単独では「猫っぽい」と表現される香りの成分が、コーヒーの中では果実を思わせる印象を強めました。2020年の研究は、アラビカとロブスタの挽き豆を比べ、成分を加える実験から、香り同士の組み合わせの重要性を示しています。
さらに、その成分が焙煎中につくられる手掛かりも調べました。どんな分子があるかだけでなく、ほかの香りの中でどう感じられ、どう生まれるのかをつなぐ研究です。
比べたのは、二つの挽き豆の香り
対象は、アラビカ種のコロンビア・スプレモと、ロブスタ種のベトナム・ロブスタG1です。同じ水洗式で精製された豆を選び、焙煎した豆を挽いた直後の香りを調べました。
小川香料でコーヒー香料の開発に従事する研究員6人が、挽き豆2.5gの上に漂う香りを3回ずつ評価しました。飲んだときの味ではなく、Sour(酸っぱさを思わせる)、Floral、Fruity、Green、Catty、Smoky、Nutty、Roastyという香調の強さを比べています。
コロンビアの試料はベトナムの試料より、Sour、Floral、Fruityが有意に強く、Smoky、Nutty、Roastyは有意に弱い結果でした。この違いを生む候補を、次に成分分析で探しました。
アラビカに多い成分が、花や果物の香りとは限らない
挽き豆の周囲の空気から集めた香気を4倍ずつ薄め、分離した成分を人が嗅ぐAEDA分析を行いました。3人中2人以上が検出できた希釈段階を使い、どちらかの試料で高いFD値を示す15のにおいを捉え、うち13成分を同定しています。
主要な候補は両試料に共通しており、存在するかどうかより、そのバランスが違いました。アラビカ側に多かった成分には、3-メルカプト-3-メチルブチルホルメート(MMBF)と、2-イソブチル-3-メトキシピラジン(IBMP)がありました。
ところがMMBFはCatty、IBMPはGreenと表現される香りです。アラビカ試料で強かった花や果実の印象とは、そのまま一致しません。著者たちは、これらがほかのコーヒー成分と混ざると、単独とは違う役割を持つのではないかと考えました。
MMBFを加えると、果実感が強まり、スモーキーさが下がった
コロンビアの挽き豆には、MMBFが200ppb含まれていました。そこでベトナムの挽き豆に、MMBFを200ppbまたは400ppb加え、同量の溶媒だけを加えた対照と香りを比較しました。
200ppb添加では、調べたどの香調にも対照との有意な差は報告されませんでした。400ppb添加では、SourとFruityが有意に強まり、図に示された評価ではSmokyも有意に低下しました。一方、FloralやCattyなどには有意な変化が確認されませんでした。
つまり、この条件でMMBFを加えた効果は、単に「猫っぽいにおいを足す」というものではありません。コーヒーの香りの中で、酸っぱさを思わせる要素と果実感を強め、スモーキーな印象を弱める変化として現れました。
青い香りも、背景によって感じ方が変わる
IBMPについても、加える実験を行いました。元の濃度は、コロンビアが70ppb、ベトナムが6ppbでした。ベトナムに70ppbを追加した試料は、コロンビアそのままの試料や、コロンビアにさらに70ppbを加えた試料より、Greenな香りが有意に強く感じられました。
IBMPがより多く含まれる条件でも、コロンビアの香りの中ではGreenが強くならなかったのです。著者たちは、ほかの香気成分との相互作用によって、青い印象が抑えられると考えました。
どの成分同士が、どの感覚段階で作用したかは、この実験からは特定できません。それでも、同じ成分量だけで香りの強さや質を説明しきれないことを示す比較です。
焙煎で生まれる香りの、材料も調べた
研究のもう一つの目的は、なぜMMBFがアラビカ試料に多いのかを探ることでした。先行研究では、プレノールから硫黄を含むMMBという物質が生じ、さらにギ酸と反応してMMBFになる経路が考えられています。
そこで研究者たちは、生豆と焙煎度の異なる豆で、プレノール、MMB、MMBFを測りました。これらは生豆ではほとんど検出されず、焙煎後に現れました。プレノールは調べた両焙煎度でアラビカ側に多く、MMBとMMBFは、より深く焙煎した条件でアラビカ側に多くなりました。
さらに生豆の遊離糖を調べると、大部分はスクロースで、これもアラビカ側に多く含まれていました。糖の加熱でギ酸が生じ得るという先行知見と合わせ、著者たちは、生成に関わる材料の量の違いがMMBFの差につながると考察しています。
今回、硫化水素やギ酸の生成からMMBFまでを直接追跡したわけではなく、プレノールの前駆物質も未解明です。また、比較したのは限られた産地・試料であり、すべてのアラビカとロブスタを代表する比率とするには、さらに多くの豆で確認する必要があります。
まとめ
今回の挽き豆比較では、アラビカ試料は果実・花・酸っぱさを思わせる香りが強く、その中に、単独では猫っぽい香りを持つMMBFが多く含まれていました。ロブスタ試料へ400ppb加えると、果実感とSourな印象が強まり、スモーキーさが下がりました。IBMPの青い香りも、背景のコーヒーによって感じ方が変わりました。
また、焙煎後の関連成分と生豆の糖の違いは、MMBFの生まれ方を考える手掛かりになりました。コーヒーらしい個性は、単独の成分名だけでなく、生成の条件と、混ざったときの働きから見えてきます。
著者5人は、論文掲載時に小川香料所属と記載されています。独立した研究資金・利益相反の申告欄は確認できませんでした。
参考文献
馬場良子・大和礼奈・樋口可南子・松田知子・熊沢賢二(2020)「アラビカ種コーヒーの品種特徴香とその形成要因」日本食品科学工学会誌、67(4)、134–140。doi:10.3136/nskkk.67.134(原著全文)


