私の仕事は、いつも何らかの形で自然に導かれている。
リー・アレキサンダー・マックイーン
赤いガラスを金属で包んだ心臓のようなボトルから、金色の羽根をまとった黒いフラコンへ。Alexander McQueen(アレキサンダー マックイーン)の香水には、身体を包む服と同じように、素材と形で物語を伝えようとする仕事がある。その背景にいるのは、ロンドンの仕立て職人からデザイナーになった創業者と、長年の協働を経てブランドを引き継いだサラ・バートン、そして香りを組み立てた作り手たちである。
基本情報
- 設立年:1992年
- 創設者:Lee Alexander McQueen(リー・アレキサンダー・マックイーン、1969–2010)
- 誕生の地:イギリス・ロンドン
- 香水の出発点:2003年のKingdom(キングダム)
- 公式サイト:Alexander McQueen
創設者とブランドの成り立ち
ロンドン東部からサヴィル・ロウの仕立てへ
1969年にロンドンで生まれたマックイーンは、東部のストラトフォードで育った。父はタクシー運転手。16歳で学校を離れると、ニューアム・カレッジで仕立てを学び、叔父のパブでも働いた。やがて注文服の街サヴィル・ロウに入り、アンダーソン&シェパード、続いてギーブス&ホークスで経験を積む。布を素早く正確に裁ち、身体に沿う形へ組み立てる技術が、創作の土台になった。
私のすることはすべて、仕立てに基づいている。
リー・アレキサンダー・マックイーン
その後は舞台衣装の仕事を経て、ロンドンで活動するデザイナー、コージ・タツノのもとへ。さらにミラノでロメオ・ジリのアシスタントを務めた。注文服、舞台、デザイナーの制作現場を渡り歩いた後に、学校でデザインを学び直すことになる。
教職への応募から、1992年のブランド創設へ
ロンドンへ戻ったマックイーンは、セントラル・セント・マーチンズでパターン裁断を教える仕事に応募した。ところが勧められたのは、修士課程の学生になることだった。1992年の卒業制作は「Jack the Ripper Stalks His Victims」。切り裂きジャックを題材に、ヴィクトリア朝の服の形や、衣服の裏地に縫い込んだ自分の髪を通して、歴史を身体に近いものとして扱った。
ファッション・エディターのイザベラ・ブロウが、その卒業コレクションを一式購入する。同年、自分の名を掲げたブランドを創設した。創業時には十分な資金がなく、ショーの制作や音楽を無償で引き受ける仲間に支えられた。マックイーンは後に、当時は音楽もファッションもアートも、自力で実現できないからこそ協働が必要だったと振り返っている。
ジバンシィでの経験と、自分の名でつくる仕事
1996年から2001年までは、自分のブランドと並行してジバンシィのデザイナーを務めた。そこで学んだのは、サヴィル・ロウで身につけた厳密な仕立てとは違う、軽さや柔らかさだった。クチュールのアトリエで培った技法が、裁断と構成を実験する幅を広げていく。
一方、ジバンシィでは広告やマーケティングへの裁量が限られ、服をつくる仕事と、それをどう見せるかが分かれていた。自分の構想へ集中したい彼にとって、この分業は難しかった。2000年12月にグッチ・グループが自身の会社の過半数株式を取得すると、ブランドを事業として育てる体制も整い始める。マックイーンは、ショーの刺激だけでなく、人が実際に着る服を届けることにも目を向けた。
2003年のキングダムと、2005年のマイクイーン
香水への最初の展開は、YSL Beautéと組んだキングダムである。2003年春に発売され、ジャック・キャヴァリエが調香を担当した。クミンやローズ、ミルラを組み合わせた香りと、ルビー色のガラスを金属で覆ったボトル。香りも器も、甘美さだけでは収まらないブランドの表情を伝えた。
2005年9月にはMyQueen(マイクイーン)が続く。スミレを軸にした香りと、アール・ヌーヴォーに着想を得た紫色の曲線的な容器を採用した。最初の作品を別の色で繰り返すのではなく、香りと造形の両方で、もう一つの女性像へ展開したのである。
サラ・バートンの継承と、2016年の香水再始動
マックイーンは2010年に亡くなった。14年以上にわたって彼と働いたサラ・バートンが、同年5月にクリエイティブ・ディレクターへ就任する。バートンがその役割を担ったのは2023年まで。香水の次の大きな節目は、彼女の指揮下で訪れた。
2013年にはP&G Prestigeとの香水ライセンス契約が発表され、新しい香りの開発へ動き出した。2016年3月、McQueen Parfum(マックイーン パルファム)が登場する。P&G Prestigeが開発・流通を担い、三年をかけた制作ではキュー・ガーデンズの植物資料も調べた。これはバートンにとって初めてのブランド香水であり、キングダムに始まる香水史の新しい章である。同年にはオードパルファムも加わった。
2018年には八つの香りによるMcQueen Collectionへと広がる。コティとの香水事業のもと、複数の調香師が、花や木、色からそれぞれ異なる作品をつくった。
ブランドのこだわり
キングダムの心臓形ボトルと、感情を託す包装
キングダムの器をマックイーンとともに考えたのは、デザイナーのパトリック・ヴェイエである。赤いガラスとステンレスの半殻を合わせ、心臓を思わせる形にした。外箱には白い紙と赤い封印を用い、詩人ジョリー・グレアムの詩の一節も添えられた。恋文を開くような包装が、香水を個人的な感情に結びつける。
私たちは、深く生き、深く愛する覚悟を持たなければならない。
リー・アレキサンダー・マックイーン
彼が器と詩に託したのは、傷つく可能性があっても心を開くという考えだった。心臓の形は、奇抜な装飾だけで完結するものではなかった。
マイクイーンの四つの香りの段階
マイクイーンでは、アン・フリッポとドミニク・ロピオンが、通常の三段階ではなく四つの香りの段階を構想した。スミレと甘いアーモンドから、オレンジの花やヘリオトロープへ進み、木の要素を経て、アイリスとバニラで結ぶ。
紫色のボトルは、水晶玉や宝飾の卵を思わせる、お守りのような器として考えられた。複数の香りの段階を、曲線的な造形に収めた作品である。
夜の花の強さと、長く手元に置くボトル
マックイーン パルファムでバートンが見つめたのは、繊細な姿と強い香りを併せ持つ花だった。ジャスミン、チュベローズ、イランイランを中心に、夜の花という物語を組み立てた。闇のなかに美しさを見いだすことは、彼女にとってマックイーンの美意識につながっていた。
時代を超えることが、私にはとても重要だった。
サラ・バートン
容器のためにはV&Aの資料を調べ、以前から棚にあったかのように、ほかの瓶と並んで存在する姿を求めた。重い黒いガラス、質感のあるキャップ、金色の羽根。バートン自身が手がけたその形は、香りを使い終わるまでの間も、手元に置く物として考えられていた。
花と色の選択、刺繍から考える香りの構成
マックイーン コレクションでは、香りのアーティスティック・ディレクター、ピエール・オーラスがバートンと調香師をつないだ。調香師には花と色を選ぶ自由が与えられ、共通のボトルを八つの色で展開した。
ドミティーユ・ミシャロン・ベルティエのSacred Osmanthusでは、アプリコットを思わせるキンモクセイに、ラプサンスーチョン茶の煙の印象を重ねる。一方、カロリーヌ・デュムールのVetiver Mossは、エメラルドグリーンと、衣服の刺繍が出発点になった。
これをつくったとき、私はマックイーンの刺繍を思い浮かべていた。
カロリーヌ・デュムール
デュムールは、ベチバーの根がパチョリとともに香りの構成を織り進むように考えた。花の名や色を付けるだけでなく、服づくりの手仕事を、素材を組み合わせる発想へ移している。ここに、ファッションのブランドが香水をつくる具体的な接点が見える。
参考文献
- index — Alexander McQueen in conversation with Björk(2003):自然と創業時の協働
- Alexander McQueen — About the House:創設と仕立ての伝統
- University of the Arts London — Alexander McQueen:生年、職歴、卒業制作、香水
- London Museum — Alexander McQueen: London’s fashion groundbreaker:成育、修業、学校への応募と卒業制作
- i-D — The New Kingdom(2002、2015年再掲):父の仕事、ジバンシィと自身のブランド
- V&A — Alexander McQueen: an introduction:仕立てについての発言とクチュールの学び
- Gucci Group — 2003年6月提出Form 6-K:キングダムの発売
- FashionUnited — Alexander McQueen launches first perfume: Kingdom(2003):調香担当
- The Moodie Davitt Report — Alexander McQueen launches first fragrance(2003):キングダムの香り、器、包装と本人の言葉
- PPR — Reference Document 2005:マイクイーンの発売と容器
- Alexander McQueen/Kering — サラ・バートンとの協働終了の発表(2023):在任期間
- Global Cosmetic Industry — Alexander McQueen Enters the Fine Fragrance Business with P&G(2013):ライセンス契約
- Cosmetics Business — Alexander McQueen expands into fragrance(2016):P&G Prestigeと香水の再始動
- Vogue — How the House of Alexander McQueen Distilled Its Dark Beauty Into a New Breakout Perfume(2016):三年の開発、植物資料とバートンの容器デザイン
- Dazed — Your first look at Alexander McQueen’s new fragrance ad(2016):3月の発売
- Kering — 2016 Annual Report:パルファムとオードパルファム
- Kering — 2018 Financial Document:コティとの香水事業とコレクション
- The Moodie Davitt Report — Yves Saint Laurent unveils new designer fragrances(2005):マイクイーンの構成と造形
- Now Smell This — Alexander McQueen MyQueen(2005):調香師と四つの香りの段階
- British Vogue — McQueen’s Nose(2016):夜の花と時代を超える容器についてのバートンの発言
- Sandra’s Closet — McQueen’s Beyond-Amazing New Fragrance(2016):ブランド提供写真、黒いパルファム瓶の仕様
- 10 Magazine — Breathe in the new Alexander McQueen fragrances(2018):八つの香りとボトルの色
- The Perfume Society — Alexander McQueen in bloom on Bond Street:ピエール・オーラスと調香師の制作談


