アラミス(Aramis)――男性の香りの常識を変えた、最初のプレステージ・ブランド

アラミスの世界観と代表製品「Aramis Classic Eau de Toilette 110 ml」を表現したブランドイメージ

「アラミスは、男性も良い香りをまとい、なめらかな肌を持てると、男性たちに伝えた。」

— エスティ ローダー カンパニーズ 公式ヘリテージより

基本情報

  • ブランド創設:1963年(ニーマン・マーカスで初披露。1964年に独立した事業部門を設立)
  • 創設者:エスティ・ローダー(Estée Lauder、本名:ジョセフィン・エスター・メンツァー)
  • 公式サイト:https://www.elcompanies.com/en/our-brands/aramis

創設者・ブランドの成り立ち

エスティ・ローダーという人物

アラミスという男性向けフレグランス・ブランドを理解するには、その生みの親であるエスティ・ローダーを知らなければならない。

エスティ・ローダーは、ニューヨーク州クイーンズに移民の子として生まれた。幼少期に転機をもたらしたのは、ハンガリーから訪ねてきた叔父、ジョン・ショッツ博士との出会いだった。叔父は化学者で、自宅のキッチンで肌に良いクリームを手作りしていた。彼女は自著 『エスティ:ア・サクセス・ストーリー(Estée: A Success Story)』(1985年)のなかでその体験を次のように振り返っている。

「叔父は今まで出会ったどんな人よりも私の心を捉えた。叔父は私を理解してくれた。そしてさらに、奇跡を起こしてくれた。叔父は秘密のレシピをもとに、魔法のようなクリームをつくった。それは肌を絹のように柔らかくし、小さな欠点をすっと消してしまう、まさに魔法の薬だった。」

この体験が、後の美容帝国の礎となった。1946年、夫のジョゼフ・ローダーとともにエスティ ローダー社を設立。資金はわずかであったため広告費を費やせず、代わりにサンプルを配る「テル・ア・ウーマン(口コミ)マーケティング」戦略を生み出した。1947年にはサックス・フィフス・アベニューから初の百貨店注文を獲得したと公式年表に記されている(初出店を1948年とする資料もある)。その後、1953年にはバス・オイルと香水を兼ねた「ユース・デュー(Youth Dew)」を発売。同製品は発売初年に5万本が売れ、会社を多百万ドル規模へと押し上げた。

男性市場という「未開の地」への着目

1960年代に入り、エスティ・ローダーは自社ブランドの世界展開を加速させる一方、女性向けコスメ市場のさらなる成長に加えて、「男性」という未開拓の巨大市場に目を向け始めた。当時、香水や化粧品は女性のものという認識が支配的で、男性向けにデパートで広く展開されるプレステージ・フレグランスは、まだ十分に確立されていなかった。

そこでエスティ・ローダーは大胆な賭けに出た。男性用のフレグランスとグルーミング製品を、これまで女性化粧品の独壇場であったデパートのカウンターに並べる——というビジョンである。

ローンチの経緯:サンプルから生まれた男性市場

1963年、エスティ・ローダーは特有のマーケティング手法でアラミスの男性市場参入を仕掛けた。女性客向けの「ギフト・ウィズ・パーチェス(購入者特典)」の袋のなかに、アラミスの小さなサンプルボトルを忍ばせたのである。「女性たちがそれを夫や彼氏に手渡してくれる」という目論見だった。

同年11月18日、アラミスはダラスのニーマン・マーカスで正式デビューを果たした。発表の場を仕切ったのは、エスティの長男レナード・ローダーだった。地元テレビへの出演も同日行われ、アラミス初のラインナップ5品——シグネチャー・コロン、スプレー・シャワー・オイル、デオドラント、バス・ソープ、スキン・コンディショナー——が世に出た。パッケージはエスティ ローダー本体を想起させるブラウンの箱に、「ローダー・ブルー」のストライプをあしらったデザインだった。

その後1964年には「アラミス・インク(Aramis, Inc.)」として独立した事業部門として設立され、1965年には英国ロンドンのハロッズ百貨店で独占先行発売された。

エスティ ローダー カンパニーズの公式ヘリテージは、このブランドに掲げられたタグラインを次のように記している。

「”Real Men Use Scent”(リアル・メン・ユーズ・セント/本物の男性は香りをまとう)――アラミスは、男性も良い香りをまとい、なめらかな肌を持てると、男性たちに伝えた。」

調香師ベルナール・シャン:アラミスを生んだ天才

アラミスの香りを創ったのは、IFF(インターナショナル・フレーバーズ・アンド・フレグランシーズ)のヘッド・パフューマーを務めたフランス人調香師、ベルナール・シャン(Bernard Chant)である。

チャントはパチョリを基軸とした「シプレ(chypre)系」——シトラスとオークモスと木材・皮革が織りなす複雑な香りの構造——の達人であり、その作品は「表情を抑えながら、なお圧倒的な存在感」を放つことで知られた。彼のスタイルについて、調香評論の場ではしばしばこう語られている。

「まるでシンフォニーのように、一つひとつの素材を丁寧に重ねていく。チャントのシプレは、アニマリックな陰影を帯びながら、気づけばそこにある——そんな構造をしている。」

チャントはアラミスの前に、グレ社(Grès)のために 1959 年に「カボシャール(Cabochard)」を発表していた。これはアルデヒドと革のシプレ、そして力強いグリーンノートを持つ女性向けフレグランスだった。後年、あるフレグランス研究者はその関係をこう分析した。

「厳密に言えば、カボシャール(1959年)のオリジナルのスケッチから、その後インテンスな花の香りの芯が取り除かれ、それがアラミス(1965年)の核となる処方のベースになった。」

つまりアラミスは、女性向け香水の構造を雛型としながら、男性のために書き直された傑作だったのである。チャントはこの手腕について業界から高い評価を受け、その後もエスティ ローダーの「アズレー(Azurée, 1969年)」、同社傘下のクリニークの「アロマティクス・エリクシール(Aromatics Elixir, 1971年)」などを次々と創り上げた。ベルナール・シャンは1987年に没した。

ブランド名の由来:三銃士の三番目

「アラミス(Aramis)」という名はアレクサンドル・デュマの小説『三銃士』(1844年)に登場するキャラクター、アラミスにちなんでいる。小説のなかのアラミスは、しなやかな外交感覚と剣術の腕、そして宗教的な信条を併せ持つ、複雑で謎めいた人物として描かれている。エスティ・ローダーは、この多面的な紳士のキャラクターに——勇気、洗練、知性——男性向けブランドの理想像を重ねた。

ブランドのこだわり

「男性もグルーミングを楽しむべき」という哲学

アラミスがほかのブランドと一線を画すのは、単に「良い香りを作る」ことにとどまらず、「男性にとってのグルーミング(身だしなみ)をひとつの文化的な儀式へと高める」という創業の哲学にある。

エスティ ローダー カンパニーズの公式情報によると、アラミスはブランド発足当初から「20品のマスタープラン」をもって男性グルーミング市場を開拓した。初期ラインナップには、コロン・アフター・シェーブ・バスソープといった定番品に加え、時代の先を行く製品群も含まれていた——肌のくすみをカバーする「マーク・アウト」、疲れ目をいやす「アイ・パッド」、10分間のフェイスマスク「ピック・アップ・マスク」、手荒れを防ぐ「オールウェザー・ハンド・クリーム」など。当時、男性向けのスキンケア製品がデパートのカウンターに並ぶ光景は、それ自体がひとつの社会的革新だった。

デパート流通という戦略的選択

アラミスがメンズ・フレグランス史に与えた最大のインパクトは「デパートでの販売」という流通モデルの確立である。それ以前、男性向けの高品質な香水をデパートで広く購入する文化は、まだ十分に定着していなかった。アラミスはこの空白を埋め、後に続くカルバン・クライン、ラルフ・ローレン、ジョルジオ・アルマーニなどのメンズ・フレグランスブランドへの道を開いたとも言える。

パフューマー・ロジャ・ダヴは、その意義をこう讃えている。

「アラミスは、フレッシュなコロンのノートと、セクシーなアルファメール的ノートを初めて融合させた香水で、それがアラミスを本物のアイコンにしたのだ。」(『テレグラフ(The Telegraph)』掲載記事より)

またロジャ・ダヴは別の機会にも次のように述べている。

「アラミスは、信じがたいほど洗練されていて際立った香りだ。長年にわたり無数の男性フレグランスにインスピレーションを与えてきたが、いまだ誰もそれを超えるバージョンを生み出していない。」

パッケージデザインへのこだわり

1963年の初代パッケージは、親ブランドであるエスティ・ローダーに敬意を払いつつ、男性らしいブラウンの箱に「ローダー・ブルー」のストライプをあしらった洗練されたデザインだった。後年の主力製品も、クラシックで時代を超えた意匠を保持し続けている。

2012年には、中東市場向けに特化した「アラミス パフューム・カリグラフィー(Aramis Perfume Calligraphy)」シリーズを展開。グラフィックデザイナーのタレク・アトリッシが手がけたアラビア書道を用いたパッケージは、ブラックとゴールドの配色で高い評価を受け、ハロッズのほかアラブ世界の免税店でベストセラーとなった。

香水ラインナップ

アラミスの香水ラインは60年以上の歴史のなかで積み重なった豊かな遺産を持つ。以下、代表的なフレグランスと、その特徴を紹介する。

アラミス(Aramis Classic、1963年初披露)

すべての出発点。ベルナール・シャンが創り上げたレザー・シプレの傑作。トップにはベルガモット、アルテミシア(よもぎ)、ガーデニア、クミンといった独特のハーバル・ビターノート。ハートにはクラリセージ、パチョリ、アイリス。そしてベースにはパチョリ、サンダルウッド、ベチバー、ツリーモス、レザー、キャストリウム、アンバー、ムスクが重なり合う。1995年にはフィフィ(FiFi)フレグランス・ホール・オブ・フェーム賞を受賞した。

アラミス900(Aramis 900、1973年頃)

発売年には1973年説と1974年説がある。ヘアケアを中心とした「900コレクション」から生まれた香水。アラミス・クラシックの姉妹作にあたり、よりハーバルでフレッシュなシプレ系。2009年には「ジェントルマンズ・コレクション」として再パッケージ化・再販された。

デヴィン(Devin、1977年)

ベルナール・シャンが手がけたグリーン・シプレ。パインニードル、ガルバナム、アルデヒド、オークモスが特徴的な、自然の薫りを思わせる一作。

ジェイ・エイチ・エル(JHL、1981〜1982年頃)

オリエンタル・スパイシー系。調香師にはベルナール・シャン説とジョセフィン・カタパノ(Josephine Catapano)説があり、資料によって記述が異なる。シナモン、カーネーション、ベンゾイン、サンダルウッド、ローズなどが重なるウォームでリッチな香り。2009年のジェントルマンズ・コレクション再販に含まれる。

タスカニー・ペル・ウォモ(Tuscany Per Uomo、1984年)

アラミス・ブランドとして初めて米国外——イタリアのフィレンツェ——で創られた香水。ライム、ベルガモット、ラベンダー、レモンによる明るいシトラスのトップに、カラウェイ、オレンジブロッサム、タラゴン、アニスのハートが続き、レザー、オークモス、パチョリ、サンダルウッドへと落ち着く、アロマティック・フゼア系の傑作。パッケージはトスカーナの暖かな赤屋根瓦にインスピレーションを得た。

ニュー・ウェスト・フォー・ヒム(New West for Him、1988年)

アクアティック・アコードを先取りした、時代を先行くフレッシュ系フレグランス。

ハバナ(Havana、1994年)

タバコ・スパイスとウッディノートを組み合わせたオリエンタル系。ヘミングウェイが好んだキューバの官能的な空気を思わせる一作として、熱狂的なファンを持つ。

アラミス・ライフ(Aramis Life、2003年)

テニスの伝説的スタープレーヤー、アンドレ・アガシのインスピレーションによって生まれたフレグランス。2006年には妻のシュテフィ・グラフを迎えた「アラミス・オールウェイズ(Aramis Always)」も展開された。

パフューム・カリグラフィー(Perfume Calligraphy、2012年〜)

中東市場向けのユニセックス・フレグランス・シリーズ。アラビア書道のデザインをまとったボトルに、ウードやカルダモン、ローズ、サフランなど中東らしい素材を組み合わせた。2012年の初代(カリグラフィー)、2013年のカリグラフィー・ローズ、2014年のカリグラフィー・サフランと展開。ハロッズや中東の空港免税店でベストセラーとなった。

インテュイション・バイ・アラミス(Intuition by Aramis、2025年)

ブランドの新章を告げる新作。米プロバスケットボール協会(NBA)の元スーパースター、ドウェイン・ウェイド(Dwyane Wade)をグローバル・アンバサダーに迎え、2025年8月にグローバルリリース。「感情知能(EQ)と知能指数(IQ)、感受性と強さ、目的と力——新しい男性像」をコンセプトとした、ウッディ・グリーンのネオ・フゼア系。

ウェイドはこう語っている。

「私はアラミス・ファミリーの一員になれたことを嬉しく思う。アラミスは私の価値観と一致するブランドで、インテュイションはモダンな男性らしさと自信を体現している。香りとは自分を世界にどう表現するかということ、あなたのセントはあなたのバイブなんだ。」

ブランドの変遷と現在

2021年10月、エスティ ローダー カンパニーズは「アラミス&デザイナー・フレグランシーズ(ADF)」部門の廃止を発表した。この部門にはアラミス本体のほか、トミー・ヒルフィガー、マイケル・コース、ドナ・カラン、ディーケーエヌワイ(DKNY)、エルメネジルド・ゼニアのライセンス・フレグランスが含まれていた。ただし、アラミス・ブランド本体は完全廃止ではなく、エスティ ローダー社内の別部門へ移管されることとなった。

一部フランカー(派生)フレグランスやいくつかのグルーミング製品は廃番となったが、核心となる「アラミス(クラシック)」は存続し、2025年の新作「インテュイション」のリリースをもって、ブランドは新世代への橋渡しを試みている。

また、アラミスが1987年に産んだスキンケア部門「ラボ・シリーズ(Lab Series)」は、2005年に独立ブランドとして分離・継続しており、男性向けスキンケア市場を牽引し続けている。

ちなみに…

  • アラミス・クラシックはデビューから発売1年間でレナード・ローダーが「失敗だった」と認める判断を下していた。1964年にアラミス専用カウンターを設けた際、それまで「エスティ ローダー」カウンターで母親や妻がついでに購入していたアラミスのサンプルが目に触れなくなり、売れ行きが落ちた。レナード・ローダー自身が後年、この決断を「失敗だった」と認めている。
  • アラミスは女性向けフレグランス「カボシャール」の香り構造を雛型として誕生した。つまりアラミスは、ある意味で「女性向け香水を男性仕様に書き直したもの」とも言える。ベルナール・シャンは同じシプレの手法で、クリニークの女性向け傑作「アロマティクス・エリクシール」やエスティ ローダーの「アズレー」も手がけており、チャント・ユニバースとでも呼ぶべき香りの一族を形成している。
  • 「香りに関して言えば、アラミスはまるでジャンルそのものになった」とも評される。発売から60年、現代の著名調香師たちは今なおアラミスを「超えられない基準点」として語り続けている。
参考文献