香水の違いを調べるには、人が嗅いで比べる方法も、成分を分けて分析する方法もあります。2022年にLykourgos Bougasらが発表した研究では、香水から出る蒸気に光を通し、その変化から製品ごとの特徴を捉えました。
研究の中心は、香水の格付けではなく、気体の中にある分子の「キラリティ」を素早く測る技術です。香水は、その技術が複雑な混合物にも使えるかを試す応用例として選ばれました。
鏡に映したような分子を、光で調べる
分子には、右手と左手のように、鏡に映した形と重ね合わせられないものがあります。この性質がキラリティで、対になる二つの分子は鏡像異性体と呼ばれます。組み立てに使う原子が同じでも、立体的な向きが違うのです。
こうした分子は、一定の方向に振動する光の向きを回すことがあります。対になる分子では回す方向が逆になるため、その変化は、混合物にどちらがどれだけ偏っているかを調べる手がかりになります。ただし、気体の薄い試料では、その信号がとても小さくなります。
研究チームは、四枚の鏡で光を繰り返し巡らせ、試料に何度も通す装置を使いました。連続したレーザー光と、光の周波数を精密に追う方法を組み合わせ、小さな旋光の信号を読み取ります。さらに、試料による屈折率の変化も同時に測り、成分の濃さに関する情報と、立体的な偏りに関する情報を分けて扱えるようにしました。
著者らが重視するのは、旋光の測定値を得るために、そのつど基準試料で装置を校正する必要をなくすことです。まず、成分の分かっている混合物を、ガスクロマトグラフィーという成分を分ける方法と組み合わせて測定しました。リモネンの二つの鏡像異性体を含む試料では、屈折率だけでは一つに見える信号からも、旋光によって二つの向きの成分を読み分けられました。
四つの香水と、低価格の類似香を比較
香水の実験には、シャネルのココ マドモアゼル、ディオールのミス ディオール、ティエリー ミュグレーのエンジェル、ランコムのラヴィエベルのオードパルファムを使いました。比較相手は、小売店で購入した低価格の類似香製品です。著者らは、模倣や混入を見分ける技術を試すためのモデルとして使っており、これらが違法な偽造品と確認されたという実験ではありません。
香水の蒸気を含む空気を装置に取り込み、混合物全体の旋光と屈折率を測定しました。ココ マドモアゼルと一つの類似香の比較では、前者に正の旋光信号が現れ、後者では明確な旋光信号が得られませんでした。屈折率の信号にも違いがありました。
信号が見えなかったからといって、キラルな分子が一つもないとは限りません。別の成分分析ではその類似香にも該当する成分があり、著者らは濃度が装置の検出限界より低かったと考えています。一般に混合物では、逆向きの旋光が打ち消し合う可能性もあります。
ほかの香水を含めた比較でも、測定した製品の間に特徴的な信号の違いが見られました。同じ香水を別のボトルから測ると、似た信号が得られています。多数の成分名をすべて決める代わりに、混合物全体の特徴を識別に使う考え方です。
香水の連続測定では、一つの測定点に0.5秒をかけています。ただし、製品比較の図は約20秒の空気採取中に得た各七回以上の測定をまとめたものです。「未知の香水の真贋を0.5秒で保証する装置」が完成した、という意味ではありません。独立した七つの製造ロットを比べた結果でもありません。
匂いの量が戻っても、内訳は戻らない
この技術の意義は、製品の識別だけではありません。研究ではマツ属の一種、Pinus heldreichiiの一個体を使い、枝を切断する前後に出る揮発成分も調べました。こちらは薄い成分を集めてから測るため、オンライン測定でも15分間の採取が必要でした。
切断直後には成分の濃度が急増し、その後は切断前に近づきました。一方、濃度を考慮して比べた旋光の信号は、それとは違う時間経過をたどり、元より負の側に偏った状態になりました。成分の量だけを見ていては分からない、鏡像異性体の組成の変化が残っていたのです。別に採取した樹脂の信号との比較から、時間がたつと傷口を覆う樹脂由来の成分の影響が大きくなると著者らは解釈しています。
植物が傷ついたときの応答や、大気へ出る成分の由来を調べるには、総量だけでなく、分子の立体的な内訳も追う必要がある。この実験は、著者らが目指すそうした観測への足がかりでもあります。
まとめ
研究は、気体の中の小さな旋光信号を、濃度に関する情報と合わせて測る方法を示しました。成分を分けて鏡像異性体を調べる使い方と、香水のような混合物のまま特徴を比較する使い方の両方に可能性があります。製品の品質管理から、植物が放つ成分の時間変化まで、同じ測定の考え方をつなげた点が重要です。
ただし、信号が大きい香水ほど上質、天然の成分が多いほど優れる、といった結果ではありません。合成でも片方の鏡像異性体を作り分けられるため、天然か合成かの一律判定にも使えません。香りの好み、肌の上での変化、安全性は調べておらず、より多くの製品や条件で識別性能を確かめる必要があります。著者らが論じるさらなる高感度化や幅広い産業利用も、今後の展望です。
本研究は欧州のHorizon 2020「ULTRACHIRAL」の支援を受けています。BougasとWilliamsは、この研究に関わる特許出願の発明者であることを開示しています。
参考文献
Bougas, L., Byron, J., Budker, D., & Williams, J. (2022). Absolute optical chiral analysis using cavity-enhanced polarimetry. Science Advances, 8(22), eabm3749. DOI: 10.1126/sciadv.abm3749/原著全文。© 2022 The Authors; exclusive licensee AAAS. 原著はCC BY-NC 4.0。


