日本独特の香りを世界中の人々に伝えたい
小川裕、小川香料代表取締役社長(2024年)
桃の実を育てる途中で摘み取られる花にも、香りがある。小川香料は岡山の生産者たちと協力し、その桃花をシャンプーや化粧品などに使う香料へつなげた。実を収穫する農業と、花の香りを生かす調香が、同じ土地の仕事として結びついたのである。
小川香料(Ogawa & Co., Ltd.)は、食品の香味を作るフレーバー、化粧品や日用品などの香りを作るフレグランス、そして両者の素材となる香料原料を手がける会社である。1893年に大阪で始まった輸入香料の商いは、合成、栽培、抽出、分析、調合へ広がった。現在では、香りを作る人が原料の育つ土地へ踏み込み、その素材で何を表現できるかを考えている。
基本情報
- 正式社名:小川香料株式会社/Ogawa & Co., Ltd.
- 創業:1893年2月11日、大阪の道修町で芳香原料小川商店として創業
- 草創期の店主:小川安兵衛。武田商店から独立した人物
- 法人設立:1933年4月28日、株式会社小川香料店へ組織変更
- 現社名への改称:1945年11月
- 本店所在地:東京都中央区日本橋本町
- 主な事業:食品香料・食品原料、香粧品香料・化粧品原料、香料原料の研究開発・製造・販売
- 公式サイト:小川香料
大阪の香料商から、製造と研究の会社へ
小川安兵衛と道修町の商い
始まりは1893年、大阪・道修町に開いた芳香原料小川商店である。香料を直接輸入して販売する商いだった。草創期の店主、小川安兵衛は武田商店で働いた後に独立した人物で、1907年には医薬品の関西販売代理権を受けた記録も残る。香りを扱う商店の出発点には、薬品の商いとのつながりがあった。
小川香料で研究開発や海外展開を担った藤田豊は、この商店の成立を武田長兵衛商店からの暖簾分けとして説明している。薬種の商いから香料専門の商いへ。原料を見きわめ、必要とする作り手へ届ける仕事が、会社の基礎となった。
合成香料と植物栽培への展開
1924年にはリナロールなどの合成香料の製造を始めた。輸入した原料を届けるだけでなく、自ら作る側へ進んだのである。1933年には株式会社小川香料店へ組織を変更し、1945年11月に現在の小川香料株式会社という社名へ改めた。創業、法人化、改称は、別々の節目である。
天然原料でも、植物を育てるところから取り組んだ。1936年には台湾にシトロネラなどの栽培農場と精油・エキスの製造工場を設け、1938年にはパチュリなどの試験農場を開設した。1941年には北海道でシソなどを栽培し、精油・エキスを製造する体制を整えた。香りを得る仕事は、原料の調達から栽培と加工へ広がっていった。
1958年には粉末香料コートンの製造を開始した。香りの素材だけでなく、食品の中で扱える形へ加工する技術も事業を支えた。1983年には岡山工場を開設し、大阪工場を全面移転している。
経営者と研究者が受け継いだ仕事
1986年、当時の社長・小川嘉治は藍綬褒章を受章した。日本の香料産業の発展・育成と、香料原料の栽培を通じた地域産業への貢献が、その歩みとして挙げられる。原料を作る土地との関係は、近年だけの活動ではない。
会社を支える継承には、研究者の仕事もある。藤田豊は大阪大学理学部を卒業し、小川香料で香料開発に携わった後、研究開発体制の刷新や国際部、海外駐在を経験した。2020年の退職後も、香料や食品添加物を伝える活動を続けている。原料を知る研究と、企業として香りを届ける仕組みの両方に関わった人物である。
研究の拠点は、1999年に開設した舞浜研究所、2004年につくば事業所、2017年にはその敷地内のつくば研究所へ広がった。現在、茨城県阿見町のマテリアル開発センターでは、製造現場に隣接した環境で天然精油・エキスなどを開発する。実験室で得た成果を、工場で安定して作れる原料へ育てる場所である。
産地から始まる天然香料づくり
素材に合わせた抽出と製造
天然素材の香りは、産地や季節に加え、使う部位と加工条件によっても変わる。マテリアル開発センターの原料開発担当者は、素材ごとに抽出・加工方法を検討し、調香師や工場の担当者と相談して製法を整える。良い香りが取れたというだけでは終わらない。製造に要する時間、設備、安全性、費用と品質まで、香料原料として使える条件へ落とし込む。
岡山工場では、和柑橘の青果を精油へ加工する担当者が、天候や気温で変わる原料の状態を見きわめ、これまでの製造実績と現場の意見をもとに条件を調整する。天然物を扱う仕事は、同じ操作をただ繰り返すことではない。季節ごとの違いを捉えながら、品質と収量を両立させる工夫が必要になる。
レモンの農場と、香りから考える農業
現在の社長・小川裕が国産原料の栽培へ進んだのは、土地の魅力を香りとして届けるためでもあった。候補地を探し始めたのは2017年頃。品目を先に固定するのではなく、会社の技術を生かせる作物と地域、製造拠点へのアクセスなどを合わせて考えた。大分のマリンレモンは、フレッシュさと力強さを表現してきた会社の香りづくりと結びつく素材だった。
2018年に小川香料おおいた佐伯農場を設立し、2021年3月から苗木を植え、2022年3月には8ヘクタール、4,000本の定植を終えた。会社の設立と、農地の整備・栽培の進行には、それぞれ時間がかかっている。自ら栽培することで、果実の熟度によって変わる香気成分のバランスを調べ、その違いを食品用のフレーバーへ生かせるようになった。
桃花とマスカットを香粧品へつなぐ
地域との協働が、原料の新しい使い方を生むこともある。2022年6月、小川香料、JA全農おかやま、農林中央金庫岡山支店は県産農産物の利用・普及に関する協定を結んだ。翌2023年3月31日には、桃の生産過程で摘み取られていた花に着目した香料をリリースした。用途はシャンプーや化粧品など。果実とは別の、春を感じさせる花の香りを生かす取り組みである。
同じ協定から、岡山県産マスカット・オブ・アレキサンドリアの香料も生まれた。2024年に食品用香料を発表し、2025年4月には香粧品用香料の完成を公表している。食べるときの風味と、化粧品などで感じる香りは別の用途である。一つの産地の素材を、それぞれの製品に合わせて設計し直している。
花の原料では、伊豆大島の大島桜や、秋田県美郷町の白いラベンダー「美郷雪華」も扱う。大島桜を中心とする天然素材の香りを生かす協定は2019年、美郷町との協定は2021年に結ばれた。植物の名前を借りたイメージだけでなく、産地や生産者との関係を素材づくりの一部にしている。
調香師が、原料から製品の香りを組み立てる
原料を取りそろえることと、使う人が好む香りを完成させることの間には、調香という仕事がある。小川香料のパフューマーは、スキンケア、洗剤、芳香剤などのテーマに応じて数十種類の原料を組み合わせ、何度も試作しながらバランスを探る。新しい原料が加われば、表現できる香りの幅も変わる。
調香師は技術者であると同時に芸術家であるといえます
藤田豊、元小川香料の研究開発・国際部門担当(2023年)
藤田の言葉は、天然香料と合成香料を組み合わせる仕事を説明したものである。小川香料も、天然精油・エキスに加え、アロマケミカルや調合香料のベースを扱う。天然精油だけで調香するエッセンシャルオイルブレンドも、こうした多様な提案の中の一シリーズとして提供している。
香りの設計では、基材との関係も重要になる。パーマ剤やヘアカラー剤に使う香料は、原料や処理後の特有の臭いを覆いながら、製品の機能を損なわず、アルカリ性の条件でも香りを保つ必要がある。心地よい香りを加えることと、製品の中でその香りを働かせることが、ひと続きの課題なのである。
担当パフューマーは、植物の栽培から原料製造、調香まで複数のチームが関わる仕事とともに、後輩調香師の育成も自らの役割に挙げる。会社には新入社員研修、農業生産研修、香料専門研修などがある。原料と創作を受け継ぐための社員教育であり、一般に入学する調香学校とは異なる。
食品香料の分析と創作
紅茶の特徴と、飲んだ後の戻り香
食品香料を作るフレーバリストは、瓶の中の香りだけでなく、実際に飲食したときの香味の強さ、現れる時点、残り方を考える。最終商品に近い試作品を作って試飲・評価し、調香を重ねる。鼻先で嗅ぐ香りに加えて、口から鼻へ抜ける「戻り香」も、おいしさを組み立てる要素である。
2017年、曽我直美はダージリンの香りを生かした紅茶香料の研究を発表した。八銘柄の紅茶浸出液を比較し、香りへの寄与が強い成分を探索すると、MMPという成分がダージリンの特徴を表す手がかりになった。単独ではミート様と評価された成分も、紅茶香料へ組み込むとフルーティーでグリーンな第一印象を与えた。素材一つの匂いと、組み合わせた後の役割は同じとは限らない。
さらに独自の戻り香分析R-FISSを使い、飲んだときに鼻へ抜ける成分を調べ、グリーンフローラルの爽やかな余韻を表現した。成分の選択と比率を吟味し、冷たい紅茶飲料でダージリンらしい特徴と余韻を感じられる香料へつないだ。これは飲料用香料の研究である。
コーヒーの香りが変わる時間を測る
糸部尊郁による2018年の研究では、コーヒーを飲んだ後に鼻から出る香気を、最初の一呼吸と十呼吸分の積算で比較した。ロースティーな成分は早く減り、ナッティー、スモーキーな成分は一定時間保たれる傾向が見られた。機器分析と人の感覚による評価を突き合わせ、飲み始めの印象と、その後の余韻を考えたコーヒーフレーバーの開発へ生かしている。
飲料の香りは、飲む瞬間から余韻までの時間の中で組み立てられる。成分の多い少ないだけでなく、いつ鼻へ届き、どれほど残るかを調べることで、フレーバリストが選べる表現は広がる。
フレーバリストが育てる国産バニラ
原料の栽培と創作をさらに近づけた取り組みが、宮崎県新富町のバニラである。県と町との連携を経て、子会社のみやざき新富ファームが2022年に試験栽培を始めた。2025年には最初の定植株が開花し、2026年2月にバニラ豆を初収穫。同年4月には圃場全体の開花を迎え、5月1日に記念式典を開いた。
ここではフレーバリストが栽培からキュアリングまで関わる。収穫直後の緑の果実には、私たちが思い浮かべる甘いバニラの香りはほとんどない。温度や水分などを管理して香りを引き出すキュアリングの工程が必要になる。香りを評価する人が栽培・加工にも関わり、条件を変えたときの違いを分析しながら品質を追求するのである。
私どもが目指すバニラ栽培は、香料会社だからこそ到達しうる品質の実現にあると考えています。
小川裕、バニラ開花記念式典(2026年5月1日)
畑で得られる原料を待つだけでなく、望む香りから栽培と加工を考える。大阪の原料商から始まった会社が、今はその原料の育ち方にも手を伸ばしている。
国際展開と現在の事業
アジアでは1995年にインドネシア法人、2002年に上海法人、2013年にシンガポールと台湾の会社、2018年にタイ法人を設けた。2019年には韓国支店とベトナム事務所を開設し、2024年にはフィリピン支店を開いた。現地の嗜好に合わせた開発も行い、国内の素材と技術を海外へ届けている。
国内では2026年5月、津山市に岡山第二工場を開設した。2025年の発表時には倉庫棟が完成し、製造棟の整備が計画されていた拠点である。岡山工場、つくば事業所に続く国内第三の生産拠点として、食品・食品香料を作る体制を広げている。
2025年12月期のグループ売上高は445億円で、食品香料、香粧品香料、香料原料などを含む事業全体の数字である。小川香料の仕事は、製品に香りを加えることから、原料の生産と使い方、香りが届く場面を設計することまで広がっている。
ちなみに…大阪の街を香りで迎える
2026年の「船場のひなめぐり」では、小川香料が三菱UFJ銀行大阪ビル、大阪証券取引所ビル、少彦名神社で、桃の節句をイメージした香りを演出した。創業の地につながる街で、香りが商品以外の形でも人を迎えている。
主な歩み
- 1893年2月:大阪・道修町で芳香原料小川商店を創業。香料の直輸入販売を行う。
- 1924年:リナロールなど合成香料の製造を開始。
- 1927年:香料の知識を伝える「小川香料時報」を創刊。1944年に廃刊。
- 1933年4月:株式会社小川香料店へ組織変更。
- 1936〜1938年:台湾にシトロネラなどの農場・製造工場、パチュリなどの試験農場を開設。
- 1941年:北海道でシソなどの栽培と精油・エキス製造を開始。
- 1945年11月:小川香料株式会社へ改称。
- 1954年:三郁サンダイヤを設立。現在のサンダイヤにつながる。
- 1958年:粉末香料コートンの製造を開始。
- 1983年:岡山工場を開設、大阪工場を全面移転。
- 1986年:当時の社長・小川嘉治が藍綬褒章を受章。
- 1995年:インドネシア法人を設立。
- 1999年:舞浜研究所を開設。
- 2002年:上海法人を設立。
- 2004年:つくば事業所を開設。
- 2013年:シンガポールと台湾の会社を設立。
- 2017年:つくば研究所を開設。「Sense Japan」を掲げる。ダージリンの特徴を生かした紅茶香料の研究発表。
- 2018年:タイ法人とおおいた佐伯農場を設立。「Ogawa Times」を創刊。コーヒーの戻り香の経時変化を考えた研究発表。
- 2019年:大分県との香りの連携協定、伊豆大島の団体との協定を締結。韓国支店とベトナム事務所を開設。
- 2021〜2022年:佐伯でレモンの定植を進める。美郷町、宮崎県・新富町、岡山の関係機関などとの連携を進め、2022年に新富町でバニラの試験栽培を開始。
- 2023年3月:岡山県産桃花を活用した香料をリリース。
- 2024〜2025年:マスカット・オブ・アレキサンドリアの食品用香料を発表し、翌年に香粧品用香料の完成を公表。2024年にはフィリピン支店を開設。
- 2026年:2月に新富町でバニラ豆を初収穫。4月に圃場全体が開花、5月1日に記念式典。5月に岡山第二工場を開設。
参考文献
- 大分県「日本独特の香りを追求する小川香料のレモン栽培への道」(2024年)
- 岡山県産桃花の香料リリースと三者連携協定(2023年)
- 会社概要・沿革・社長メッセージ
- 小川香料が掲載する会社情報・設立日・沿革・研修制度(マイナビ2028)
- 三共『三共六十年史』年表:小川安兵衛と武田商店(渋沢社史データベース)
- 藤田豊「問題解決と豊かさ求める限り『香りの貢献』は続く」(2023年)
- つくば事業所・マテリアル開発センター
- 天然精油・エキスの開発担当者の仕事
- 岡山工場の天然物加工・配合担当者の仕事
- フレーバリストが育てる国産バニラと開花記念式典(小川香料、2026年)
- マスカット・オブ・アレキサンドリアの香粧品用香料(2025年)
- 伊豆大島産桜花と地域との取り組み
- 秋田県産美郷雪華と地域との取り組み
- フレグランス事業のパフューマー:原料・創作・後輩育成
- 藤田豊「香りを創る『調香師』は技も感性も磨く」(2023年)
- アロマイングリディエンツ:天然原料・アロマケミカル・ベース
- フレグランスのシリーズと製品用途
- 飲料用香料を開発するフレーバリストの仕事
- 曽我直美「ダージリンの特徴的な香気を活用した紅茶香料の開発」(2017年研究発表)
- 日本清涼飲料研究会・第27回研究発表会の開催案内(2017年)
- 糸部尊郁「レトロネーザルアロマの経時変化を考慮したコーヒーフレーバーの開発」(2018年研究発表)
- 日本栄養・食糧学会:第28回日本清涼飲料研究会の2018年開催記録
- 岡山第二工場の設置と段階的整備の発表(2025年)
- 船場のひなめぐりでの香りの演出(2026年)



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