「バニラのような香り」と一口にいっても、その印象を作る素材は一つではありません。強さや快さを似たように評価する香りでも、脳は同じように処理しているのでしょうか。
2025年、Akshita Joshiらは、バニラを思わせる3種類の物質を44人に嗅いでもらい、本人の評価とfMRIによる脳の反応を比べました。似た香りの小さな違いを、脳活動から捉えられるか。特に、その香りを「知っている感じ」と、記憶に関わる処理に注目した研究です。
3種類のバニラ様香料を、同じ人が嗅ぐ
比較したのは、バニリン、バニトロープ、バニリルエチルエーテル(VEE)です。いずれもバニラを思わせる特徴を持ちますが、別々の化学物質です。バニラのさやそのものや、市販のバニラ香水を比べたわけではありません。
参加者は嗅覚検査で正常と判定された健康な成人44人で、平均年齢は約27歳。これとは別に15人の予備試験を行い、提示する3種類の香りの強さが近いかを調べました。
本試験では、温度と湿度を調整した空気を装置から両方の鼻へ送りました。一人につき3回の測定を行い、各回に一種類の香りを提示します。香りのある時間帯とない時間帯を交互に設け、提示する香りの順番も調整しました。
参加者は、香りの強さ、快さ、なじみの程度を評価します。同時にfMRIで、血液の酸素化の変化を通じて脳活動に関連する反応を捉えました。画像に写るのは「バニラを思い出した」という思考そのものではなく、香りを受け取っているときの脳の反応です。
本人の評定には、明確な差がなかった
3種類の香りは、強さ、快さ、なじみのいずれの評定でも、統計的に明確な差がありませんでした。例えば、なじみの平均は0~10の尺度で、バニリン4.07、バニトロープ3.86、VEE3.95と近い値です。
ただし、この3項目が似ていることは、香りの質がまったく同じだという意味ではありません。この試験では、3種類を並べて正しく言い当てられるか、違うものを選べるかという、行動上の嗅ぎ分け能力を直接測ってはいません。
脳の一部では、香りによる違いが報告された
脳画像には、3種類の香りに共通して反応する領域がある一方、香りによって差が出る場所もありました。全脳を調べる解析では、バニリンはバニトロープやVEEより、左の扁桃体で強い反応を示しました。バニトロープとの比較では、右の海馬傍回にも差が報告されています。
さらに、選んだ脳領域の反応をまとめて比べる解析では、右の海馬でバニリンとVEEの間に差がありました。ただし、調べた領域の多くでは、香り間の差は明確ではありませんでした。脳全体が、それぞれの香りに対して完全に別の反応をしたという結果ではありません。
なじみの評価との関係を探索的に調べると、比較的弱い相関も見られました。バニリンをなじみがあると評価する人ほど、右の眼窩前頭皮質の反応が大きいという関連がありました。一方、バニトロープでは、なじみの評価が高いほど、右の海馬の反応が小さいという関連が見られました。これらは相関であり、なじみが脳活動を変えた原因だと確かめた結果ではありません。
記憶や感情との結びつきは、どこまで言える?
著者らは、扁桃体や海馬周辺、眼窩前頭皮質が、香りと感情、記憶、なじみの判断を結びつける処理に関わる可能性を考えています。さまざまな食品や香り製品を通じて触れてきたバニリンは、他の二つよりも「知っているバニラ」の経験と結びつきやすかったのではないか、という解釈です。
ただし、今回のなじみの評定では、バニリンが他の二つより高いという明確な差はありませんでした。また、特定の思い出が浮かんだか、後日まで記憶が残ったか、記憶力が上がったかは測っていません。記憶に関わる領域が反応したことだけから、そのような働きを実証したとはいえません。
原著の解析の記載にも、慎重さが必要な点があります。同じ人が3種類を経験した設計なのに、一部の比較には独立した集団を比べる検定が記載されており、解析条件と表の数値にも一致しない箇所があります。報告された差の確かさは、解析方法の確認や追試を含めて評価する必要があります。
この研究はTakasagoの支援を受け、共著者のJonathan Warrは同社に所属し、研究の構想や原稿の修正に関わっています。著者らは利益相反なしと申告しています。調べたのは特定の濃度・提示条件での反応で、香水の好ましさや購買行動、健康効果を比較した研究ではありません。
まとめ
三つのバニラ様香料は、強さ・快さ・なじみの評価が近くても、脳の一部には異なる反応が報告されました。著者らは、fMRIが、単純な評定だけでは捉えにくい似た香りの処理を調べる手段になると考えています。
重要なのは、脳活動の差を、意識的な嗅ぎ分けや記憶の改善と同一視しないことです。今回の結果は、香りの似かよりを、過去の経験や感情との結びつきも含めて調べるための手掛かりです。より詳しい脳活動のパターンや、領域同士の関係を調べることで、似た香りがどう異なって処理されるのかを確かめていく必要があります。
参考文献
Joshi, A., Thaploo, D., Weise, S., Warr, J., & Hummel, T. (2025). Cerebral Insights Into Discrimination of Perceptually Familiar Odours: Vanillin, Vanitrope and Vanillyl Ethyl Ether. Flavour and Fragrance Journal, 40, 937–945. DOI: 10.1002/ffj.70005 / 原著全文。
原著のライセンス:CC BY。© 2025 The Author(s). Flavour and Fragrance Journal published by John Wiley & Sons Ltd.。


