Les Senteurs(レ・サントゥール)|ロンドンの香水店の創業史と、選品・接客・試香の思想

Les Senteurs(レ・サントゥール)の紹介画像。書物とムエット、タウアーNo02の青い香水瓶を配した温かな生成スティルライフ。 香りの世界を広げる

私たちは、いつでも耳を傾ける用意がありました。

ジェームズ・クレイヴン、2014年

香水店が人に渡すものは、瓶だけではない。まだ知らない香りを試す時間、その香りについて話す相手、そして自分の好みを見つける手がかりも渡している。

Les Senteurs(レ・サントゥール)は、1984年にロンドンで始まった独立系の香水店である。小さな香水メゾンを英国へ紹介する仕事と、急がずに香りを選ぶ接客を重ねてきた。ここで注目したいのは、珍しい品ぞろえだけではない。創業者の家族とスタッフが、香水を売る場所を、香水について学び、語り合う場所にしてきた歩みである。

基本情報

  • 名称:Les Senteurs(レ・サントゥール)
  • 創業:1984年10月
  • 創業者:Betty Hawksley(ベティ・ホークスリー)、Michael Hawksley(マイケル・ホークスリー)
  • 発祥:英国ロンドン、ベルグレイヴィア
  • 事業:独立系・ニッチ香水を中心とする選品、店頭接客、オンライン販売、試香サービス
  • 現在の店舗:71 Elizabeth Street, Belgravia, London SW1W 9PJ
  • 公式サイト:Les Senteurs

店名はフランス語で「香り」を意味する。公式は現在も家族経営の店として紹介している。2026年10月時点で公式の店舗案内に掲載される営業拠点は、エリザベス・ストリートのベルグレイヴィア店である。

創業者と店の成り立ち

ニューヨークの香水事業から、ロンドンの小さな店へ

ベティとマイケルは、1980年代に自分たちの会社Cariad Productsでモリナール・ド・モリナールを米国へ展開し、ニューヨークで3年間を過ごした。ベティと娘の一人が相次いで強盗被害に遭ったことが、英国へ戻る判断につながった。

帰国後に考えたのが、ヨーロッパのまだあまり知られていない香水会社を紹介する店だった。パリで見た小さな香水ブティックも、その発想に重なった。英国では百貨店で香水を買う習慣が強い。その売場とは違う、複数のメゾンを横断して相談できる専門店をつくる。1984年10月、二人は227 Ebury Streetにレ・サントゥールを開いた。

ベティが目指したのは、過去に気に入った香水や暮らしについて話し、肌に合う香りを探せる場所である。棚は図書館のように、客が近づいて見られるようにした。試した客をそのまま送り出し、香りが落ち着いてから戻ってもらう。その時間も、接客の一部だった。

小さなメゾンに、英国の客と出会う場所をつくる

レ・サントゥールは、英国でアニック・グタール、フレデリック・マル、エタ リーブル ド オランジュなどに触れる機会を広げた。2011年のBasenotesの開店報道は、それまで英国で手に入らなかったブランドを紹介してきた店として、その役割を記録している。

未知のメゾンを紹介するには、商品を置くだけでなく、その香水を理解してもらう場も必要になる。2011年に開いた第二店舗、メリルボーンの2 Seymour Placeは、従来より広く、展示やイベントのための「Scent Salon」を備えていた。

そこにはオデット・トワレットやロマーノ・リッチが登場し、アンディ・タウアーがバラについて語る会も開かれた。香水の向こうにいる人と客が会い、香りの題材を掘り下げる。売場は、作り手の考えを聞く場所にもなった。

上質な香水を味わうことは、まさに旅なのです。

クレア・ホークスリー、2011年

この「旅」は、遠くの土地へ行くことだけを意味しない。同じバラという題材でも、作り手によってどう表現が変わるのか。香水を嗅ぐ時間と、その作者の話を聞く時間を結ぶことで、一本の瓶を見る視点が増えていく。

百貨店から加わったジェームズ・クレイヴン

ジェームズ・クレイヴンの香水の仕事は、1980年代の求人広告から始まった。アイロンがけ、掃除、料理、給仕、ナショナル・シアターの脚本を読む仕事を組み合わせていた彼は、週にもう一日働ける仕事を探していた。ところが面接で提示されたのは、ハロッズのアニック・グタール売場を担当するフルタイムの仕事だった。

販売経験はなかったが、彼はそこで香水と客への接し方を学んだ。大きな百貨店の活気を楽しむ一方で、やがて規模の大きさ、慌ただしさ、暑さに疲れを感じるようになる。エベリー・ストリートの小さなレ・サントゥールに空きが出たことが、次の転機になった。

クレイヴンが入ったのは1996年。店頭だけでなく、ブログや年次カタログ、講座、講演、スタッフの教育にも仕事を広げた。2020年の『The Scented Letter』で綴った歩みからは、販売員の経験が、香水を伝える文章や教育へ続いていったことが分かる。

考える時間があり、話す時間がありました。

ジェームズ・クレイヴン、2020年

レ・サントゥールでは、香水の知識を持つ人が客を案内すると同時に、客自身が選べるようになることも大切にした。少数の香りを選んで嗅いでもらい、反応を聞く。案内役がすべての答えを決めるのでなく、客が次に自分で選ぶための感覚を育てる仕事でもあった。

ホークスリー家の継承と、エリザベス・ストリートへの集約

創業者の娘クレア・ホークスリーは2002年にジェネラル・マネジャー、2009年にディレクターとなった。2021年には息子クリス・ホークスリーがディレクターとして紹介されている。同じ年、クレアは自社キャンドルの制作をクリエイティヴ・ディレクターとして語っている。家族の役割は、運営と創作の双方へ広がった。

クリスにとって、香水と店は幼い頃から家族の会話の一部だった。彼が説明する店の役割は、初心者にも詳しい人にも、香りを探る時間と空間を用意することにある。かつてスタッフが世界へメゾンを探しに行った店に、今度は世界の調香師たちが作品を持ってくる。その変化にも、店が育てた関係が表れている。

二店舗だった時代は続かなかった。シーモア・プレイス店は2018年初めまでに閉店し、同年2月には改装したエリザベス・ストリート店が紹介されている。現在の店の歴史を、創業時から同じ住所にあった歴史として読むことはできない。最初のエベリー・ストリート、移転後のエリザベス・ストリート、第二店舗のシーモア・プレイスを分けると、規模と体験の変化が見えてくる。

創業から現在までの主な出来事

時期 出来事
1984年10月 ベティとマイケルが227 Ebury Streetに開店
1996年 ジェームズ・クレイヴンが加わる。その後、店はエリザベス・ストリートへ移る
2002年/2009年 クレアがジェネラル・マネジャー、続いてディレクターとなる
2011年 2 Seymour Placeに第二店舗を開き、Scent Salonを設ける
2018年初め 第二店舗が閉店。エリザベス・ストリート店の改装が同年2月に報じられる
2021年 クリスがディレクターとして紹介される。自社キャンドル・コレクションを発表
2026年10月 公式の店舗案内は71 Elizabeth Street。店頭相談とオンラインの試香サービスを案内

選品と接客の思想

「花は嫌い」という言葉の、その先を嗅ぐ

2016年、クレイヴンはザ・パフューム・ソサエティのジョー・フェアリーとの対話で、花の香りだけは避けたいと繰り返す客の話をしている。ところが一緒に嗅ぎ進めると、その客が気に入ったのはガーデニアやバラだった。

好みを聞くことは、言葉をそのまま分類表へ当てはめることではない。「花」という言葉で思い浮かべるものと、目の前の香水が伝えるものは同じとは限らないからだ。

クレイヴンは、香りの感じ方も、そこに見いだすものも人ごとに違うため、話し方を相手に合わせる必要があると考えていた。専門用語を大げさに扱えば、客を遠ざけてしまう。知識は相手を圧倒するためでなく、実際に嗅げるものへ近づけるために使うのである。

この話は、ロンドンを訪れない香水好きにも身近だろう。苦手だと思っている素材名や香調名があっても、その名前だけで作品全体の印象までは決まらない。店の対話は、すでに持っている好みを尊重しながら、その境界を確かめる機会をつくっている。

香りの分類を、会話の入口にする

2018年の改装では、中央に香りの分類を示す「Wheel of Fragrance」が設けられた。香調別に選ばれた香水を嗅げる回転式の展示である。当時訪れたThe Candy Perfume Boyのトーマス・ダンクリーは、客が展示する香水を提案することもできる、会話のきっかけとして紹介した。

ブランドごとに並んだ棚とは違い、似た方向の香りを複数のメゾンから比べられる。知っているブランド名が少なくても、柑橘、緑、木など、関心のある香りから入りやすくなる仕組みだった。

現在の公式サイトでも、独自の「SenteurSystem」を使った案内が続いている。たとえばウッディの説明では、乾いた明るい木の表現から、土を含んだ暗い森のような表現まで、同じ分類の中にも幅があることを示している。レザーも、磨かれた革、スモーキーな革、スエードのような柔らかい革へと表現が分かれる。

分類は、似た香りを探す手がかりであると同時に、同じ名前の中にある違いを知る手がかりにもなる。2018年の展示そのものと、現在のウェブ上の分類案内は分けて考えたいが、香りを横断して話す入口という役割には共通点がある。

選んできた香りから、家族の記憶をつくる香りへ

2021年に発表した六つの自社キャンドルは、店の選品経験が創作へ移った例である。クレアが調べていたホークスリー家とニコルソン家の人物や出来事を題材に、ロベルテ、CPL Aromas、Olfictionと制作した。

「Forêt Foray」の背景には、家族がヴァーモントの丸太小屋で過ごしたクリスマスがある。「Fire Pit Fortune」は、父がケントの実家でサクランボの収穫を手伝った話から生まれた。後者では果実の甘さを強く押すのでなく、種に感じられるアーモンドの側面へ着目している。記憶を題材にすることが、香りの具体的な選択につながったのである。

Olfictionのニック・ギルバートは、以前レ・サントゥールで働いていた。クレアの言葉の使い方を知る彼が、調香師ピア・ロングへ意図を伝える助けとなった。売場で育った関係が、香りをつくる協働にも生きている。

レ・サントゥールが、いつも中心に置いてきたのは香りです。

クレア・ホークスリー、2021年

クレアは、価格やパッケージが示唆するものに左右されず香りを中心に考える姿勢を、キャンドルの制作でも重視した。長年、他者の香りを選んできた店が、自分たちの記憶を香りにする。その仕事にも、店頭で培った判断が持ち込まれた。

現在の試香体験

店頭で話し、肌で確かめる

2026年10月時点の公式案内では、ベルグレイヴィア店で通常の来店に加え、予約制のプライベート・フレグランス・コンサルテーションを提供している。45分間、担当者と香水を探り、個人に合わせた試香用のDiscovery Collectionを持ち帰る体験である。

相談の前に考える問いも、過去に楽しんだ香り、香水でどのような気分になりたいか、古いお気に入りを更新したいのか、新しい香りを探したいのか、といったものだ。ノートの知識を試す質問ではなく、その人と香水の関係を知るための質問である。

相談の予約条件や料金、営業日時は変わるため、訪問時には末尾の公式導線を確認したい。ここで歴史とつながるのは、自分の好みを話し、複数の香りを比較する時間を確保するという体験の設計である。

家で試し、ウェブで次の候補を探す

店へ行けない人には、手作業で用意するサンプルのサービスがある。公式は肌にのせて確かめることを勧めており、オンラインでも、その人の生活の中で香りを試す入口を用意している。

「Fragrance Finder」は、好きな香水を入力すると、店のコレクションから次の候補を提案する仕組みだ。公式が説明するのは、同じ香りを再現する商品探しではなく、以前の好みを手がかりに別の香りへ進むための提案である。

たとえばお気に入りの名前から候補を出し、分類の説明で違いを読み、サンプルで反応を確かめる。その順序なら、ブランド名や素材名を知るだけで終わらず、自分が何を気に入ったのかを考えられる。サンプルの条件は専用ページで確認できる。

レ・サントゥールの歴史には、香水を「選ばせる」前に、香水を「知る」時間をつくってきた仕事がある。小さな棚、スタッフの会話、作り手との集まり、家で嗅ぐためのサンプル。その入口は変わっても、未知の一本と人との間を取り持つ仕事は続いている。

ちなみに…父に見つけた、初めて夢中になる香水

クレイヴンの父は、60代になるまで香水をほとんどつけなかった。レ・サントゥールで息子が見つけたメートル・パフュムール・エ・ガンティエの「Grain de Plaisir」を気に入ると、その甘くスパイシーな香りを頭にたっぷり吹きかけるようになったという。

2017年に語ったこの小話には、香水の専門家の身近な人にも、まだ知らなかった好みがあることが表れている。長年つけていない人にも、一本との出会いは起こりうる。店が用意してきた発見の時間は、そうした人にも開かれていたのである。

参考文献