同じにおいでも、「パルメザンチーズ」と紹介されるか、「嘔吐物」と紹介されるかで、快さの評価が大きく変わる。そんな結果が、実際の嗅覚実験で報告されています。
名前の影響は、答え方だけにとどまるのでしょうか。ここでは、2001年の言語による印象の変化、2005年の脳画像、2008年の嗅ぎ方と身体反応を調べた三つの研究をたどります。同じテーマでも、使ったにおいと実験の問いはそれぞれ異なります。
「チーズ」と「嘔吐物」で、同じ試料の評価が変わった
2001年の研究では、大学生80人が、1週間を隔てて同じ5種類のにおいを嗅ぎました。各回で与えられる名前は、好ましい連想を持つものと、好ましくない連想を持つもののどちらかです。2回目には名前を入れ替え、どちらを先に伝えるかも参加者の群で逆にしました。
研究者が選んだのは、複数の名前がもっともらしく思える、由来の曖昧なにおいです。たとえばイソ吉草酸と酪酸の混合物には「パルメザンチーズ/嘔吐物」、バイオレットリーフには「新鮮なキュウリ/カビ」、パチュリには「お香/かび臭い地下室」という名前を付けました。
最も大きく快さが変わったのは、チーズと嘔吐物の名前を付けた混合物です。1が非常に不快、9が非常に快い尺度で、平均は「パルメザンチーズ」のとき5.06、「嘔吐物」のとき1.68でした。試料の中身を変えずに、評価がほぼ中立から強い不快へ動いたことになります。
参加者は快さ、親しみ、強さを評定するほか、思い出、使い道、自分なら何と呼ぶかを自由に書きました。この記述を、実験条件を知らない判定者2人が分類すると、酸の混合物については、どちらの提示順の群でも約83%が、2回の体験を異なるにおいとして解釈していると判定されました。本人に「同じか違うか」を二択で答えさせた割合ではありません。
名前の力には、においごとの差と順序の影響がある
名前による変化は、すべてのにおいで同じ大きさではありませんでした。メントールの「口臭をさわやかにするミント/胸に塗る薬」は、チーズの例ほど大きく変わりません。また、先に薬として紹介された場合には、後のミント名で快さが上がりましたが、先にミント名を聞いた群では、その二つの名前による快さの差は明確ではありませんでした。
ほかの評価も一律に変わったわけではありません。チーズ/嘔吐物の混合物は、嘔吐物という名前で親しみの評点が低下しました。バイオレットリーフは、キュウリよりカビという名前で強く感じられました。こうした違いから、著者らは、名前と過去の経験との結び付きが、言葉の効き方に関わると考えています。
著者らは、この現象を「嗅覚の錯覚」の証拠として提案しました。研究の操作上の意味は、物理的な刺激が同じでも、文脈で知覚の解釈が変わるということです。無名で嗅ぐ条件はなく、曖昧な試料を選んだ実験なので、あらゆるにおいを任意の名前に変えられる、という結論にはなりません。
脳画像では「チェダーチーズ」と「体臭」を比較した
2005年の研究は、言葉がにおいの快不快に関わる脳の応答を変えるかを、fMRIで調べました。参加者は23〜35歳の健康な男性12人です。使った試料は、イソ吉草酸にチェダーチーズ香料を組み合わせたもので、先ほどのパルメザン/嘔吐物の実験とは配合も名前も違います。
装置から同じにおいを8秒間提示し、その間、画面には「チェダーチーズ」または「体臭」と表示しました。清浄な空気にも同じ二つの名前を付け、別に「空気」と表示する基準条件を設けています。さらに、花と焦げたプラスチックの名前を付けた基準臭も使いました。各提示後に快さと強さを評価しました。
試料の快さは、−2から+2の尺度で、チェダーチーズ名では平均−0.10、体臭名では−0.86でした。チーズ名でとても快くなるというより、ほぼ中立だった評価が、体臭名では不快側へ下がった結果です。強さの評定には、名前による明確な差はありませんでした。
脳画像では、快さの評価に関わる前帯状皮質の前方部から内側眼窩前頭皮質にかけて、チーズ名の方が体臭名より強い応答を示し、活動は快さの評点とも関連しました。扁桃体と隣接する嗅覚関連領域でも、においがある場合には快さや名前に関連した応答が報告されています。
興味深いのは、清浄な空気でも、体臭名の方がチーズ名より不快に評価され、前帯状皮質・内側眼窩前頭皮質では評定と関連する活動が見られたことです。一方、扁桃体では、空気に名前を付けた場合に同じ明確な関連は見られませんでした。著者らは、言葉からの期待や想像が関わる領域と、実際のにおい入力により強く結び付く領域の違いとして考察しています。
装置外で11人に行った確認では、提示開始後2秒間の吸気に名前の影響は検出されませんでした。著者らは、単に嗅ぐ量が変わっただけでは説明しにくく、意味の情報が嗅覚処理に関わるという解釈を示しています。ただし、脳画像だけで本人の内的体験を完全に読み取ったり、神経回路の因果経路を確定したりできるわけではありません。
数字の名前を基準にすると、快さは正・中立・負の順になった
2008年の研究は、肯定的な名前と否定的な名前に加え、2桁の数字という中立な名前を使った点が特徴です。40人の大学生が15種類のにおいを、それぞれ三つの名前で嗅ぎました。繰り返しに気づきにくくするため別の試料も混ぜ、提示順を調整しています。
例として、シトラールには「搾ったレモン/虫よけ」、クミン油には「カレーのスパイスミックス/汚れた服」という名前を用いました。参加者は名前を声に出して読み、2秒間嗅いだ後、強さ、感情をどれほど動かすか、快さを評価しました。
15種類をまとめると、快さは肯定名、中立の数字、否定名の順に高くなりました。否定名では、肯定名や中立名より強く感じられ、肯定名では中立名より感情を動かす程度が高く評価されました。ただし、個々のにおいの変化はそろわず、ピリジンやシネオールでは正負の名前の間に快さの明確な差がありませんでした。
嗅ぐ量と皮膚の反応にも変化。ただし、同じ方向ではない
同じ2008年の論文には、別の30人が参加した身体反応の実験もあります。10種類の対象臭と比較用の試料を使い、名前を読んでから嗅ぐ間の吸気、皮膚電気反応、心拍を記録しました。評定実験と参加者が違うため、ある人の快さの変化が、その人の身体反応とどれほど対応したかは直接調べられていません。
においがある条件では、肯定名のときの吸気量が、中立名や否定名のときより大きくなりました。記録不良などを除いた吸気量の解析対象は24人です。吸気の最大振幅にも名前の主効果があり、肯定名が中立名を上回りましたが、量と最大振幅では条件との関係が同じではありませんでした。
皮膚電気反応は、肯定名でも否定名でも、中立の数字より大きくなりました。肯定名と否定名の間の差は有意ではなく、単に「快いほど反応が大きい」という並びではありません。心拍には明確な差が見られませんでした。吸気の違いを統計的に調整しても皮膚電気反応の傾向は残り、著者らは嗅ぎ方の変化だけでは説明しきれないと考えています。
無臭の水を提示する条件では、名前による皮膚電気反応や吸気量の差は見られませんでした。ただし、この条件では「名前の後に無臭の刺激が来る」とあらかじめ知らせています。2005年の清浄な空気の実験とは期待の作り方も測定指標も異なるため、無臭のときの結果を単純に矛盾とみなすことはできません。
まとめ
三つの研究は、においの名前が快さの評価を変え、その影響が脳の応答や嗅ぐ量、一部の身体反応にも現れることを示しました。パルメザンチーズ/嘔吐物の実験では評価が大きく動き、チェダーチーズ/体臭の脳画像実験では同じ試料への応答が変化し、中立の数字を加えた研究では快さが肯定・中立・否定の順に並びました。
同時に、においによって名前の効き方は異なり、身体の指標も一律には動きませんでした。私たちが感じる香りには、鼻に届く成分とともに、「これは何のにおいか」という解釈が組み込まれている。そのことを、異なる方法で確かめた研究群です。
2001年の研究はHaarmann & Reimerの助成と香料提供を受け、著者の一人にはMorley R. Kare Fellowshipの記載があります。2005年の研究は英国Medical Research Councilの支援を受け、研究当時、共著者3人はFirmenichに所属していました。2008年の研究はカナダ保健研究機構の助成を受けました。確認した各原著本文には、独立した利益相反声明は見当たりません。
参考文献
Herz RS, von Clef J. The influence of verbal labeling on the perception of odors: Evidence for olfactory illusions? Perception. 2001;30:381–391. doi:10.1068/p3179
de Araujo IE, Rolls ET, Velazco MI, Margot C, Cayeux I. Cognitive Modulation of Olfactory Processing. Neuron. 2005;46:671–679. doi:10.1016/j.neuron.2005.04.021
Djordjevic J, Lundstrom JN, Clément F, Boyle JA, Pouliot S, Jones-Gotman M. A Rose by Any Other Name: Would it Smell as Sweet? Journal of Neurophysiology. 2008;99:386–393. doi:10.1152/jn.00896.2007


