花の香りを描いた詩を読むときに、その花の香りも届いたら、内容を覚えやすくなるのでしょうか。2024年、Wenhao Liらは、中国の小学4年生87人を対象に、詩の内容に合わせたにおいを添える学習を試しました。
研究者が知りたかったのは、香りが楽しい雰囲気をつくるかだけではありません。数日後まで言葉が記憶に残るか、詩の情景や感情を自分の中で組み立てやすくなるか、同時に処理する情報が増えて負担にならないかを調べました。
文章の内容と、においを同期させる
参加者は中国の一つの小学校の児童87人で、平均年齢は約9.4歳でした。44人をにおい付きの群、43人を文章だけの群へ無作為に割り付けています。教材は、授業でまだ習っていない短い詩3篇です。ミントの花を描く詩、キンモクセイをたたえる詩、戦場の荒涼とした光景を描く詩を使いました。
におい付き群では、画面の文章に合わせて、ミント、キンモクセイ、アンモニアのにおいをそれぞれ提示しました。最後のにおいは、悲惨な場面に対応させるため研究者が選んだものです。好ましい香りだけを加えた実験ではありません。
自作の装置をコンピューターで制御し、詩を読む間ににおいを出し、次の詩へ進む前に消散させました。各詩を2分間ずつ学び、休憩を含む学習時間は計10分。文章だけの群も同じ学習活動を行いました。部屋全体を一つの芳香で満たし続けるような条件ではなく、内容に合わせた提示が研究のポイントです。
直後の記憶と、3日後の記憶を分けて測る
学習の直後には、詩に含まれていた語を候補から選ぶ「再認」の課題を行いました。似た意味の紛らわしい語も含め、正しい語を見分けられるかを調べます。3日後にも再認課題を行いました。詩を一字一句、自力で暗唱するテストではありません。
さらに直後の課題では、3篇から一篇を選び、思い浮かべた情景を絵に描いて、短い説明を添えました。訓練を受けた採点者が、詩の要素を覚えているか、意味を理解しているか、感情が表されているか、全体の情景が詩に合うかを評価しました。各項目0~3点、合計12点です。
著者らはこの課題を、文章の要素や意味を結びつけて頭の中のまとまりをつくる「スキーマ」の評価として使っています。絵のうまさを競う課題でも、3日後の記憶だけを測る課題でもありません。
差が見えたのは、主に3日後の再認
直後の再認の合計点は、におい付き群が平均16.27点、文章だけの群が17.51点で、統計的に有意な差はありませんでした。詩ごとに分けても、直後には有意差が見られませんでした。
3日後には、におい付き群の平均が18.11点、文章だけの群が16.40点となり、におい付き群のほうが有意に高い結果でした。ただし、詩別に明確な差が出たのはキンモクセイの詩で、ミントの詩と戦場の詩では有意差がありませんでした。
この違いから、著者らは、文章とにおいの内容がよく結びつくことが重要なのではないかと考えています。キンモクセイの詩に添えたにおいは、言葉が描く対象と直接対応します。とはいえ、この実験は内容との一致度だけを変えて比較したものではないので、効果の理由を一致度一つに確定することはできません。
情景の理解や感情表現にも違いがあった
絵と短い説明を使う直後の課題では、におい付き群の合計点は平均5.10点、文章だけの群は3.60点で、有意な差がありました。内訳では、意味の理解、感情の表現、情景のまとまりで、におい付き群が高く評価されました。一方、詩に出てくる要素をどれだけ描いたかという記憶の項目には、有意差がありませんでした。
つまり、においがあると細部を何でも多く覚えた、という一様な結果ではありません。著者らは、においが抽象的な言葉に具体的なイメージを与え、情感も含めて場面を組み立てる助けになった可能性を提案しています。これは絵や説明の採点からの解釈で、脳内にできた表象を直接観察したわけではありません。
楽しくはなる。でも、負担がゼロとは言い切れない
学習中の負担を尋ねる質問紙では、二つの群に有意な差は見られませんでした。今回の条件では、においを加えた群で負担が増えたという明確な結果は出なかった、ということです。どんなにおいを、どのくらい長く使っても負担がないと示したわけではありません。
学習体験全体の得点にも有意差はありませんでしたが、「面白かった」「楽しかった」に当たる二つの項目は、におい付き群で高くなりました。著者らは、初めて使う装置や学習方法の新鮮さも理由になり得ると述べています。使い続けても同じ楽しさや効果が保たれるかは、別に確かめる必要があります。
香りを足すなら、内容と目的を考える
この研究から著者らが提案しているのは、学習内容や目的に合わせて、においを選択的に使うことです。香りの種類だけでなく、文章との関連、強さ、出すタイミング、残り香を取り除く方法を設計する必要があります。短時間での正答数を上げたいのか、後日の記憶や情景の理解を支えたいのかによっても、評価すべき結果は変わります。
今回の対象は一校の小学4年生で、教材は3篇、追跡は3日間です。自作装置には濃度や提示・除去の時刻を精密にそろえにくい点があり、児童の嗅覚能力も自己申告による確認でした。アンモニアを含む研究用の条件を、家庭や通常の授業で再現するための手順や安全性を検証したものではありません。
まとめ
内容に合わせたにおいを添えることで、今回の実験では3日後の語の再認と、直後に情景を絵と説明で表す課題の成績が高くなりました。一方、直後の再認は改善せず、3日後の差も主にキンモクセイの詩に現れました。
香りは、文章を早く覚えるための万能な追加要素というより、言葉と感覚、情景を結びつける手掛かりになり得ます。どんな内容に、どんなにおいを、どのタイミングで添えるのか。その組み合わせを丁寧に設計することが、学習への可能性を生かすうえで重要だと、この研究は示しています。
参考文献
Li, W., Qian, L., Feng, Q., & Luo, H.(2024). Using olfactory cues in text materials benefits delayed retention and schemata construction. Scientific Reports, 14, 17819. DOI: 10.1038/s41598-024-68885-8 / 原著全文。
原著:© The Author(s) 2024. CC BY-NC-ND 4.0。


