TSU LANGE YOR(ツー ラング ヨー)— トロイ・シヴァンが香りに描く、居場所のかたち

ツー ラング ヨーのTLY 5755を、日差しと緑のある心地よい住まいに配したブランドイメージ。香りの中に、自分の居場所を。 ブランド創業者

「家というものは、いちばん個人的な場所だと思う。だからこそ、興味深く創造的なプロセスにこだわりたい」
——トロイ・シヴァン(Troye Sivan)

基本情報

TSU LANGE YOR(ツー ラング ヨー)は2023年、オーストラリア・メルボルンで設立された香水・ホームフレグランス・ライフスタイルブランドである。創設者は、ポップシンガーであり俳優としても活動するトロイ・シヴァンと、その兄であるスティール・メレット(Steele Mellet)の兄弟である。公式サイトは tsu-lange-yor.au。「ツー ラング ヨー」という響きは、東欧系ユダヤ人の間で受け継がれてきたイディッシュ語の慣用句から取られている。

創設者・ブランドの成り立ち

名前に込められた家族の記憶

TSU LANGE YORという名前は、イディッシュ語で「長く良い年月を(to long and good years)」を意味する乾杯の言葉である。この言葉は、シヴァンの曾祖母――リトアニアからホロコーストを逃れ、南アフリカのヨハネスブルグへ移住したユダヤ人女性――が生涯イディッシュ語のみを話し、家庭内で使い続けたフレーズだったという。シヴァン自身もヨハネスブルグで生まれ、幼少期に家族とともにオーストラリアのパースへ移住した経緯を持つ。ブランド名は、単なる装飾的な言葉選びではなく、世代を超えて受け継がれてきた家族の記憶そのものを体現していると言えるだろう。

香りとの出会い、そして「ホームシックネス」

シヴァンは自身の音楽キャリアにおいて、幼少期から強い郷愁(ノスタルジア)を作品のテーマとしてきた人物である。彼はファッション専門メディア「ビジネス・オブ・ファッション」の取材に対し、次のように語っている。

「私はとても強いホームシックネス(家を離れた寂しさ)を抱えている。とても結びつきの強い家族の中で育ったので、旅をすることはつらいことだった。その時に、香りの持つ力を初めて実感したんだ」
——トロイ・シヴァン

パースで育ったシヴァンは、ツアーで各地を移動する際にキャンドルを持ち歩き、ホテルの部屋で灯すことでホームシックネスを和らげていたと述べている。この個人的な習慣が、後にツー ラング ヨーへと育っていく、最初の種になった。

コロナ禍と「アーキテクチュラル・ダイジェスト」の反響

転機の一つとなったのは、2020年のパンデミック下でシヴァンがメルボルン・カールトンの自宅を購入し、翌2021年にその暮らしを紹介した「アーキテクチュラル・ダイジェスト」誌の企画「Open Door(オープン・ドア)」であった。この動画は1000万回近く再生される反響を呼んだ。シヴァンは同誌の取材で次のように振り返っている。

「5年ほどアメリカで暮らし、オーストラリアに帰りたいとずっと思っていたところで、パンデミックが私を家に連れ戻した。ツアーや人と会うことは恋しかったけれど、しばらく立ち止まることを強いられたのは良い経験だった。自分が愛してきた場所の物語を語る家で、毎日新しいものを作ることに興奮しながら目覚めている」
——トロイ・シヴァン

シンガポールの「Esquire(エスクァイア)」誌の取材によれば、シヴァンはこの反響を受けて「以前からこの領域(ホーム・フレグランス)で仕事をしたいと常に思っていたが、年齢を重ねてから静かに手掛けるニッチなサイドパッションだと思っていた」と語り、「このAD(アーキテクチュラル・ダイジェスト)の動画が、自分のデザインの声を共有する自信を与えてくれた」と述べている。

大手ビューティー企業からの誘いを断る

シヴァンはブランド立ち上げに際し、複数の大手ビューティー企業から、いわゆる「セレブリティ香水」――企業側がすべてを構築し、最後にセレブの名前を冠するだけの商品――のオファーを受けていたという。しかし彼はこうした形式に共感できず、自らオーストラリアに戻り、兄とともに完全に独立した形でブランドを立ち上げることを選んだ。

「アイデアを思いついたとき、いくつかの企業からアプローチがあった。彼らは基本的にブランドを丸ごと作り上げて最後に自分の名前を乗せるだけのやり方だった。それでは何の意味があるのか、と思った。だから私はオーストラリアに戻り、完全に独立した形で、兄と一緒にツー ラング ヨーを始めたんだ」
——トロイ・シヴァン

兄スティール・メレットの決断

TSU LANGE YORは兄弟によるパートナーシップとして始まった、シヴァンとメレットが初めて職業上のパートナーとして組んだプロジェクトである。メレットはそれ以前、オーストラリアの有力法律事務所で知的財産(IP)専門の弁護士として働いていたが、2022年4月にその職を離れ、TSU LANGE YORの共同創業者兼マネージング・ディレクターとしてブランドに専念する道を選んだ。

オーストラリアの大手ビューティーリテーラー「Mecca(メッカ)」の取材で、シヴァンは当時のためらいをこう振り返っている。

「(メレットは)私がどれだけそれをやりたがっていたか知っていたし、私も自分がどれだけそれを望んでいたか分かっていた。でも、もしやるなら正しくやりたいという気持ちがあった。それには多くの時間と労力が必要だと分かっていたから、正直、少し怖くもあった」
——トロイ・シヴァン

これに対しメレットが「もしお前がやりたいなら、一緒にやるよ」と申し出たことが、シヴァンにとって決定的な後押しになったという。

2023年8月、メルボルンでの正式ローンチ

TSU LANGE YORは2023年8月18日、メルボルンの人気エリア・フィッツロイでのポップアップイベントを通じて正式にローンチされた。ローンチ当初のラインナップは、香水(オードパルファン)3種、キャンドル3種、ホームオブジェクト2種、バーナーブレンド3種という、あえて絞り込んだ構成であった。メレットは、この最初のドロップについて次のように説明している。

「私たちのアプローチは常に明確だった。本物であることと品質に集中し、すべてのプロダクトが私たちの価値観を反映するようにする。そうすればいずれ、そのアイデンティティは独立して立てるようになる」
——スティール・メレット

オンライン初回販売は当日中に完売し、ポップアップにも早期からブランドに触れたいファンが多く詰めかけたと報じられている。ローンチからわずか1ヶ月後には、パリのセレクトショップ「ドーバー ストリート パルファム マーケット」との取り扱い提携が成立し、その後もオーストラリアの大手ビューティーリテーラー・メッカやECサイト「SSENSE(エッセンス)」などが取扱いを開始した。2024年には、TSU LANGE YORはメッカにおいて初めて取り扱われるオーストラリア発の香水ブランドとなった。

ブランドのこだわり

「セルフ」と「サンクチュアリ」という二本柱

TSU LANGE YORの製品構成は、大きく「Self(セルフ/自己)」と「Sanctuary(サンクチュアリ/聖域・住まい)」という二つのカテゴリーに分けられている。「セルフ」は身につける香水を、「サンクチュアリ」はキャンドルやオイルバーナー、住まいのためのオブジェクトを指し、「自分のための香り、空間のためのオブジェクト」というブランドの言葉が、この構造を象徴している。

オーストラリアの創造性へのこだわり

シヴァンは、ブランドが「セレブリティブランド」として片付けられることに強い警戒感を示しており、ビジネス・オブ・ファッション誌の取材で次のように語っている。

「私たちは、これが『セレブリティが作ったブランドだ』ということに依存したり、それを強調しすぎたりすることは決して望んでいなかった。私たちにとって同じくらい重要だったのは、これがオーストラリア・カールトンで生まれ、オーストラリアの植物やオーストラリアの原材料、オーストラリアのクリエイターを称えるものであるということだ」
——トロイ・シヴァン

この方針に基づき、シグネチャーである「TLY 5755(ティーエルワイ5755)」の調香はシドニーを拠点とする調香師クレイグ・アンドラーデ(Craig Andrade、オーストラリアブランド「The Raconteur(ザ・ラコントゥール)」も率いる人物)が担い、ホームオブジェクト部門はシドニー在住のアーティスト・インダストリアルデザイナーであるジョエル・アドラー(Joel Adler)が手がけている。

タスマニアン・マウンテン・ペッパーという選択

TLY 5755を特徴づける素材の一つが、タスマニアン・マウンテン・ペッパー(タスマニア産の山胡椒)である。香水やホームフレグランスへの「世界初の採用」として紹介されてきた、オーストラリアらしさを伝える素材だ。シヴァンは、この香りの開発過程について、シドニーのアンドラーデのスタジオで彼の香料ライブラリーを一つひとつ確認していったプロセスを振り返り、次のように語っている。

「レモンが好きじゃないからシトラスも好きじゃないと思っていたセッションが、今ではとても滑稽に思える。今ではベルガモットは私の好きなノートの一つで、私たちが手がけるものの多くに使われている」
——トロイ・シヴァン

素材と製造へのこだわり

同ブランドの香水はすべてヴィーガン処方かつクルエルティフリー(動物実験を行わない)であり、オーストラリア国内で製造されている。ホームオブジェクトには、再生金属を手作業で鋳造するハンドキャストを取り入れる。初期のオイルバーナーには再生アルミニウム合金を使い、ボウルには再生真鍮合金を採用した。素材によって異なる重みや表情も、オブジェクトの魅力になっている。

コラボレーションという核

メレットとシヴァンはともに、ブランドの核となる価値観として「コラボレーション」を挙げている。シヴァンはメッカの取材で以下のように述べている。

「コラボレーションは私の人生における核となる柱の一つだ。それは人生における最大の喜びの一つであり、私たちの目標の一つは、ブランドがオーストラリアらしく感じられるようにすることだった。この国にはこれほど素晴らしいクリエイターがいるのだから、彼らを称え、一緒に仕事をしたいと思った」
——トロイ・シヴァン

香水ラインナップ

「セルフ」コレクションには、シグネチャーのTLY 5755を中心に、複数のユニセックス(性別を問わない)なオードパルファンが並ぶ。身につける香りと、住まいのための香りをあわせて見ていくと、ブランドの世界がより立体的に見えてくる。

  • TLY 5755(ティーエルワイ5755):シヴァンのヘブライ暦における誕生年に由来する名を持つシグネチャーセント。ブラックペッパー、サンダルウッド、ベチバーのトップノートに、シソ、アミリス、カシュメラン、マウンテンペッパーのミドルノート、そしてシダーウッド、ブッダウッド、バニラ、クマリンのベースノートを重ねた、スパイシーで深みのある香りである。使用者に対し、香りの変化を2分後・20分後・45分後の3段階で確認するよう案内している点が特徴的である。
  • Luca(ルカ):ベルガモット、シダーウッド、モスなどを用いた、夜の外出向けの香りとして説明されている。
  • Pool(プール):キュウリ、ライチ、ラズベリー、ベルガモットなどのフレッシュなトップノートに、トマトリーフやコリアンダーを重ねた、夏の昼間を思わせるアクアティックな香りである。
  • Sassafras(ササフラス):ウッディでスモーキーな香調を持ち、メルボルン近郊のダンデノン・レンジズ(両親の暮らす地域)にちなんで名付けられている。こちらはキャンドルとバーナー用オイルで展開する、住まいのための香りである。
  • Sage’s Rose(セイジズ ローズ):シヴァンのきょうだい、セイジ(Sage)にインスパイアされた香りとされている。
  • SALA(サラ):兄メレットの息子(甥にあたるサラ)の誕生を機に、ニューヨーク在住の新進調香師ジョーイ・ロシン(Joey Rosin)と共同開発された、グリーンでネクタリーなフローラルの香りである。シヴァンはこの香りについて「花を摘む記憶へと自分を連れて行ってくれる」と語っている。
  • By Your Side(バイ ユア サイド):スモーキーで包み込むような香調を持つとされている。

「サンクチュアリ」コレクションは、TLY 5755・プール・ササフラスの香りを用いたアロマティックキャンドルと、それぞれの香りを楽しむオイルバーナー用ブレンドから構成される。アドラーが手がけた再生アルミニウムで始まったオイルバーナーと、話題を呼んだ真鍮製の「ボウル」(底のないリング状の彫刻的なオブジェクト)も、このラインに含まれる。近年はメリノウールのブランケット「Throw(スロー)」やビーニー、スウェーターなど、テキスタイル製品にも展開を広げている。

ちなみに…

ブランド初期に発売された25mlの香水ボトルについて、「エスクァイア」はシヴァンの代表曲「Rush(ラッシュ)」を連想させるデザインだと紹介している。「意図的なのか、そうでないのかは分からないが」という書き手のひと言にも、遊び心のある受け止め方が表れている。また、兄弟のブランドを知るうえで覚えておきたいのが、イディッシュ語の「ナヘス(naches)」だ。他者の成し遂げたことに対して感じる誇りや喜びを表す言葉であり、仲間や家族の仕事をうれしそうに語る二人の姿に、その感覚がよく似合う。

このブランドの物語は、公式サイトだけでなく、兄弟が登場するインタビューにも息づいている。「エスクァイア」では創業への道のりを、「メッカ」では家族や調香師とのやり取りを語り、日々の暮らしと香りづくりがどれほど近い場所にあるかを伝えてくれる。受賞歴をたどるよりも、二人がどんな家に帰り、誰と何を作りたいと思ったのか。その言葉を読むと、ツー ラング ヨーが描く「居場所」の意味が、もう少し身近に感じられる。

参考文献