香水の説明は、香りの記憶に関わる?

香水の説明は、香りの記憶に関わる? 香りの科学

香水の説明を読んでから嗅ぐと、その言葉が印象に残ることがあります。では、はっきり「男性向け」「女性向け」と書かれていなくても、説明に潜む性別の情報は、香りの覚え方に関わるのでしょうか。

Laura J. SpeedとAsifa Majidが2019年に発表した研究は、フランス語とドイツ語の「文法上の性」に着目しました。市販の香水に実験用の成分説明を添え、あとでその香水を嗅いだときに、覚えているかを調べたものです。

文法の性と、言葉からの連想は違う

フランス語やドイツ語では、名詞が男性名詞、女性名詞などに分類されます。これが文法上の性です。物そのものが男性的、女性的だという意味ではなく、同じ物を指す言葉でも、言語によって分類が変わる場合があります。

例えば、この実験で使ったカボチャ、セージ、マジョラムの三つの名詞は、ドイツ語では男性名詞、フランス語では女性名詞です。研究者は、同じ内容を伝えながら文法上の性が異なる説明を作りました。

これとは別に、ある言葉から男性らしさや女性らしさを連想することがあります。これは社会や文化、経験に関わる連想で、文法の分類とは一致するとは限りません。さらに研究では、香水を嗅いだときの男性向け、女性向けという印象も扱いました。三つは別の情報です。

最初の実験は、二つの言語で比較

実験1には、ドイツ語を母語とする30人、フランス語を母語とする31人が参加しました。全員が複数の言語を知っており、女性が41人、男性が20人でした。

覚える香水は、ディオールのジャドールやシャネルのブルー ドゥ シャネルなど八種類です。香水を吹きつけたプラスチックの粒を、不透明な押し出し式の瓶に入れ、瓶を押して匂いを提示しました。ブランドのボトルを見せる試験ではありません。

香水ごとに、三つの成分名からなる説明を先に読んでもらいました。同じ説明の名詞は文法上の性をそろえ、性を明示する冠詞は付けません。説明は、ありそうな材料を挙げた実験用のもので、実際の処方に合わせてはいませんでした。どの香水にどちらの文法の性を組み合わせるかは、参加者に割り当てたリストで変えています。

香水を嗅いで評価したあと、最初の八種類に新しい八種類を混ぜ、嗅いだことがあるか、ないかを答えてもらいました。香水の名前や説明を思い出して答えるのではなく、匂いそのものを再び見分ける課題です。

分析では、説明の文法上の性と、香水の性別印象が一致する場合に、記憶成績がよいというパターンが報告されました。ただし、中心となる統計的な差はp=.05という境界的な値です。男性的な香水と女性的な香水をそれぞれ分けて見ると、説明の文法上の性による差は有意ではありませんでした。別の分析では一致の効果が残りましたが、あらゆる香水で確実に記憶がよくなる結果ではありません。

二つ目の実験では、連想も分けて操作

実験2には、ドイツ語を母語とする女性42人が参加しました。今度は、文法上の性に加えて、言葉から連想する性別も組み合わせました。例えば、桃、蜂蜜、ラベンダーは、この実験で使ったドイツ語では男性名詞ですが、別の英語話者による評定では女性的な連想を持つ言葉として選ばれています。

八種類の香水と八種類の新しい香水を使う流れは同じです。ただし、最初の実験で男性向けとして選んだ一製品が、別の評定では女性的と判断されたため、その製品を入れ替えています。販売上の区分と、嗅いだ印象も必ずしも同じではなかったのです。

この実験では、文法上の性と言葉の性別連想が一致しない場合に、記憶成績がよい傾向がありました。しかし、その差はp=.051で、一般的な5%の基準を満たしていません。参加者や香水による違いをより詳しく組み込んだ別の分析でも、有意にはなりませんでした。

つまり、実験1の一致による利点が、そのまま再現されたわけではありません。比べた情報の組み合わせも違います。「説明と香水の印象を一致させれば覚えやすい」「あえて矛盾させれば覚えやすい」のどちらか一方を、使える法則として選べる段階ではありません。

記憶だけでなく、成分の感じ方にも

一方、説明した成分をどれくらいはっきり感じたかという評定では、実験2で、文法上の性と言葉の性別連想が一致すると高くなる関係が確認されました。香水の性別印象との一致にも関係がありました。実際の成分を正しく嗅ぎ当てたかを検査したわけではなく、説明がもっともらしく感じられることと、成分が明瞭に感じられることが結びついた可能性があります。

また、女性的な連想を持つ説明では母や姉妹への、男性的な連想を持つ説明では父や兄弟への購入意向が高くなりました。ただし、これは質問への回答で、実際に購入した行動ではありません。両実験とも、説明による香りの快さ、強さ、支払ってもよい金額の有意な変化は見られませんでした。

言葉が、思い出す手がかりを変えるのか

参加者は、文法上の性などを操作されていることに気づいたとは報告しませんでした。著者らは、意識して男女のラベルを使わなくても、言語の細かな情報が香りの認知に入り込む可能性を重視しています。

実験間で異なる記憶のパターンを説明する仮説としては、同じ言葉に複数の性別情報があると干渉する可能性や、食い違う情報が別々の手がかりとして残る可能性を挙げています。ただし、二つ目の実験の記憶の差は確定しておらず、この仕組みを確認したわけではありません。最初に香りを覚える段階が変わったのか、あとで答えを判断する段階が変わったのかも、区別できていません。

まとめ

香水の説明は、成分名を伝えるだけのものではないのかもしれません。この研究では、文法上の性と社会的な連想が、記憶や、説明した成分を感じる明瞭さと関わる可能性が示されました。その一方で、記憶の結果は実験や分析方法によって異なり、快さや強さまで一様に変わったわけではありません。

重要なのは、言葉の影響を大きな宣伝文句だけに限らず、普段は意識しない言語の特徴まで広げて調べたことです。対象は主に女性の多言語話者で、名詞に文法上の性を持つ言語を使っています。日本語の説明や実際の買い物へそのまま移すのではなく、香りの複雑さ、言語経験、言葉の連想がどう組み合わさるかを確かめることが、次の研究につながります。

本研究はオランダ科学研究機構のNWO VICI研究助成を受けています。

参考文献

Speed, L. J., & Majid, A. (2019). Linguistic features of fragrances: The role of grammatical gender and gender associations. Attention, Perception, & Psychophysics, 81, 2063–2077. DOI: 10.3758/s13414-019-01729-0/原著全文。© 2019 The Author(s). CC BY 4.0。