同じ香水をつけても、時間がたつと人によって香り方が違う。2018年の研究では、その背景を、肌の上の空気に含まれる成分から調べました。8人が同じ香りの製品を前腕につけると、採取できる成分の組み合わせは時間とともに変わり、人同士の違いも広がりました。
この論文の主な目的は、肌を傷つけずに揮発成分を繰り返し採り、香料の持続や個人差を調べる分析方法を検討することです。人が嗅いだ印象の変化ではなく、まず「肌からどんな成分を回収できるか」を追った研究でした。
肌の上に小さな採取空間をつくる
参加者は20〜30歳の健康な成人8人で、男女各4人です。測定日は腕へ香水や化粧品をつけず、試験前に手と腕を水と指定の石けんで洗って乾かしました。
前腕の内側には、小さなガラス製の器具をテープで固定しました。その中に、揮発成分を捕まえる被膜を持つ細いファイバーを置きます。ファイバーが肌へ直接触れるのではなく、肌の上にたまる空気から成分を集める仕組みです。
採取時間を5〜30分で検討したうえで、15分間を採用しました。集めた成分は、ガスクロマトグラフィー質量分析で分離・分析しています。ファイバー、室内空気、テープの対照も調べ、外から混入する成分をできるだけ除きました。測定場所は共通で、室温は平均21℃、湿度は62%でした。
つける前の肌にも、複数の成分がある
製品をつける前には、8人全体で24成分が報告され、酸やアルデヒドが主な成分群でした。たとえば、ノナナールやデカナールなどが含まれます。そのうち14成分は、全員から検出されました。
同じ人の繰り返し採取で比較的安定した成分もあれば、変動しやすい成分もありました。人と人との違いを見るには、個人差だけでなく、一人の中での測定のぶれも確かめる必要があります。こうした確認も、この方法を評価する大切な部分でした。
なお、「もともとの肌の成分」と分類された中には、過去の化粧品使用に由来し得る物質も含まれます。また、同定は質量スペクトルのデータベース照合と保持指標を中心に行っており、一部には暫定的な同定もあります。
同じ製品を1マイクロリットル、2時間追う
続いて、女性向けのオー・フレーシュ製品を、前腕の内側に1マイクロリットル塗りました。最初の採取は塗布30秒後に開始し、15分間行います。さらに1時間後と2時間後にも、同じ場所から採取しました。参加者はその間、通常の事務作業をしてよいものの、塗った部分を拭わないよう指示されています。
塗布後の試料全体では、皮膚側に分類された19成分と、製品由来の32成分、合計51成分が報告されました。最初の採取では、リナロール、酢酸リナリル、リモネン、ジヒドロジャスモン酸メチルなどの信号が大きく、その後、多くの製品由来成分の信号が低下しました。
すべてが同じ速さで消えるわけではありません。たとえばβ-ピネンは1時間後には検出されなくなった一方、ジヒドロジャスモン酸メチル、ガラクソリド、酢酸リナリル、γ-デカラクトンは2時間後にも全員から検出されました。成分ごとに、時間経過を追う際の現れ方が異なっていたのです。
同じ成分が、誰の肌でも同じように残るとは限らない
参加者による違いもありました。たとえば、α-イオノンや酢酸ネリルなどは、2時間後にも検出された人と、検出されなかった人がいました。同じ量の同じ製品を同じ部位へ塗っても、時間がたつと回収される成分の構成は一様ではありませんでした。
研究者は、この違いを、成分の信号の大きさの順位からも調べました。8人を二人ずつ組み合わせると28組になります。順位相関が0.9未満なら異なる構成として区別する、という基準では、塗布直後に区別されたのは64%の組で、1時間後と2時間後はすべての組でした。
この数字は、未知の人を香りで100%当てられたという識別精度ではありません。今回の8人について、成分構成の似方が時間とともに弱くなり、分析上の違いが広がったことを示す比較です。
著者らは、皮膚の性質、空気の動き、肌上の濃度などが香料の拡散や残り方に関わると考察しています。皮膚の水分に関する測定も行いましたが、全員が正常範囲でした。水分が今回の個人差を生んだ原因だと実証した結果ではなく、成分の水へのなじみやすさ、皮膚の脂質との関係は、説明の候補です。
香調の推定と、人が感じる香りは分けて読む
研究者は、検出した製品由来成分をデータベースの香調記述に基づいて、フローラル、シトラス、ムスクなど10群へ分けました。その群ごとの分析信号を集計すると、花様の成分が中心で、初めに目立つハーブ・テルペン系が減り、時間がたつとムスクなどを含む構成へ変わる様子が描かれました。
ただし、これは人が肌を嗅いで香調を採点した結果ではありません。各成分のピーク面積は、においへの寄与率そのものではなく、成分ごとの検出感度や採取されやすさも影響します。人にとって「何時間フローラルに香るか」を決めるには、官能評価と合わせて確かめる必要があります。
塗布直後には、もともと肌から回収された成分の信号が低くなり、一部は検出されなくなりました。その後、ノナナールやデカナールなどの信号は再び増えています。著者らは皮脂の酸化や微生物による変化への影響を候補として挙げていますが、菌数や臭気評定を測った試験ではありません。この結果は、製品を塗ると測定される皮膚成分の構成も変わる、という範囲で捉えるのが確実です。
まとめ
肌の上の空気をファイバーで採る方法により、同じ香料製品を塗った後の成分変化を繰り返し測定できました。多くの製品由来成分は時間とともに信号が低下しましたが、2時間後にも全員から検出される成分もあり、残り方には個人差が見られました。
この研究の価値は、「人によって香り方が違う」という経験を、成分ごとの時間変化として調べる道具を示したことです。8人・1製品・前腕という小さな検討からの出発ですが、どの成分がどれくらい検出され続けるかを追う分析は、実際に嗅いだ評価と組み合わせて、肌の上での香りを理解する手がかりになります。
研究はScience Foundation Irelandの助成を受けました。著者らは利益相反なしと申告し、資金提供者は研究設計、データの収集・解析・解釈、原稿作成、出版判断に関与しなかったと記載しています。
参考文献
Duffy, E., Albero, G., & Morrin, A. (2018). Headspace Solid-Phase Microextraction Gas Chromatography-Mass Spectrometry Analysis of Scent Profiles from Human Skin. Cosmetics, 5(4), 62. 原著論文


