バニラに青い香りを足すと、ラム酒らしくなる?

バニラに青い香りを足すと、ラム酒らしくなる? 香りの科学

青葉を思わせる香りの成分をバニラに加えたら、青さが増すのでしょうか。香りの混合では、単独の印象からは予想しにくい変化が起こることがあります。2022年の研究では、グリーン調の成分が、バニラのラム酒を思わせる印象を強める現象が取り上げられました。

研究者たちが知りたかったのは、その変化が、匂い分子を受け止める嗅覚受容体の反応にどう表れるかです。専門家が嗅ぐ実験を出発点に、人の受容体を働かせた培養細胞を使って、香りを混ぜたときの反応の強さと時間変化を調べました。

一つずつ嗅ぐときと、バニラを背景に嗅ぐとき

まず研究者は、マダガスカル産バニラ豆から得た香りの濃縮物を、ガスクロマトグラフで成分ごとに分けました。2人のフレーバー調香師が、装置から順に出てくる成分を嗅ぎ、どんな匂いがするかを評価しました。

次に、バニラ豆の香りを嗅ぎ口へ常に流しながら、同じように各成分を嗅ぎました。この方法は「AROMATCH」と呼ばれ、単独の匂いだけではなく、背景の香りに加わったときの働きを調べるものです。

その結果、ラム酒様の印象を強める成分が六つ見つかりました。その一つが「3-オクテン-2-オン」です。単独ではグリーン調と評価されたのに、バニラの中ではラム酒らしさを強めました。また、単独ではバラのように感じられるフェニルエチルアルコールも、バニラの中ではラム酒様の印象を強めました。成分に付けた匂いの名前だけでは、混合物の中での働きが決まらないことが分かります。

コラム

3-オクテン-2-オンは、シイタケからも検出されている香り成分です。化学名だけを見ると遠い存在に感じますが、身近な食べ物にも含まれています。

今回のバニラ研究では、この成分をバニラの香りに組み合わせると、2人の調香師がラム酒を思わせる印象の強まりを認めました。単独では青い香りと評価された成分が、組み合わせの中では違う表情を見せる。成分一つの印象だけでは、混ぜた香りを予想しきれないところが面白い点です。

8成分のバニラ香で、388種類の受容体を調べる

天然のバニラ豆には多くの成分があるため、次の実験では、バニリンやグアイアコールなど8成分から作ったモデルのバニラ香を使いました。調香師は、このモデルに3-オクテン-2-オンを加えたときにも、天然の豆の香りに加えた場合と似た、ラム酒様の印象の強まりがあると評価しました。

細胞試験では、388種類のヒト嗅覚受容体を、それぞれ別の培養細胞に働かせました。モデルのバニラ香、3-オクテン-2-オン単独、両者の混合物を与え、細胞内のカルシウムの変化を蛍光として350秒間追いました。測定は5回繰り返しています。これは、388人が嗅いだ実験でも、5人の好みを調べた実験でもありません。

反応の大きさに加えて時間を追えることが、この方法の特徴です。香りを与えた後、どの受容体がどれくらい反応し、その反応がどう続くのかを比べられます。

足したのに、強まる反応と消える反応があった

とくに目立った変化は二つの受容体にありました。OR1D2は、バニラ香にも3-オクテン-2-オンにも単独では弱く反応していましたが、混合物では、それぞれの反応を足した値より大きく反応しました。

一方、OR5K1はバニラ香には反応していたのに、3-オクテン-2-オンを混ぜると、測定上の反応が検出されなくなりました。すべての受容体が一様に強くなったのではなく、反応の組み合わせが変わったのです。混合物にだけ新たに反応する受容体は見つかりませんでした。

時間的な変化もありました。バニラ香単独では、測定終了まで反応が続いた受容体は三つでしたが、混合物では、反応が抑えられたOR5K1を除く八つで、終了時まで反応が続いていました。混ぜることで変わるのは反応の有無や大きさだけでなく、続き方でもあると考えられます。

ラム酒らしさの原因まで、分かったのか

混合後の試料を化学分析しても、新しい匂い分子の生成は検出されませんでした。そこで著者らは、成分を混ぜたときの受容体への作用に注目しています。例えば、ある分子が受容体の働き方を変えて別の成分への反応を強めたり、結合を妨げて反応を弱めたりする可能性です。

ただし、どこへどの分子が結合したかを直接確かめたわけではありません。細胞で反応が二度山を作る現象についても、細胞内の複数の信号経路が関わるという解釈が示されていますが、仕組みは未確定です。

そして、OR1D2の増強やOR5K1の抑制が、そのまま「ラム酒らしさを生む原因」だと証明されたわけでもありません。官能評価を行ったのは2人の専門家で、受容体試験は培養細胞への刺激です。人が混合香をどう感じるかには、その後の神経や脳での処理も関わります。細胞の反応が長引いた結果を、肌につけた香水が長持ちするという効果へ読み替えることもできません。

著者には曽田香料、大阪大学、香味醗酵の所属者が含まれています。論文では特定の助成を受けていないことと、申告すべき利益相反はないことが記されています。

まとめ

この研究は、バニラの印象を変える一成分が、受容体の反応の組み合わせや続く時間も変えることを示しました。混合香の理解には、各成分が単独でどんな匂いかを知るだけでなく、一緒になったときにどの反応が強まり、どの反応が抑えられるかを考える必要があります。

著者らは、こうした時間変化が、人の感じる香りの広がりや余韻にも関わる可能性を指摘しています。その対応はまだ仮説ですが、強さだけでは捉えにくい香りの変化を調べる方向を示しています。次の課題は、バニラの8成分や印象を変えた成分を一つずつ組み合わせ、どの分子の組が各受容体の増強・抑制を生むのかを確かめることです。

参考文献

Yasunaga, M., Takai, E., Hattori, S., Tatematsu, K., & Kuroda, S.(2022). Effects of 3-octen-2-one on human olfactory receptor responses to vanilla flavor. Bioscience, Biotechnology, and Biochemistry, 86(11), 1562–1569. DOI: 10.1093/bbb/zbac147/原著全文。

受容体反応の表3には、2022年11月公表の訂正が反映されています。

© The Author(s) 2022. Published by Oxford University Press on behalf of Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry. 原著の権利条件。

コラムのシイタケ中の成分について:Li, W., Chen, W.-C., Wang, J.-B., et al.(2021). Effects of enzymatic reaction on the generation of key aroma volatiles in shiitake mushroom at different cultivation substrates. Food Science & Nutrition, 9(4), 2247–2256. DOI: 10.1002/fsn3.2198/原著全文。