AIは分子の形から香料の強さを予測できるのか

香りの科学:AIは分子の形から香料の強さを予測できるのか 香りの科学

香料には、少量でもはっきり感じられるものもあれば、穏やかに香るものもあります。この「香りの強さ」を、実際に嗅ぐ前に分子の構造から予測することはできるのでしょうか。

2026年5月、ライプツィヒ大学のPeter FichtelmannとJulia Westermayrは、この問いに取り組んだ研究を発表しました。2,393種類の分子について既存の香りの記述を整理し、AIに分子構造と強さの関係を学習させたものです。強さを4段階に分けたテストでは、予測の72%が元の分類と一致しました。ただし、得意な段階と苦手な段階があり、別データでの検証成績は、濃度条件によって変わりました。

香りの強さを4つに分ける

そもそも、香りの強さをどうやって数字にするのでしょうか。同じ物質でも、薄め方や嗅ぐ人によって感じ方は変わります。すべての香料を同じ条件で測った、大規模なデータも十分にはそろっていません。

そこで研究者たちは、香料の情報サイト「The Good Scents Company」と、化学物質のデータベース「PubChem」にある記述を集めました。構造情報の誤りや重複などを整理し、無臭・弱・中・強という4段階のデータにまとめています。全物質を新たに嗅ぎ比べた研究ではなく、蓄積されてきた記録を学習用に整えた研究です。

この4段階には順序があります。たとえば、元の記録で「強」の物質を「中」と予測する場合と、「無臭」と予測する場合では、外し方の大きさが違います。研究では、この段階の離れ具合を評価に組み込みました。モデルを選ぶための主な指標では、データの多い段階だけで成績が決まらないよう、各段階の誤差を同じ重みで評価しています。

こうして数値で扱えるようにしても、「強は弱の3倍香る」といった倍率を表すわけではありません。人の感じる強さを、大まかな順番として扱う方法です。

分子を数字で表す

AIに渡すのは、分子を構成する原子や、そのつながりの情報です。そこから分子の重さ、構造の特徴、水や油へのなじみやすさに関係する性質などを数値に変えます。こうした、分子の特徴を表す数値を「分子記述子」と呼びます。

研究では、分子の一部分の構造を目印にする方法なども含め、複数の表し方と学習方法を比較しました。そのうえで、分子記述子を使う3つの予測モデルの答えを平均する方法を詳しく調べています。

つまり「分子の形から予測する」といっても、見た目の輪郭だけを見るわけではありません。原子のつながりから得られるさまざまな情報と、過去に記録された強さとの関係を探しています。AI自身が香料を嗅いだり、鼻の受容体の反応を直接測ったりしたものではありません。

どのくらい当たったのか

研究者たちは、集めたデータのおよそ8割を学習用、2割をテスト用に分けました。構造が非常によく似た分子が両方に入り、見かけの成績が高くならないよう、似た分子を同じ側にまとめる工夫もしています。

そのテストで、3つのモデルを組み合わせた予測は72%が元の分類と一致しました。間違いの多くは「弱と中」「中と強」のような隣り合う段階の間で起きています。

ただし、最もよく当たったのは、データ数の多い「中」でした。データ数の少ない「弱」は、予測も最も苦手でした。72%という数字は、どの強さでも一様に当たることを意味しません。

さらに、別の研究で人が実際に嗅いで評価したデータとも照合しています。学習に使った分子と構造が近すぎるものを除いても、低濃度側では、予測した段階と人の評価に対応が見られました。しかし、10倍希釈という比較的濃い条件では成績が落ちています。

このモデルは濃度を入力に含めていません。同じ分子を少しずつ薄めたとき、強さがどう変わるかをそのまま計算できるものではない、という限界がここに表れています。

AIが手がかりにした分子の特徴

では、モデルは何を手がかりにしていたのでしょうか。予測への寄与を調べると、分子の重さや形、そして「極性」に関係する特徴が重要でした。極性は分子内の電気的な偏りで、水などへのなじみ方に関わります。

香りを感じるまでには、分子が空気中に出て、鼻に入り、粘液の層を経て嗅覚受容体に届く必要があります。分子の大きさや性質は、この道のりに関係します。モデルが重視した特徴は、こうした香りの届き方についての知識と整合していました。

ただし、これは予測に使われた手がかりの分析です。「この形だから必ず強く香る」という単純な法則が見つかったわけではありません。複数の特徴が組み合わさって予測に寄与しており、香りの強さごとに特定の性質が重要になるという明瞭な傾向も確認されていません。

まとめ

過去の香りの記録から学んだAIは、分子構造から香料の大まかな強さを推定できました。別の研究の低濃度での試香結果でも、強いと予測した分子ほど強く評価される傾向があり、構造から得た予測が、人の感じ方を考える手がかりになることを示した研究です。

ただし、濃度を入力しないため、どれだけ薄めれば狙った強さになるかは答えられず、混ぜた香水の強さも予測していません。新しい香料を探す際、予測を手がかりに候補を絞り、実際に使う濃度で人が嗅いで確かめる。そのように試香と組み合わせる補助として、活用が期待されます。

原著情報

Peter Fichtelmann and Julia Westermayr
Machine learning for smell: ordinal odor strength prediction of molecular perfumery components
RSC Advances, 2026, 16, 25696–25704. 初回公開 2026年5月14日。
DOI: https://doi.org/10.1039/d6ra01805j
全文: https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC13182554/

原著のライセンス: CC BY 3.0
https://creativecommons.org/licenses/by/3.0/