escentials(エッセンシャルズ)|シンガポールから広がる香水店の歴史と選品・試香

escentials(エッセンシャルズ)—温かな光の中の試香紙と小瓶を描いたスティルライフ 香りの世界を広げる

私たちが望んだのは、人それぞれの肌や個性と香水との、独自の関係を理由に香水を買ってもらうことだった。

アルウィン・チョン

香水を選ぶ理由を、ブランドの名前から自分の肌へ戻す。シンガポール発の香水・ビューティー専門店、escentials(エッセンシャルズ)の歩みには、この問いが通っている。2001年、ラッフルズ・ホテルのショッピング・アーケードで始まった店は、香水を試し、作り手の背景を知る場所を育ててきた。

その背後にあるのは、アジアで香水や化粧品を展開するLUXASIA(ルクスアジア)である。流通会社が直接、使い手に向き合う店をつくったこと。そして、店頭での出会いをオンラインや東南アジアの各都市へつなげていったこと。この二つをたどると、エッセンシャルズが単なる取扱ブランドの多い売場ではないことが見えてくる。

基本情報

  • 名称:escentials(エッセンシャルズ)
  • 開業:2001年、シンガポールのラッフルズ・ホテル
  • 店づくりの中心人物:アルウィン・チョン(Alwyn Chong)
  • 運営:LUXASIAグループ。シンガポール公式サイトの利用規約発行者はLUXASIA Pte. Ltd.
  • 業態:香水・ビューティー専門店、オンラインストア
  • 公式サイト:escentials

ラッフルズ・ホテルから始まった店の歴史

香水の流通を担う家業から、自分で選ぶ売場へ

ルクスアジアは1986年、パトリック・チョンとジョセフ・スパーツによってシンガポールで設立された。香水や化粧品のブランドを市場へ届ける会社であり、エッセンシャルズはその小売事業として生まれた。

パトリックの息子であるアルウィンは、子供のころから家業の仕事に触れていた。大学では哲学と経済学を学び、やがて家業に加わる。彼の関心は香水だけに収まらず、写真、デザイン、ブランドの見せ方にも及んでいる。後にはシンガポール国立美術館の複合ショップGallery & Co.にも共同創設者として関わった。

エッセンシャルズで彼が向き合ったのは、大きな名前だけでは満足しない人々だった。香水の来歴、原料の質、調香師やブランドの物語を知りたいという関心がある。その人たちに、一人ひとりに合わせた接客と、香りを理解するための時間を用意する。ホテルのアーケードにできた店は、そうした香水との出会いを目指したのである。

採算が取れない時期にも変えなかった目的

初めから順調だったわけではない。アルウィンは2017年の対話で、開業後の何年もの間、エッセンシャルズが利益の出ない、情熱に支えられた事業だったことを明かしている。購入特典やブランドとの結びつきを理由に香水が選ばれることへのもどかしさもあった。冒頭の言葉は、その経験の中から出てきたものである。

同じ対話では、香水専門のブティックとして出発した後、ニッチで独自の品ぞろえに関心を持ったスキンケアやビューティーのブランドから、取扱いの打診を受けるようになった経緯も語っている。香水から美容へ範囲が広がったのは、最初から総合店の品目を埋めた結果ではなかった。

店の広がりには、百貨店内の売場と独立したブティックの両方があった。公式沿革は2001〜2002年の項に、ラッフルズ・ホテルの初店とオーチャード・ロードのTANGS内に開いた2店目を記している。2010年にはパラゴンに旗艦店が誕生。2019年にはIONオーチャードにも出店し、街の主要な買い物動線に、香水を比較する場所を増やしていった。

歴史年表

年 出来事
1986年 パトリック・チョンとジョセフ・スパーツがルクスアジアを設立。エッセンシャルズの開店とは別の起点である。
2001年 ラッフルズ・ホテルのショッピング・アーケードでエッセンシャルズが開業。
2001〜2002年 公式沿革が初店とTANGS内の2店目の誕生を記録。
2010年 パラゴンに旗艦店を開設。
2017年 Escentials.comを開始し、店舗とオンラインをつなぐ事業へ。
2019年 IONオーチャードに出店。オンライン注文の出荷作業を店舗から倉庫へ移す。
2021年 マレーシアのスリアKLCCへ進出。
2023年 公式沿革と同年の経営者インタビューが、タイとベトナムへの展開を記録。IONオーチャード店は館内移転して再開。

選品と接客で、香水の見方を広げる

ブランドをつくる人と、使う人の双方を見る

アルウィンが2016年に説明した選品は、ブランドの知名度だけで決まるものではない。チームは美容の専門誌やブログなどを読み、旅先でも現地の売場を訪ねる。導入時には、ブランドを動かす人物、顧客との相性、原料の質、動向や支持層を検討していた。

ここには、珍しいものを集める仕事と、それを使う人に届ける仕事の両方がある。作り手の個性だけを押し出しても、顧客の暮らしと接点がなければ出会いにならない。だからこそ接客でも、客がどのような生活を送り、何を求めているかを知ることが重視された。

香りが肌の上で変化するのを待てるように。

アルウィン・チョン

香水を試すための時間は、店の考え方そのものなのである。最初に嗅いだ印象だけで即決させるのではなく、ブランドを知り、自分の肌との関係を確かめる余地をつくる。この姿勢は、現在の公式サービスにもつながっている。

対話で好みを探るフレグランス・プロファイリング

公式サイトは「Fragrance Profiling」を案内している。対話を通じて好みに合う香りを探り、特別な機会の一本や、人生の新しい時期を記す香りを見つけるためのサービスである。自分が何に惹かれるかを対話の中で探る入口である。

また、公式案内には予約制のメイクアップサービスや、不定期のビューティーイベント、ワークショップもある。香水だけを切り離さず、美容全体の中で使い手との接点をつくる店でもあるのだ。

一方、オンラインで注文する前の試用について、公式FAQが案内するのはパラゴン、IONオーチャード、TANGSの店頭である。恒常的な郵送サンプル制度を前提にするより、実店舗で発見し、オンラインでも購入できる店として理解すると、その役割が分かりやすい。

愛好家が挙げるのは、ニッチ香水を実際に嗅げる場所

シンガポールで香水を探すRedditの相談でも、エッセンシャルズの名前は挙がる。2023年のスレッドでは、ニッチ香水を実店舗で試す候補として薦める投稿や、店名を挙げる別の返信がある。複数ブランドを比較する場所として認識されていることがうかがえる。

ただし接客への反応は一様ではない。2023年の投稿には便利な立地への言及とともに、ION店で複数の香水を試した後、それ以上の試香を止められたという個人の経験もある。これは全店の規則を示すものではないが、品ぞろえへの支持と、個々の来店時の満足度は分けて読む必要がある。

店舗とオンラインをつないだ運営の転換

通販を増やすために、店員の仕事の仕組みから変える

オンラインストアは2017年に始まった。当時の地域統括責任者カレン・オンは、2020年の原インタビューで、初期には店内で注文品を梱包していたこと、2018年に顧客情報を生かす仕組みを導入し、2019年には出荷を倉庫へ移したことを説明している。

難しかったのは技術だけではない。店員にとって、顧客をオンラインへ案内することは、自分の売上や歩合を手放すようにも見えた。そこで、オンラインで購入されても対面で担当した人の仕事につながるよう、評価や報酬の仕組みを見直した。接客の続きを通販で受け止めるには、裏側の制度も変える必要があったのである。

しかし、美容では店舗が常に事業の中心であり続ける。

カレン・オン

初めて香りを嗅ぎ、製品に触れる場所の重要性を、カレンはこう表現した。オンラインを伸ばすことと、店舗での発見を大切にすることは、同じ事業の中に置かれていた。

シンガポールの店から東南アジアの各都市へ

海外への展開は2021年のマレーシアから進んだ。スリアKLCCの開店に際しては、香水、スキンケア、メイクアップ、バス・ボディ、ホームを含む8ブランドの構成が発表された。シンガポールの全商品をそのまま持ち込むのではなく、絞った品ぞろえから始める形だった。

2023年、カレンは経営幹部として、タイとベトナムにも展開したことを語っている。ルクスアジアにとっては、ブランドを流通させる仕事に加え、自ら顧客と直接つながる小売の場を持つ戦略であった。

私たちは短期的な勝負をしているのではない。

カレン・オン

同年の発言は、景気の変動があっても長期的に店を育てる方針を示している。アジアの人々が一つの共通した香りを好むと決めつけるのではなく、各都市で実際に比較し、相談できる接点をつくる。エッセンシャルズの地域での役割は、この具体的な売場の広がりにある。

現在のシンガポールで出会える場所

2026年10月確認時点のシンガポール公式店舗案内には、次の3拠点が掲載されている。

  • パラゴン:290 Orchard Road、#03-02/05
  • IONオーチャード:2 Orchard Turn、#B2-29
  • TANGSプラザ:310 & 320 Orchard Road、Beauty Hall、1階

ION店は2019年の出店後、2023年に館内移転して再開した。現在の地下2階という所在地と、初出店の時期を分けて覚えておきたい。

公式のブランド一覧は、パラゴン、ION、TANGS、オンラインの取扱いを分けて示している。バイレードやアムアージュ、クリード、D.S. & ダーガなどが並ぶが、全拠点が同じ品ぞろえというわけではない。複数ブランドの作風に触れながら、自分が何に惹かれるかを探る場所。それが、ラッフルズ・ホテルでの出発から続く、この店の楽しみ方である。

ちなみに、アルウィンが好む原料

2016年、アルウィンはお気に入りの原料としてベチバーを挙げている。愛用する香水は固定せず、その時々で替えているとも話していた。店の選品基準と個人の好みは同じものではないが、多様な香りを紹介する人物自身も、一本だけにとどまらず香水と付き合っていたことが伝わる。

参考文献