基本情報
設立年: 2013年
創設者: Hiram Green(ハイラム・グリーン)
拠点: オランダ・ハウダ(Gouda)
公式サイト: hiramgreen.com
創設者・ブランドの成り立ち
トロントからロンドンへ——アーティストの卵、香りの世界へ
ハイラム・グリーンは、カナダのトロントで生まれ育った。幼い頃から「世界の中心」として憧れを抱いていたロンドンへ渡るため、オンタリオ・カレッジ・オブ・アート・アンド・デザイン(OCAD)でドローイングとペインティングを学んだのち、夢だった移住を果たした。
「私はトロントで生まれ育ち、ファインアーツを学んだ。そしてアーティストを目指してロンドンへ渡ったのです」
— ハイラム・グリーン(bynez.com インタビューより)
しかし現実は厳しかった。アーティストとして生活費を稼ぐことの難しさから、偶然にも香水店で働き始める。すると、絵画よりも「香り」の世界に引き込まれていく自分に気づいた。気づけばアーティストへの興味は薄れ、香水の虜になっていた。
2003年、「セント・ギャラリー」の開廊
2003年、ハイラムはロンドン中心部に「Scent Systems(セント・システムズ)」という小さな香水店をオープンする。当時はまだ「ニッチ香水」という言葉も概念もほとんど存在していなかった時代だ。
「私は自分のことを、香りのギャラリーのキュレーターだと思っていました。取り扱うのは、生きた調香師によって作られた香水だけ。当時、そういった考え方はほとんどなかったのです」
— Hiram Green(Persolaise Love At First Scent ep.549 より)
セント・システムズではAftelierやCB I Hate PerfumeといったニッチブランドのほかにGeorge Doddを調香師に迎えた天然素材100%の既製品ラインも扱うなど、時代を先取りしたセレクションを展開した。ハイラム自身も後に「あの時代のパイオニアだったかもしれない」と振り返っている。
天然香料との出会い——頭痛からの気づき
セント・システムズで多くの香水に触れるうちに、ハイラムは不思議な体験をするようになる。一部の香水を試すと頭痛が起きるのに、天然素材のみを使用した香水では問題が起きなかったのだ。これが、天然香料のみで作る香水への探求の始まりだった。
しかし、自分の理想とする香りを提供してくれるブランドが当時の市場にはほとんどなかった。そこでハイラムは「それならば自分で作るしかない」と決意を固める。
「そこで私は思いました。『自分の香水会社を始めよう』。ただ、作り方を知らないし、学校に通うお金もない」
— Hiram Green(bynez.com インタビューより)
独学という「奇妙な旅」
調香師としての訓練を受ける資金も手段も持たなかったハイラムが最初に向かったのは、ヘルスフードショップだった。市販のエッセンシャルオイルを買い集め、ひとつひとつの香りを嗅ぎ比べ、組み合わせを試していった。
「ヘルスフードショップのエッセンシャルオイルから始めました。ローズの香り、ラベンダーの香りを覚えていった。誰も教えてくれる人がいない場合、行けるところへ行くしかない——かなり奇妙なことだとは後から気づきましたが」
— Hiram Green(bynez.com インタビューより)
書籍も重要な学びの場となった。当時、天然香料を使ったパフューマリーについて書かれた数少ない参考書のひとつが、マンディ・アフテル(Mandy Aftel)の著書『Essence & Alchemy』(エッセンス&アルケミー)だった。
「マンディ・アフテルの本を読みました。かなり基本的な内容でしたが、素晴らしいスタートになった」
— ハイラム・グリーン(bynez.com インタビューより)
「私は完全な独学です。本を読み、ネット上であらゆる情報をかき集めて学びました。しかし情報収集はほんの一部にすぎない。素材を実際に使うことが重要で、そのためには嗅ぎ、実験することが欠かせません」
— ハイラム・グリーン(Fumerie インタビュー 2026年より)
セント・システムズはやがて閉店を余儀なくされる。ハイラム自身は後に「時代の先を行きすぎていた。若くて世間知らずだった」と振り返っている。
オランダ・ハウダへ、そしてブランド誕生
ロンドンを後にしたハイラムはオランダに移住し、アムステルダム近郊の小都市・ハウダに拠点を構えた。「ゴーダチーズ」で世界的に有名なこの街を、ハイラムは次第に「チーズではなく香水で有名にしたい」とおどけたように語るようになった。
数年間にわたって天然香料の研究と実験を重ねた末、2013年にデビュー作「ムーン・ブルーム(Moon Bloom)」を発表。ここに「ハイラム・グリーン」というブランドが誕生した。ちなみにブランド立ち上げの動機を問われたとき、ハイラムはこう答えている。
「一番簡単な答えは——ほかに何をすればいいか、わからなかったのです」
— ハイラム・グリーン(smell stories インタビュー 2021年より)
この飾らない一言が、ハイラムという人物の素直さをよく表しているように思われる。
ブランドのこだわり
「諦めない」天然香料の哲学
ハイラム・グリーンの最大のこだわりは、すべての香水を100%天然・自然由来の素材のみで作ることだ。GMOフリー、クルエルティフリーを基本とし、動物由来成分も使用しない(「スローダイブ」のミツロウ・アブソリュートのみ例外)。
天然香料だけで作る香水は、しばしば「香りが薄い」「持続しない」「単調だ」と批判されてきた。ハイラムはこうした批判に正面から向き合い、それを乗り越えることをブランドの使命に据えている。
豊かな香りの秘密のひとつは、フローラル・アブソリュート(花の香り成分を溶剤抽出した濃縮素材)の惜しみない使用にある。素材は世界中から調達し、その品質には一切妥協しない。
また、香水は素材をブレンドした後、最低3ヶ月間の熟成期間を経てから瓶詰めされる。この工程が、複雑で奥行きのある香りを生み出す鍵となっている。
小ロット、ハンドクラフト、そしてほぼ一人で
生産工程はほぼ全てハイラム自身が担っている。調合・充填・梱包・発送に至るまで、基本的に一人で行う「ワンマン・ビジネス」だ。近年はアシスタントが加わったものの、「全ての香水を自分で作り、瓶に詰め、箱に入れる」というスタイルは変わっていない。
この体制は必然的に小ロット生産を意味し、それが品質の担保にもなっている。
ボトルと包装へのこだわり
ボトルには、クラシックな球形(バルブ)アトマイザーを採用している。これはいまどき珍しい選択だが、ハイラムには明確な理由がある。
「誰もが『香水』と聞いてイメージするものにしたかった。差別化しつつも、香水として当然の佇まいを持つこと」
— ハイラム・グリーン(The Olfactive インタビューより)
また、香水の色は着色料を一切使わず、すべて素材そのものの色から来ている。これにより、各フラグランスはジュエルのような固有の色彩を持つ。包装は漂白されていないリサイクル段ボールを使用し、多くのブランドが使うセロファンラップの代わりに紙シールで封をするなど、環境負荷の低減にも取り組んでいる。
創作プロセス——抽象から香りへ
インスピレーションの源は音楽、絵画、旅行など多岐にわたる。抽象的なアイデアや感情、記憶が少しずつ「物語」へと凝縮されていく過程は長く、一つの香水が完成するまでに数百回に及ぶ試作を行うこともある。
香水ラインナップ
ハイラム・グリーンの現行コレクション(2026年時点)は9作品。
Moon Bloom(ムーン・ブルーム)——2013年
デビュー作にして、最も愛され続けるフラグランス。チューベローズ(夜咲き水仙)にインスパイアされ、「夜に香りを放つ」という花の神秘的な性質を中心に構築されている。ジャスミン、イランイラン、ココナッツ、トロピカルスパイス&レジン(樹脂)を組み合わせ、濃厚かつクリーミーな白い花束のような香り。
Hyde(ハイド)——2018年
2019年アート&オルファクション賞アーティザン部門を受賞した代表作。レモン、ベルガモットのフレッシュな開幕から、バーチタール(白樺のタール)が焦げた木の乾いた香りを持ち込み、カシア(スパイシーな花)と交わりながら力強いレザーノートへと発展。スモーキーなラブダナムとモルティなバニラ、アーシーなオークモスがベースを形成する。挑発的で魅惑的、ユニセックスの傑作。
受賞はブラインドジャッジング方式(審査員がブランド名・香水名を事前に知らない)で行われたものであり、香りそのものの力が評価されたという点でも意義深い。
Slowdive(スローダイブ)——2017年
タバコの花(ニコチアナ)とハニーを基調としたウォーム・オリエンタル系。ネロリとオレンジフラワーの清々しいオープニングの後、タバコブロッサム、ミツロウ、チューベローズが豊かなハートを形成。ドライフルーツと蜂蜜状の樹脂が溶け合うような官能的な仕上がりとなる。ミツロウ・アブソリュートを含む唯一の作品であり、そのためヴィーガンではないことを公式に明記している。
Shangri La(シャングリラ)
ジェームズ・ヒルトンの小説『失われた地平線』(1933年)に登場するヒマラヤの理想郷から命名。シプレ(chypre)という香りの様式——フレッシュなシトラスとウッディ・オークモスのベースが対比するクラシックな系譜——に基づいた現代的解釈。レモン・オレンジ・ベルガモットのシャープな開幕から、ピーチ・ジャスミン・ローズ・オリス・シナモンの豊かなブーケへ、そしてヴェティヴァーとオークモスのアーシーなベースへと展開する。
Arbolé(アーボレ)
スペインの詩人フェデリコ・ガルシア・ロルカの詩「アーボレ・アーボレ(木よ、木よ)」からインスパイアされた作品。イビサ島の内陸部、乾いた塩の風が木々を揺らす午後——そのような風景を意識した、アーシーなパチュリとウッドのロマンティックなフラグランス。セダーウッド、サンダルウッド、バニラ、トンカビーンが甘くパウダリーなベースを提供する。
Philtre(フィルトゥル)——2024年
フランス語で「惚れ薬・媚薬」を意味する”Philtre”から命名。カーネーション(愛の花)を中心に、ローズ、ジャスミン、クローブ、スパイス、バニラ、ブラックペッパー、樹脂を重ねた妖艶な一作。
「ユニコーンの粉もドラゴンの血も使わない。世界で最も美しい花々、スパイス、樹脂——愛の花、カーネーションを中心に据えて作られた媚薬だ」
— 公式サイトより
Tryst(トゥリスト)——2024年
オレンジグローブを走り抜けた春のドライブ、オレンジの木の下でのキスの記憶。甘い空気と蜂蜜のような可能性に満ちた情景を香りにした一作。オレンジゼスト、グリーンバッズ、ネロリ、オレンジブロッサム、ハニードレジンという素材が、明るく官能的な香りを作り上げる。廃番となったディレッタント(Dilettante)の後継とも位置づけられている。
「オレンジフラワーとネロリは私の最も好きな香りのふたつ。コレクションに必ずこれらを主役にした作品が必要だと思っていました」
— ハイラム・グリーン(CaFleureBon 2024年より)
Ultra(ウルトラ)——2025年
最新作。1980年代のヘドニズム(快楽主義)的なエネルギーにインスパイアされたオーバーフローラル。ナルシサス(水仙)のアブソリュートを核に、ネロリ、イランイラン、ジャスミン、フローラルネクター、レザー、ヘイ、タバコ、レジンが重なる。なお、このウルトラに使用されたナルシサス・アブソリュートは、石油系溶剤ではなく100%バイオソースの生分解性溶剤で抽出された——という初の試みであることが特筆される。
「1980年代は、ビッグショルダーパッドにマレット(テッシュヘア)、キャッチーなシンセサイザー音楽、ネオンカラーのインテリア——そんなイメージが浮かぶ。その時代が持っていた、強烈なエネルギーと自信と尽きることのない楽観主義が、ウルトラを生み出す原動力となった」
— 公式サイト
ちなみに…
- ブランドの拠点ハウダ(Gouda)は、「ゴーダチーズ」の産地として世界的に有名な街。ハイラムはインタビューで「チーズよりも香水で有名にするつもりだ」と語っている。
- 2019年のアート&オルファクション賞の授賞式は、アムステルダムの旧市街の中心にある「オーデ・ケルク(Oude Kerk、旧教会)」で行われた。この教会はアムステルダムで現存する最古の建物のひとつであり、赤線地帯(レッドライトディストリクト)の真ん中に位置するという印象的なロケーション。
- ハイラムは独学でパフューマーになったことで、天然香料だけで香水を作ることができたのかもしれない。「振り返れば、独学だったことが逆に恵みだったとも思う」。
- smell stories インタビュー(YouTube)– https://www.youtube.com/watch?v=WzPPmQTUwxE
- Persolaise Love At First Scent ep.549 インタビュー(YouTube)– https://www.youtube.com/watch?v=KdJbifKtx9w
- bynez.com インタビュー記事「Hiram Green: ‘If people want to buy my perfumes, it should be because they like them’」– https://mag.bynez.com/en/reports/natural-perfumers/hiram-green-if-people-want-to-buy-my-perfumes-it-should-be-because-they-like-them/
- Fumerie パルファマリー インタビュー 2026年– https://fumerie.com/blog/hiram-green-interview-2026
- Hiram Green 公式サイト About ページ – https://hiramgreen.com/pages/about
- The Olfactive インタビュー記事 – https://www.theolfactive.com/hiramgreen-
- smellstories.be ブランドページ – https://www.smellstories.be/en/brands/hiram-green/
- Art & Olfaction Awards 2019 受賞発表(Perfume Society)– https://perfumesociety.org/art-olfaction-awards-2019-winners-announced/
- CaFleureBon – Hyde レビュー記事 – https://www.cafleurebon.com/hiram-green-hyde-review-noble-beast-perfume-draw/
- CaFleureBon – Tryst レビュー記事 – https://cafleurebon.com/hiram-green-tryst-review-hiram-green-2024-plus-solar-sensuality-giveaway/
- Hiram Green 公式サイト Ultra 商品ページ – https://hiramgreen.com/products/ultra
- Fumerie – Ultra 商品ページ – https://fumerie.com/hiram-green/ultra
- Ministry of Scent – 2026年ディスカバリーセット – https://ministryofscent.com/products/hiram-green-2026-discovery-set
- Hiram Green 公式サイト Moon Bloom 商品ページ – https://hiramgreen.com/products/moon-bloom
- Hiram Green 公式サイト Arbolé 商品ページ – https://hiramgreen.com/products/arbole
- Hiram Green 公式サイト Philtre 商品ページ – https://hiramgreen.com/products/philtre
- Ministry of Scent – Shangri La 商品ページ – https://ministryofscent.com/products/shangri-la
- Kafkaesque – Slowdive レビュー – https://kafkaesqueblog.com/2018/01/16/hiram-green-slowdive/
- Daring Light – Hyde 商品ページ – https://daringlight.com/en/hyde/
- Perfume Smell in Things ブログ – Scent Systems Oeillet レビュー(2007年) – http://perfumesmellinthings.blogspot.com/2007/08/perfume-review-scent-systems-oeillet.html

