Jovoy Paris(ジョヴォワ・パリ)―パリ屈指の香水ショップが生み出す香り

ブランド創業者

「私はコレクターではなく、キュレーターだ。香水とは、それを身にまとう人間の物語であるべきだと思っている。」

— フランソワ・エナン(François Hénin)、Jovoy Paris 創設者[1]

基本情報

  • 設立年: 1923年(初代)/2006年(再生)
  • 創設者(現): フランソワ・エナン(François Hénin)
  • 公式サイト: https://www.jovoyparis.com

創設者・ブランドの成り立ち

1923年――ブランシュ・アルヴォワの誕生

ジョヴォワの物語は、1923年のパリにさかのぼる。創業者はブランシュ・アルヴォワ(Blanche Arvoy)という女性で、当時の香水業界において女性が独立してメゾンを立ち上げること自体が珍しかった時代のことだ。[2]
「Jovoy」という名前は、ブランシュの愛称「Jo(ジョ)」と夫の名前アルヴォワ(Arvoy)の「voy」を組み合わせたものである。

ブランシュが手がけた香水は、ボトルのデザインが特徴的であった。当時の香水瓶に一般的だった古典的な意匠ではなく、動物や遊び心のある造形を取り入れた、いわば「気まぐれな(whimsical)」ボトルで知られていた。 その作品には Allez Hop(アレ・オップ)や Gardez-moi(ガルデ・ムワ)などがあったとされる。[3][2]

しかしブランシュのメゾンはその後、長い眠りにつく。20世紀を経るうちにブランドは活動を停止し、「ジョヴォワ」という名前はほぼ世間から忘れ去られた。[2][3]

フランソワ・エナンとの出会い――「名前の発見」

時は2006年。フランソワ・エナンという一人のフランス人が、この眠ったブランド名を掘り起こすことになる。

フランソワ・エナンは、大学教授の母と金融業界に携わる父のもと、フランスの伝統的な家庭に育った。 寄宿学校を経てビジネス・スクールを卒業後、彼はまるで「少し長い旅」のつもりでベトナムへと渡った。

しかし、それは4年間の滞在となった。

サイゴン(現ホーチミン市)を拠点に、フランスの買い手とベトナム企業をつなぐ小さな貿易会社を立ち上げたエナンは、次第に現地の植物資源に目を向けるようになる。 ベトナムの葉、根、樹皮、花を素材として、高級香水に使われるエッセンシャルオイルを蒸留する仕事に関わっていったのだ。

「起業家のDNAが強すぎて、大きな組織で働くようには生まれていなかったんだと思う。」

— フランソワ・エナン

フランスに帰国した後、彼はグラース近郊のムガン(Mougins)にあるアルジュヴィル(Argeville)社に入社し、香水原材料を扱う仕事に就いた。 グラースはフランス南部の「香水の都」として知られ、世界の高級香水に使われる原料生産の中心地である。その地で5年間を過ごしたエナンは、香りの素材と産業の両面を深く知る人物となった。

そして5年後、彼はパリへと移り、ある香水プロジェクトを胸に秘めて動き出す。 それが、1923年に眠りについたジョヴォワというブランド名の復活だった。[1][4]

エナンがジョヴォワという名前を見つけたとき、彼はそこに「パリの香水文化の記憶」を感じたという。 すでに失われたブランドを「ゼロから作る」のではなく、歴史のある名前に新たな命を吹き込む――それが彼の選んだ道であった。[2]

2010年――ブティックとしての再生

エナンがジョヴォワを復活させた形は、当初「自ら調香した香水を売るブランド」ではなく、世界中のニッチ香水をセレクトして販売するマルチブランド・ブティックとしてのものだった。[2][3]

2010年、パリの中心部、ヴァンドーム広場(Place Vendôme)に近い1区に店を構え、メジャーなデパートでは出会えないような希少なフレグランスハウスの作品を集めた空間を作り上げた。[5][2]

このコンセプトは当時のパリでは非常に先進的なものだった。ニッチ・フレグランスという概念がまだ広く認知されていなかった時代に、エナンは「香水は大量生産品ではなく、個人の物語を持つアートである」という信念のもと、キュレーターとして香水文化の啓蒙に取り組んだ。[1][4]

「私がやりたかったのは、香水の世界の『翻訳者』になることだ。お客様と、まだ知られていない優れた香りとをつなぐ存在。」

— フランソワ・エナン[1]

自社ブランドラインの誕生

ブティックとしての評価が高まる中、エナンはジョヴォワを「販売の場」にとどめず、オリジナルの香水を生み出すパルファン・メゾン(香水の家)へと発展させる。自社ラインの香水は、世界の著名な調香師(パフューマー)と組んで制作されており、「ジョヴォワ」ブランドの作品として世界各地の専門店を通じて展開されるようになった。[2][5]

日本から個人輸入できるヨーロッパのお店としても知られており、間違いなく正規品を買うことのできる店として安全・安心である。

ジェロボアム(Jeroboam)の誕生

エナンのビジネスの広がりはジョヴォワにとどまらない。2015年頃、彼はジェロボアム(Jeroboam)という別ブランドを立ち上げた。ジェロボアムはジョヴォワの姉妹ブランドとして位置づけられ、よりエキゾチックで官能的な香りを得意とし、30mlのエクストレ・ド・パルファム(Extrait de Parfum=最も濃度の高い香水形式)のみを展開するという独自のフォーマットを持っている。[6][7]

ブランドのこだわり

「キュレーション」という哲学

ジョヴォワの根底にある哲学は、一貫してキュレーションである。エナンは自身を調香師としてではなく、「香りのキュレーター」と定義する。 それは自社ラインの香水を作る際にも変わらず、信頼する調香師との対話を通じて、自分のビジョンを香りに翻訳してもらうプロセスを大切にしている。[1]

「私は鼻(調香師)ではない。しかし、何が美しい香りかを知っている。その差異こそが、私の仕事だと思っている。」

— フランソワ・エナン[4]

また、エナンは、香水業界における大手コングロマリットの影響力拡大に対して、独立系メゾンの重要性を強く主張してきた人物でもある。 ニッチ・フレグランス市場がメジャー資本に吸収されていく流れに対し、彼は「独立していることそのものが価値だ」という姿勢を崩さない。[4][7]

ボトルと新アイデンティティ(2025年)

2025年、ジョヴォワは大きなビジュアル・リニューアルを行った。新しいボトルデザインと、ブランドアイデンティティの刷新がそれである。 公式ブログによれば、この変更はブランドが「新たなフェーズに入った」ことを示すものとして位置づけられており、より洗練されたパッケージングへのシフトが図られた。[8]

初代のブランシュ・アルヴォワが遊び心のある動物型ボトルを用いたように、ジョヴォワはボトルのデザインにも一定のメッセージを込める姿勢を持ち続けている。[2]

香水ラインナップ

ジョヴォワの自社ラインは、さまざまな調香師との協業によって生み出された香水群で構成されている。以下に代表的な作品を紹介する。

La Liturgie des Heures(ラ・リトゥルジー・デ・ズール)

「時の典礼」という意味を持つこの香水は、ジョヴォワのラインナップの中でも特に詩的なコンセプトを持つ一作だ。 フランキンセンス(乳香)をはじめとした樹脂系の素材を軸に、瞑想的で荘厳な雰囲気を持つウッディ・インセンス系フレグランスとして知られている。[9][10][11]

Incident Diplomatique(アンシダン・ディプロマティーク)

「外交的事件」という意味の名前を持つ、インセンス(お香)系の作品。スモーキーかつスパイシーな輪郭を持ちながら、奥行きのある複雑な構造が特徴だ。[10]

Fire at Will(ファイヤー・アット・ウィル)

2021年にリリースされた比較的新しい作品で、調香師ヴァニナ・ムラシオール(Vanina Muracciole)が手がけた。バニラとミモザ、ホワイトムスクを軸とした、甘くセンシュアルなグルマン系フレグランスである。 [12][13]

Psychédélique(プシュケデリーク)

スパイシーでウッディな印象を持つ作品で、ラ・リトゥルジー・デ・ズールと並んでジョヴォワの「深み系」ラインを代表する香水の一つである。[10]

Petits J(プティ・ジェ)ライン

2025年に公式から発表されたラインで、「手の届きやすい価格で、ジョヴォワクオリティの香りを」というコンセプトのもと展開されている。 エントリーラインとしての役割を担い、ブランドの裾野を広げる試みの一環だ。[14]

ジェロボアム(Jeroboam)コレクション

ジョヴォワの姉妹ブランドとして、30mlのエクストレ・ド・パルファムのみを展開するジェロボアムは、ムスク、アンバー、ウードなど官能的な素材を前面に出したラインナップで構成されている。 ジョヴォワとは世界観を分けた、よりダークでアダルトな香りの世界として位置づけられている。[7][15]

ブティックについて

パリのメインブティックは、1区のカスティリオーヌ通り(Rue de Castiglione)近辺、ヴァンドーム広場エリアに位置する。 店内は数百種にのぼるニッチ香水を取り扱い、「希少な香水の大使館」という異名を持つ。 ロンドン・メイフェア(Mayfair)にも店舗を構えており、中東(GCC地域)にも展開を進めている。[16][17][18]

ちなみに…

  • ジョヴォワという名前の由来となったブランシュ・アルヴォワは、20世紀初頭のパリ香水界において、女性が独立してメゾンを運営した数少ない先駆者の一人であった。エナンが彼女の名前を選んだことには、パリの香水史への敬意が込められていると思われる。[2]
  • 「ジェロボアム(Jeroboam)」という名前は、旧約聖書に登場するイスラエルの王の名であると同時に、シャンパンの大型ボトルサイズ(3リットル)の名称でもある。香水において「過剰なほど濃厚な体験」を提供するという姿勢を、その名に込めたと解釈できる。[19]
  • 2025年末にリリースされた新作 Ha Long Bay(ハ・ロン・ベイ)は、ベトナムの世界遺産・ハロン湾にインスパイアされた香水である。 エナンとアジア(特にベトナム)との個人的な結びつきについて、公開された詳細なインタビュー情報は現時点では確認できなかったが、その命名にはアジアへの親しみが感じられる。[20]
  1. “Conversation with François Hénin, founder of Jovoy Paris” – H Parfums – https://hparfums.com/blogs/news/conversation-with-francois-henin-founder-of-jovoy
  2. “Jovoy – The Perfume Society” – https://perfumesociety.org/perfume-house/jovoy/
  3. “FRANÇOIS HÉNIN – Getting Personal with the Founder of Jovoy & Jeroboam Perfumes” – IRK Magazine – https://www.irkmagazine.com/post/francois-henin-getting-personal-with-the-founder-of-jovoy-jeroboam-perfumes/
  4. “How is independent perfumery doing? – François Hénin (Jovoy)” – ByNez Magazine – https://mag.bynez.com/en/perfume/how-is-independent-perfumery-doing-francois-henin-jovoy/
  5. “In Conversation with François Hénin” – FRAGRANZE Pitti Immagine – https://fragranze.pittimmagine.com/en/pittimmagine/archive/fragranze22/news/conversazione-con-francois-henin
  6. “Fighting With The Same Rules – Jovoy’s Francois Henin” – Darius Halavi / Substack – https://dariushalavi.substack.com/p/fighting-with-the-same-rules-jovoys
  7. “A Comprehensive Guide: Jovoy Paris” – Eauxsillage – https://eauxsillage.com/jovoy-paris/
  8. “History” – Jeroboam Paris – https://jeroboamparis.com/en/pages/history
  9. “Jovoy Paris” – Luckyscent – https://www.luckyscent.com/brands/jovoy-paris
  10. “Jovoy Parfums: new bottles, new identity” – Jovoy Paris 公式ブログ – https://www.jovoyparis.com/en/blog/post/jovoy-parfums-new-bottles-new-identity.html
  11. “Jeroboam by François Hénin” – H Parfums – https://hparfums.com/blogs/news/jeroboam-by-francois-henin-owner-of-jovoy-and-jeroboam-perfume-houses
  12. “Jovoy Paris Fire At Will – new fragrance” – Now Smell This – https://nstperfume.com/2021/11/17/jovoy-paris-fire-at-will-new-fragrance/
  13. “Fire at Will by Jovoy Paris” – The Sniff – https://the-sniff.com/2022/03/11/fire-at-will-by-jovoy-paris/
  14. “Petits J: exceptional fragrances at accessible prices” – Jovoy Paris 公式ブログ – https://www.jovoyparis.com/en/blog/post/petits-j-exceptional-fragrances-at-accessible-prices.html
  15. “Jovoy’s Francois Henin On Changing His Brand’s Look & Making New Perfume, Ha Long Bay” – Persolaise – https://persolaise.com/2025/11/jovoys-francois-henin-on-changing-his-brands-look-making-the-new-perfume-ha-long-bay.html
  16. “Jovoy Paris – Doctor Scent (La Liturgie des Heures & Psychédélique)” – https://doctorscent.net/jovoy-paris-la-liturgie-des-heures-psychedelique/