたことがある。SMNは顧客のプライバシーを尊重し、著名人を広告に使うことはしないが、顧客自らが公にした場合はこの限りではない。
  • 古いレシピ帳の珍エピソード:アルファンデリーは古い処方録の中に、「蛇の毒」や「雄牛の糞」を”秘密の成分”とするフェイスクリームのレシピを発見したと笑いながら語っている。「もちろん、それらはもうラインナップには入っていません」。
  • 一日2,000人が訪れる「世界で最も美しい店」:ヴィア・デッラ・スカーラのフィレンツェ本店は、かつての礼拝堂を改装した大販売ホール、ルネサンス期のフレスコ画が残る旧聖具室、アンティークの調剤器具が並ぶ古い薬局(アンティカ・スペツィエリーア)、ティールーム、そしてミュージアムから構成される。パオリーノ・サルティによる四大陸を描いたフレスコ画のヴォールト天井の下での買い物は、それ自体が一つの文化体験である。

  1. Perfume Review – Santa Maria Novella: History & Ambra Eau de Cologne – Kafkaesque – https://kafkaesqueblog.com/2013/04/29/perfume-review-santa-maria-novella-history-ambra-eau-de-cologne/
  2. Santa Maria Novella: The World’s Oldest Apothecary – Heather King – https://www.heather-king.com/2021/07/16/santa-maria-novella-the-worlds-oldest-apothecary/
  3. Santa Maria Novella: The Story of the World’s Oldest Apothecary – AnOther Magazine – https://www.anothermag.com/fashion-beauty/15010/santa-maria-novella-the-story-of-the-worlds-oldest-apothecary-history
  4. Officina Profumo-Farmaceutica di Santa Maria Novella – Wikipedia (EN) – https://en.wikipedia.org/wiki/Officina_Profumo-Farmaceutica_di_Santa_Maria_Novella
  5. About Us – Santa Maria Novella Japan 公式サイト – https://jp.smnovella.com/en/pages/about-us
  6. Santa Maria Novella: The Oldest Pharmacy In The World? – The Rake – https://therake.com/default/stories/santa-maria-novella
  7. Officina Profumo-Farmaceutica di Santa Maria Novella, 400 years old – Firenze Made in Tuscany – https://www.firenzemadeintuscany.com/en/article/scent-of-goodness/
  8. Die Duftmischer der Medicis – 30 Grad Magazin – https://30-grad-magazin.com/santa-maria-novella-die-duftmischer-der-medicis/
  9. Italmobiliare Acquires 100% of Officina Profumo Farmaceutica di Santa Maria Novella – BeautyMatter – https://beautymatter.com/articles/italmobiliare-acquires-100-of-officina-profumo-farmaceutica-di-santa-maria-novella
  10. Italmobiliare now has 100% of Officina – Italmobiliare Press Release – https://www.italmobiliare.it/en/archive/press-releases/italmobiliare-now-has-100-officina-profumo-farmaceutica-di-santa-maria
  11. An “800-Year-Old Startup” Launches Its First Range of Eaux de Parfum – T Australia – https://taustralia.com.au/santa-maria-novella-perfume/
  12. I Giardini Medicei Eaux de Parfum Collection – Italmobiliare – https://www.italmobiliare.it/en/media/news/officina-profumo-farmaceutica-di-santa-maria-novella-presents-giardini-medicei-eaux-de-parfum-collection
  13. Santa Maria Novella appoints new CEO – Wallpaper* – https://www.wallpaper.com/fashion-beauty/santa-maria-novella-appoints-new-ceo
  14. The origins of Santa Maria Novella – Nose Paris – https://noseparis.com/en/the-origins-of-santa-maria-novella
  15. René le Florentin: profumiere alla corte di Francia – Beauty Scenario – https://beautyscenario.com/scent-diary/rene-le-florentin-profumiere-alla-corte-di-francia/
  16. Santa Maria Novella Potpourri – Luckyscent – https://www.luckyscent.com/products/potpourri-pot-pourri-by-santa-maria-novella
  17. Alchermes, a Florentine liqueur – Gambero Rosso International – https://www.gamberorossointernational.com/news/food-news/alkermes-history-interesting-facts-and-news-on-the-red-liqueur/
  18. Before the Avon Lady, There Were a Bunch of Monks With a Bottle of Vinegar – Longreads / Collectors Weekly – https://longreads.com/2017/03/18/before-the-avon-lady-there-were-a-bunch-of-monks-with-a-bottle-of-vinegar/
この記事を書いた人
Root

香りの学び場「ルシェルシェパルファム」の運営者。
元香水販売員で、現在はとあるIT企業の管理職。
香水への愛が抑えきれず、自身の学んだことをはきだすサイトを作ってしまう。エルメス・フレデリックマルを主に愛用。

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