BAUM(バウム)— 資生堂のブランド創設と、樹木から考える香り・容器のものづくり

森の朝もやを背景に、BAUM FOREST DAWNの緑がかったガラスボトルと球形の木製キャップを配した生成画像。上部にブランド名・読み方と「樹木とともに、豊かさを育む。」 ブランド創業者

使いたいと思って手に取ったものが、結果としてサステナブルだった!

西脇文美

木目の残るパーツに触れ、森を思わせる香りを日々の生活に迎える。BAUM(バウム)は、手触りや香りに惹かれる体験を起点に、環境への配慮にも共感してもらえるものづくりを目指したブランドである。

2020年6月に資生堂から誕生したバウムの中心にあるのは、「樹木との共生」という考え方だ。木を容器の飾りにするだけでなく、家具づくりで残った素材を生かし、香りでは一本の木から森全体の情景へと視野を広げる。ブランドを立ち上げた西脇文美と、デザイン・設計・木工の担当者たちが考えた、新しい豊かさの形をたどりたい。

基本情報

  • ブランド名:BAUM(バウム)
  • 誕生:2020年6月
  • 創設・展開企業:資生堂(日本)
  • 立ち上げの中心人物:西脇文美(ブランドマネージャー)
  • ブランド名:ドイツ語で「樹木」を意味する
  • 公式サイト:BAUM

創設者とブランドの成り立ち

西脇文美が問い直した、これからの豊かさ

バウムは、資生堂の新しいスキン&マインドブランドとして生まれた。立ち上げを担った西脇文美は、慶應義塾大学を卒業後、外資系投資銀行と戦略コンサルティングファームで働き、日本ロレアルで化粧品のマーケティングに携わった。2016年に資生堂へ入社し、経営戦略部から新ブランドの創設に参画した。

西脇が出発点に置いたのは、高価格帯の製品にふさわしい「豊かさ」とは何か、という問いだった。物を所有し消費する満足に加え、自分の選択が社会とつながっている実感や、精神的な充足を重んじる人がいる。その変化に応えるブランドを考えたのである。

そこで選んだモチーフが樹木だった。人の暮らしになじみ、時間をかけて育ち、次の世代へと資源をつないでいく存在。環境への配慮を抽象的な言葉にとどめず、身近な素材を通じて感じられるようにした。年輪が重なり、時間が価値になっていく姿にも思いを重ね、ドイツ語で樹木を意味する「BAUM」と名づけた。

木を使う容器を、社内外の協働で形に

構想から発売までは約3年を要した。木を化粧品のパッケージに取り入れるには、見た目だけでなく、素材の調達、衛生管理、容器としての精度を考える必要があった。西脇たちは間伐材なども検討したが、求める品質に合う素材を見つけるのは容易ではなかった。

転機となったのが、木製家具メーカーのカリモクとの協働である。採用したのは、家具を製造する工程で生まれる小さな端材だった。森を整えるために伐る間伐材と、家具づくりで残る端材は、異なる段階で生まれる素材である。バウムは後者に、新たな使い道を与えた。

ブランド側で容器のデザインを担ったのは、山田みどりである。化粧品らしい強い主張より、家の空間になじむインテリアのような佇まいを目指した。プロダクトデザインには、家具や木の製品を手がけてきた熊野亘が参加。木の特性を知る経験を生かして、山田とともにデザインを進めた。

そして大越基喜は、資生堂の外装設計担当として容器を実装する側を支えた。カリモクは木製パーツの製造を担い、工場や品質管理の担当者も協力した。コンセプトを定める仕事、形を描く仕事、使える容器に仕上げる仕事を、それぞれの専門家が持ち寄ったのである。

2020年6月、延期を経てブランドが始動

バウムは当初、2020年5月30日の発売を予告していたが、延期を経て6月に始動した。新型コロナウイルスの感染拡大により、予定していた発表会やイベントも中止となった時期である。スキンケアに加え、オーデコロンや空間を香らせる製品を通じて、自宅でも森に触れるような時間を提案した。

肌に製品を使うだけでなく、キャンドルやルームスプレーで空間の香りを整えてからケアをする。樹木の香気に着想を得た「スキン&マインドケア」は、香り、手触り、周囲の空間をひとつの体験として考える発想だった。

2021年以降、香水と体験の場を広げる

2021年11月4日には、「FOREST DAWN(フォレスト ドーン)」を数量限定で発売した。これはバウム初のオードトワレである。それ以前にオーデコロンを展開しており、ブランド初の香水という位置づけではない。森が目覚める瞬間を、深くふくよかな香りとして描いた作品だった。

2023年には、樹木の世界を体験する場も広がった。熊野は、パッケージだけでなく、木製の小さな家に入って樹木との共生を感じる「TREEHOUSE(ツリーハウス)」も手がけた。2023年の神戸BALのポップアップでは、オーク材の骨組みと展示スペースを持つその造形が、製品を体験する場所となった。

同年、銀座三越には国内トラベルリテールで初のカウンターを開設した。海外業界メディアThe Moodie Davitt Reportは、森の香りと音を感じる体験や、家具端材を生かすパッケージとともに、その展開を紹介している。香りを選ぶ場所にも樹木の世界観を持ち込むことが、バウムの伝え方となった。

さらに2026年9月10日、過去に限定香調として登場したフォレスト ドーン、「HINOKI FOREST(ヒノキ フォレスト)」「OAK FOREST(オーク フォレスト)」の3つを、オードトワレとアロマティックハンドクリームの定番香調にした。期間を限った森の情景が、日々の生活へ迎えられる香りとして残る展開である。

ブランドのこだわり

一本の木の匂いから、森の空気を描く調香へ

西脇は、バウムの香りをつくる際、天然香料を軸としながら複雑さを持たせたと語っている。サイプレスやシダーウッドを中心にしても、木の素材そのものを単独で強く示すことが目的ではなかった。

1つの素材の香りを直球で表現するのではなく

西脇文美

樹木に草花やスパイスなどの表情を重ね、森の奥行きをつくる。バウムが表現しようとするのは、木材の匂いだけでなく、その場に漂う空気である。天候や季節によって変わる情景を、香りの重なりや余韻で描く考え方が、作品の違いにつながっている。

フォレスト ドーンの題材は、苔むした大樹が根を張る太古の森の夜明けだ。ジンジャーやオリバナム、ナツメグの香りを、シダーウッドやアンバーの奥行きにつなげる。朝もやと湿り気、木の根元から立ちのぼる土の温かさを、ふくよかな森の空気として構築している。

対してヒノキ フォレストは、生きたヒノキの枝葉、チップ、幹という異なる部分の印象に、フィグやバイオレットリーフなどを重ねる。木を一本の固い塊として捉えず、青々しさと温かさを併せ持つ、森の散策の情景を描く香りである。オーク フォレストでは、彩りを深める森と土のぬくもりに目を向け、カルダモンやキャロットシード、パチュリなどで、季節が巡り森が生まれ変わる姿を表現した。

同じウッディでも、夜明けの古い森、生きたヒノキの呼吸、オークの森を育む大地という題材が異なる。樹木との共生という共通の発想を、一つの決まった森のイメージに閉じ込めないところに、香りの展開がある。

スキンケアの木枠とリフィルを、精密な寸法で合わせる

樹木を生かす発想は、使い続けるための容器にも表れた。スキンケアでは、温度や湿度で伸縮する木枠と、樹脂製のリフィルを組み合わせる必要があった。取り外しやすく、同時にしっかり収まる。その両立が、外装設計の課題だった。

大越たちは緩衝材や小さなストッパーを加える案も考えたが、木枠とボトルだけで簡潔に仕上げることを目指した。首元などの形状と隙間を、0コンマ何ミリという細かな単位で調整したのである。これはスキンケアの付け替え容器で重ねた工夫であり、香水のすべてに共通するリフィル構造ではない。

BAUMの容器は、カリモクの家具と同じクオリティで作られているんです

熊野亘

熊野は、精密な木製パーツをつくる技術についてこう語る。カリモクの工場では、小さな端材を組み合わせて形にし、磨き、仕上げる。家具づくりの素材と加工技術が、手に取る容器へと引き継がれた。木目や色の違いも、使う人が自分の一つに愛着を持つ要素になる。

香水を部屋に置くオブジェとして考える

2021年のフォレスト ドーンでは、木製パーツにバウム初のウォールナットを用いた。幾何学的なガラスと木の組み合わせには、香水を使っていない時にも、リビングなどに飾れるオブジェとしての意図があった。香りの時間が終わっても、部屋の中で素材に触れる接点を残したのである。

初登場時の仕様では、木製パーツはカリモクの家具製造で生じる小さな木材を再利用し、本体にリサイクルガラス、外箱にFSC認証紙を採用した。香水のボトルでも、見た目の美しさと素材の選択を、一緒に考えている。

なお、フォレスト ドーンに示される自然由来指数90.0%は、水を含めてISO16128に基づき算出した製品の数字である。香料の90%が天然という意味ではない。香りの題材、香料の構成、製品としての自然由来指数は、それぞれ別の情報として捉えると、バウムのものづくりがより具体的に見えてくる。

参考文献