DECORTÉ(コスメデコルテ)— 小林孝三郎の理想から、香り・日本語名・容器の協働へ

DECORTÉのキモノ キヒンを描いたブランド紹介画像。帯を思わせるリボンを結んだ瓶と菖蒲、絹地を配した生成ビジュアル。 ブランド創業者

良い商品こそ企業の命、香りは化粧品の華

小林孝三郎

帯のようなリボンを結んだガラス瓶と、キヒン、ユイ、ウララ、リンという日本語の名前。DECORTÉ(コスメデコルテ)の香水には、香りを通じて人の佇まいや所作まで描こうとする発想がある。

その背景をたどると、化粧品の製造と販売の両方を経験したコーセー創業者、小林孝三郎の歩みに行き着く。1970年に生まれたブランドが受け継いだ高級品の理想は、のちに調香師やデザイナーとの協働を通じ、香りと容器を一緒に考えるものづくりへと展開していった。

基本情報

  • ブランド名:DECORTÉ(コスメデコルテ)
  • 誕生:1970年12月、日本
  • 創設・展開企業:コーセー
  • ブランド創設の基礎を築いた人物:小林孝三郎(コーセー創業者)
  • 名前の由来:フランス語の cosmétique(化粧)と décoration(勲章)を組み合わせた名称
  • 公式サイト:DECORTÉ

創設者とブランドの成り立ち

香水の調香から、全国の販売店を訪ねる仕事へ

小林孝三郎は1897年、茨城県に生まれた。学校を卒業すると単身で東京へ向かい、1912年に化粧品メーカーの高橋東洋堂へ入社した。最初は製造部門に勤め、化粧品の開発や香水の調香も経験する。香りづくりに長けた工場長のもとで、製品をつくる仕事を学んだのである。

1921年、同社が自社ブランドを発売する際、小林は販売部門へ移った。製造現場で蓄えた商品知識を営業に生かし、1939年には販売部門の最高責任者となる。月のうち約20日を全国の化粧品店への出張に費やす生活が、5年以上続いた。香りをつくる側から、製品を届ける側へ。その両方を知る経験が、彼の化粧品づくりの基礎にあった。

戦争で高橋東洋堂の建物などが焼失し、会社は一時解散した。小林は戦後も失われない化粧品への需要を見て、1946年3月2日に小林合名会社を創業する。のちのコーセーである。最初に発売した8品のうち3品は、バイオレット、ヘリオトロープ、ムゲットという香水だった。これらはコーセー創業時の製品であり、まだコスメデコルテは誕生していない。

1970年、「真実の高級品」の理想をブランドに

小林が長年思い描いた高級品の理想を形にしたのが、1970年12月に誕生したコスメデコルテだった。化粧と勲章を組み合わせた名前には、美を身につけることへの誇りが込められている。

小林の目指した「真実の高級品をつくる」という考えは、現在のブランドにも受け継がれている。香り、肌に触れたときの感触、デザインや接客までを含め、製品との出会いを考える姿勢である。発売初年のプレスドパウダーには20金のコンパクト容器が使われた。中身に加え、手に持つ道具の造形や素材も、ブランドを伝える要素だった。

コスメデコルテは、人々に希望を与え、夢を抱かせる化粧品をつくるという理念のもと、私の祖父によって生まれました。

小林一俊(ブランド50周年時のコーセー社長)

こう語ったのは、孝三郎の孫である小林一俊である。ブランドの50周年を迎えた2020年にも、製品がもたらす気持ちや体験は、創設時の理念を語る大切な部分であった。

2011年、ポルジュとワンダースが香りと容器を協働

2010年、コスメデコルテはオランダのデザイナー、マルセル・ワンダース(Marcel Wanders)をAQ MWのアートディレクターに起用した。翌2011年3月16日には、「バイス&バーチュ オード パルファン No.1」を発売する。香りを担当したのはオリヴィエ・ポルジュ(Olivier Polge)、全体のクリエーションを担ったのはワンダースである。

題材は、背徳を意味するViceと、美徳を意味するVirtue。透明感や聡明さと、官能や刺激という相反するイメージを、一つの作品に収めようとした。容器にもその対比が現れ、透明な四角い瓶とピーチ色のしずく型の瓶が組み合わされた。

この2011年のオードパルファンは、一度押すと二つの噴出口からそれぞれの中身が同時に噴霧され、混ざり合う機構を持っていた。二面性を名前や説明だけで示すのではなく、使う瞬間の動作にも組み込んだのである。

45周年にあたる2015年には、別の造形が登場した。ワンダースはクリスタルカットを施した瓶にガラスの真珠を収め、首元をオランダの襟飾りになぞらえた。初代の二つの容器による対比から、カットや首元の装飾で魅力を伝える造形へ。香りの世界を、使う機構と装飾の双方から表現してきた歩みが見える。

50周年のKIMONOで、日本語の名を選ぶ

2020年の50周年には、気品を新しい角度から世界へ伝えるため、着物を題材にしたKIMONOが生まれた。企画を担ったプロダクトマネージャーの藤永あすかは、着物を纏ったときの凛とした佇まいや優雅な所作を、香りに映そうとした。12月1日に登場したのは、キヒン、ユイ、ウララ、リンの4作のオードトワレである。

調香師の提案もあり、ブランドとして初めて日本語を商品名に採用しました。

藤永あすか

日本語の名前は、海外の調香師とのやり取りからも生まれた選択だった。企画側が用意した文化の題材を香りに置き換えるだけでなく、言葉の選び方にも協働が及んだのである。気品、結、麗、凛という名が、それぞれの香りの性格を伝える役割を持つ。

新しい香りは英国でも紹介された。2020年11月のBritish Vogueのブランドとの提携記事は、着物を纏うときの異なる気持ちと、落ち着いた色合いのガラス瓶に注目している。日本の衣装を外見のモチーフにするだけでなく、纏う人の佇まいを伝える発想が、海外への紹介でも中心に置かれた。

ブランドのこだわり

四人の調香師が描いた、日本の花と果実

KIMONOの初期4作は、香料会社IFFの四人の調香師との協働によってつくられた。デルフィーヌ・ルボー(Delphine Lebeau)とNelly Hachem-Ruizがキヒンを共同で担当し、カロリーヌ・デュムール(Caroline Dumur)がユイ、ルボーがウララ、ジュリアン・ラスキネ(Julien Rasquinet)がリンを手がけている。

共通の発想は、日本らしい花や果実を思わせる香りの組み合わせ、すなわち「ジャパンアコード」を核にすることだった。アコードとは、複数の香料を組み合わせてつくる香りのまとまりである。四つの作品には天然のサブリムローズエッセンスも共通して配合され、異なる表情の下に花の奥行きを添えている。

藤永がメインの香りと語ったキヒンでは、菖蒲の上品さを、パウダリーな花の表現とジャスミン、パチュリやサンダルウッドの重なりで描いた。一方、ユイは酢橘を思わせる爽やかさから、柔らかなバニラの余韻へと展開する。気品と親しみやすい幸福感を、同じ花のシリーズの中で異なる構成にしたのである。

帯のリボンと、香りごとの色

KIMONOのボトルデザインもワンダースが担当した。ガラス瓶の中央に結んだリボンは、着物の帯に対応する。香りごとのピンク、ゴールド、グレー、サンドの色合いは、外箱の筆のタッチを思わせる表現にも展開された。

香水瓶を小さな着物のように扱い、名前と色と香りを結びつけた設計である。バイス&バーチュでは容器の対比が二面性を語り、KIMONOでは帯の形と色が香りの違いを語る。作品ごとに方法を変えながら、造形にもコンセプトを担わせている。

水性香水では、水の情景と白い帯へ

現在のKIMONOには、アルコールを使わない水性香水「ヒカリ」と「マイ」もある。初期4作とは異なり、両作の調香を担当したのはSHOJI KUMASAKAである。

題材になったのは、日本の暮らしや文化に現れる水の清らかさだった。打ち水、ししおどし、朝露や雨音など、水とともに季節を感じる情景から発想を広げている。ヒカリは紫陽花のしずくが水面にこぼれる輝きをグリーンフローラルで描き、マイでは甘いバニラに和茶の透明感を重ねた。水をベースにした、柔らかな香り立ちを意図した二つの作品である。

ワンダースによる容器では、舞妓の「だらり帯」を着想に、白いリボンが結ばれた。シリーズに共通する着物の発想を残しながら、水の清らかさに合わせて帯の表現も変えたのである。香り、名前、容器を行き来するこのつくり方に、コスメデコルテの気品の捉え方が表れている。

参考文献