食材として親しまれるトリュフと、身を守る分泌物を出すヤスデ。一見かけ離れた二つから、ジメチルスルフィド(DMS)という同じ分子が検出されています。
これは両者を直接比べた一つの実験ではなく、目的の異なる二つの原著を結び付けた見方です。一方はトリュフを探す犬が何を手掛かりにするか、もう一方は生きたヤスデが初めに放出する成分と、その一部の細胞への作用を調べました。同じ分子を含むことと、香り全体が同じであることの違いも見えてきます。
トリュフの共通の手掛かりを探す
2022年のトリュフ研究は、犬が種類の違うトリュフを見つけられる化学的な手掛かりを探すことが目的でした。白トリュフのTuber magnatum、黒トリュフのT. melanosporum、夏トリュフのT. aestivum、T. indicumという4種と、市販のトリュフオイルを分析しました。
届いた日の試料を薄く切り、0.5gを密閉容器に入れ、40℃で15分間置いた後の気体をガスクロマトグラフィー質量分析にかけました。成分は主に質量スペクトルのデータベースと照合しています。
4種すべてで検出された成分はDMSでした。ただし、その信号が全体に占める割合は種によって異なり、ほかの成分の組み合わせも違いました。白トリュフでは2,4-ジチアペンタン、夏トリュフでは2-ブタノンと2-ブタノールなどが目立ちました。
これらの割合は分析装置のピーク面積に基づきます。少量でも強く感じる成分があるため、香りへの寄与率と同じには扱えません。市販オイルでは、生の試料と共通する成分に加え、異なる成分も見つかりました。黒トリュフを表示した試料でも、白トリュフに特徴的とされる成分が目立つという結果でした。
19頭の犬が、DMSとDMDSによく反応した
研究者は分析と文献をもとに、11成分を犬の試験に選びました。各成分を白油に25mg/Lで溶かし、白油だけの対照とトリュフオイルを加えた計13試料を、米国・スペイン・ドイツの19農家へ送りました。
農家は試料をスポンジに含ませ、地中約5cmに埋め、訓練された犬がトリュフとして反応するかを記録しました。多くの犬が普段探していたのは黒トリュフです。試料は決められた順番で、一つずつ試しました。
DMSとジメチルジスルフィド(DMDS)には、それぞれ19頭中16頭が反応しました。トリュフオイルも16頭で、ほかの単独成分より反応する犬が多いという結果です。なお、DMDSは今回のトリュフの機器分析では検出されず、過去の研究を根拠に候補へ加えられた成分でした。
一方、白油だけにも6頭が反応しました。著者らは、飼い主の足跡やにおい、天候、訓練歴などの影響を挙げています。固定された提示順や農家ごとの環境差もあるため、DMSとDMDSは有力な候補であるものの、犬が使う唯一の手掛かりとまでは確定できませんでした。
生きたヤスデからも、DMSが出ていた
2021年のヤスデ研究が着目したのは、体を溶媒に浸して抽出する従来の分析では捉えにくい、初期に空気中へ放出される成分です。沖縄で採集したOxidus gracilisとChamberlinius hualienensisの2種を調べました。
植物の残りが付いていない生きた個体を容器内に室温で40分間置き、容器内の気体100mLを三段階で濃縮して分析しました。O. gracilisは雄4匹・雌3匹、C. hualienensisは雄2匹・雌7匹を、種ごとにまとめた試料です。
DMSは両種から検出されました。さらに、α-ピネン、β-ピネン、リモネンなどのモノテルペン、フラン類も見つかっています。一部は標準物質と照合し、一部はデータベースによる推定同定でした。従来の溶媒抽出で目立っていたフェノール類やキノン類とは、異なる成分の姿が現れました。
この研究の中心的な発見は、DMSだけではありません。植物にも見られるモノテルペン類が、生きたヤスデの初期の放散物に含まれていた点が重要でした。著者らは、落ち葉などを食べることで植物由来の成分を蓄え、防御に使う可能性を論じています。ただし、餌から分泌腺への移行や、捕食者を追い払う作用を直接追跡した実験ではありません。
細胞への作用も、別の実験として調べた
ヤスデ研究では、検出された成分の標準物質を、マウス由来のマクロファージ様細胞とラット由来のPC12細胞へ加えました。50〜200µg/mLの条件で17時間作用させ、生存性と、細胞死に関係するカスパーゼ3/7の活性を測定しています。
α-ピネン、β-ピネン、3-カレンなど、一部のモノテルペンで生存性が低下し、カスパーゼ活性の上昇も見られました。著者らは、これをアポトーシスに関係する細胞死として説明しています。
この結果は、分泌物に含まれる成分の生物学的な作用を考える材料です。培養細胞へ成分を直接加えた条件なので、ヤスデのにおいを嗅ぐ場合や、トリュフを食べる場合の影響へ、そのまま置き換えることはできません。共通のDMSから、トリュフの危険性を導く結果でもありません。
同じ分子でも、組み合わせと役割は変わる
トリュフ研究では、DMSは犬の探索を支える候補でした。ヤスデ研究では、さまざまな初期放散成分の一つでした。この二つを並べると、ある生物に特徴的なにおいの手掛かりが、その生物にしか存在しない分子とは限らないことが分かります。
どの成分が、どのくらい、何と一緒に出るのか。そして、それを嗅ぐ生き物が何を学び、どう反応するのか。分子名が共通でも、香りの全体像や働きは、その組み合わせの中で考える必要があります。
まとめ
別々の研究で、トリュフ4種と生きたヤスデ2種からDMSが検出されました。トリュフを探す犬はDMSとDMDSによく反応し、探索の手掛かりとしての重要性が示唆されました。一方、白油にも反応があったため、犬の反応を決める条件はさらに検討が必要です。
ヤスデ研究は、初期に放出されるモノテルペン類の存在と、一部の成分が培養細胞に示す作用を明らかにしました。同じ分子が意外な場所に見つかることを入口に、においは成分の組み合わせと、それを受け取る側の反応の両方で理解できると教えてくれます。
トリュフ研究はドイツ政府の特別基金を通じたLandwirtschaftliche Rentenbankの資金で行われ、研究当時、共著者1名はsglux SolGel Technologiesに所属していました。ヤスデ研究には独立した資金声明は見当たりません。両論文とも著者らは利益相反なしと申告しています。
参考文献
Epping R, Bliesener L, Weiss T, Koch M. Marker Substances in the Aroma of Truffles. Molecules. 2022;27:5169. 原著論文
Taira J, Tamashiro M, Naka K, Gakiya S, Taira K. Initial defensive secretory compounds emitted from the live millipede and the induction of apoptotic cell death. Scientific Reports. 2021;11:8222. 原著論文


