木材を嗅いだときの、樹脂のような、少し甘く落ち着いたにおい。その中に、キュウリ、チーズ、バニラを思わせる成分もあると聞くと、意外に感じるかもしれません。
2018年の研究は、ヨーロッパアカマツの木材を、人の鼻と化学分析の両方で調べました。見つかったのは44のにおいのある成分。木の香りは、よく知られるテルペンだけでなく、さまざまな質の成分が重なってできていました。
「揮発するもの」と「におうもの」を分けて探す
ヨーロッパアカマツ(Scots pine、学名 Pinus sylvestris)は、家具や建材などに広く使われる木です。木材から空気中へ出る揮発性成分は調べられてきましたが、そのすべてが人の鼻ににおうとは限りません。
研究者の目的は、木材に含まれる物質を網羅的に並べることから一歩進み、実際ににおいを持つ成分を特定し、木を嗅いだ印象とつなげることでした。
試料は、ドイツ・ニュルンベルクの森林で得られた、異なる3本の木の木材です。乾燥させて薄く削り、木片そのものの官能評価と、抽出した香り成分の分析に使いました。調べているのは木材で、森林全体の空気やマツの精油とは試料が異なります。
全体は樹脂の香り。その奥に細かな印象
まず、訓練を受けていない30人に、一つの木材試料のにおいの強さと快さを評価してもらいました。0〜10の尺度で強さは平均7.8、快さは6.2。強いにおいを持ち、平均ではやや快い側にありました。
続いて、少なくとも半年間訓練を受けた11人が、3試料の香りを詳しく記述しました。相談して12の表現を選び、それぞれの強さを評価しています。
論文で詳しく示した試料1では、最も強かったのは樹脂様の印象で、評価は7.2でした。木工所・おがくず様、乳香様の印象が続き、さらに木工用接着剤、ハーブ、コショウ、柑橘などの表現が使われました。
キュウリやチーズ・汗、鉛筆などの印象もありましたが、こちらは弱い評価でした。全体が食品のようににおうのではなく、主となる樹脂の印象の周りに、細かな要素があるという見方です。
成分を分けながら、人が嗅ぐ
木材から抽出した揮発成分を、ガスクロマトグラフィーで分離しました。成分が順に出てくる出口の一部を人が嗅ぎ、どの場所でどんなにおいがするかを記録します。
さらに、抽出液を3倍、9倍、27倍と段階的に薄め、どこまで各成分を嗅ぎ取れるかを調べました。最後に検出できた希釈倍率が「FDファクター」です。抽出物の中で、薄めても残るにおいの候補を探せます。
3試料を合わせて44のにおいのある成分が検出され、どの成分も少なくとも2試料で嗅ぎ取れました。39成分について、標準物質などとの照合から構造を割り当てています。
ただし、同定の確かさは一様ではありません。23成分は標準物質との質量分析も含めて確認し、別の1成分は質量スペクトルのライブラリーと照合しました。残りには、量が少ないなどの理由で十分な質量スペクトルを得られず、分離される位置とにおいを基にした暫定的な同定が含まれます。
樹脂、キュウリ、チーズ、バニラの候補
木質・樹脂様のα-ピネンは、分析上の大きなピークとして現れ、強く薄めても嗅ぎ取れました。木材全体で樹脂様の印象が強かったこととも合い、重要な担い手と考えられます。
それ以外の成分にも、次のような具体的な香りがありました。
- キュウリ様:(E,Z)-2,6-ノナジエナール。官能評価で感じられた、切ったキュウリのような弱い印象の候補。
- チーズ様:酪酸や3-メチルブタン酸など。木材を分解して嗅ぐと、こうした食品を思わせる要素も現れます。
- バニラ様:バニリン。少なくとも一つの試料で、抽出液を729倍に薄めた段階まで検出されました。
- 蜂蜜様:フェニル酢酸。甘い印象を持つ成分の一つ。
- 鉛筆様:チモキノン。鉛筆を連想させる木の香りに関わる候補。
- ココナツ・桃様:ラクトン類。木材の香りには、果実を思わせる質を持つ成分も含まれていました。
同じ成分が見つかっても、混合物での目立ち方は変わります。たとえばチモキノンは分離すると鉛筆様に香りますが、今回の木材全体ではその印象は弱く、ほかの強い成分に覆われている可能性が論じられました。
樹脂だけでなく、脂質や木の組織も香りの源に
研究者は、見つかった成分の由来も整理しました。大きな一群は脂肪酸の分解に由来すると考えられる物質で、草、油脂、チーズ、ココナツなど、幅広いにおいを持ちます。
論文では、におい成分の種類を由来別に分けたとき、この群が69%を占めました。この数字は成分の種類数の構成を表しており、木材のにおいの69%の強さや、揮発成分の69%の量を意味するものではありません。
もう一つは、樹脂に含まれるテルペン類です。α-ピネンや、柑橘・花を思わせるリナロール、バルサム・コショウ様のα-ビサボロールなどが含まれます。さらに、木の細胞壁を構成するリグニンに関連する分解物として、バニリンなどの芳香族化合物が挙げられました。
木の香りを支える成分は、樹脂だけでなく、木の中の複数の材料とその変化から生まれると考えられます。
木らしさ全体を再現するのは、次の課題
木工所・おがくず様、乳香様、木工用接着剤様の印象は、今回の分析では特定の一成分に結びつきませんでした。複数のにおいが混ざることで、単体からは予想しにくい印象になる可能性があります。
その関係を確かめるには、各成分の量を正確に測り、組み合わせて木材の香りを再現する実験が必要です。今回のFDファクターは候補の優先順位を考える指標で、木材全体への寄与の大きさを直接確定する値ではありません。
試料も3本の木に限られます。それでも、微量で機械には捉えにくい成分を、人の鼻を使って探し出したことで、木材のにおいを具体的な分子の問題として調べる基盤ができました。加工や保存による香りの変化を追う研究にもつながります。
まとめ
ヨーロッパアカマツの木材は、樹脂様の印象を中心に、キュウリ、チーズ、バニラ、蜂蜜などを思わせる成分を含んでいました。3本の木から44のにおいのある成分を検出し、その多くに構造の手がかりを得ています。
木らしい香りは、一種類の「木のにおい分子」だけでできているわけではありません。樹脂、脂質、木の組織に由来する多様な成分の重なりとして見ると、身近な木材の香りにも新しい奥行きが見えてきます。
試料提供にはStaedtler Marsなどの協力が記載されています。論文公開はドイツ研究振興協会とエアランゲン=ニュルンベルク大学の支援を受け、著者は利益相反なしと申告しています。
参考文献
Schreiner L, Bauer P, Buettner A. (2018). Resolving the smell of wood – identification of odour-active compounds in Scots pine (Pinus sylvestris L.). Scientific Reports, 8, 8294. 原著論文・公開全文


