Baccarat(バカラ)|香水を包むクリスタルの歴史、設計と職人仕事

温かな光の中にクリスタルの素材とカット面を配した、バカラの職人仕事を題材とする概念的な静物。実在製品や工房の再現ではない。 香りの世界を広げる

「冷えた作品に素材を戻すことはできないので、先を考えておくことが不可欠です。」

ジャン=リュック・ブルグニョン、バカラのエングレーヴ職人

香水瓶の曲面に光が滑り、栓の切り口が明るく浮かぶ。その形は、香りを入れるための空間であると同時に、香水の記憶を目に見えるものにする造形でもある。

バカラ(Baccarat)が香水の世界で担ってきたのは、そうした器を設計し、クリスタルで成立させる仕事だ。香水会社やデザイナーの発想を受け止め、熱い素材を形にし、冷えてから削り、磨く。完成した瓶には、一人の作者の署名だけでは捉えきれない、さまざまな職人の判断が重なっている。

その歴史は「バカラ ルージュ540」という香水が登場するより、はるかに長い。ゲランやコティとの関係、図案と型の設計、成形から研磨へ続く工程を辿ると、香水を包むクリスタルが、どのように作られてきたのかが見えてくる。

基本情報

  • 名称:Baccarat(バカラ)
  • 創業:1764年、フランス東部のバカラ。クリスタル製造への転換は1816年。
  • 活動:クリスタル製品の制作。テーブルウェア、照明、装飾品などに加え、香水会社等のための特別な容器も手がける。
  • 公式サイト:Baccarat 日本公式サイト

ガラス工場から、香水のためのクリスタルへ

1764年の創業と1816年の転換

バカラの起点は、1764年、フランス東部の同名の村に設けられた製造所にある。創業時から現在のクリスタルを作っていたわけではない。独自の配合によるクリスタルが生まれたのは1816年である。

創業とクリスタルへの転換には、半世紀ほどの隔たりがある。1764年という年を、クリスタル製造の開始年に置き換えると、この素材の変化が見えなくなる。香水瓶の仕事は、ガラスを作る製造所がクリスタルの技術を育て、その用途を広げた歴史の中に位置する。

香水産業の成長と、瓶を作る仕事

19世紀末から20世紀初めにかけて、香水はバカラの大きな仕事の一つになった。2014年のバカラの資料によれば、香水瓶の生産は1897年の一日150本から、1907年には一日4,000本へ増えている。今日の特別限定品からは想像しにくいが、香水産業の拡大を支える生産の規模も、この製造所の歴史に含まれている。

香水商フランソワ・コティも、初期の瓶をバカラに依頼した一人だった。その後のルネ・ラリックとの協働では、1908年に「レフルール」のラベルが作られた。紙から始まったラベルは、やがてガラスになり、バカラのクリスタル瓶に接着された。1912年にはラリック自身による別の瓶が生まれる。香水、ラベル、容器の制作は、常に一人の作者が一度に担ったわけではない。同じ香水の歴史にも、異なる作り手と時期が重なっている。

この時代をラリックの香水瓶の仕事と並べて見ると、香水の姿が、香水会社と複数のガラス製造者の往来から育ったことが分かる。

ゲランとの協働に見る、瓶の形と作者の分担

1853年の蜂の瓶と、1912年のハート形の栓

ゲランの瓶をひとまとめに「バカラ製」と考えると、その歴史を取り違える。1853年、ピエール=フランソワ=パスカル・ゲランが皇后ウジェニーに捧げた「オーデコロン インペリアル」の蜂の瓶は、ポシェ・デュ・クルヴァルに製造を委ねたものだ。これはゲラン自身の公式史にも明記されている。

一方、1912年の「ルール ブルー」では、逆さのハートを思わせる瓶とハート形の栓が登場する。ゲランは、この栓をバカラのクリスタル工房による技術的な仕事として位置づけている。蜂を表面に並べた瓶と、輪郭や栓そのものが印象を作る瓶。その違いには、装飾の題材だけでなく、形を作る技術の違いも現れている。

ここで辿っているのは、歴史的な瓶の成立である。同名の香水が現在も売られていることから、現行のすべての容器が同じ素材・製造者だと読み替えることはできない。

シャリマーの台座とサファイア色の栓

1925年の「シャリマー」では、香水を包む器に庭園のイメージが取り入れられた。ジャック・ゲランから瓶の設計を託されたレイモン・ゲランは、シャリマー庭園の水盤を着想源とし、台座の上に器を置く形を考えた。サファイアブルーのクリスタルの栓は、バカラの仕事である。

この瓶は、香水の題材を絵として貼り付けるだけではなく、器の輪郭と色に置き換えている。設計を担うレイモンと、それをクリスタルにするバカラ。香水瓶の作者を考えるときには、着想、図案、製造の役割を分けて見ることが大切になる。

1914年の亀形ボトルを、2024年に赤く作る

ゲランが1914年にシャンゼリゼ通りのブティックを開いた際には、亀形の「フラコン トルチュ」が作られた。その誕生から110年を迎えた2024年の赤いエディションは、歴史的な形を、後年の素材表現で作り直す例である。

この版では、透明なクリスタルと24カラットの金粉から生まれるバカラの赤が用いられた。職人が溶けた素材を手で形にし、88の面を加工し、研磨して赤いクリスタルの輝きを引き出す。甲羅を思わせる面の連なりは、形の説明であると同時に、光を受ける表面の設計でもある。

その後を受け持つのは、ゲランのダム・ド・ターブルだ。シルクの糸を一本ずつ梳くバルビシャージュと、首元のワックスによる封印が加わる。クリスタルの瓶が完成しても、香水を包む仕事全体が終わるわけではない。素材を扱う職人から、糸と封緘を扱う職人へ、仕事が渡される。

この工程については、ゲランのダム・ド・ターブルの仕事を知ると、容器と仕上げの関係がさらに分かりやすくなる。

図案を、クリスタルで作れる形へ変える

デザイナーと製造所をつなぐ図案家

完成したクリスタルの透明感からは、制作の途中に使われた紙、粘土、石膏、蝋を想像しにくい。しかし、バカラの工房では、それらを扱う仕事が、素材の成形に先立っている。ここからは特定の香水瓶だけの製法ではなく、バカラの職人たちが語る、製造所全体の仕事を見ていこう。

造形アーティスト・製図家のニコラ・ルドゥーは、約15年間ガラス職人として働いた経験を持つ。彼が引き受けるのは、依頼された姿を紙に写すだけの作業ではない。

「ある意味、私はデザイナーの望みと、実現可能性の条件との間をつなぐ役目です。」

ニコラ・ルドゥー、バカラの造形アーティスト・製図家

ルドゥーは、鉛筆のスケッチ、水彩、模型などを使い、装飾がどのように形に沿うかを検討する。その図案が、彫刻、カット、金彩、エナメル彩へと移される。面の角度や曲線は、見た目の輪郭を決めるとともに、光がどのように届くかにも関わる。製造の経験は、図案を素材に無理なく渡すための知識になる。

型を開いて取り出せるところまで設計する

模型・試作を担当するナタリー・ブレーズが普段触るのは、クリスタルよりも、粘土、石膏、蝋、樹脂などである。彼女は、溶けたクリスタルが形を得るための型を考える。美しい形に加え、作ったものを壊さず型から取り出せる構造が必要になる。

難しいのは、型の分割面をどこに置くかという判断だ。模型を見ながら、造形の意図と物理的な制約を調整する。蝋の原型を使って型を作り、クリスタルを鋳込む仕事もある。吹き込みだけがバカラの造形方法ではないのである。

香水瓶を見るとき、私たちは外形と栓に目を向けやすい。その外形を、素材が入る型、取り出すための分割、さらに後の加工まで含めて考えるところに、製造所の設計がある。

成形・カット・研磨をつなぐ職人仕事

温度を読み、息と回転で形を作る

熱い素材を扱う工程では、溶けたクリスタルを竿の先に採り、回転させながら量と形の釣り合いを保つ。自由に吹く方法も、型の中で吹く方法もある。バカラ ホテルズが2018年に公開した製造解説では、成形後にゆっくり冷却し、素材に無理な応力が残らないようにする工程までが紹介されている。

炉の仕事も成形から切り離されていない。溶解技術者のフレデリック・キュニーは、配合の計量、炉の調整に加え、冷間加工へ渡すための徐冷にも関わる。徐冷とは、温度を管理しながらゆっくり冷ますことだ。作品を削れる状態へ導くところまでが、熱を扱う仕事なのである。

「すべては、わずか数度にかかっています。」

ジョン・クレメル、バカラのガラス職人

クレメルは、素材が冷えすぎれば割れ、熱すぎれば加工できないと説明する。必要なのは、決まった形を覚えることだけでなく、刻々と変わる素材の状態を読むことだ。仲間と動きを合わせる経験も含め、成形は一人の手先だけで完結する仕事ではない。

削る場所と深さを決め、表面を磨く

冷えたクリスタルには、カットや彫刻、研磨などの加工を施す。バカラの冷間加工の解説では、水と砂を使う鉄の回転輪から、木、コルク、羊毛の輪による仕上げへ進む例が示されている。装飾の方法も、回転輪による彫刻、酸による加工、金彩など、作品によって選ばれる。

カット職人のアンヌ=ソフィー・リュストは、ダイヤモンド工具を使い、設計図に沿って幾何学模様を刻む。直線的な面取り、パルメットと呼ばれる扇状の植物文様などを、ミリメートル単位の図面から作っていく。粗い状態の作品を手に取り、加工を進めるにつれて形を整える仕事である。

一方、エングレーヴ職人のブルグニョンが求めるのは、線と面、彫りの深さが生む立体感だ。回転する砥石で人物や植物、布のひだを表すには、描く対象の構造を知る必要がある。図案に忠実でありながら、彫刻には職人それぞれの手の違いも残る。

冒頭の「先を考えておく」という言葉は、ここにつながる。一度削った冷たいクリスタルに、素材を戻すことはできない。透明な面が完成してから装飾を足しているように見えても、削る前から、その深さと残す部分を判断しているのである。

品質検査にも、目と手の経験がある

品質検査を担うミュリエル・ククベルグは、入社後にサンドブラスト部門で感覚を養った。検査は完成品だけに限らず、成形直後の未加工品にも及ぶ。

「まるで指先に目があるようでなければなりません。」

ミュリエル・ククベルグ、バカラの品質検査担当

彼女は、外観と技術上の基準に照らし、亀裂、不純物、気泡、細かな欠けなどを確認する。一部の製品では、ノギスなどで厚みも測る。仕上がりを支えるのは、削る人や磨く人だけではない。どの状態なら次の工程へ渡せるのか、どの状態なら完成品として認められるのかを判断する人も、その制作に加わっている。

過去の図案を生かし、現在の協働を続ける

2014年、創業250周年のために作られた「ルージュ540」の限定クリスタル瓶にも、古い図案と新しい制作の関係がある。用いられたのは、ジョルジュ・シュヴァリエが1940年代に描いた図案だ。2014年に作られた250本を、1940年代の香水瓶そのものと混同してはいけない。

その瓶には、本体96面、栓64面、合計160のファセットがあり、ガラス職人、カット職人、金彩職人が関わった。ここで注目したいのは、香水の知名度よりも、一つの器に異なる加工が集まることだ。図案を保管し、後の時代に素材で実現する仕組みが、製造所の仕事を長くつないでいる。

近年の例には、2022年にゲラン、バカラ、宝飾家ロレンツ・ボーマーが発表した「ラベイユ ノワール」もある。22点の限定制作で、黒いクリスタルの胴体に、ダイヤモンドのように面を刻んだ透明な翼を組み合わせた。1853年の蜂模様の瓶とは別の、蜂そのものを立体にする協働である。

現在のバカラは、香水会社、クチュールメゾン、スピリッツのメーカーなどと、特別な器の制作を続けている。歴史的な形の再制作も、新しい依頼に応じた造形も、図案を素材へ渡す人々の仕事によって成立している。

香水瓶の面や栓を見るとき、その形が何を表しているかに加え、どこを型で作り、どこを削り、どこを磨いたのかにも目を向けてみたい。すべての工程が外から読み取れるわけではないが、透明な器の中に、香りとは別の制作の時間があることに気づくはずだ。

参考文献