香水は肌のまわりの空気を変える?

香水は肌のまわりの空気を変える? 香りの科学

香水を肌につけると、香料が空気へ移って鼻に届きます。その間、肌のまわりではどんな化学反応が起きているのでしょうか。2025年にNora Zannoniらが調べたのは、香水やボディローションが、人の体の近くで生まれる「酸化する力」をどう変えるかでした。

研究の中心にあるのは、ヒドロキシルラジカル、略してOHという反応性の高い化学種です。研究者は人がいる実験室の空気を測定し、化学反応と空気の流れのモデルを組み合わせました。その結果、香水の香り成分だけでなく、溶剤のエタノールやローションの成分が、OHの量を大きく左右することが分かりました。

肌のまわりに生まれる「酸化場」とは

室内に入ってきたオゾンは、皮脂に含まれるスクアレンなどと反応します。そこでできる物質の一部が空気中へ放出され、さらにオゾンと反応してOHを生みます。こうして体のまわりにできる、OHによる酸化反応が起こる領域を、著者らは「人体の酸化場」と呼んでいます。

これは体を包む目に見える膜でも、肌の老化の程度を示す数値でもありません。周囲の空気に含まれる化学物質が、別の物質へ変わっていく反応の場です。以前の研究ではパーソナルケア製品の使用を制限して調べていたため、今回の研究では、実際の暮らしで使う香水やローションがその場に加わったら何が起きるのかを問いました。

4人がいる部屋で、製品あり・なしを比べる

実験に使ったのは22.5立方メートルの室内実験設備です。各実験では19~27歳の男性4人が座り、温度は約26℃、相対湿度は約25%、換気回数は1時間に2.9回に設定しました。オゾンのない条件と、人がいる室内でおおむね38~45 ppbとなるオゾンを加えた条件を調べています。

ローションと香水は、それぞれ別の参加者群で試しました。ローションの実験では、無香料の市販品を4人の露出した皮膚に塗り、塗らない基準条件と比較しました。香水の実験では、市販の「ck one」を、在室する4人のうち2人の両手の甲に各1噴霧しました。入室の5~7分前につける条件に加え、室内にいる間につける条件も設けました。

測ったのは、空気中の揮発性有機化合物、オゾン、そして空気中の物質がOHをどれほど速く消費するかという「OH反応性」です。OH濃度そのものは、生成と消費がつり合うという仮定のもと、これらの測定値から計算しました。さらに、化学反応モデルで製品の有無を比較し、流体のモデルで体のまわりの濃度分布を推定しています。

香水では、香り成分よりエタノールが効いた

香水に含まれるリモネンなどのテルペン類は、オゾンと反応してOHをつくる一方、OHと反応してそれを消費することもあります。そのため、香り成分だけを見ても、OHが増えるのか減るのかは決まりません。今回重要だったのは、それよりはるかに多く放出されたエタノールでした。

室内で香水をつけた直後、エタノールは約3,740 ppb、モノテルペン類の合計は約10.6 ppbに達しました。その時点でOHの消費に最も大きく寄与したのはエタノールで、計算上の寄与は76%でした。測定値から推定したOH濃度は、香水をつけた時点で約86%低下しました。香り成分によるOHの生成よりも、主にエタノールによる消費が上回ったという説明です。

ただし、この大きな変化は噴霧直後の条件で起きています。入室前に香水をつけた実験では、揮発しやすい成分の多くが入室前に空気へ移ったとモデルは示し、入室後のOHへの影響は小さくなりました。また、室内で噴霧した条件でも、換気によって成分が排出され、OH反応性は30分ほどで約3分の1に下がりました。「香水をつけている」という同じ状態でも、つけてからの時間と、どこでつけたかが違いを生みます。

ローションは、つくる側と消費する側の両方を変える

ローションでは、配合成分のフェノキシエタノールなどが空気中へ出てOHを消費しました。それに加えて、OHが生まれるまでの経路にも変化がありました。皮脂の酸化でできる6-MHOという物質は、OHの重要な発生源になりますが、ローションを塗った条件では、基準条件より定常状態の室内濃度が34%低くなっていました。

著者らは、ローションによって皮脂の成分が薄まり、オゾンと皮脂が反応しにくくなったためと解釈しています。モデルでも、ローションと皮脂が混ざることを仮定して、この過程を扱いました。つまりローションは、OHを消費する成分を加えると同時に、そのもとになる物質の供給も減らしたと考えられます。

香水とローションを併用するシミュレーションでは、直後は香水の影響が強く、時間がたつとローションの影響がより重要になりました。エタノールが速く空気へ移り換気で除かれるのに対し、ローション中のフェノキシエタノールは比較的ゆっくり放出されるためです。この併用の時間変化は、モデルから得られた結果です。

OHが減れば、体によいということ?

著者らがこの変化を重視するのは、OHが室内の化学物質を変え、私たちが吸い込んだり皮膚に触れたりする物質の種類や量にも関わるからです。空気の流れを組み込んだモデルでは、製品から出た成分が体温で生じる上向きの流れに乗り、呼吸する位置の近くに集まる様子も示されました。部屋全体の平均だけでは、顔の近くの空気を十分に表せない可能性があります。

論文では、酸化によってできた物質は、もとの物質より水に溶けやすくなり、肺の液体へ移りやすくなる場合があると論じています。そのため、OHを抑えることが一部の有害な反応生成物を減らす可能性を著者らは指摘しました。一方で、酸化が毒性を下げる場合もあり、製品そのものから出る成分への曝露も考慮する必要があるとしています。

この実験は、健康症状、肺への影響、香りの強さや快・不快を測った試験ではありません。調べた製品は香水1種類とローション1種類で、若い男性がいる限られた室内条件です。著者らはエタノール系香水などへの広がりを予想していますが、すべての製品を実測したわけではありません。OHの減少だけから、香水やローションを健康のために使うべきだとも、使うと危険だとも結論できません。

まとめ

香水やローションは、肌からただ蒸発するだけではありません。皮脂とオゾンから始まる反応に加わり、OHが生まれる速さと消費される速さの両方を変えます。今回の香水では噴霧直後のエタノール、ローションでは皮脂との相互作用とゆっくり放出される成分が、その違いを説明しました。

この研究が示したのは、人のまわりの空気を理解するには、香り成分の名前だけでなく、溶剤、皮膚に残る製品、使用後の時間、換気を一緒に考える必要があるということです。次の課題は、その変化によって呼吸する位置に実際にどの物質が生じ、それぞれがどんな影響をもつかを確かめることにあります。

参考文献

Zannoni, N., Lakey, P. S. J., Won, Y., Shiraiwa, M., Rim, D., Weschler, C. J., Wang, N., Arnoldi-Meadows, T., Ernle, L., Tsokankunku, A., Bekö, G., Wargocki, P., & Williams, J.(2025). Personal care products disrupt the human oxidation field. Science Advances, 11(21), eads7908. DOI: 10.1126/sciadv.ads7908 / 原著全文。

原著:© 2025 The Authors. Exclusive licensee: American Association for the Advancement of Science. CC BY 4.0。