エルメスのパルファム ドゥ エルメスとルージュ エルメス。キャロンのル トロワジエム オム。そして、ディプティックのオイエド。この顔ぶれを見て、同じ日本人調香師の仕事が含まれていることに驚く人もいるかもしれません。その調香師が、亀井昭子(Akiko Kamei)です。
彼女の出発点にあったのは、栄養士を目指す勉強と、日本の化粧品会社での仕事でした。そこへ香水との出会い、そしてフランス映画への憧れが重なります。高知で育った一人の女性が、グラースの調香学校へ入り、やがてフランスのメゾンに香りを残す。その道のりを、本人のインタビューと作品を通してたどっていきましょう。
亀井昭子の生い立ち
高知で育った少女と、働く母
亀井は、2020年のインタビューで、現在の韓国に生まれ、日本人の両親をもち、3歳のときに日本へ移ったと話しています。高知は彼女が育った土地です。
3人きょうだいの長女で、父を戦争で亡くし、教員だった母のもとで育ちます。父の故郷である旧吾川村、現在の仁淀川町で小学校に通い、仁淀中学校から高知学芸高校へ進みました。高校では2期生。当時、高知大学の隣にあった学校へ、高知市朝倉の下宿から通っていました。
後に調香師になる人の学生時代と聞くと、化学が得意だったのだろうと想像したくなります。しかし、82歳で受けた高知新聞の取材では、こんなふうに振り返っています。
勉強は数学も化学も物理も駄目だし、コンプレックスの塊でした
亀井昭子|高知新聞「フランスに住んで53年、香りと生きる」(2024年10月11日)
母は、女性も仕事を持つことを勧めていました。亀井は県立高知女子大学の生活科学科へ進みます。本人が語る栄養士志望の理由も、仕事に就けるようにするためでした。香水の世界へ入る前には、自分の職業を持とうとする、ごく現実的な出発点があったのです。
オパール化粧品で出会った、フランスの香水
大学卒業後に勤めたのは、オパール化粧品(Opal Cosmetics)でした。ここで日本の香料業者と知り合い、シャネルのNo.5、ニナ リッチのレール デュ タン、ギ ラロッシュのフィジーなどを紹介されます。最初は香水の知識がなかったものの、次第にそのよさが分かるようになったといいます。
もう一つ、彼女をフランスへ向かわせたのが映画でした。フランス映画が好きで、フランス語も学んでいた亀井。その文化への関心と香水への情熱が、渡仏へとつながっていきます。
グラースで調香師になる
研修生から、ルール社の調香学校へ
1970年代初め、亀井はフランスへ渡り、グラースのルール社(Roure)に研修生として入ります。そこで認められた意欲と熱意が、調香学校への扉を開きました。
ルールの学校には、ジャン・カールが築いた教育の伝統がありました。ジボダンの社史は、その始まりを1946年としています。香料を嗅ぎ分ける力を、学び、訓練できる技術として育てていく学校です。
亀井の周囲には、ピエール・ブルドン、エドゥアール・フレシエ、ミシェル・アルメラック、ジミー・ベル、フランソワーズ・キャロンといった人々がいました。Per Fumumが、学びの仲間、そして将来の同僚として挙げている名前です。後の作品を知る私たちには、なかなか贅沢な顔ぶれに見えます。
仲間と嗅ぎ、比べ、直していく
その学校では、どのように香りを学んでいたのでしょうか。同じルールで学んだフランソワーズ・キャロンが、パリのNoseのインタビューで、その様子を詳しく話しています。
ジャン・カールの方法では、まずフローラルやシトラスといった香調の系統ごとに原料を学びます。原料が時間とともにどう消えていくかを表にし、比較しながら覚える。その後、複数の原料を組み合わせたアコードを学び、釣り合いを整えていきます。キャロンが語るのは、嗅いだ記憶と処方を、何度も結びつけていく学び方でした。
私たちはアイデアを交換し、お互いに直し合い、影響を与え合っていました。
フランソワーズ・キャロン|Noseのインタビュー。本サイト訳
亀井の周囲にいた人々が、どのように調香を学んでいたのか。キャロンの回想は、仲間と香りを確かめ合いながら学んでいた、その空気を伝えてくれます。
グラースの10年、そしてパリへ
亀井はグラースで10年を過ごします。その後、ジャン・アミック(Jean Amic)に見いだされ、パリのクリエイティブチームへ招かれました。
アミックはルールの経営を担い、創作チームを率いた人物です。彼の仕事には「リヴ ゴーシュ」「オピウム」「プワゾン」などの開発に関わったチームが登場します。香りの技術と、ブランドが求める作品とを結びつける現場にいた人でした。そのアミックによるパリへの招待は、亀井がメゾンの香水を手がけていくうえで、大きな転機になります。
ちなみに、経歴をたどる際に出てくるルールとジボダンは、別々の話ではありません。ルールとジボダンが合併したのは1991年。グラースで彼女が入った会社の歴史は、後のジボダンへ続いています。
女性調香師として働くということ
その歩みには、香りを作る技術だけでは乗り越えられない難しさもありました。Per Fumumは、当時の男性中心の香水業界において、亀井が女性であり、外国から来た人でもあったことに目を向けています。キャロンも、学校や研究室で女性が少なかった時代を語っています。
亀井自身も、当時の仕事の環境を振り返り、こう話しています。
当時の女性調香師は、私とフランソワーズ・キャロン、たった二人でした。
亀井昭子|Per Fumum「Femme et parfumeur」。2020年3月11日収録、2021年7月23日公開。公開英語字幕より本サイト訳
ここで語られているのは、彼女が経験した職場のことです。とりわけ亀井が難しさを感じたのは、香りを評価し、開発を進める評価担当者との関係でした。男性の調香師のほうが、自分の作品を押し出しやすかったと振り返ります。
私たちは親切に、誠実に接していました。でも、それだけでは十分ではありませんでした。
亀井昭子|Per Fumum「Femme et parfumeur」。公開英語字幕より本サイト訳
駆け引きや嫉妬、競争について話した後、亀井は、それはどんな仕事にもあることだと付け加えています。 名香の調香者という肩書の向こうに、作品を認めてもらうために人と向き合っていた、働く一人の姿が見えてきます。
亀井昭子の調香作品をたどる
1984年 パルファム ドゥ エルメス
亀井の仕事を知るうえで欠かせないのが、パルファム ドゥ エルメス(Parfum d’Hermès)です。1984年に生まれ、後の「ルージュ エルメス」につながる作品。エルメスも公式に亀井の名を記しています。
レイモン・シャイヤン(Raymond Chaillan)との共同制作として、この作品を取り上げたのが、イタリアの化粧品業界誌Kosmeticaのルカ・イロリーニです。その解説をたどると、グリーンなガルバナムやヒヤシンスから、ローズ、イランイラン、アイリス、ジャスミンへと花々が重なっていきます。さらに木々や樹脂の深さが、豊かなフローラルを支える構成です。
Now Smell Thisのアンジェラが2016年に綴った試香記では、香りの変化がさらに生き生きと描かれています。最初はヒヤシンスとガルバナムが鮮烈に立ち上がる。やがて花々は甘さを帯び、イランイラン、ヴァニラ、パウダリーな感触へと移っていきます。華やかな登場から、肌のそばに収まる穏やかな余韻へ。この移り変わりも、彼女が捉えたパルファム ドゥ エルメスの魅力でした。
さらに、ヴィンテージを詳しく扱うKafkaesqueは、1986年、1994年、1998年のものと判断した手持ちのオードトワレを比較しています。初期のボトルでは鋭いグリーンを、後のボトルでは甘く柔らかな花やヴァニラを強く感じたという記録です。一方で、古いボトルのトップの傷みについても書いています。
ヴィンテージの感想は、濃度、年代、保存状態を添えて読むと、違いが分かりやすくなります。パルファム ドゥ エルメスにも、作品の歴史と、一本一本のボトルが過ごした時間が重なっているのです。
1985年 ル トロワジエム オム
翌1985年には、キャロンのル トロワジエム オム(Le Troisième Homme/Le 3ème Homme)が登場します。Per Fumumが亀井の代表作に挙げる香水で、キャロンにとって3作目の男性香でした。
名前の意味は「第三の男」。キャロンによれば、キャロル・リード監督の映画『第三の男』、とりわけオーソン・ウェルズが演じるハリー・ライムへのオマージュです。映画を愛した亀井の作品に、映画に由来する香水があることも興味深いところです。命名の由来はメゾンが説明しているものです。
現在のキャロンは、レザーとナツメグのスパイシーな組み合わせを中心に、ベルガモット、ラベンダー、ゼラニウム、苔からなるフゼアの骨格を説明しています。柑橘とハーブの清々しさに、スパイスと革の個性を重ねた香りです。
ただし、時代の異なるレビューを読むと、別の表情も見えてきます。Now Smell Thisのケヴィンが2011年に感じたのは、甘い花や果実がよく溶け合った香りでした。彼はそのまとまりを認めつつ、時間とともに大きく変化しない点には物足りなさも示しています。さらに、記事の脚注では、1985年の資料と後年の資料で、掲載されたノートが異なることも紹介しています。
フランスのPassion Parfumsが2020年に評価したのは、柑橘からスパイス、アロマティック、ウッディへと移る多面性でした。爽やかな始まりの先に、いくつもの表情がある。その試香記では、古典的な香りの組み合わせに、新しい個性を与えた作品として捉えられています。
2000年 ルージュ エルメス
2000年、パルファム ドゥ エルメスは再解釈され、ルージュ エルメス(Rouge Hermès)という名前になります。ルージュは、1934年以来メゾンを象徴してきた色の一つ。香水の名にも、エルメスの赤が与えられました。
現在の公式説明が挙げる香りの中心は、ローズ、イランイラン、ヴァニラです。花々の豊かさと甘い包容力が、その紹介から伝わります。一方、過去のボトルを嗅ぎ比べてルージュの魅力を描いたのが、ÇaFleureBonのイダ・マイスターでした。
2024年の記事で、彼女は保存状態のよい手持ちの旧作とルージュを嗅ぎ比べています。旧作の強いグリーンに対して、ルージュで心を留めたのは、花、パウダー、サンダルウッドやシダーの釣り合いでした。豊かな香りが、木の支えによって整えられているという読み方です。
美しいということ、それだけのために美しいものもある。
イダ・マイスター|ÇaFleureBon「Rouge Hermès and Parfum d’Hermès」(2024年6月2日)。本サイト訳
彼女は「シャマード」や「ナエマ」「サムサラ」といった名香との類似に話を終わらせず、ルージュそのものの美しさを見ようとしています。 先行する香水の再解釈として生まれながら、自分の名前で愛される作品になったことが、この批評から伝わってきます。
ちなみに、現在の「パルファム ファウンダー」コレクションのボトルにも、メゾンの物語が残っています。馬車のランタンを思わせる形、乗馬帽を思わせる黒いキャップ、そしてフィリップ・デュマのイラスト。香りだけでなく、エルメスの歴史の中に置かれた作品として楽しめる一本です。
2000年 オイエド
同じ2000年に、まったく違う表情を見せる作品が生まれます。ディプティックのオイエド(Oyédo)です。名前と着想のもとにあるのは、かつての東京、江戸。花々を重ねたエルメスの作品から、今度は柑橘の世界へと視界が開けます。
ディプティックが現在挙げる主な香りは、ユズ、グリーンマンダリン、タイム、ラズベリー。ここで面白いのは、柑橘に、ハーブと甘い果実という二つの方向を与えていることです。タイムが緑の表情を添え、ラズベリーが果実のふくらみを作ります。
公式説明は、合成香料フランビノン(Frambinone)にも触れています。ディプティックによれば、抽出できないラズベリーの香りを、この素材で表現しているのです。オイエドの果実感には、こうした香料の働きも重なっています。
Now Smell Thisのロビンは、発売から5年後の2005年、弾けるような柑橘と強い甘さを捉えました。その甘さをミントやタイムのハーブ感、そしてウッディな下支えが引き締めると書いています。最初は好きになれなかったのに、やがて愛着を持つようになったという、率直な試香記です。
彼女にとってオイエドは、寒い季節に気分を明るくしてくれる香りでもありました。一方、猛暑の日には甘すぎたともいいます。 柑橘だから夏のための軽い香水、とは簡単に決められないところが、この作品の個性なのでしょう。
Passion Parfumsも、オイエドのタイムの使い方に注目し、キャロンのル トロワジエム オムとあわせて、柑橘、ハーブ、木の組み合わせに亀井らしさを見いだしています。 フローラルだけを見ていては分からない彼女の一面が、ここにあります。
ミュール エ ムスク コロン
ラルチザン パフュームにも亀井の仕事が残っています。ミュール エ ムスク コロン(Mûre et Musc Cologne)です。
ここは作品名を丁寧に分けておきたいところです。1978年のオリジナルの「ミュール エ ムスク」、1993年のカリーヌ・デュブルイユによる「エクストリーム」、そして亀井の「コロン」。Bois de Jasminのヴィクトリア・フロロヴァは、2006年の記事で、この三つを区別しています。亀井が手がけたのは、コロン版です。
ヴィクトリアが記事を書いた2006年には、コロンはすでに廃番とされていました。店頭から姿を消した版にも、こうして作り手の名前が残っています。
名前のよく知られた香水ほど、その異なる版の作者は見えにくくなります。「ミュール エ ムスク」という大きな名前の中からコロンを取り出すことで、ここでも一人の調香師が担った仕事が見えてきます。
何度も嗅ぎ、感情までノートに残す
華やかな作品の後ろには、どのような日々があったのでしょうか。亀井の仕事ぶりを伝える、印象的な記録があります。
Per Fumumのリリアン・ノモ=クレオンは、調香師たちのインタビューを聴き直して書いた「名香を生んだ習慣」の中で、亀井があらゆることをノートに書いていたと紹介しています。一日に何度も香りを嗅ぎ、そのときに結びつく感情的な印象まで記録する。それは、手放せない習慣になっていたといいます。
原料の名前や配合だけでなく、嗅いだ自分が何を感じたかまで残しておく。この習慣には、香りを数字にして組み立てる人と、香りに心を動かされる人の両方がいるように思えます。
作品の名前と発売年だけを並べても、この姿はなかなか見えてきません。何度も嗅ぎ、書き、また確かめる。その繰り返しを知ると、亀井の仕事を、完成した香水からもう一歩近くで眺められる気がします。
なめらかになりすぎた香水への疑問
長く香りを作ってきた亀井は、香水産業の変化にも厳しい目を向けています。
Per Fumumがまとめた職業と市場の変化の記事では、長い修業を経て同業者に認められる職人的な仕事が、集団で大量に作る産業へ変わっていったことへの懸念が紹介されています。作品の背後で、作り手が匿名になっていくことも、その問題の一つでした。
本人の公開映像では、処方に70、80、120もの素材が入ることを例に挙げ、断続的に手を加えるうち、不要な原料まで増えてしまうことを疑問視しています。
取材をまとめた記事が伝えるのは、処方が長く複雑になる一方で、香水がなめらかになりすぎ、創造性を失っていくという危惧です。 多くの素材を使い、何度も調整した結果、記憶に残る特徴まで薄れてしまう。彼女の批評は、そんな危うさを考えさせます。
映像で亀井が懐かしむのは、少し変わった独創的な香水を嗅ぎ、分析する楽しさです。そして、現在の香水への思いを、短い一言で結びます。
もっと期待しています。
亀井昭子|Per Fumumの公開インタビュー抜粋(2021年12月3日公開)。公開英語字幕より本サイト訳
オイエドの柑橘とタイム、エルメスの花々と木の重なり。彼女の仕事を知った後では、この期待も、長く香りに向き合ってきた人の言葉として響いてきます。
次の調香師へ残された声
2020年3月11日、亀井はパリで、Per Fumumの映像企画Héritage(s)のインタビューに応じました。監督はダヴィッド・リシャール。収録作品の長さは1時間18分50秒です。
その声は、後に調香を学ぶ若い人たちに向けた特別編The perfumer’s guide(s)にも選ばれています。監督が2024年のインタビューで説明した主題は、なぜ調香師になったのか、どう学んだのか、想像していた仕事と現実はどう違ったのか、そして後進に何を伝えたいか、というものでした。
リシャールは亀井を紹介する際、彼女が「ディプティックの最も美しい香水の一つ」を作った人だと語っています。 作品の美しさを知る人にとって、その作者がどんな道を歩いたのかを聞くことにも、大きな意味があるのでしょう。
そして2024年初夏には、高知へ一時帰省した姿を地元紙が取材しました。そのとき82歳、フランスでの生活は53年になっていました。
高知を出て、フランスで学び、メゾンの香りを作り、今度は次の世代へ経験を伝える人になった亀井。作品と本人の言葉を一緒にたどると、香水の背後にあった長い時間が、ようやく見えてくるのです。
調香作品
海外の取材紹介・作品記事から確認できる主な作品です。非公開の仕事を含む全作品目録ではありません。
| 発売年 | ブランド | 作品 | 補足 |
|---|---|---|---|
| 1984 | エルメス | Parfum d’Hermès パルファム ドゥ エルメス | レイモン・シャイヤンとの共同制作として海外署名記事が紹介。 |
| 1985 | キャロン | Le Troisième Homme ル トロワジエム オム | 発売年はキャロン公式、亀井への帰属はPer Fumumによる。 |
| 2000 | エルメス | Rouge Hermès ルージュ エルメス | 1984年の作品を再解釈。 |
| 2000 | ディプティック | Oyédo オイエド | 江戸を着想源とする作品。 |
| 発売年未確認 | ラルチザン パフューム | Mûre et Musc Cologne ミュール エ ムスク コロン | 原作、エクストリームと区別。2006年の記事では廃番として紹介。 |
参考文献・インタビュー
- 高知新聞社「フランスに住んで53年、香りと生きる 調香師・亀井昭子さん(仁淀川町出身)―時代の旅人 あの人に聞く(12)」、2024年10月11日。本人取材、無料公開部分。
- Per Fumum「亀井昭子インタビュー:出自と香水との出会い」、2021年6月4日公開。2020年3月11日収録の映像抜粋、英語字幕を参照。見出しは内容を示す本サイト表記。
- Per Fumum「Akiko KAMEI」。本人インタビューに付随する人物紹介・収録情報。
- Givaudan「Our rich heritage — Timeline」。調香学校と会社沿革の確認。
- Nose「Françoise Caron」。本人へのインタビュー。ルールでの学習とジャン・カール法。
- Per Fumum「Women in Perfumery」、2021年6月23日。取材証言をもとにした解説。
- Per Fumum「Femme et parfumeur」、2021年7月23日公開。亀井本人の映像抜粋、英語字幕を参照。
- Per Fumum「Jean AMIC」。インタビューに付随する人物紹介。
- Hermès USA「Rouge Hermès Eau de toilette」。作品の沿革、現行品の香りとボトルの説明。
- Luca Ilorini「Il Profumiere del Mese: Akiko Kamei」、Kosmetica、2021年2月1日。
- Angela「Hermes Parfum d’Hermes ~ fragrance review」、Now Smell This、2016年5月30日。
- Kafkaesque「A Guide To Vintage Parfum d’Hermès — Part II: EDTs, Parfum & Dating Bottles」、2017年11月24日。
- Parfums Caron「Le 3è Homme de CARON」。発売年、命名の由来、現行品の説明。
- Kevin「Le Troisieme Homme de Caron ~ fragrance review」、Now Smell This、2011年1月19日。
- Ida Meister「Rouge Hermès (Akiko Kamei) 2000 and Parfum d’Hermès (Akiko Kamei and Raymond Chaillon) 1984」、ÇaFleureBon、2024年6月2日。
- Diptyque USA「Oyédo Eau de toilette」。現行品の着想、主要ノート、Frambinoneの説明。
- Robin「Perfume review: Oyedo by Diptyque」、Now Smell This、2005年7月26日。
- Victoria Frolova「L’Artisan Mure et Musc and Mure et Musc Extreme: Perfume Reviews」、Bois de Jasmin、2006年2月24日。
- Jessica M.「Hermes ~ shopping for perfume in New York」、Now Smell This、2008年1月19日。ルージュ オー デリカートの当時の販売を伝える訪問記。
- Lilian Nomo-Cleon「These rituals that made great perfumes」、Per Fumum、2022年7月1日。
- Per Fumum「The evolution of the perfumery professions and its market」、2021年12月2日。
- Per Fumum「亀井昭子インタビュー:現代の香水について」、2021年12月3日公開。本人の映像抜粋、英語字幕を参照。見出しは内容を示す本サイト表記。
- Lilian Nomo-Cleon「Interview with David Richard, director of the films Héritage(s)」、Per Fumum、2024年7月4日。
- Passion Parfums「Akiko Kamei, le nez discret」、2020年5月21日。作品比較の試香記事。人物取材としては使用していません。
長編映像の公開先は、Per FumumのHéritage(s)総合ページからたどることができます。


