Givaudan(ジボダン)|名香と名調香師を生み出す世界屈指の香料会社

Givaudan(ジボダン)の調香師育成と香りの創作を題材に、指導者と学ぶ人を描いた編集イラスト。人物と研究室は架空の表現。

私にとって創作とは、思いがけないものを受け入れる芸術です。

カリス・ベッカー、調香師・養成責任者 — Givaudan「Formulating a fragrant future」掲載の発言

花から香りを取り出すこと。自然の中の匂いを分子として理解すること。そして、その素材を人が身につける香水へ組み立てること。ジボダンの歴史では、別々の仕事が、いくつもの会社と人物を通して結びついてきた。

グラースの天然香料商ルール。チューリッヒで合成香料を手がけたジボダン兄弟。調香師を育てたジャン・カール。今日のジボダンは、そのいずれか一つの歴史だけでは説明できない。原料の研究と、素材を使う人の創作を一緒にたどると、香水の背後にある仕事が見えてくる。

基本情報と現在のGivaudan

  • 正式名称:Givaudan SA(ジボダン)
  • 創業:1895年、スイス・チューリッヒ
  • 創業者:レオン・ジボダン、ザビエル・ジボダン
  • 本社:スイス・ヴェルニエ
  • 現在の会社につながる主な節目:1991年のジボダンとルールの統合、2000年のロシュからの分離・独立と上場
  • 公式サイト:Givaudan

ジボダンは、香水や日用品、食品などをつくる企業へ、香り・香味・成分を提供する会社である。現在の事業は「Fragrance & Beauty」と「Taste & Wellbeing」の二つ。前者は香水、洗剤やパーソナルケア製品の香り、香料原料と美容成分、後者は食品・飲料の味や香りなどを扱う。

2025年度の連結売上高は74億7,200万スイスフラン。このうちFragrance & Beautyは38億3,000万スイスフランである。香水を調香する仕事に加えて、香料そのものを開発・製造する仕事や、さまざまな製品で香りを機能させる技術も、この事業に含まれる。

主な歩み

  • 1768年 — グラースでアントワーヌ・シリスの香料事業が始まる。後のグループへつながる天然香料の歴史の一つ。
  • 1820年 — クロード・ルールがグラースでルール・ベルトラン&フィスを設立。
  • 1873年 — ルイ・マクシマン・ルールがウィーン万博で、花の香りを濃縮した「コンクリート」を紹介。
  • 1895年 — レオンとザビエル・ジボダンが、チューリッヒで香料事業を始める。
  • 1898年 — ジボダン兄弟がヴェルニエで香料の工業生産へ進む。
  • 1900年 — ルールのアブソリュートによる花の抽出技術がパリ万博で評価される。
  • 1905年 — 後のクエストへつながるオランダのナールデンが、グリセリンの蒸留工場として始まる。
  • 1937年 — ルールのジャン・カールがスキャパレリの「ショッキング」を創作。
  • 1946年 — ジャン・カールがルールの調香師養成を始める。
  • 1958年 — ジボダンがエスロルコを取得し、食品香味の事業を広げる。
  • 1963年 — ロシュがジボダンを取得。
  • 1964年 — ロシュがルール・ベルトラン・デュポンを取得。
  • 1968年 — ヴェルニエでジボダンの調香学校が始まる。
  • 1970年代 — ナールデンがUOP Fragrancesを取得し、シリスの天然香料の加工設備と仕事を受け継ぐ。
  • 1973年10月 — ジボダン ジャパン株式会社を設立。
  • 1976年 — 当時のジボダン子会社ICMESAで、セベソのダイオキシン放出事故が発生。
  • 1991年 — ロシュ傘下のジボダンとルールが統合し、ジボダン・ルールとなる。
  • 1992年 — ルールとジボダンの調香学校が統合される。
  • 1996年 — 植物などの香りを捉えるScentTrekが、フレグランス財団の技術賞を受賞。
  • 2000年6月 — ロシュから分離・独立し、Givaudan SAとしてスイスの証券取引所に上場。
  • 2002年 — ネスレのフレーバー部門FISを取得。
  • 2006–2007年 — 2006年11月にクエスト取得を発表。2007年3月2日に取得を完了。
  • 2014年 — 年次の持続可能性報告で、酵素を用いたアキガラウッドの開発と香水への商業採用を紹介。
  • 2015年10月 — 調香学校のシンガポール拠点が開設される。
  • 2024年6月 — 天然香料の調達・研究・生産・調香をつなぐHouse of Naturalsを発足。
  • 2026年2月 — グラースの天然香料拠点「Campus 52」の建設に向けた投資を発表。

ジボダン兄弟の香料づくり

チューリッヒの実験からヴェルニエへ

リヨンの一家に生まれたレオンとザビエルは、1895年からチューリッヒで香料の仕事を始めた。初期には、ムスクやスミレ調のイオノン類などを扱っている。近くにはパン屋があり、スミレの匂いがついたパンは誰の好みにも合うわけではなく、実験は近隣との問題にもなった。

1898年、レオンは兄ザビエルの後押しを受け、ジュネーヴ近郊のヴェルニエで工業生産へ進んだ。二人は調香師マリウス・ルブールと化学者アンリ・バルビエを迎える。分子をつくる知識と、匂いを組み合わせる知識が、早い時期から同じ仕事の中にあった。

ルブールが育てたベースは、天然香料と合成香料を組み合わせた、調香のための香りのまとまりである。当時、自社に調香師を置く香水会社にとって、それは創作を助ける道具になった。原料を売る会社は、完成した香水の手前にある組み合わせの知識も提供していたのである。

天然の匂いを知るための化学

ジボダンの合成香料の仕事は、天然香料の研究とも結びついていた。1920年代には、植物由来の原料などにどんな匂いの成分が含まれるかを調べる研究が育つ。自然を分析して、その香りの仕組みを知ることが、新しい素材と加工技術の出発点になった。

原料の化学と、顧客のための処方づくりには、異なる製造の考え方もある。1998年のヴェルニエ創設百周年に、当時の技術責任者ジェラール・ガンディヨンは、その違いを簡潔に記した。

化学は在庫に向けて生産する一方、調香は注文に応じて生産する。

ジェラール・ガンディヨン、Givaudan Roure技術責任者 — CHIMIA、1998年のヴェルニエ創設百周年記事

香料を一定の品質でつくる仕事と、それを顧客ごとの香りへ組む仕事。香料会社の中にある二つの役割を、よく表す言葉である。

ルールの抽出技術と香水の創作

グラースの花を、使える香料へ

ルールの歴史は、ジボダン兄弟より早い1820年に始まる。クロード・ルールはグラースで、ジャスミンやバラなどの芳香植物と精油を扱う会社を設立した。花が持つ香りを集め、香水づくりへ届ける仕事であった。

ルイ・マクシマン・ルールは1873年のウィーン万博で、花の香りを濃縮した「コンクリート」を紹介した。ルールのアブソリュートの仕事は1900年のパリ万博でも評価される。今日の香料でいうコンクリートは、花などから香りと蝋分を一緒に取り出したもの。そこからアルコールなどを使って香りの成分を分けた素材が、アブソリュートである。抽出と精製によって、花は調香師が処方に使える素材へ変わる。

ジャン・カールと、クチュールの香水

ルールの仕事は、原料の供給から香水の制作へ広がった。1937年のスキャパレリ「ショッキング」は、ジャン・カールがルールでつくった作品である。ファッションの名前を持つ香水の背後で、香料会社の調香師が創作を担う関係が育っていった。

同じルールには、1930年からジェルメーヌ・セリエもいた。カールの「ショッキング」、セリエのバルマン「ヴァン ヴェール」やピゲ「フラカ」。同じ会社の素材と技術を使いながら、調香師はそれぞれの構成をつくった。会社の歴史を作品へつなぐときには、この個々の作者の仕事が欠かせない。

カールは原料を、似た匂いと対照的な匂いから学ぶ方法を整え、1946年にルールの養成を始めた。一方、処方を組むときには、ただ均等に釣り合わせることを目指さなかった。

香水のバランスを取ろうとしすぎると、それを消してしまい、個性を抑えてしまう。

ジャン・カール — 『Méthode de création en parfumerie』の発言、Givaudan「Givaudan’s pioneers」による再録

原料をきちんと覚えることと、素材の強い個性を創作へ生かすことは、両立する。カールが残したのは、そのための学び方でもあった。

ロシュ傘下から独立した会社へ

1963年にジボダン、1964年にルールがロシュ傘下へ入り、二社はしばらく別々に事業を続けた。ルールでは、ルイ・アミックの息子ジャン・アミックが、調香師たちの創作チームを導く。彼は香水の企画と事業をつなぎ、1991年に二社が統合したジボダン・ルールの最高経営責任者となった。

この時代のジボダンには、香料以外の化学製品の事業もあった。1976年、イタリアの子会社ICMESAで事故が起き、ダイオキシンが周辺へ放出された。セベソ事故として知られるこの出来事と、その後の対応は、ロシュ傘下時代の歴史に残る。香料の研究や名香の創作とともに、会社の歩みには、この重大な環境事故も含まれる。

2000年6月、ジボダン・ルールはロシュから分離・独立し、Givaudan SAとして上場した。2002年にはネスレの食品香味部門FISを取得。さらに2006年11月にICI傘下のクエスト・インターナショナル取得を発表し、2007年3月2日に完了させる。

クエストには、オランダのナールデンの化学・蒸留の仕事と、シリスの天然香料の歴史がつながっていた。ナールデンは1905年にグリセリンの蒸留工場として始まり、近隣のキャラウェイ種子から得る香味原料などへ進んだ。1970年代にはUOP Fragrancesの取得を通して、シリスのグラースの加工設備も加わる。クエスト取得は、そのような異なる出発点を持つ知識と人材を、ジボダンへ集める節目でもあった。

日本では1920年代から代理店を通して製品を紹介し、1973年10月にジボダン ジャパン株式会社を設立した。グループ全体の1991年の統合に続き、日本法人は1992年にルールと合併。グループの歩みと、各国の事業が形になる時期には、それぞれの歴史がある。

植物の香りを広げる研究と、作品への使い方

アキガラウッドと「ボワ アンペリアル」

ジボダンのアキガラウッド(Akigalawood)は、パチョリ油の、従来は調香のパレットへ入らなかった画分を生かした香料である。画分とは、分離して得た原料の一部分のこと。酵素を用いたバイオ技術で加工し、パチョリや沈香を思わせる木の側面に、ペッパーのようなスパイス感を持つ素材へ変える。

アキガラウッドは2014年時点で、ブラジルの男性用香水に商業採用されていた。パチョリ由来の素材から、沈香を思わせる側面まで引き出す。植物の原料を別の形へ加工して、元の植物だけでは表しにくい香りを加える仕事である。

その使い方を具体的に見られるのが、エッセンシャル パルファンの「ボワ アンペリアル」オードパルファムである。ジボダンの調香師クエンティン・ビシュは、アキガラウッドを作品の中心へ置いた。

私はこの香水を、貴重で特別なウッド、アキガラウッドを中心につくりました。

クエンティン・ビシュ — Essential Parfums「Bois Impérial」オードパルファム公式作品紹介

タイバジルとティムットペッパーの明るい香り立ちに、木とスパイスの強い輪郭を重ね、パチョリ油やベチバー、アンブロフィックスを組み合わせる。新しい素材を使うこと自体が目的ではなく、周囲の原料との関係によって、その素材の個性を作品の芯へ育てる選択である。

ジボダンはアキガラウッドを、自社の創作で使う独自原料、キャプティブの一つとして紹介している。原料の研究者が広げた道具を、調香師が具体的な香りにする。その往復が、一つの香水の中に現れている。

花を摘まずに香りを捉えるScentTrek

植物の匂いを知る方法には、精油やアブソリュートを取り出すこととは別の道もある。ロマン・カイザーが長年取り組んだのが、植物の周囲の空気に放たれる香りを捉えるヘッドスペース技術である。ジボダンのScentTrekの仕事では、自然の香りを分析し、その成分を使って再構成する。

カイザーは各地の蘭やハス、樹木、めったに咲かない植物の香りを調べた。花を大量に集めて原料にする代わりに、その匂いの構成を知って、調香のための表現へ移す。天然の香りを研究することと、香料を組み合わせて再現することが、ここでもつながっている。

産地へ研究室を運ぶblossom[lab]

天然香料の研究では、植物をどこで、どんな状態で加工するかも重要になる。ジボダンの移動研究室「blossom[lab]」は、再利用した輸送用コンテナに分析や抽出のための設備を収め、トラックや船で原料の産地へ運ぶ仕組みである。採れたばかりの植物をその場で扱い、新しい抽出方法や品質を試す。

2024年6月に始まった「House of Naturals」は、農学、研究、生産、調香師をつなぐ体制である。農家や供給者との仕事、抽出方法の開発、原料を安定してつくる工程、そして調香師の評価を結びつける。天然香料のパレットを広げるには、植物を育てる段階から、処方の中で使う段階までが必要なのである。

2026年2月には、グラースに天然香料の研究・生産拠点「Campus 52」を建設するため、5,500万スイスフランを投資すると発表した。計画の中心にあるのも、研究者と調香師の距離を近づけ、天然原料の可能性を創作へつなぐことである。

調香師を育て、知識を受け継ぐ

ジボダンの調香学校には、1946年にカールが始めたルールの養成と、1968年にヴェルニエで始まったジボダンの学校という二つの流れがある。学校は1992年に統合され、1997年には調香師たちの仕事に近いアルジャントゥイユへ移った。2015年10月にはシンガポールにも拠点が開かれる。

四年間の課程では、約500の原料を覚え、庭の植物の香りを再現し、アコードや古典的な香水を学ぶ。アコードは、複数の原料を組み合わせてつくる香りのまとまりである。産地への訪問、国際的な実習、経験ある調香師からの指導も、原料の知識と創作をつなぐ。

これは同社の調香師を育てる企業内養成であり、入口は公式採用窓口で案内される選考である。一般入学型の学校とは仕組みが異なる。会社の歴史から教育をさらにたどる導線として、ジボダン・パフューマリースクールの専用記事がある。

ベッカーの「思いがけないものを受け入れる」という言葉は、知識を蓄えるだけで終わらない創作を表している。花を加工する技術、新しい香料をつくる化学、原料を使いこなす調香師の経験。その三つを受け継ぎ、次の作品へ動かしていくところに、ジボダンという香料会社の仕事がある。

参考文献

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