Raer Scents(レア・センツ)——植物の荒々しさを、ベルリンの輪郭に封じ込める

レア・センツの01 Nagarmothaと植物の根、コンクリート建築で表現したベルリン発ブランドの世界観。 ブランド創業者

「大胆で個性的、しかも公正に取引された天然素材の香りが欲しかった。見つからなかったので、自分で作った」
テッド・ローン(創設者・調香師)

Raer Scents(レア・センツ)は、植物から得た香料だけで現代的な香水を組み立てる、ベルリンの独立系香水ブランドである。その根をたどると、旧名AER Scents(エア・センツ)で活動していた時代に行き着く。ファッション、グラフィックデザイン、ベルリンの地下文化、そして二人の友人による共同制作。いくつもの世界が交わったところから、この香りは生まれた。

現在、創設者として紹介されるのはテッド・ローンである。一方、2018〜2020年ごろのエア・センツの記事には、テッド・ヤング=イングとシュテファン・ケールの二人が登場する。名前が違うように見えるが、ローンはかつてヤング=イング名義で紹介されていた人物だ。今のレア・センツを知るには、テッドを中心にした現在の活動と、二人で始めた初期の仕事、その両方が欠かせない。

基本情報

ブランド名: Raer Scents(レア・センツ、旧称AER Scents〈エア・センツ〉)
設立年: 2017年
創設者: テッド・ローン(Ted Rohn)。旧資料ではテッド・ヤング=イング(Ted Young-Ing)名義が使われている。創業初期にはシュテファン・ケール(Stefan Kehl)が共同創設者・調香の中心人物として記録されている。
拠点: ドイツ・ベルリン
公式サイト: https://www.raerscents.com/

出生地や生年月日、学生時代を細かく並べた年譜よりも、テッドの輪郭を伝えるのは、香りの記憶と、デザインの現場で積み重ねた仕事である。ヤング=イングとローンという二つの名、エアからレアへというブランドの変化。名前が変わった理由を想像で埋めるより、その前後でつくり続けてきたものに目を向けたい。

創設者とブランドの成り立ち

香水の記憶から、デザインの世界へ

テッド・ローンにとって、香水は後から選んだ商材ではなかった。彼が原風景として挙げるのは、父の洗面台にあったアラミス、外出前に母が吹きかけたパトゥ、そして自身で初めて所有したジェフリー・ビーンのグレイ・フランネルという三つの記憶である。

「香水には記憶を呼び起こす力がある。父のアラミス、母が出かける前につけたパトゥを覚えている」
テッド・ローン

ただし、彼が最初に専門性を築いたのは調香ではなく、視覚デザインであった。ロンドンのブランディング会社The Partners(ザ・パートナーズ)でグラフィックデザイナーを務め、その後、トム・フォード時代のグッチとイヴ・サンローランでアートディレクターとなり、複数の香水プロジェクトに関わった。さらに家具小売のハビタでクリエイティブ責任者、自転車用品ブランドのブルックス・イングランドでアートディレクターを務め、ヴィンテージ自転車イベント「Tweed Run(ツイード・ラン)」も立ち上げている。

ロンドン、パリ、ニューヨーク、ロサンゼルス、バンクーバーなどで暮らし、働いた経験を持つが、ベルリン移住の直接の理由は仕事ではなく「愛」だった。本人によれば、オーストリア人の夫が暮らすベルリンとロンドンを往復するうち、帰るたびにベルリンから強い刺激を受ける自分に気づいたという。同じころ、友人のシュテファン・ケールもニューヨークからドイツへ戻り、二人とも新しいプロジェクトを探していた。

ファッション業界で得た最大の教訓について、テッドは「完璧さの追求」と、商品単体ではなく周囲の空間まで含めて考える包括的なデザイン観を挙げている。のちのレア・センツで、香料だけでなく、名称、ラベル、アトリエ、資材調達まで一つの思想として扱う姿勢には、この経歴がそのままつながっているように見える。

一本の香水から始まったエア・センツ

始まりは、欲しい香水が見つからなかったことだった。ブランドが語るのは、テッドがモダンで特別、しかも天然素材で持続可能な香水を求め、友人と最初の試作品をつくったという物語である。その友人、シュテファンは2019年の共同インタビューで、長年の友人だったテッドのために香水をつくったと振り返っている。二人ともその出来を気に入り、これをブランドにできるのではないか、と考えたのだ。

「テッドのために香水を作った。とても気に入り、このブランドを形にできると思った」
シュテファン・ケール

エア・センツは2017年末、ベルリンで動き始めた。翌年の紹介記事は、テッド・ヤング=イングと、メイクアップアーティストでもあったシュテファン・ケールが2017年12月に設立したと伝えている。最初の香りは、ナガルモタ、ケード、アンブル、シダーの4作。現在のプロフィールではテッドに光が当たるが、この最初のコレクションには、二人でブランドを立ち上げた時代が刻まれている。

当時のインタビューを読むと、テッドはデザインとブランドづくりの経験を、シュテファンは天然エッセンスの研究と、テッドに贈った最初の香水について語っている。ただ、その語りだけで「見た目はテッド、香りはシュテファン」と担当を決めつけることはできない。テッドの視覚とブランド設計の感覚、シュテファンの天然香料への探究。その重なりから、初期のエア・センツは形になっていった。

テッド自身も調香を学び、自身のプロフィールでは「短期間ISIPCA(イジプカ。フランスの香水・化粧品専門教育機関)に在籍した以外は、ほぼ独学」と説明されている。創作過程について旧ブランド期には、着想と試作に数学的な設計を組み合わせ、試作品を熟成させるたびに約1週間待ち、数週間から数か月にわたって比率を調整すると語っていた。

「香水を作ることは、半分が芸術で、もう半分が科学である」
テッド・ローン

2019年にはホワイト・ペッパーとイランイランが加わり、初期の4作から6作へと広がった。その後も番号を付した作品が増え、現在の公式コレクションは01から10までの10作で構成される。

エアからレアへ

数年をかけて、すべての香水の処方を見直し、原料の品質を高め、ブランドの方向性も練り直す。その変化に合わせて、名前もエアからレアへ変えた。旧公式サイトには、そうした再出発の言葉が残っている。2024年3月のフレグランティカでも、すでに改名したブランドとして紹介されていた。改名の正確な日付や新しい名前の語源よりも、この数年間のつくり直しが、レアという名前の背景にある。

この再編で、旧作は単に名前を引き継いだのではなく、素材や処方も更新された。商品ページには、ナガルモタが2023年5月、シダー+ジンジャーが同年4月に現在の処方になったと記されている。ホーリー・バジル、ジャスミン+パンダンも2024年に登場した後、現在は2025年9月版へと進んでいる。ロゴだけを変えるリブランディングというより、処方と調達のあり方まで含めた再出発だったのである。

今のレア・センツで、創設者兼調香師として紹介されているのはテッドだ。ただし、現在の肩書きからさかのぼって、初期の香りまで彼一人の仕事だったことにはできない。シュテファンと重ねた共同制作と、処方を更新してきた現在の活動は、それぞれの時代のものとして見る必要がある。二人の役割や運営体制の変化を、単純な交代劇として語るのは難しい。

ブランドのこだわり

「100%ボタニカル」の意味

レア・センツが掲げる「100% botanical(100%ボタニカル)」は、植物から取り出した香料を用い、アルコールにも植物由来のものを選ぶという姿勢である。合成香料や石油化学由来の香料、着色料、合成の保留剤には頼らず、オーガニック穀物からつくるエタノールを使う。製品はヴィーガン、クルエルティフリーで、生分解性も備えるとブランドは説明している。

ブランドはこれを「ケミカルフリー」とも表現する。ただ、花の精油も、木や樹脂の香りも、科学の目で見ればさまざまな化学物質の集まりだ。化学物質そのものが存在しないわけではない。レア・センツが選んでいるのは、蒸留や圧搾、二酸化炭素による抽出などで植物から香りを取り出し、合成アロマケミカルを使わずに組み立てる方法なのである。

天然素材だけで作ることを、合成香料への単純な優劣としては語っていない点も興味深い。エア・センツ時代のインタビューで、テッドは天然香水と分子香水は「良い・悪いではなく、異なる」と述べている。ただし、天然のブルガリアンローズが持つ多数の芳香分子による複雑さを、自らの創作では重視している。

原料を「どこから買うか」

ブランドは農家や小規模生産者と直接取引し、栽培・採取の持続可能性だけでなく、生産者への公正な支払いも選定条件としている。ビジネスパートナーのシンシア・チュアは南フランスの農場に投資し、ブランドが農家とともに有機原料を育てられる体制を支えたという。一部原料はチーム自ら野生採取している。

「香水産業の持続可能性を、包装だけの話にしてはいけない。原料について話す必要がある」
テッド・ローン

レア・センツは、自らの調達方針に照らして、持続可能ではないと判断したウードやヒノキを使用せず、インド産サンダルウッド、パラグアイ産グアイアックウッド、モロッコ産アトラスシダーは管理された供給源から調達する。抽出後に廃棄されるバイオマスから再抽出したベチバーなど、アップサイクル原料も採用している。シダー+ジンジャーに使うシダー油は、米国の製材所で生じる端材、木屑、削り屑から抽出される。

持続可能性は、まずブランド自身が掲げる調達の基準である。農家ごとの認証や取引先、調達量、製造から廃棄までの環境負荷など、仕組みの全体までは見えてこない。レア・センツも、内容物の約85〜95%はオーガニックと説明する一方、完成品そのものに有機認証があるとはしていない。野生で採取するものや、伝統的な農法で育てるものも含め、素材ごとの違いを抱えたまま香りをつくっているのだ。

時間をかける製造

ベルリンのアトリエでは、まず天然香料の濃縮物を調合し、14℃の暗所で最低6週間マセレーション(香料同士をなじませる熟成工程)する。その後、エタノールとブレンドし、低温ろ過を経て、手作業で瓶詰めする。

アトリエには世界各地から集めた約1,000種の天然香料サンプルがあり、大量の原料は紫外線を遮る5℃の冷蔵庫で、酸化を抑えるためアルゴンガスに覆って保管される。瓶詰め後の香水も出荷まで冷蔵されるという。小規模ブランドの「手作り」という言葉を、設備・温度・時間まで具体的に説明している点は、レア・センツらしい透明性である。

香りとデザイン

ブランドが着想を得るのは、バウハウスの伝統とベルリンのエネルギーである。目指すのは「希少な伝統素材によるモダンでリニアな香り」。リニアとは、トップ、ミドル、ベースが劇的に入れ替わるというより、核となる素材やアコードが比較的一貫して見える構成を指す。番号と中心素材をそのまま組み合わせた製品名も、装飾的な物語より材料の輪郭を前へ出す設計である。

包装は最小限かつリサイクル可能にする方針で、金属キャップから手作りの黒い磁器キャップへ変更した。紙・段ボールはFSC(エフエスシー)認証材と再生材を含み、藻類由来のインクを使い、包装材は欧州で生産する。一方、スプレーのプラスチック製チューブには実用的な代替が見つかっていないとも率直に説明している。

ボトル、ロゴ、パッケージまで含めてひとつのブランドを考える。その姿勢は、テッドがデザインの現場で重ねてきた仕事とつながっている。ただし、ブランド全体の設計と、個々の造形物を誰が手がけたかは別の話だ。一人の作者名ですべてをくくるより、香りから外観まで通じる簡潔な輪郭に、彼の美意識が見えてくる。

香水ラインナップ

現行の中心は、レア 01からレア 10までの番号付き10作品である。各作品は一つ、あるいは複数の主役素材を名に掲げる。複雑な天然香料を使いながら、入口となる素材を明快にしたコレクションである。

土、木、煙、樹脂

  • レア 01 ナガルモタ: インド産ナガルモタ根の暗く麻酔的なウッディさを中心に、パチョリ、マクルットライムの葉、ベチバー、フランキンセンス、アトラスシダーを重ねる。土っぽさの中に鋭い緑と柑橘が走る、ブランドの出発点である。
  • レア 02 ケード+フランキンセンス: 焼いた木を思わせるフランス/スペイン産ケードと、ソマリア産フランキンセンスが核。トルコ産ローズ、グアイアック、バニラを加え、煙、革、蜂蜜様の甘さを作る。
  • レア 03 アンブル+サンダルウッド: ここでいうアンブルは合成アンバーではなく、ペルーバルサム、ストラックス、アミリスなど、樹脂や木の素材を合わせたアコードである。マイソール産サンダルウッド、ブルガリアンローズ、マグノリアの葉が、バルサミックな甘さにクリーミーさと青さを与える。
  • レア 04 シダー+ジンジャー: バージニアシダーを中心に、ジンジャー、ベルガモット、ラベンダー、ピンクペッパーを合わせた明るいウッディ。製材副産物由来のシダーを使う点でも、調達思想が見えやすい。
  • レア 05 ブラック+ホワイト・ペッパー: 古典的なフゼアを、黒胡椒と白胡椒、イモーテル、タバコ、トンカ、ガルバナム、オークモスで組み替える。辛さだけでなく、乾いた緑、金属感、革、甘さが交差する。

花と触感

  • レア 06 チュベローズ+イランイラン: 植物性油脂を使うアンフルラージュ(花を油脂に接触させて香りを移す伝統抽出法)のチュベローズと、コモロ諸島産イランイランによる濃密な白花。ジャスミンサンバック、オレンジブロッサム、スモーキーなベチバーが、古典的な白花を硬質に整える。
  • レア 07 オリス+カカオ: トスカーナ産オリス根の粉っぽさと、カカオ豆の滑らかな苦甘さを対置する。オリス根は収穫後に皮をむき、乾燥させ、香りの核となるイロンが形成されるまで地下室で3年間熟成されるという。
  • レア 08 ラブダナム+オーク: ワイルドラブダナムの樹脂感と、10年以上熟成させたイングリッシュオーク抽出物が中心。エレミ、ブラックペッパー、カルダモン、オスマンサス、マテが、ラムレーズンを思わせる木の甘さを囲む。

緑と再生

  • レア 09 アンジェリカ・ルート: ベルギー産アンジェリカ根、ジュニパーベリー、レモン、ストーンパイン、オークモス、ミルラを用いた、ジン&トニックを思わせる立ち上がりと湿った根の奥行きを持つ香りである。
  • レア 10 ホーリー・バジル、ジャスミン+パンダン: シンガポールのモンスーンの高揚感を着想源に、ホーリーバジルとタイ産パンダンの青い葉、フランス産ジャスミン、グリーンマンダリン、アラスカ産シダーを組み合わせる。番号順の終点というより、ブランドがアジアの食香・薬草香へ視野を広げた作品と捉えられる。

10作は単独使用だけでなく、重ね付けできるよう設計されている。公式ディスカバリーセットには10作品すべてのサンプルが入り、天然香水特有の肌上での変化や、自分に合う持続・拡散の程度を比較できる。ブランドは持続時間の目安を少なくとも約6時間、シヤージュ(香りの拡散範囲)を個人空間に収まる程度と説明しているが、天然香料ゆえ肌質や使用量による差が大きい。

定番10作の外には、15WEST(フィフティーン・ウエスト)との協業による特別版ネロリ+カンナビスもある。香水データベースのパルフモでは2025年の作品として紹介され、モロッコ産ネロリ、エストニア産カンナビス、グリーンマンダリン、オリスなどが並ぶ。定番シリーズとは別のコラボレーションとして、花と青い葉を組み合わせるもうひとつの表情が伝わってくる。

ちなみに……

現在のアトリエは、ベルリン女性芸術家協会が使用した、歴史的建造物の最上階にある。ブランドが紹介する建物の歴史では、この協会はドイツ初の女性向け絵画学校を運営しており、レア・センツは建物の歴史に敬意を表して、香水ワークショップだけでなく美術展も定期開催している。

川を挟んだ向かい側には、ミース・ファン・デル・ローエが設計した新ナショナルギャラリーがある。バウハウスの伝統を制作の手がかりにするブランドにとって、その系譜に連なる建築が日常の風景のなかにある。香りをつくるアトリエと、近代建築の端正な輪郭。ベルリンという街が、その二つを近くに置いている。

テッドの美意識は、バウハウス的な清潔さだけではない。若いころはナイトクラブや音楽会場に通い、地下文化の感覚を身につけていった。自身のプロフィールで語られる美学は、ハイとロー、予想外のもののグラマラス化、強い対比、「エッジのある美」が重なるものとして説明されている。レア・センツの香りが、天然香水にありがちな穏やかな草花のイメージだけでは終わらず、煙、土、焦げ、苦味、動物的な胡椒へ向かう理由は、この背景からも読み取れる。

レア・センツは、天然であることを「優しい香り」の言い換えにはしていない。むしろ、植物が本来持つ粗さ、複雑さ、産地による差を残し、それをベルリン的な直線性で組み立てる。二人で始めたエアの時代から、テッドを中心にした現在のレアへ。その間にも、原料、製造、包装に向き合い、まだ理想どおりにはいかない部分まで言葉にする姿勢が続いている。試すなら、最初から好みの香調に決め打ちするより、ディスカバリーセットで土、煙、花、樹脂、青い葉のどこに身体が反応するかを確かめるのが、このブランドには似合っている。

参考文献