指輪のセンサーで、食後の皮膚ガスを読める?

指輪のセンサーで、食後の皮膚ガスを読める? 香りの科学

食べたものの違いは、皮膚から出るごく微量の成分にも表れるのでしょうか。2026年、Wenhao Yeらは、小さなガスセンサーを指輪に組み込み、健康な6人で、食事や運動に伴う信号の変化を調べました。

研究の目的は、皮膚から出る揮発性有機化合物を、身に着けられる装置で継続的に読み取ることです。揮発性有機化合物とは、空気中へ移りやすい有機物のこと。人の鼻で感じる体臭の強さや、香りの好みを測る研究ではありません。

大きな分析装置から、身に着けるセンサーへ

皮膚から出る成分を詳しく調べるには、成分を分離して分子の特徴を調べるガスクロマトグラフィー質量分析(GC–MS)などが使われます。ただし、大きな装置を日常的に持ち歩くことはできません。

そこで研究者らは、成分に触れると電気抵抗が変わる半導体を、小さなチップに集めました。一つ一つのセンサーが特定の分子だけを選ぶのではなく、複数のセンサーの反応を組み合わせ、どんな状態に近いかを読み取る仕組みです。

チップには、微細な穴が並んだ構造と、種類の異なる金属酸化物を使っています。上下の材料の組み合わせによって反応の違う九つの測定部分をつくり、狭い場所に多様な応答を持たせた点が、技術上の工夫です。

実際に働く素子の領域は0.0081平方ミリメートルですが、台座などを含めたチップは3 mm四方です。それを、無線通信や信号処理用の曲がる回路、表示部などと一緒に、指輪型の装置へ組み込んでいます。

まず、種類と濃度の分かったガスで試す

人で試す前に、研究者らは、アセトン、エタノール、アンモニアなど七種類のガスを使って、反応を確かめました。ごく低い濃度から段階的に濃度を変え、乾燥した空気と、湿度を変えた条件で繰り返し測っています。

得られたのは、ガスによって異なる九つのセンサーの反応の組み合わせです。機械学習でこの違いを分類し、さらに、反応が時間とともに変わる様子を使って濃度を推定しました。種類を当てる課題と、量を推定する課題は、別々に評価しています。

五種類のガスから二種類ずつを組み合わせた混合ガスでも、分類と成分ごとの濃度推定を試しました。湿度や混合によって信号が複雑になる条件に対応するための検証ですが、皮膚の周りにあるあらゆる混合物を同定できたという意味ではありません。

6人に、決められた食品をとってもらった

人での実験には、大学内で募集した健康な男性3人と女性3人が参加しました。食事条件は、アルコール飲料、果物、肉、炭水化物、ナッツ、野菜の六つです。例えば果物はオレンジジュース、肉は鶏胸肉、炭水化物は米飯、野菜はレタスで、量もあらかじめ決められていました。

参加者は片手に指輪を着け、信号を無線で記録しました。一部の測定では、もう一方の手から出る揮発成分も採り、後でGC–MSで調べています。普段どおりにさまざまな料理を混ぜて食べる状況より、条件を絞った実験です。

食後には、センサーの反応の大きさや、反応が変わるまでの時間、曲線の形に違いが見られました。研究者らは、この反応のまとまりを、どの食事条件で得られたかを分類する手がかりにしました。

98.20%は、何を当てた数字?

論文で示された98.20%という食事分類の正確さは、参加者01のデータを例に、四つの機械学習手法を比べたときの結果です。反応の近いデータ同士を参考に分類する手法が、最も良い成績でした。

これは、初めて指輪を着けた誰についても、食べたものを98.20%の確率で当てられるという数字ではありません。研究では6人のデータを合わせた分析でも、食事区分の信号を分けられることが示されていますが、一人の例の正確さとは別の結果です。

また、論文本文と補足資料では、食事分類について、学習に使ったデータと成績を調べるデータをどう分けたか、未知の参加者で性能を確かめたかが十分には示されていません。日常生活で初めて使う人への性能を判断するには、独立した検証が必要です。

皮膚の成分は変わったが、発生源までは分からない

GC–MSによる比較は、3人から採った皮膚の揮発成分で行われました。食前の基準となる試料と食後の試料で、成分の信号に違いがあることを確認しています。食事に伴って、皮膚から出る成分の組み合わせが変わり得るという裏づけです。

ただし、別の分析装置で成分を調べたことと、指輪だけで個々の分子をすべて同定したことは同じではありません。指輪の分類は、あくまで複数のセンサーの反応パターンを利用しています。

著者らは、果糖を処理する肝臓の働きや、胃と腸で段階的に進むたんぱく質の消化などが、食後の曲線の違いを生む可能性を論じています。こうした説明は先行研究に基づく解釈で、今回の指輪測定で、あるピークが特定の臓器から来たと突き止めたわけではありません。

運動と、飲酒量の推定も別々に検証

運動については、安静、走行中、その後の回復という三つの状態を比べました。参加者は、10分間静かにした後、トレッドミルで30分間走り、さらに30分間休みました。センサー信号はこの経過に伴って変わり、研究内のデータで三状態を分類できました。

摂取量の推定は、アルコールについて、量を変えた限定的な実験で調べています。時間変化を扱う別のAIモデルを使うと、実際の摂取量と推定値の対応は、決定係数という指標で0.991となりました。

決定係数は、数値の変動に推定がどれほど合っているかを表す指標です。「99.1%の食事を正解した」という意味ではなく、すべての食品の量やカロリーを同じ精度で測れたわけでもありません。

目指すのは、食生活を客観的に追う手がかり

著者らが重視しているのは、食べた内容の自己申告だけに頼らず、身体から出る信号も使って、食事の実態や食事計画を守れているかを継続的に調べる可能性です。小型のセンサーが使えれば、栄養研究で日々の変化を追うための新しい測定手段になり得ます。

研究では、分類結果をアプリへ渡し、生成AIが健康に関する案内を出す仕組みも試作しています。ただし、案内の医学的な正確さや、それによって食生活や健康が改善するかは評価していません。

今回の参加者は6人で、食品も測定条件も限られます。人による体質の違い、複数の料理を食べたとき、周囲のガス、長く使ったときのセンサーの変化などに対応できるかは、さらに検証が必要です。病気の診断や、個人の食事量の一般的な測定ができる段階だとは言えません。

研究は、中国・香港などの公的研究費、大学の研究費、財団などの支援を受けています。著者らは、ほかに利益相反はないと申告しています。参加者の同意を得て、大学の研究倫理審査を経て実施されました。

まとめ

小型センサーを組み込んだ指輪は、健康な6人の実験で、食事や運動に伴う皮膚の揮発成分の信号の違いを捉えました。反応の違う測定部分を小さなチップに集め、その組み合わせと時間変化を解析することが、身に着けられる測定を支えています。

この研究の意義は、身体から出る微量な成分を、日常に近い場所で継続して調べる道を示したことです。将来、未知の人や複雑な食生活でも確かめられれば、皮膚の化学的な信号が、栄養研究や食事の実態を把握するための客観的な手がかりになると期待されています。

参考文献

Ye, W., Ding, R., Wang, C., et al.(2026). Miniaturized olfactory sensor chip-based AI-wearable biometric ring for human body metabolic odor analysis. Nature Communications, 17, 4541. DOI: 10.1038/s41467-026-70746-z. 原著全文。© The Author(s) 2026. 原著はCC BY-NC-ND 4.0で公開されています。