「消費者の言葉を、調香師の言葉に翻訳する。」
ポーラ・カントゥアリア(エバリュエーター、2020年公開のインタビューより)
香水の作者として、調香師の名前を目にする機会は多い。では、まだ名前もボトルもない試作品を嗅ぎ、依頼された香りに近づいているかを考え、その判断を調香師と共有するのは誰だろうか。
その仕事を担うのが、エバリュエーター(Evaluator)である。評価者という訳語からは、完成品に点数を付ける人を想像しやすい。しかし香料会社の開発現場では、依頼を読み解き、香りの方向を考え、候補を比較し、改良を進める創作のパートナーでもある。
嗅ぎ分けた違いを、次の試作につながる言葉にする。その仕事をたどると、一本の香水が、優れた鼻だけでなく、異なる専門家の理解を重ねて生まれることが見えてくる。
エバリュエーターとは何をする人か
香水開発におけるエバリュエーターの中心的な役割は、依頼の目的と香りの出来を照らし合わせ、調香師と開発を進めることである。ただし、職名と担当範囲は会社や部門によって異なる。
ジボダンは、評価、調香、営業の関係を「黄金の三角形」と呼ぶ。エバリュエーターは香りと市場の双方を理解し、調香師、研究室、マーケティング、営業などと案件を動かす。同社には、その上位職としてクリエイティブ・フレグランス・ディレクターという呼称もある。
IFFでは、セント・デザイン・マネージャー(Scent Design Manager、SDM)が、香りの方向付けや着想の提供、依頼内容の解釈、市場・消費者の理解を創作につなぐ役割を担う。別の職名を、どの会社でも完全に同じ職務だと考えることはできないが、香りの創作と開発全体をつなぐ点には共通性がある。
ジボダンの沿革解説は、専門職としての評価の導入を1970年代後半に位置付けている。品種の増加、消費者の要求、流行の変化が、その背景として挙げられている。これは同社による歴史の説明であり、世界中の会社で同じ年に職業が成立したという意味ではない。
依頼を読み、香りの方向を決める
ブリーフを、創作に使える判断へ変える
開発の出発点になるのが、ブリーフと呼ばれる依頼内容である。IFFの職務説明では、ブリーフや仕様、消費者の理解、マーケティングを創作の一部として読み込み、顧客の技術面と創作面の要求を満たすことが挙げられている。
したがって、目の前の試作品を単独で「よい香り」と評価するだけでは足りない。何を目指す案件なのか、どの市場やブランドのためなのかという文脈を、嗅ぐときの判断に持ち込む必要がある。創造性と顧客の戦略、香料処方の技術的な理解を同時に扱う仕事なのだ。
「SDMは、その過程のあらゆる側面に関わります。」
クリスティン・ブルナー(IFF、2017年公開の職務紹介より)
この発言は、SDMがすべての専門業務を一人で実施するという意味ではない。創作の方向と、案件を成立させる条件を、切り離さずに見ているということである。
市場を知り、自分の好みから距離を取る
ポーラ・カントゥアリアは、2020年公開のインタビューで、個人として香水を好きであることと、依頼に照らして評価することの違いを問われている。自分の好みを離れることは、日々学ぶ過程だという。必要なのは、市場と消費者を深く知ることだった。
彼女は、シンガポール勤務時には、その国だけでなく周辺諸国に向けた開発をしていた。勤務する都市と、香りを届ける市場は同じとは限らない。この違いは、エバリュエーターの判断が、自分の生活圏での好みだけでは完結しないことをよく示している。
試作品を比較し、改良の理由を伝える
ブラインド評価から、次に進める案を選ぶ
ナイラ・ハマイエドは、2015年のインタビューで、複数の調香師が参加する案件の進め方を説明している。各人のアイデアを集め、営業担当者とブラインドの試香を行う。そこで、ブリーフや顧客の既存の香りの構成に合うかなどを考え、提案へ進める案を選ぶ。その後、調香師に選択と理由を伝えるのである。
これは彼女が説明した進め方であり、すべての案件で同じ人数が参加し、同じ手順を踏むわけではない。注目したいのは、嗅いだ印象を、依頼に対する理由付きの判断へ変えている点である。
「創作を批評するときには、客観的な根拠を挙げ、なぜなのかを説明しなければなりません。」
ナイラ・ハマイエド(ジボダン、2015年)
改良を求める理由が分かれば、調香師は、その意見を創作にどう取り込むか考えられる。ハマイエドは、相手が自分の視点と根拠を理解することが、信頼を築く過程になると語る。評価の言葉は、作品の採点である以上に、共同作業を続けるための言葉でもある。
香りの変化と、製品での働きを見る
評価の対象は、瓶や試香紙から立ち上がる最初の印象だけではない。ジボダンのパーソナルケア開発では、空間への広がりや、乾いた肌・髪に香りが残って感じられるかも研究している。シャンプーなどの製品で香りが働く場面まで、開発の対象になる。
香水と日用品では、評価すべき条件も異なる。香りそのものの魅力に加え、何に配合し、どの場面で感じられる必要があるのかが問われる。エバリュエーターと調香師、応用技術の担当者が関わるのは、そのためである。
カントゥアリアが家庭での使用テストを好むのも、消費者が香りとともに過ごす時間を大切にしているからだった。ひと嗅ぎの選択と、生活のなかでの受け止め方には、違う問いが含まれている。
調香師・品質管理・消費者調査との違い
これらの仕事は、いずれも香りを評価する場面を持つ。違いを理解するには、誰が嗅ぐかだけでなく、その評価によって何を決めるのかを見るとよい。
| 役割 | 主に担うこと | エバリュエーターとの接点 |
|---|---|---|
| 調香師 | 香料の組合せや配合を考え、処方として香りを創作・改良する。 | 試作品を一緒に嗅ぎ、方向や修正の意図を共有する。 |
| 開発のエバリュエーター | 依頼、市場、試作品を照らし合わせ、候補の選択や創作の方向付けを進める。 | 創作、営業、技術、調査などの判断を開発へつなぐ。 |
| 品質管理 | 製品の分析・検査などを通じ、定められた品質を確かめる。 | 官能評価を使う場合もあるが、開発案の選択とは評価の目的が異なる。 |
| 消費者調査・官能分析 | 消費者の反応を調べたり、香りの知覚上の特徴や強さを測定したりする。 | 調査結果や測定結果が、開発判断の材料になる。 |
品質を確かめることと、創作の方向を選ぶこと
ISIPCAの技術者向け教育では、処方に基づく製品開発、分析と管理の試験、官能分析を学び、進路には研究開発、生産、分析・品質管理が挙げられている。「嗅いで確かめる」という行為だけを取り出せば、職務の境界は見えなくなる。
開発では、これからどの香りを育てるかが問われる。一方、品質管理では、製品の品質を確かめることが中心になる。ジボダンも、安全性評価や製造時の処方管理を組織的な仕組みとして説明している。エバリュエーターがよい香りと判断したことだけで、安全性や製造品質の確認が済むわけではない。
訓練された鼻も、消費者全体の代わりにはならない
ジボダンの2009年の研究紹介資料は、官能分析と市場調査を区別している。前者は、人の知覚を使って刺激の特徴を記述・測定する。後者は、消費者の主観的な評価や連想を理解するために使う。訓練された官能パネルについても、調香師や開発のエバリュエーターとは区別して説明している。
この区別に従えば、専門家が香りの構造や違いを理解することと、対象となる消費者がその香りをどう好むかは、同じ問いではない。両方の知見を創作へ戻すところに、開発担当者の判断が必要になる。
ただし、部署間の壁が常に固定されているわけでもない。IFFの2021年の紹介では、SDMが顧客や営業、技術チームと日常的にやり取りし、プロジェクト管理も担う姿が語られている。役割は重なり、案件によって組合せが変わる。
嗅覚と言葉は、どう育てられるのか
原料、市販品、実務を繰り返し学ぶ
2020年、CPLアロマズのシニア・エバリュエーターとして語ったラジャニ・ジャーの経歴は、実務の学習を具体的に伝えている。IFFのセント・デザイン支援業務から香料業界に入り、先輩の調香師やエバリュエーターのもとで、原料、香水、市販品、市場の動向を学んだ。
応用研究室では試料の準備を、サンプルの研究室では調合や原料を、消費者理解の部門では市場調査や試験を知ったという。彼女が身に付けたのは、嗅ぐ力に加え、その試料がどう準備され、誰に向けて評価されるかを理解する力だった。
「毎日、香料の原料を学び直すのが好きです。」
ラジャニ・ジャー(2020年)
日々の仕事になっても、原料や完成した香りを嗅ぎ直す学習は続く。新しい試作品を評価するために、比較の基準となる記憶も育てているのである。
処方を学ぶことも、共同作業の基礎になる
ISIPCA(イジプカ、香水・化粧品・香料分野の教育機関)の「Fragrance Expertise Formulation & Applications」は、進路にエバリュエーターと調香師の双方を挙げている。教育内容には、香料原料の嗅覚評価とアコードの処方、官能分析、分析技術、マーケティング、プロジェクト管理、チーム運営などが含まれる。アコードとは、複数の香料を組み合わせてつくる、まとまりのある香りの構成である。
エバリュエーターにも処方の学習があることは、調香師と同じ職業になるという意味ではない。相手が使う素材や、創作上の選択を理解するための共通の基礎になる。
一方、ジボダンは、理系の学位を経て専門教育を受ける人に加え、語学系の出身者が成功した例にも触れている。特定の学校や専攻だけを、すべての会社に共通する唯一の入口とは言えない。調香師養成の学びについては、ジボダン調香学校の記事でも紹介している。
一本の香水の向こうにある共同作業
IFFのSDMたちは、自分たちを翻訳者や編集者になぞらえている。どちらの比喩にも、相手の表現を理解し、それが届くために働くという共通点がある。
エバリュエーターの仕事を知ると、香水の完成を、調香師が一度ひらめいて処方を書き上げる瞬間だけでは捉えにくくなる。依頼を読み、候補を嗅ぎ、理由を伝え、異なる専門家と改良を進める。その往復にも、香りを形にする仕事がある。
参考文献
- ポーラ・カントゥアリアの原インタビュー(2020年) — Persolaise
- 評価職の歴史、職務と調香師・営業の協働 — Givaudan, Creative Fragrance Director
- クリスティン・ブルナーによるSDMの職務説明(2017年) — IFF
- ナイラ・ハマイエドの原インタビュー(2015年) — Sergey Borisov, Fragrantica
- パーソナルケアにおける香りの働きと評価 — Givaudan, Experts in personal care
- 研究室技術者の教育内容と品質管理等の進路 — ISIPCA
- 安全性評価と製造品質の管理 — Givaudan, Product quality
- 官能分析、市場調査、官能パネルの役割(2009年の研究紹介、7–8ページ) — Givaudan
- SDM本人たちの経歴と職務についての発言(2021年) — IFF, Meet a Scent Design Manager
- ラジャニ・ジャーの原インタビュー(2020年) — The Interview Portal
- エバリュエーター等を目指す教育内容 — ISIPCA, Fragrance Expertise Formulation & Applications


