バナナを思わせるにおいが、ミツバチにとっては仲間を防衛に集める合図になる。その主要成分が酢酸イソアミルです。2021年の研究では、この警報成分を濃くするほど刺すハチが増える一方、非常に高い濃度では、逆に刺す割合が下がることが分かりました。
研究者は行動実験に加え、集団として生き残ることを評価するコンピューターモデルをつくりました。警報を強めるだけでなく、無駄な犠牲を抑える反応がどのような環境で生じるかを探った研究です。
警報は「あるかどうか」だけでなく、濃さも情報になる
ミツバチの刺針に伴う警報フェロモンは、40種類を超える成分の混合物です。仲間が刺すたびに放出されるため、その場の濃さは、危険の存在だけでなく、すでに何匹ほどが防衛に参加したかの手掛かりにもなり得ます。
この研究は、濃度によって一匹の刺す反応がどう変わるかと、その反応の仕方が集団防衛にどう役立ち、どのような進化的な圧力で形づくられるか、という二つの問いを結び付けました。
実際の刺針と、合成した主要成分で確かめた
実験には、ドイツのコンスタンツ大学で飼育され、巣の防衛に反応していたセイヨウミツバチを使いました。一匹ずつ容器に入れ、黒い革で覆った回転する標的に対して刺すかどうかを調べました。姿勢を観察し、最後に革へ刺針が残っていることでも確認しています。
最初の実験では、採取した刺針を標的に0〜7本置きました。3群から計756匹を調べ、標的だけでは約20%だった刺す割合が、刺針7本では約60%へ上がりました。群による刺しやすさの違いはあっても、刺針を増やすと反応が強まる傾向は共通していました。
ただし、刺針を置く方法では高濃度まで調べにくいため、次に主要成分の酢酸イソアミルを使いました。鉱油で薄めた液を濾紙に載せ、そのにおいを気流で送ります。濃度は液体中で0〜100%の8条件です。これはハチが吸う空気中の濃度を示す数字とは異なります。
この実験の匹数には、方法欄の合計384匹と、図説明の各濃度72匹という記載の食い違いがあります。ここでは条件ごとの匹数を確定せず、報告された反応の方向と比較を中心に読みます。
濃くなるほど刺す、という関係は途中で変わった
酢酸イソアミルの0〜25%条件では、濃度が上がるほど刺す割合も増えました。ところが50%と100%では低下し、25%に比べて100%で刺す割合が低いという差は統計的にも認められました。
つまり、警報への反応は単純な右肩上がりではありませんでした。低〜中濃度では仲間を集める方向に働き、非常に高い濃度では反応が弱まる、二段階の形を示しています。
各ハチを試したのは一度ずつです。同じ一匹が濃度の上昇を追いながら、途中で刺すのをやめた様子を観察したわけではなく、濃度ごとに刺す個体の割合を比べた結果です。
集団が生き残るモデルで、警報の意味を探る
モデルでは、基本となる100匹の仮想のハチが、警報の濃さに応じて「刺す」「刺さない」を選びます。一匹が刺すと警報が増え、その個体は失われます。一方、捕食者もハチを殺し、ある回数刺されると攻撃をやめる設定です。
評価するのは、最後に何匹が生き残ったかでした。よい集団成績につながる反応が引き継がれるように計算を繰り返します。ここでいう学習は、一匹が経験から学ぶ場面ではなく、世代を重ねる選択を表すための仕組みです。
この方法により、敵がいないのに警報が出る頻度、敵の手強さ、敵を見つける早さ、退却を確認するまでの時間を変え、それぞれが反応に及ぼす影響を切り分けました。
誤報と敵の手強さが、反応の形を変えた
誤報の多い環境では、警報成分がない段階で刺す確率が低くなりました。落ちた枝や通り過ぎる動物にまで毎回反応すると、集団が不必要に消耗するためです。その一方で、本当に仲間が刺して警報が増えたときには、速やかに防衛を強める反応が生まれました。
反応が高く保たれる濃度の範囲には、遭遇する敵のうち、最も多く刺さなければ追い払えない敵が強く影響しました。弱い敵に出会うことが多い条件では、高濃度での反応が弱まり、手強い敵に対する生存成績も落ちました。
さらに、敵の退却を目で確認するまでに時間がかかる条件では、高濃度の警報を手掛かりに刺す反応を抑える傾向が生じました。すでに十分に刺していても退却が見えない間、攻撃を続けてしまう損失を減らす仕組みとして説明できます。
ただし、著者らは別の説明も残しています。自然界ではそれほど高い濃度に遭遇せず、その範囲に適した反応が進化していないため、モデルの初期の反応に戻る可能性です。高濃度での低下を、ただ一つの仕組みに確定したわけではありません。
防衛範囲や、地域による違いにもつながる
敵を早く見つける設定では、低い刺す確率でも、敵に殺される前に追い払いやすくなりました。ただし広い範囲を守ると、敵がその範囲から出るまでにも時間がかかります。モデルでは、広い防衛範囲は手強い敵に、狭い範囲は追い払いやすい敵に有利という違いが現れました。
研究者は、欧州系とアフリカ系のミツバチの反応を比べた既報データとも照合しました。より頻繁に、より手強い捕食者に遭遇する設定は、アフリカ系で知られる強い防衛反応を説明する方向に働きました。この部分は新たな地域比較実験ではなく、既報とモデルの比較です。環境ごとの実際の捕食頻度などを集め、予測を確かめることが次の課題になります。
まとめ
ミツバチは警報成分が増えると刺しやすくなりますが、今回の実験では非常に高い濃度で刺す割合が下がりました。警報の濃さには、仲間を集めることに加え、すでに進んだ防衛の程度を伝える役割も考えられます。
集団の生存を評価するモデルでは、誤報の多さが最初の慎重さを、最も手強い敵が反応を高く保つ範囲を、退却確認の遅れが過剰に刺す行動を抑える反応を形づくりました。においによる集団行動を、個体の反応と進化の両方から考える手掛かりを示した研究です。
研究はドイツ研究振興協会、オーストリア科学基金、コンスタンツ大学、バーデン=ヴュルテンベルク州の研究支援、フォルクスワーゲン財団などの助成を受けています。著者らは利益相反なしと申告しています。
参考文献
López-Incera A, Nouvian M, Ried K, Müller T, Briegel HJ. Honeybee communication during collective defence is shaped by predation. BMC Biology. 2021;19:106. 原著論文


