コントル ジュール(Contre-Jour)── 光と影のはざまに咲く、反骨の花

マニア向け記事

「芸術的かつ親密な表現であるはずの香りが、徐々に死にかけていることに気づいた。私たちの職業が凡庸化していくことへの解毒剤として、エディション ドゥ パルファム フレデリック マルを創るほかに道はなかった」
── フレデリック・マル(Frédéric Malle)、Nose Paris インタビューより

誕生の背景・コンセプト

「コントル ジュール」という名が意味するもの

2026年、エディション ドゥ パルファム フレデリック マル(Éditions de Parfums Frédéric Malle)から待望の新作オードパルファム「コントル ジュール(Contre-Jour)」が発表された。ヨーロッパでは2026年2月1日に発売され、日本では同年4月8日のリリースが予定されている。

「コントル ジュール(Contre-jour)」とはフランス語で「逆光」を意味する。写真・映画・絵画の世界で広く使われる用語であり、被写体の背後から光を当てることで、明暗の強いコントラストを生み出し、シルエットや輪郭線を際立たせる技法を指す。光が主役でありながら、影こそがかたちを浮かび上がらせる――その逆説的な美学が、この香水の世界観をそのまま体現している。

地中海の野生の花、イモーテル

公式サイトによれば、コントル ジュールのインスピレーションの核心にあるのは、地中海沿岸に自生する「エヴァーラスティングフラワー(Everlasting Flower)」、すなわちイモーテル(Immortelle / Helichrysum italicum)である。
学名のHelichrysumは、ギリシャ語で「太陽(helios)」と「黄金(chrysos)」を意味し、鮮やかな黄色い花弁は乾燥しても色褪せないことから、フランス語で「不死」「不滅」を意味する「イモーテル」の名が冠された。乾いた岩場に根を張り、地中海の強い日差しのもとで高さ60cmほどまで育つ多年草の半低木で、夏に小さな黄色い花を密集させて咲かせる。

「コントル ジュールは単なる香水ではない――それは存在であり、猛然と自由な魂(fiercely free soul)である。従来の型に逆らって築かれたこの香りは、決して定義されることのない、眩いながらもつかみどころのない軌跡を描き出す。地中海の野生の花『エヴァーラスティングフラワー』の精神がこだまする。驚くべき持続性をもつ、陽光に輝く黄色い花。その香りの暗く手なずけられない深み」
── フレデリック マル公式サイトより

ブランドの真髄「大胆さの芸術(L’Art de l’Audace)」

コントル ジュールはブランドの真髄として掲げられるコンセプト「大胆さの芸術(L’Art de l’Audace)」を体現する香りとされている。個性とクリエイティブな反骨精神を落とし込んだ作品であり、光と影、繊細さと力強さの両極を併せ持つ。

コントル ジュールは3つの主要ノートを軸に構成されている。

ノート素材役割
トップイモーテル(エヴァーラスティングフラワー)スパイシーでアーモンド的な温かみ。高配合のイモーテル アブソリュートにより、従来のハーブ調を超えたモダンなアンバー調のニュアンスを表現
ミドルローズ ダマスセナ(ダマスクローズ アブソリュート)ダークでエッジの効いた存在感。公式では「パンクローズ(Punk Rose)」とも呼ばれ、影と棘を抱きしめるような濃密なローズ
ベースサンダルウッド(白檀)クリーミーで温かなウッディノート。全体を包み込み、肌の上に印象的な余韻を残す

公式サイトに記載された全成分リスト(INCI)からは、これら3素材のほかにパチュリオイル、ベルガモットピールオイル、ゼラニウムフラワーオイル、ローズフラワーオイルなども配合されていることが確認できる。実際にYouTubeで公開されたレビューでは、ブラックカラント(カシス)やレッドベリー系の甘苦いフルーティさ、ペッパー的なスパイス感、そしてクリーンなパチュリの存在も報告されている。​

公式の嗅覚ファミリーとしては「アロマティック スパイシー」に分類され、ユニセックス(女性・男性の両方を対象)の香水とされている。

調香師アニック・メナルド(Annick Ménardo)

経歴

コントル ジュールを手がけたのは、フランスの名調香師アニック・メナルドである。カンヌ生まれの彼女は、有機化学を学んだのちにフランスの香水教育機関ISIPCAで調香を修め、ミシェル・アルメラック(Michel Almairac)のもとクレアシオン・アロマティーク社(現シムライズ)で研鑽を積んだ。

1991年にスイスの香料大手フィルメニッヒ社(Firmenich)に移り、そこで約27年間にわたって数多くの名香を生み出した。2018年にはドイツの香料会社シムライズ(Symrise)に移籍し、マスターパフューマーとして活動を続けている。

代表作

彼女の作品リストは、現代の香水史そのものともいえるほど広範にわたる。代表作として広く知られるのは以下のような香りである。

  • ロリータ レンピカ(Lolita Lempicka)(1997年)
  • ブルガリ ブラック(Bvlgari Black)(1998年)
  • ヒプノティック プワゾン(Dior Hypnotic Poison)(1998年)
  • ボス ボトルド(Hugo Boss Boss Bottled)(1998年)
  • ボディ クーロス(YSL Body Kouros)
  • ボワ ダルジャン(Dior Bois d’Argent)(2004年)
  • イプノーズ(Lancôme Hypnôse)(2005年)
  • パチュリ 24(Le Labo Patchouli 24)(2006年)
  • ガイアック 10(Le Labo Gaiac 10)(2008年)

The Fragrance Foundation UKは、メナルドの作風を「精密で、厳格で、わずかに反逆的(precise, exacting, and slightly rebellious)」と評している。

フレデリック マルブランドでの初めての作品

コントル ジュールは、メナルドにとってエディション ドゥ パルファム フレデリック マルブランドでの初めての香りであり、フレデリックマルがかつてのインタビューで共にクリエイションをしたいと語った人物でもある。長いキャリアの中で数々のメゾンの代表作を生み出してきた彼女が、このブランドで初の香りを手がけたことは、香水愛好家の間で大きな注目を集めた。

「私は音楽を書くように香水を作る。創作が完成したと感じるのは、自分自身が驚いたとき――素材同士が互いに語り合い始め、そのメロディが聴こえてきたときだ」
── アニック・メナルド

公式サイトではさらに、メナルドの手法について「キャリアを通じて磨き上げてきた”アコードのブロック”を用いて構築する手法」と説明されており、それが彼女の作品に深みと洗練を与えつつも、構造を読み取りやすく保つ鍵になっているとされている。「対立の魅惑に心を奪われ(Captivated by the allure of contradictions)」、メナルドは「みずからの謎を大切にする人々のために、新しい時代の香水を創り出す」と公式は結んでいる。


エスティ ローダーへの売却とマルの退任

2014年11月、エスティ ローダー カンパニーズ(The Estée Lauder Companies)がエディション ドゥ パルファム フレデリック マルの買収を発表した。これはル ラボ(Le Labo)やロダン オリオ ラッソ(Rodin olio lusso)に続く、1ヶ月で3件目の買収であった。買収額は報道によれば1200万ドルとされている。取引は2015年1月に完了し、マルはクリエイティブディレクターとしてブランドに留まった。

しかし2024年春、マルは25年間率いてきたブランドを同年6月末に去ることを発表した。声明の中で彼は次のように述べている。

「25年前、私は業界屈指の調香師と最も要求の厳しい顧客との間に直接的なつながりを生み出すために仕事を始めた。調香師たちが自身を存分に表現し、自分の名前を記したいと思うほど作品に誇りを持てるプラットフォームを創り出した。」
── フレデリック・マル退任声明より

ポスト・マル時代の最初の一歩

香水評論家のダリウス・ハラヴィ(Darius Halavi)は、コントル ジュールについて次のように指摘している。「2024年以来初めてのフレデリック マルの新作であり、フレデリック マル自身が手がけたのではない最初の香水である」。マルが出発前から制作に関わっていた可能性はあるものの、完成と市場投入は他のチームの手によるものと推測されている。

この文脈において、コントル ジュールはブランドにとって大きな転換点に位置する作品といえる。奇しくも今最も一緒に香りを作りたいと言っていたマルが去ってからの発表となったが、創業者という「編集長」が去った出版社から送り出される、新しい章の最初のページがこの「逆光」という名の反逆の香水なのである。

  1. Nose Paris – Interview with M. Frédéric Malle – https://noseparis.com/en/interview-fm
  2. Frédéric Malle – The Talks – https://the-talks.com/interview/frederic-malle/
  3. Frederic Malle Official – About Frédéric Malle – https://www.fredericmalle.com/about/frederic-malle
  4. Fashionsnap –「フレデリック マル」から既成概念を覆す大胆な香り – https://www.fashionsnap.com/article/2026-02-01/contre-jour/
  5. Frédéric Malle EU – Contre-Jour by Annick Ménardo 公式製品ページ – https://www.fredericmalle.eu/product/19566/137964/perfume/contre-jour/by-annick-menardo
  6. Frédéric Malle EU – Annick Ménardo 調香師ページ – https://www.fredericmalle.eu/perfumer/annick-menardo
  7. I Fragrance – Contre-Jour Frederic Malle 2026 – https://ifragranceofficial.com/perfumes/contre-jour-frederic-malle-2026/
  8. I Fragrance – Frédéric Malle Unveils Contre-Jour – https://ifragranceofficial.com/frederic-malle-unveils-contre-jour/
  9. Wikipedia – Frédéric Malle – https://en.wikipedia.org/wiki/Fr%C3%A9d%C3%A9ric_Malle
  10. Wikipedia – Contre-jour(逆光撮影技法) – https://en.wikipedia.org/wiki/Contre-jour
  11. Wikipedia – Annick Ménardo – https://en.wikipedia.org/wiki/Annick_M%C3%A9nardo
  12. Now Smell This – Frederic Malle Contre-Jour – https://nstperfume.com/2026/02/03/frederic-malle-contre-jour-new-fragrance/
  13. Now Smell This – Annick Menardo Perfumer Page – https://nstperfume.com/perfumers-l-to-s/annick-menardo/
  14. Premium Beauty News – Acquisition of Parfums Frédéric Malle – https://www.premiumbeautynews.com/en/acquisition-of-parfums-frederic,7429
  15. Darius Halavi – Look Into The Light (Substack) – https://dariushalavi.substack.com/p/look-into-the-light-perfume-review
  16. Darius Halavi – The Editor’s Chair Is Empty (Substack) – https://dariushalavi.substack.com/p/the-editors-chair-is-empty-frederic
  17. Luxus Plus – Frédéric Malle to leave his eponymous Maison – https://luxus-plus.com/en/niche-perfumery-frederic-malle-to-leave-his-eponymous-maison/
  18. WWD Japan –「フレデリック マル」創業者がブランドを去る – https://www.wwdjapan.com/articles/1802116
  19. The Fragrance Foundation UK – Annick Menardo – https://www.fragrancefoundation.org.uk/annick-menardo
  20. The Fragrance Foundation – Game Changer: Frederic Malle – https://fragrance.org/honoree/game-changer-2/
  21. Revue – Frédéric Malle, Publisher and Game Changer – https://revue.fm/en-us/articles/frederic-malle-publisher-and-game-changer
  22. henri+frank – The First Twenty Years – https://www.henriplusfrank.de/the-first-twenty-years/
  23. Frédéric Malle EU – Fashion Collaborations – https://www.fredericmalle.eu/fashion-collaborations
  24. Wikipedia – Helichrysum italicum – https://en.wikipedia.org/wiki/Helichrysum_italicum
  25. YouTube – NEW! Frederic Malle Contre Jour 2026 – https://www.youtube.com/watch?v=e2OKND0ZpY0
  26. Symrise Welcomes Master Perfumer Annick Ménardo – https://www.thebeautyinfluencers.com/2018/09/23/symrise-continues-its-world-tour-through-scent-and-welcomes-master-perfumer-annick-menardo/
  27. MECCA – Frédéric Malle Founder Interview – https://www.mecca.com/en-au/mecca-memo/fragrance/frederic-malle-founder-interview/
  28. ScentAdvice – Contre-Jour (2026) Frederic Malle – https://scentadvice.com/contre-jour-2026-frederic-malle/
この記事を書いた人
Root

香りの学び場「ルシェルシェパルファム」の運営者。
元香水販売員で、現在はとあるIT企業の管理職。
香水への愛が抑えきれず、自身の学んだことをはきだすサイトを作ってしまう。エルメス・フレデリックマルを主に愛用。

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