いま必要なのは、もう一つの香水ではなく、興味深いアイデアです。
アントニオ・クリスタウド、2026年
フィレンツェのPitti Fragranze(ピッティ・フラグランツェ)は、香水をつくる人と、それを店で紹介する人が出会う展示会である。けれど、その歴史をたどると、商談のために商品を並べるだけでは説明できない仕事が見えてくる。どのブランドを迎えるのか。香りの作者をどう紹介するのか。完成した香水の手前にある原料や技術を、どのように共有するのか。
庭園のリモナイアから、広い展示空間へ。調香師の回顧展から、原料を嗅ぎ比べる講座、ファッションデザイナーの香水デビューへ。フラグランツェは、香水を選ぶ場所と、香水の見方を育てる場所を重ねてきた。
基本情報
- 名称:Pitti Immagine Fragranze(ピッティ・イマージネ・フラグランツェ)
- 独立した催しとしての初開催:2003年、イタリア・フィレンツェ
- 主催:Pitti Immagine(ピッティ・イマージネ)
- 会場:Stazione Leopolda(スタツィオーネ・レオポルダ)。2009年の第7回から使用
- 中心となる対象:香水・ビューティー分野の小売、バイヤー、流通関係者など。現在の入場は業界関係者の登録・承認制
- 直近の終了した開催:第24回、2026年9月11〜13日
- 次回予定:第25回、2027年9月10〜12日、スタツィオーネ・レオポルダ
- 公式サイト:Pitti Fragranze
開催予定と来場条件は2026年10月15日時点。会場の一般公開は、過去の実施例を現在の制度と混同しないことが大切である。
住まいの香りから、独立した展示会へ
Pitti Casaにあった出発点
フラグランツェの前史は、住まいのテキスタイルを扱うPitti Casaにある。ホームとライフスタイルを伝えるには、布だけでなく、家具や室内の香りも必要ではないか。そこからキャンドル、人がまとう香水へと対象が広がり、やがて独立した催しになった。長くピッティの仕事に携わる商業部門責任者、アントニオ・クリスタウドは、その流れを説明している。
この出発点には、現在まで続く特徴がある。香水を単独の製品として切り離すのではなく、暮らし、空間、装いのなかに置いて考えることだ。香水とスキンケアが同じ展示会に並ぶ現在の姿も、住まいと生活に関心を向けた前史とつなげると理解しやすい。
2003年、コルシーニ庭園のリモナイアで始まる
独立した展示会として歩み始めたのは2003年。初回には56ブランドが集まり、舞台はコルシーニ庭園だった。リモナイアとは、柑橘の鉢植えを寒さから守るための建物である。初期のフラグランツェは、その庭園の建物を使った、小さな規模の催しだった。
2008年の第6回も、9月12〜14日にパラッツォ・コルシーニの庭園のリモナイアで行われた。この回は13日の土曜日を一般に開放し、香水愛好家にも新しい香りを知る機会を設けていた。最初から毎年同じ会場、同じ入場制度だったわけではない。
2009年、レオポルダへの移転と企画の拡張
2009年9月11〜13日の第7回で、会場はスタツィオーネ・レオポルダへ移る。移転時にアゴスティーノ・ポレットは、展示の範囲を広げ、フィレンツェの街との関わりを強める必要を説明した。大きな場所への移動は、出展数を増やすためだけの判断ではなかった。
新しい会場では、透明感と光を使った展示構成が採用され、文化イベント、対話、発表のための空間も広がった。新興ブランドや新発売のコレクションを扱う「SPRING」と、アクセサリーのエリアが加わり、出展企業による体験企画「LE CAPSULE」も組まれた。隣接するスパツィオ・アルカトラズでは、嗅覚と味覚の未来を考えるフォーラム「Il Profumo del Futuro」が開かれた。
この年の一般公開は9月12日だけで、ほかの日は業界関係者向けだった。商品展示、学びの企画、一般公開という異なる入口を、一つの催しのなかで組み合わせていたのである。
主催者は何を選び、どんな出会いをつくるのか
製品・流通・イメージを一緒に見る
クリスタウドが2026年に挙げた選出の軸は、製品の質、それにふさわしい流通、適切なブランドイメージの三つである。技術委員会が評価し、バイヤーにとって選択肢のある構成を目指す。海外のブティックや百貨店、香水店を見る仕事も、次の提案を考える材料になる。
香りが面白いことと、それをどんな場所で、どう伝えるかは切り離せない。冒頭の「興味深いアイデア」という言葉は、商品が増える市場で、主催者が何を見極めようとしているかを示している。
第14回当時の最高経営責任者ラッファエッロ・ナポレオーネも、ブランドの背後に誰がいるのか、どのように流通しているのかを把握する委員会の仕事を説明していた。若いブランドのためのSPRINGには、発表されたばかりの企画に機会を与える役割があった。一方で、誕生したブランドがすべて長く続くわけではない。主催者の課題は、背景、歩み、取り組み方を見ながら、可能性のある相手を選ぶことにある。
それぞれの展示会は、とても専門的なので、それぞれの道を歩んでいます。
ラッファエッロ・ナポレオーネ、第14回当時
ピッティには服、子ども服、食品などの催しもあるが、各分野の専門性を保ちながら、共通する美意識や企画の経験を生かしてきた。香水の展示会が、ファッションの仕事と近い距離にあることにも意味がある。
新ブランドとスキンケアに、見つけやすい入口をつくる
現在のSPRINGは、新しいブランドや、国際的な場で初めて紹介される香水ラインを選ぶエリアである。まだ知らない作り手を探すバイヤーにとって、会場のなかで探索の方向を定める手がかりになる。
2025年に始まった「Soul and Skin」は、独立系スキンケアに焦点を当てる。香水と肌のケアを一つの売り場や暮らしのなかで考える小売店へ、別の提案を届ける区分だ。2026年には韓国コンテンツ振興院(KOCCA)との協働による「Code Korea」も加わり、Deardot、Dermathod、Purepeak、Varolの4ブランドを紹介した。韓国のビューティーを扱う展示と対話を設け、国際性を具体的な選出へ落とし込んだ。
海外バイヤーを迎える仕事
2026年の終了報告で、ピッティ・イマージネの最高経営責任者イヴァノ・カウリは、イタリア貿易促進機構(ITA/ICE)と協力し、30か国以上から業界関係者、バイヤー、報道の代表団を迎えた仕事に触れている。出展者を集めることと、適切な相手を会場へ迎えることは、一組の仕事なのだ。
同回は出展290、バイヤー2,200人超、うち海外の小売関係者は約600人、出身国は50か国超と発表された。これらは主催者の集計であり、バイヤー数を一般客まで含む総来場者数に置き換えることはできない。商談の相手が、どこから、どのような仕事を持って集まるかに、展示会の役割が表れる。
調香師の作品を、回顧展として見せる
2019年、ジャン=クロード・エレナの43年間
2019年の第17回では、ジャン=クロード・エレナを迎え、批評家チャンドラー・バールが回顧展を構成した。1976年から2019年までの15作品と、本人の人生をたどる写真を組み合わせ、レオポルダのなかに体験型の展示を置いたのである。本人とバールの対話や、当時の新作「ローズ&キュイール」の紹介も行われた。
バールは「オ パフメ オーテヴェール」をミニマリズム、「ロー ディヴェール」を抽象表現主義の観点から位置づけた。これは香水に普遍的な美術分類があるという意味ではなく、キュレーターが提案した読み方である。一人の調香師の異なる時期の仕事を続けて捉え、構成や表現の変化を考える。新作発表の場に、作者の長い時間を持ち込む企画だった。
2021年、ラルフ・シュヴィーガーの制作過程と原料
2021年の第19回では、ラルフ・シュヴィーガーの1999年以降の仕事を回顧する展示が組まれた。バールとの公開対話では、制作過程の説明に合わせて原料を参加者へ配り、同時に嗅いでもらう方法が用意された。
調香師の名前を覚えるだけでなく、本人の説明と香りの手がかりを結びつける。香水の作者が壇上で話し、聴衆がその材料を手元で確かめる構成は、言葉だけでは伝えにくい仕事に近づくための工夫である。
RAWで、完成品の手前にある素材を学ぶ
2021年の花の抽出、2022年のバラの比較
「RAW」は、香水の重要な原料に焦点を当てる企画で、香料会社MANE(マン)との協働が続いている。2021年は「E-Pure Jungle Essence: The Re-birth of Enfleurage」を掲げ、古い花の香りの抽出法であるアンフルラージュを、現代の技術と結ぶ取り組みを紹介した。題材となったのは、グランディフローラム種とサンバック種のジャスミン、レッドチャンパカの抽出物だった。
翌2022年の「The Rose: Reinventing Iconics」では、バラを加工する技術によって、調香師が使える香りの幅がどう広がるかを扱った。調香師マチュー・ナルダンは、原料を嗅ぐことの意味をこう表した。
原料を嗅ぐことは、香水づくりのABCを学ぶようなものです。
マチュー・ナルダン、2022年
参加者はマンの異なる五つの香りを説明し、比較する演習に取り組んだ。ナルダンは、フィレンツェとバラへのオマージュとして、コミュニティへの贈り物となる「Cuir de Rose」も披露した。完成品を嗅ぐ体験と、その構成を考えるための基礎を、同じ企画のなかに置いていたのである。
2026年、原料から空間とケアへ
2026年のRAWは「The Scent of Care — When Raw Materials Become Emotional Design」。原料、嗅覚文化、デザインの関係を扱い、人、場所、記憶をつなぐ香りへ視野を広げた。マンの調香師クリスティアーノ・カナーリらに加え、POLI.designのアンナ・バルバラが参加した。
ここでのケアは、香水による治療効果を証明する言葉ではない。香りを、身にまとうものだけでなく、空間の感じ方や人との関係を設計する要素として考える企画である。原料の話から、どこで、誰のために香らせるのかという問いへ進むところに、RAWの広がりがある。
ファッションと街へ広がる香りの企画
2025年、SETCHUの香水デビュー
2025年の第23回では、桑田悟史が手がけるSETCHU(セッチュウ)がスペシャルゲストとなった。同年1月のPitti Uomoへの登場に続き、レオポルダで初の香水コレクションを披露した。マンのジュリー・マッセと制作した5作品は、曜日、時刻、日本の生活にある題材を組み合わせている。
私は、それぞれの要素に、一週間のうちの一日を結びつけました。
桑田悟史、2025年
玄米茶、ユズ、アユ、畳、ヒノキ風呂。題材は名所の一覧ではなく、食べること、入浴、住まい、自然と関わる時間に結びつく。桑田は、急がずに身支度をする時間や、親に世話をしてもらう子ども時代の記憶から、東西の入浴の習慣を考えた。茶葉を守る茶箱に着想を得た立方体のパッケージも、その発想を形にした。
ピッティの特別企画を担当するフランチェスカ・タッコーニは、この登場を、香水とファッションデザインの交差を扱う一連の発表の始まりと位置づけた。服の催しで出会った才能を、別の感覚表現へつなぐ仕事である。
会場の外でも、人と香りがつながる
フラグランツェの企画は、レオポルダのなかだけに収まらない。2019年には「La Città delle Fragranze」を通して、市内の複数の場所へ催しが広がった。展示会を訪れる仕事の人々と、フィレンツェという都市の香りの文化が接する機会になる。
ただし、同時期に街で行われる催しのすべてが、公式会場内の展示ではない。2023年には、トマ・ドゥ・モナコらが近隣ホテルのショールームで発表した例もあった。ドゥ・モナコは、地域の店舗との協力関係を築くうえで、この土地で集まることの意味を語っている。公式の出展、公式の市内企画、ブランドが独自に開く発表を分けて見ると、展示会を核に生まれる交流の広がりが分かる。
オンラインの第18回から、対面の再開へ
2020年の第18回では、Pitti Connect上でデジタル企画が展開された。9月7〜21日の「Virtual Wellness Experience」には、ラベンダーを扱うRAW、日本の香の文化を扱うチャンドラー・バールとHiro Nakayamaの対話などが組まれた。オンライン講演とブランドを知る機会を結びつけ、集まれない時期にも、話す場を継続したのである。
2021年9月17〜19日の第19回で、レオポルダでの対面開催に戻った。このときはPitti Connectで事前に会期中の面会を予約できるようにした。デジタルは、対面開催が戻ると消える代用品ではなく、出会いの準備や継続を支えるものになった。
一方、ポレットは2021年のインタビューで、同じ場にいることで生まれる偶然の発見は、アルゴリズムでは再現できないと考えていた。予定した相手に会うだけでなく、まだ知らなかった人、もの、状況に出会うこと。その余地も展示会の価値なのだ。
開催の節目と、これからの来場条件
| 年・回 | 会場・形式と主な出来事 |
|---|---|
| 2003年・第1回 | コルシーニ庭園で独立した催しとして開始。56ブランドが参加。 |
| 2008年・第6回 | 9月12〜14日、コルシーニ庭園のリモナイア。13日を一般公開。 |
| 2009年・第7回 | 9月11〜13日、レオポルダへ移転。SPRINGなどを設置。12日を一般公開。 |
| 2019年・第17回 | 9月13〜15日、レオポルダ。エレナの回顧展と市内企画を展開。 |
| 2020年・第18回 | Pitti Connectでデジタル企画を展開。9月7〜21日にオンライン講演などを実施。 |
| 2021年・第19回 | 9月17〜19日、レオポルダで対面開催を再開。シュヴィーガーの回顧展。 |
| 2025年・第23回 | 9月12〜14日、レオポルダ。SETCHUが初の香水コレクションを発表。 |
| 2026年・第24回 | 9月11〜13日、レオポルダ。「CURA」をテーマに開催。すでに終了。 |
| 2027年・第25回 | 9月10〜12日、レオポルダで開催予定。 |
直近の第24回と、次回第25回
最新の終了した開催は、2026年の第24回である。テーマはイタリア語で「ケア」を意味する「CURA」。ニッコロ・パスクアレッティをスペシャルゲストに、ダニエラ・アンドリエをマスター・パフューマーに迎えた。香水やビューティーの文化を話す企画と、新しい創作の発表を組み合わせる構成は、この回にも続いている。
次回として発表されているのは、2027年9月10〜12日の第25回だ。現在の公式来場案内は、業界関係者の会社登録、必要書類、承認を伴う入場制度を示し、一般客や香水愛好家は対象外としている。愛好家が参加できた過去の土曜日を、次回も入れる日として案内することはできない。市内の企画も、個々の主催者が示す公開範囲で捉える必要がある。
それでも、フラグランツェの仕事は、会場に入る人だけに関わるものではない。バイヤーが新しい作り手を知り、店へ持ち帰る。調香師の言葉や、原料を比較する視点が、香水を説明する言葉を変える。一本の香水と読者の間には、選び、学び、伝える人々がいる。このフィレンツェの展示会は、その人々が知識と関係を育てる場所なのである。
ちなみに…ポレットにとってのフィレンツェの匂い
2021年、フィレンツェは何の匂いがするかと尋ねられたポレットは、こう答えた。
毎朝、前を通る菓子工房の匂いです。
アゴスティーノ・ポレット、2021年
街を代表する名香ではなく、毎日の道にある匂い。多くの香水を紹介する催しの仕事を離れると、そこには、一人の生活に繰り返し現れる小さな場所があった。
参考文献
- クリスタウドの原インタビュー(2026年9月10日)
- Pitti Fragranze 公式サイト・次回開催
- Visitors — 現在の来場資格・登録条件
- Pitti Fragranze Trade Fair—Art and Beauty Carry the Day(Sarah Colton、2023年)
- Pitti Immagine presenta Fragranze n.6(2008年の開催案内)
- Pitti Immagine presenta Fragranze n.7(2009年の主催者発表を掲載)
- ナポレオーネの原インタビュー(第14回当時)
- Spring — 新ブランドのための展示エリア
- Soul and Skin — 独立系スキンケアの展示エリア
- Code Korea@Fragranze(2026年)
- Fragranze 24 welcomes a record number of visitors(2026年9月15日・終了報告)
- Jean-Claude Ellena a retrospective(2019年)
- Ralf Schwieger is the Special Guest of Pitti Fragranze(2021年)
- RAW by MANE — E-Pure Jungle Essence: The Re-birth of Enfleurage(2021年)
- RAW by MANE — The Rose: Reinventing Iconics(2022年)
- MANE — The Scent of Care(2026年)
- SETCHU Special Guest — SETCHU Perfume(2025年)
- Pitti Fragranze 2019 — 終了報告とLa Città delle Fragranze
- Virtual Wellness Experience — 2020年の公式プログラム
- Fragranze 19 — 対面開催の再開(2021年)
- ポレットの原インタビュー(Vanessa Caputo、2021年9月16日)
- Pitti Fragranze 24 — 2026年公式プレス資料


