バニラの香りの中心にあるのは、甘いバニリンです。それでも、バニラビーンズを嗅ぎ比べると、スモーキーさやアニスを思わせるスパイシーさなど、違う表情があります。2016年の研究は、マダガスカル、コモロ、タヒチの3試料を比べ、その違いに関わる微量成分を調べました。
どの試料でも、薄めても最後までにおいが残る成分はバニリンでした。一方、タヒチの試料ではアニス系の成分が目立ち、コモロではスモーキーなグアイアコールが強い手掛かりになりました。
三つの試料を、薄めながら嗅ぎ分ける
使ったのは、市販のバニラビーンズ各1商品です。マダガスカルとコモロはバニラ・プラニフォリア、タヒチはバニラ・タヒテンシスに属します。収穫年はマダガスカルが2010年、ほかの二つが2011年でした。
研究者たちは、過度な加熱を避けながら溶媒抽出と高真空での蒸留を組み合わせ、元の試料の特徴をよく保った香りの濃縮物をつくりました。それを4倍ずつ薄め、装置で成分を分離しながら人が嗅ぐAEDAという方法で調べています。
このときのFD値は、「どこまで薄めても、その成分のにおいが分かったか」を示します。3人のうち2人以上が捉えた段階を使いました。FD値は香りの重要な候補を探す指標ですが、成分濃度そのものでも、バニラ全体のにおいの強さでもありません。
49のにおいを持つピークがあり、そのうち36について、同定または暫定的な同定ができました。バニラで新たに報告した9成分にも暫定同定を含み、まだ正体の分からないにおいも残りました。
共通するバニリンと、それぞれの脇役
バニリンのFD値は、3試料すべてで最も高い値でした。そのうえで、ほかの成分の組み合わせを見ると、試料ごとの特徴が浮かびます。
マダガスカルの試料は、油脂やウイスキーを思わせる香りと表現されました。甘い油脂様の香りを持つ不飽和アルデヒド類のFD値が、コモロより高いという違いがありました。
コモロの試料はスモーキーな香りが特徴でした。バニリン以外では、焦げたような香りのグアイアコールが特に高いFD値を示し、その個性に関わると考えられました。同じプラニフォリアでも、成分の組み合わせは一様ではありません。
タヒチの試料は、スパイシーでアニスを思わせる香りでした。アニスアルデヒド、酢酸アニシル、アニシルアルコール、イソバニリンの4成分が特徴的に高いFD値を示しました。甘さだけでなく、チェリーを思わせる要素やスパイシーさを持つ成分が含まれています。
分子の「付いている位置」にも、違いがあった
この研究は、香りを比べるだけでなく、特徴的な芳香族化合物の構造と量も調べています。注目したのは、分子の環にメトキシ基という部分がどの位置に付いているかでした。
プラニフォリアの2試料では、論文の位置の数え方で3位にメトキシ基を持つバニリンやオイゲノールが比較的多く、タヒチでは、4位に持つアニシルアルコール、アニスアルデヒド、イソバニリンなどが多い傾向でした。
半定量分析で得られたアニシルアルコールの値は、マダガスカル8、コモロ6に対し、タヒチは1,175µg/gでした。一方、バニリンはそれぞれ6,201、8,053、1,501µg/gで、タヒチでも存在するものの、ほかの2試料より低い値でした。これらは内部標準に対する装置応答を用いた半定量値であり、香りの寄与率を表す数字ではありません。
著者たちは、この構造上の偏りから、メトキシ基をつくるメチル化酵素の働きや、生合成経路の違いを考えました。ただし、この研究では酵素活性や遺伝子を測っておらず、成分組成から立てた仮説です。
産地名だけで、香りを決めつけないために
著者たちは、熟成・乾燥などの加工条件、微生物、収穫時の成熟度も、成分差に関わる可能性を挙げています。たとえばコモロのグアイアコールの多さには、加工中の条件が影響したかもしれません。
ただし、比較したのは各産地1商品ずつで、種、収穫年、栽培条件、製造条件を個別にそろえた試験ではありません。「タヒチ産なら必ずこの比率」「コモロ産はすべてこの香り」と分類するには、もっと多くの商品を比較する必要があります。
それでも、バニリンだけの比較では見落とす、微量でにおいを持つ成分の組み合わせが、個性を考える手掛かりになることは示されました。
まとめ
3試料とも、バニリンが最も高いFD値を示しました。その共通の甘い中心に、マダガスカルの油脂様アルデヒド類、コモロのスモーキーなグアイアコール、タヒチのアニス系成分など、異なる組み合わせが重なっていました。
タヒチの試料では、アニシルアルコールなど特定の構造を持つ成分が多いことも分かりました。バニラの違いを理解するには、主成分だけでなく、少量でも感じられる成分と、その作られ方の両方を見る必要があると教えてくれる研究です。
著者3人は、論文掲載時に小川香料所属と記載されています。独立した研究資金・利益相反の申告欄は確認できませんでした。
参考文献
Shigeto, A., Hachisuka, S., & Kumazawa, K. (2016). Characterization of Potent Odorants in Three Different Cultivars (Madagascar, Comoro and Tahiti) of Vanilla Bean by Aroma Extract Dilution Analysis (AEDA). Food Science and Technology Research, 22(6), 811–816. doi:10.3136/fstr.22.811(原著全文)


