Melt Season(メルトシーズン)—水のように流れる、現代中国の香り

メルトシーズンのHUと水面、石、現代的な中国の建築をイメージした情景。水のように、香りは自由になる。

「一つの国のブランドは、その国の文化発信の一部でもあります。」

— 倪丽诗(リィシィ・ニィー、創設者)

上海で生まれたメルトシーズンは、中国らしさを分かりやすい記号として並べるのではなく、自然観や文学、感情の揺らぎを香りの奥へ織り込もうとするフレグランスブランドである。その世界観を端的に示す言葉が、「Be water, I flow(ビー・ウォーター、アイ・フロー/水のように、私は流れる)」。固定された形を持たず、柔らかく流れながら本質を失わない水は、ブランドが理想とする生き方そのものでもある。

メルトシーズンには、欧米の老舗メゾンのような長い年譜はまだない。創設者が育った家庭や通った学校、香りを支える調香師と原料メーカーの仕事、作品が生まれた細かな順序にも、見えていない部分は残る。それでも、本人の語る歩みと商品、店舗をたどると、水のように形を変えながら育つブランドの輪郭が浮かび上がってくる。

基本情報

ブランド名: Melt Season(メルトシーズン)

拠点: 中国・上海

設立: 2020年。上海で母体企業が設立され、ブランド構想が動き始めた年である。最初の商品が市場へ出たのは2021年12月。そのため、創業年を2021年と紹介する媒体もあり、準備の始まりと香水のデビューには約1年の開きがある。

創設者: 倪丽诗(リィシィ・ニィー/Lishi Ni)。親しい人からは「软软(ルアンルアン)」と呼ばれている。

運営母体: 上海を拠点とするVerse China(ヴァース・チャイナ)の最初のブランドとして始まった。

ブランドの発信先: ブランドストーリーページと公式Instagram(インスタグラム)。中国国内では、WeChat(ウィーチャット)の公式ミニプログラムが主な販売窓口となってきた。独自ドメインのサイトを入口にする欧米のブランドとは、少し異なるかたちで香りを届けている。

創設者とブランドの歩み

浙江から英国へ

リィシィ・ニィーは1994年、中国・浙江省に生まれた。中等教育の時期に英国へ渡り、大学ではメディアと社会学を学んだと、出演したポッドキャストで紹介されている。学校名や卒業年までの詳しい道のりは分からないが、中国と英国の両方で過ごした時間が、その歩みの出発点にある。

2016年に中国へ戻った後は、投資会社の娱乐工场(ユールー・ゴンチャン)でエンターテインメントおよび消費分野の投資に携わり、次いで芸能会社・坤音娱乐(クンイン・エンターテインメント)の共同創業者となった。その後、韓国発アイウエアブランドのジェントル・モンスターで中国事業の幹部を務めたという。

香水の専門教育から出発する、伝統的な調香師とは違う道のりだ。投資、エンターテインメント、ファッション。それぞれの現場で、商品だけでなく、世界観、空間、物語を一体として届ける仕事に関わってきた。各社でどのくらい働き、何を細かく担当したかまではたどれなくても、複数の領域をまたいだ経験は、このブランドの成り立ちとよく重なる。

旅の先で見えた空白

30か国以上を旅するなかで、ニィーは世界各地のニッチフレグランスに出会った。本人を迎えたポッドキャストが紹介する創業のきっかけも、そこにある。「中国から生まれる高級香水ブランド」を作りたい。旅先で育ったその思いは、コロナ禍の2020年に本格的な構想へと進み、上海で母体企業を立ち上げることにつながった。

目指したのは、輸入ブランドの代わりになる商品を作ることだけではなかった。中国人の嗅覚の好みや文化的な記憶を、現代の国際的な感覚で表したい。そして、「女性の人生に共通の成功モデルはない」という考えも届けたい。ニィーがポッドキャストで語るブランドには、香りとともに、自由で包容力のある生き方への思いが重なっている。

「ブランドは私の薔薇。その花言葉は『定義されないこと』です。」

— リィシィ・ニィー

これは『星の王子さま』を引いた比喩である。彼女にとってブランドは、完成品を市場へ置いて終わるものではなく、水をやり、手入れを続け、固有の姿へ育てる存在だった。

18か月の準備

構想から発売までは順調一辺倒ではなかった。ニィーとチームは約18か月を準備に費やしたものの、本人が求める「完璧」に届かないとして、なかなか発売へ踏み切れなかったという。やがて彼女は、新しいブランドに数十年続くメゾンと同じ完成度を最初から求めることはできず、まず世に出してから育てなければならないと考え直した。

その準備を支えたチームにも、異なる分野の経験が集まった。エルメスのホーム部門で大中華圏のマネージャーを務めたブランドディレクターと、大手香料会社で17年を過ごしたサプライチェーン顧問。当時の取材では個人名や香料会社名までは明かされていないが、空間と素材の両面を支える顔ぶれだった。

2021年12月7日、「瓶中来信(ピンジョンライシン/瓶の中の手紙)」をテーマに6作品をオンライン発売した。クラシックとオートクチュールの2系列で、当時の100ml価格はそれぞれ980元、1,280元。同月14日には上海の歴峰双墅(リーフォン・シュアンシュー)で発表会を開き、試香を演劇、舞踊、音楽と組み合わせた「嗅覚の客間」として見せた。

最初の千人

新興の中国ブランドとしては大胆な価格だった。ところが発売後3か月で約1,000人の顧客を獲得し、最も売れたのは最高価格の100mlオートクチュール系列だったと、ブランドは2022年の取材で明かしている。

ニィーは「最初の1,000人がブランドの調性と顧客像を決める」と考えていた。50mlやキャンドルよりも、100mlの高価格品が選ばれた。使い切りやすい小瓶ではなく、大きな一本を手元に置きたい。ブランドはこの反応に、香水が消耗品としてだけでなく、所有し、集める対象として受け止められた兆しを見たのである。これは当時の顧客の選択を、作り手自身がどう受け止めたかを伝える話でもある。

初期には壹叁資本(イーサン・キャピタル)のシード投資を受け、2022年3月にはブリーズ・キャピタル主導で1,000万元超のエンジェル資金を調達した。資金の主用途はサプライチェーン、商品開発、店舗展開だった。

香りを空間へ

2022年夏、上海・太原路に初の常設店「尘境(チェンジン)」を開いた。建物はスペイン式の庭園住宅で、作家・鄭念(てい・ねん/ニエン・チェン)が暮らした場所として紹介されている。ブランドはここを通常の売場ではなく、人々が香りを介して集う「嗅覚の客間」と位置づけた。

店舗は視覚情報を抑え、木組み、左官仕上げ、酸化真鍮、庭のメタセコイアなどを用いて、静けさの中で香りに集中できるよう構成された。太原路店を手がけたMLKK Studio(エムエルケーケー・スタジオ)の空間は、2024年のDezeen Awards(ディジーン・アワード)でショートリストに選ばれている。

オンラインでは匂いそのものを体験できず、価格比較にも引き寄せられやすい。そのためメルトシーズンは、短期的な広告投下より、商品と実店舗へ投資する方針を採った。2023年時点では売上の70〜80%を香水が占め、ニィーは次のように話している。

「最初の一品は、香水から選んでほしい。」

— リィシィ・ニィー

水へ還る

香水の発売から2周年を迎えた2023年、ブランドは「Be water, I flow(ビー・ウォーター、アイ・フロー/水のように、私は流れる)」を掲げ、「自由・柔軟・強靱」を新たなキーワードとした。水は器に応じて姿を変え、氷にも川にも海にもなりながら、本質を失わない。メルトシーズンは、この東洋思想の水の姿と、集中して自然に動ける「フロー」の状態を重ねた。

「水のように、自分を保ちながら、すべてを包み込みたい。」

— メルトシーズンのブランドステートメント

ブランド名にも、この感覚は流れている。そこに込められたのは、「移り変わる季節を感じ取る、柔らかく繊細な心」。中国の業界誌には、創設者の愛称「软软(ルアンルアン)」と英語のmelt(メルト)を結びつける説明もある。本人の言葉そのものではないが、柔らかさを感じさせる愛称とブランドの姿を重ねた読み方として興味深い。

海外へ流れ出す

2023年12月、エスティ・ローダー・カンパニーズの新興ブランド投資部門New Incubation Ventures(ニュー・インキュベーション・ベンチャーズ)が少数株式を取得した。同社が中国の香水ブランドへ投資するのは、これが初めてだった。取得額や条件の細部までは公表されていないが、上海で始まったブランドに、世界的な化粧品グループが加わる節目となった。

このときニィーは、現代の中国の感情、姿勢、生命力を映しながら、表面的な文化記号を避け、東西の哲学を水のように包摂すると説明した。 つまり、漢字、龍、陶磁器といった分かりやすい意匠を前面に出すのではなく、「神韻」と呼べる内側の感覚によって中国性を伝えようとしたのである。

2024年9月には、香港のDFS(ディーエフエス)広東道店・銅鑼湾店へ進出した。ブランドとDFSは、中国香水ブランドとして初の取り扱いと発表している。2025年にはパリ=上海香水展へ参加し、同年9月から成田空港の免税店でも期間限定で展開された。さらに、2024年のポッドキャストでは、2026年にロンドン、ニューヨーク、パリなどへ進む構想も語られた。こちらは常設店の開業実績とは分けて、当時描いていた次の行き先として受け止めたい。

ブランドのこだわり

東洋を記号化しない

メルトシーズンは「東洋」を、特定の香料や伝統文様の寄せ集めとは捉えていない。文学、地理、歴史、美術から着想を得ながらも、東洋と西洋の考え方を交差させ、異なる文化圏でも感情として受け取れる香りを目指す。

「本当に東洋の韻を持ち、国際市場にも魅力的な商品には、時間が必要です。」

— リィシィ・ニィー

ブランドが香りづくりで大切にするのは、貴重な素材を通じて自然の細かな変化を捉え、相反するものが調和する世界を描くことだ。天然香料の割合や産地、抽出法、香料会社と調香師の顔ぶれまで、制作の細部が一揃いに見えるわけではない。「高品質」という言葉を特定の素材や製法に置き換えてしまうより、まずはその言葉が目指す、繊細な自然の表情に目を向けたい。

香りを決めつけない

作品名も香調も、ひと目で意味が完結するようには作られていない。東洋由来の「ギータンジャリ」や「ニエン」と、西洋美術に発想を得た「ヴェール」や「パール」が同じブランドの中に並び、受け手に解釈の余白を残す。

この態度は「定義されない」というニィー自身の言葉とも重なる。香りを性別、場所、単純な物語へ閉じ込めるのではなく、つける人の記憶や皮膚の上で意味が変化するものとして扱っているのである。

無尽之形(むじんのかたち)のボトル

ボトルデザイン「无尽之形(無尽之形/むじんのかたち)」は、ホルヘ・ルイス・ボルヘスの短編『アレフ』に着想を得た。ごく小さな一点に、言葉を超えた無限の世界が内包される。その空間の比喩を、厚いガラスと簡潔な輪郭へ置き換えている。

ブランドが語る製造の道のりも、なかなか長い。各部品を個別に金型から起こし、開発に8か月、試作に約30回。鏡面のような側面を得るため少なくとも20回手磨きし、10本のうち基準を満たした4本だけが香液を充填する工程へ進むという。100mlボトルは約360グラム。いずれもブランドが紹介する数値だが、余計な装飾を置かない外観の裏に、こうした手数が積み重ねられている。

外観は透明または黒を基調とし、装飾を抑えて視線を香液へ戻す。「複雑さより簡潔さ」という姿勢が、瓶の佇まいにも表れている。ただ、すっきりした見た目が、そのまま環境への配慮を表すわけではない。外箱にどんな紙を使い、再生材をどれほど取り入れ、詰め替えにどう対応するのか。そうした包装の細部までは、この外観からは見えてこない。視覚的な美しさと、素材や使い続け方の工夫は、それぞれに目を向けたいところである。

香水ラインナップ

香水はクラシック、オートクチュール、エピックの3系列へ広がっている。発売当初はクラシックとオートクチュールの2系列、合わせて6作品だった。そこへ新作が加わり、さらにエピックが生まれた。古い紹介といまのラインナップが少し違うのは、ブランドが香りの表現を増やしてきた足跡でもある。

クラシック

日常の感情、自然、芸術作品を比較的軽やかな形で扱う中核系列である。初期作には「ユージエン(柚见)/REVOIR(ルヴォワール)」「ワン・デイ(ONE DAY/空蝉)」があり、のちに「ヴェール(VEIL/面纱)」「パール(PEARL/珍珠少女)」「ペルソナ(PERSONA/第三人称)」「ノーバディ・ノウズ(NOBODY KNOWS/无人知晓)」などが加わった。

  • ユージエン:日本産ユズを中心に、クラリセージ、ジャスミン、オークモス、アンバーグリスを重ねた構成として販売店が紹介している。柑橘の明るさだけで終わらず、苦みと土の気配を残す設計である。
  • ワン・デイ:レモンからブルガリアンローズ、エジプシャンジャスミン、フレンチミモザへ移るシトラス・フローラル。明るい庭の生命感を描く作品として説明されている。
  • ヴェール:グレープフルーツとアルデヒドで始まり、チュベローズとホワイトムスクへ移る。透明な幕が肌を包むような、静けさと官能の対比が核である。
  • パール:フェルメールの絵画を思わせる少女像から着想し、ホワイトピオニー、米、サンダルウッドを軸にする。
  • ローミング・ウィンド(敕勒):北方草原の古い民歌『敕勒歌(ちょくろくか)』を起点にした作品。開発には十数か月を要し、変化の大きい時代に内的な平静を探していたニィー自身の心境とも重なった。
  • メリ(梅里):ベルガモット、松、ピンクペッパー、ミルラ、アイリス、シダー、スエードなどを掲げる、冷涼な木質調の作品である。

オートクチュール

初期の高価格系列で、「ギータンジャリ(GITANJALI/吉檀迦利)」「フー(HU/胡)」「メドグ(MEDOG/墨脱)」「ニエン(NIAN/念)」が代表作として挙げられてきた。 後年の日本向け流通では「サドゥ(SADHU/行者)」も同系列として扱われている。

ギータンジャリとニエンには、東洋の物語が香りの奥に流れている。とりわけギータンジャリの出発点は、詩人タゴールの同名詩集だ。生命や信仰を問いかける言葉を香りへ移し、その意味をまとう人へ委ねる。作品ごとの発想が育った道のりや調香師の分担には、まだ見えない部分もある。香水データベースに作り手の名が載ることもあるが、ブランド側の紹介と一致するとは限らない。

エピック

エピックで描かれるのは、個人の内面から、歴史や神話、強い人物像へと広がる大きな物語だ。「ジバロ(JIBARO/吉巴罗)」「サイレン(SIREN/塞壬)」「ライチ(LYCHEE/妃子笑)」がこの系列に並ぶ。

ライチは楊貴妃の物語を現代的に読み替えた香りで、ライチの甘さ、ローズの豊かさ、パチョリの深さを組み合わせたと説明されている。 歴史上の女性を単なる悲劇の象徴ではなく、時代の流れの中でも自己を保つ存在として描こうとした点に、ブランドが掲げる「柔らかさと強さ」が表れている。

香水データベースには、2026年の作品として「エセリアル」「アニティア」「ジ・アンテイムド」も並んでいる。名前から想像は広がるが、それぞれがどんな物語から生まれ、どのような香りを描いたのかは、ブランドの詳しい紹介を待ちたい。作品の数とともに、メルトシーズンの世界はまだ広がり続けている。

ちなみに…

ブランド名は「季節が溶ける」という直訳より、「柔らかな心で四季の移ろいを感じる」という感覚に重心がある。 「シーズン」は静止した四つの区分ではなく、時間が流れたことを身体に知らせるものとして捉えられている。

メルトシーズンの面白さは、「中国らしく見せること」と「中国から生まれること」を分けて考えている点にある。外観は国籍を強調せず、香りと空間の静けさの中に東洋の生命観を潜ませる。そのため、最初に試すなら、ブランドの明るい面が分かるワン・デイ、東西の交差が見えやすいユージエン、物語性の強いローミング・ウィンドを同じ肌で比べると、このブランドの振幅をつかみやすいと思われる。

参考文献