「このボトルの中に、あなたのアメリカ的な個性には欠けている、フランスのグラマーのひとかけらが入っています。」
— ブランドの物語に登場する、アルバート・フーケ(Albert Fouquet)から若きジョン・F・ケネディへのメモ(パフューム・ソサエティの紹介より)
基本情報
物語上の起点: 1937年(コート・ダジュール / パリ)
現代の展開: 2009年にパッケージを制作、2012年にエレメンツ・ショーケースへ出展
物語上の創設者: アルバート・フーケ(Albert Fouquet)
公式サイト: https://eightandbob.com/
読み方: エイト・アンド・ボブ
創設者・ブランドの成り立ち
貴族の城の最上階で生まれた香り
以下は、エイト・アンド・ボブがブランドの由来として語る物語である。その物語は、20世紀初頭のパリ貴族社会に端を発する。アルバート・フーケは、パリの名門貴族の息子として生まれ、フランスのエリート社交界の一員であった。彼は香水愛好家(コノサー)として知られており、一族のシャトー(城館)の最上階にある部屋で、執事フィリップの助けを借りながら、自らが纏うためだけの香水を調合していた。
「彼はただ自分のためだけに香りを作っていた。それを市場に出すことは一切考えていなかった。」
(公式サイトによる伝承)
社交の場に現れるたびに人々を魅了したその香りは、やがて彼の交友関係の中で評判となり、多くの知人から商品化を求める声が上がった。しかしフーケは、その提案を常に断り続けた。香水を作ることは、彼にとってあくまで個人的な愉しみであり、それを市場に売り出すことに関心はなかったのである。
1934年、アンデスへの旅
フーケの香水づくりに欠かせないエピソードとして語られるのが、1934年1月のチリへの旅である。イタリア大使の招待でチリを訪れた彼は、その国の魅力を堪能するとともに、アンデス山脈を探索して香水に使える芳香植物を探し求めた。標高3,000メートルを超える高地で、フーケは後に「アンドレア(Andrea)」と自ら名付けた野生植物を見つけ、パリへと持ち帰った。このアンドレアの抽出物は、のちにエイト・アンド・ボブの原点となる香水「ジ・オリジナル」の核心をなす素材となる。
運命の出会い、1937年夏
ブランド誕生の直接のきっかけとなったのは、1937年の夏、フランス・コート・ダジュールで起きた一夜の邂逅(かいこう)であった。バカンス中のフーケは、コンバーチブル車でフランスを旅していた若いアメリカ人学生と出会い、すぐに意気投合した。その青年の名は、ジョン・F・ケネディ――後のアメリカ合衆国第35代大統領である。
紹介からわずか数分のうちに、ケネディはフーケの纏う香りに魅了された。ケネディの魅力と気さくな人柄に応えて、フーケは翌朝、ホテルの彼の部屋にサンプルボトルをメモとともに置いていった。そのメモに書かれていたのが、冒頭に引いた、少々辛辣だが愛嬌のある一文だ。
「8本と、もし在庫があればボブのために1本を」
バカンスから帰国したフーケのもとに、しばらくしてアメリカからケネディの手紙が届いた。友人たちの間で香水が大評判であることを伝える内容とともに、ケネディはこう綴った。
「8つのサンプルを送っていただけますか。そして、もし在庫があれば、もう1本をボブのために。」
— ブランドの物語に登場する、ジョン・F・ケネディからアルバート・フーケへの手紙より
「ボブ(Bob)」とは、ジョンの弟で後にニューヨーク州上院議員となるロバート・F・ケネディの家族内での愛称だった。依頼の意図を完全には把握しきれなかったというフーケだったが、その完璧主義は発揮された。執事フィリップがパリの薬局でふさわしいガラスボトルを見つけてくるまで、注文を満たそうとはしなかったという。
そしてボトルが決まると、フーケはケネディが初めて出会ったときに着ていたシャツと同じ縞模様をあしらった箱を特注し、ラベルにはそのままケネディの言葉を刻んだ――「Eight & Bob(エイト・アンド・ボブ)」。こうして、ブランドの名前が生まれた。
ハリウッドへの広がり、そして悲劇
フーケが驚いたのは、数ヶ月後のことだ。アメリカから、様々なハリウッドの映画監督、プロデューサー、俳優たちの名でエイト・アンド・ボブを求める手紙が届き始めた。ケアリー・グラントやジェームズ・スチュワートといった黄金時代のスターたちも、その香水の虜となった。彼らがエイト・アンド・ボブを知るきっかけとなったのは、映画産業での事業経験を持ち、多くのスターたちとの交流があったケネディの父、ジョー・ケネディを通じてであったとされる。
しかし、この幸福な時間は長くは続かなかった。1939年春、アルバート・フーケはフランス・ビアリッツ近郊で交通事故により突然この世を去った。フーケ亡きあと、注文をさばける唯一の人物となった執事フィリップが数ヶ月間だけ業務を引き継いだものの、第二次世界大戦の勃発によって、彼もフーケ家を去らざるをえなくなった。
最後の出荷の際、フィリップは手でページを切り抜いた本の中にボトルを隠した。ナチス軍に押収されることを防ぐための機転であった。
数十年の眠りを経た復活
その後、エイト・アンド・ボブのフォーミュラと製法は長い眠りについていたが、やがてフィリップの家族によって発見・復元され、チェルソ・ファデッリ(Celso Fadelli)によって現代的に再ローンチされたと、インタートレード・ヨーロッパは紹介している。2009年にはバルセロナのデザイン事務所、パティ・ヌニェス・アソシアッツ(Pati Nuñez Associats)が「A fragrance with a story(ア・フレグランス・ウィズ・ア・ストーリー/物語のある香水)」というコンセプトに基づいてパッケージをデザインし、2012年にはニューヨークのエレメンツ・ショーケース(Elements Showcase)で披露され、ニッチ香水界の注目を集めた。
なお、販売店マッターチェの製品紹介には、物語の位置づけについて次の注記が掲載されている。
「エイト・アンド・ボブのストーリーは、時間をかけて口頭で伝えられてきた家族の話に基づいている。最終的な叙述には、フィクション的な事実やキャラクターが導入されている。」
この注記では、物語の骨格は家族の口伝に基づきつつも、最終的な叙述には脚色が加わったものと説明されている。どこまでが史実でどこからが伝説なのかを明確に区分することは現時点では困難であるが、ジョン・F・ケネディとの出会いを含む中心的なエピソードはブランドが一貫して語り続けているものである。
ブランドのこだわり
香りづくりの哲学:スロー・パフューマリー
エイト・アンド・ボブの調香は、「スロー・パフューマリー(slow perfumery)」と呼ぶべき丁寧な工程で行われる。香料はジュエリー用の精密秤で計量され、小バットで熟成させたのち、暗所でゆっくりと寝かせる。調香師たちは繰り返しフォーミュラに立ち返り、トップ・ハート・ドライダウンのすべての層が調和するまで精錬を重ねる。
「私たちが手本とするのは、卓越さを追い求めたアルバート・フーケの精神だ。」
(公式サイト:Know How(ノウハウ)より)
素材の調達においても、一般的な香水ブランドとは一線を画す。アトラス山脈からエーゲ海沿岸に至るまで、通常の調香では使われない希少な原料を求めて旅をする。取引先は家族経営の農家が中心で、収穫は季節と自然のペースに従う小ロット生産である。使用するサンダルウッドはFSC(エフエスシー)認証を取得した西オーストラリア産で、15年かけて育てたサンタラム・アルバム種を使用するなど、サステナビリティへの意識も高い。
秘密の素材「アンドレア」
ブランドの象徴的な原料が、フーケが自らアンデス山脈で発見したとされる野生植物「アンドレア」だ。標高3,000メートル以上の岩場に生育するこの植物は、採取できる期間が12月〜1月の2ヶ月間に限定される。さらに採取した株の中から厳格な選別を経て選ばれるのは全体のわずか7%にすぎない。このため、毎年3〜4月の選別が終わるまで、エイト・アンド・ボブのオリジナル香水が何本製造できるかが判明しない仕組みとなっている。ブランドは、この希少性を自然の条件に基づくものとして語っている。
ボトルとパッケージ:本に隠された香水
エイト・アンド・ボブのボトルは、ミニマルな直線的フォルムに手磨きのガラス、黒のベークライト風キャップを備え、ストライプ柄のラベルが特徴的だ。このストライプは、ジョン・F・ケネディが初対面の際に着ていたシャツの柄に由来するとされる。各ボトルは手磨きで仕上げられ、ナンバリングが施されている。
最も印象的なのは、外箱のデザインだ。箱は一冊の本の形をしており、表紙を開くとブランドの物語が書かれたページが続き、最後のページには瓶を収めるためにくり抜かれた空間がある。このデザインは、戦時中にフィリップが本の中に香水を隠したというエピソードに着想を得たもので、「物語のある香水(A fragrance with a story)」というコンセプトを文字通り体現している。このブック型パッケージは2009年にパティ・ヌニェスによってデザインされた。
香水ラインナップ
エイト・アンド・ボブのラインナップは、アルバート・フーケの個人的な旅や出会いに着想を得たコレクションで構成されている。全体として、「フーケの人生の私的な章を1本ずつボトルに詰めた」という世界観が貫かれている。
ジ・オリジナル(The Original)
ブランドの原点であり、ジョン・F・ケネディやハリウッドのスターたちを虜にしたとされる一作。トップにカルダモン・レモン・ピンクペッパーのスパイシーでブライトな開幕、ハートにドライウッド・ラブダナム(シスタスの樹脂)・バイオレットリーブスの20世紀パリを思わせる複雑な中香、ベースにはアンバー・サンダルウッド・ベチバーの洗練されたウォームウッドの余韻が続く。ブランドの説明では、アンデス産「アンドレア」が核心素材となっており、その年の収穫量によって生産本数が決まる香水でもある。
旅のコレクション
フーケが人生で愛した各地の記憶を香りに封じ込めたコレクション。
- キャップ・ダンティーブ(Cap d’Antibes):コート・ダジュールのアンティーブで過ごした夏の長い休暇が着想源。ミント・バーチ・バイオレットリーブスの爽快な開幕から、シダー・バニラの温かいサマーナイトへ落ち着くフレッシュ系。
- エジプト(Egypt):若いころのエジプト訪問を反映した作品。ラベンダー・モス・レモンのクールな出発から、ラベンダー・カルダモン・ナツメグを経て、サンダルウッド・レザー・パチョリのオリエンタルな余韻に至る。
- シャン・ド・プロヴァンス(Champs de Provence):ワイン農家の友人たちのもとで過ごしたプロヴァンスの田園風景。カラブリア産コールドプレス・ベルガモットによる緑がかった金色の輝きが特徴的なアロマティック系。
- ニュイ・ド・メジェーヴ(Nuit de Mégève):フレンチアルプスのスキーリゾート、メジェーヴの夜会がテーマ。グレープフルーツ・プチグラン・クローブのシャープな開幕から、コーヒー・トンカビーン・アイリスのダーク系ハートを経て、ベチバー・タバコ・ムスクが都会的な余韻を残す。
- メモワール・ド・ミュスティーク(Mémoires de Mustique):カリブ海の島ムスティーク(プライベートアイランドとして知られる)へのオマージュ。オレンジブロッサム・ネロリを中心とした熱帯風のフローラル・シトラス系。
アンニーク・コレクション(Annicke Collection)
このコレクションは、フーケが1936年にウィーンで出会ったオーストリアの女性「アンニーク」への想いに着想を得た、女性向けとして展開されてきた香水ライン。「フーケは彼女と会うたびに、新しい香りを贈り続けた」という物語が背景にある。アンニーク1から6までの6作品で構成されており、フローラルからオリエンタルまで、それぞれ異なる個性を持つ。
- アンニーク1:スズランとジャスミンを核にした清潔感のあるフローラル系
- アンニーク2:チューベローズ・イモルテル・イランイランのウォームでエンベロープするフローラル系
- アンニーク3:ガーデニアとジャスミン・ホワイトローズによるシプレ・フローラル。メレンゲのデザートノートが印象的
- アンニーク5:ラムとハニー、バニラ・キャラメルが絡み合う、ウォームで官能的なオリエンタル系
レ・ゼクストレ・コレクション(Les Extraits Collection)
エクストレ・ド・パルファム(parfum extrait、高濃度のフレグランス)によるコレクション。通常のオード・パルファムよりも希少原料の濃度を高め、香りの発現がより深く、肌への残香が長い。少量生産にこだわった贅沢なラインで、ル・ジェスト・デドモン(Le Geste D’Edmond)、ラ・ミュジーク・ド・クリスティ(La Musique de Christie)、アグネタ(Agneta)、ゲタリー(Guéthary)の4作品が代表作とされている。
ロバート・F・ケネディ スペシャルエディション
ブランド名の由来となったボブ(ロバート・F・ケネディ)への敬意を込めたリミテッドエディション。ジ・オリジナルと同一フォーミュラを50mlに充填したもので、RFK(アールエフケー)ヒューマン・ライツ財団(Robert F. Kennedy Human Rights Foundation)との協力で制作され、収益の一部が同財団に寄付された。
ちなみに…
「ボブ」はコスメブランドにありがちな創業者の名前ではない。 「エイト・アンド・ボブ」という名前を聞くと、Bob(ボブ)という人名が創業者の名前なのかと思う人も多いが、ブランドの物語では「8本と、もし在庫があればボブに1本を」というケネディの手紙の文言がそのままブランド名になったものだ。「ボブ」は、ジョン・F・ケネディの弟、ロバート・F・ケネディの家族内での愛称である。
ブランドのパッケージは、ある意味「現代アート」だ。 本型の外箱の中に物語が書かれ、最後のページをめくるとボトルが出てくるという体験型の設計は、デザイン会社パティ・ヌニェスが「物語のある香水」というコンセプトをそのままパッケージに体現したものだ。このデザインには「コミュニケーション、ネーミング、アートディレクション」まで含まれたトータルブランディングが施されており、2009年のプロジェクトとして世に出た。
生産本数は「自然が決める」。 ブランドの説明では、毎年のアンドレアの収穫量によって生産できるボトル数が各国へ割り振られるため、特定の年に在庫がなくなることも起こりうる。数量限定を謳うブランドは多いが、エイト・アンド・ボブのそれは、稀少植物の採取という自然の制約に直接結びつけて語られる点が異彩を放つ。
参考文献
- Eight & Bob History
- Eight & Bob – The Perfume Society
- Our Story
- Eight & Bob – Le Secret du Marais
- The Glamorous Origins of Eight & Bob Perfume – COOL HUNTING®
- このブランドのカテゴリ
- The Fascinating Story Behind JFK's Fragrance (Which You Can Now …
- The fascinating presidential history of Albert Fouquet's Eight & Bob …
- Eight & Bob – Pati Nuñez Associats
- brand / Eight & Bob – Intertrade Europe
- New Niche Fragrance Review- Eight & Bob: If It Isn't, It Oughta Be
- Eight & Bob 100ml edp
- Know how – Eight & Bob
- Memoires de Mustique perfume by Eight & Bob
- Eight & Bob 2009 – Pati Nuñez Associats
- The Origin of Eight & Bob…with Nazis! | Page 2 – Basenotes
- The Connoisseur's Wardrobe: Curating Scent | Eight & Bob
- Eight & Bob Original Eau de Parfum | Unisex – TheTwoBarbers
- Cap D'Antibes Perfume EDP 30mL | Eight & Bob
- Eight & Bob – Discovery Set Review : r/fragrance – Reddit
- Nuit de Megève by Eight & Bob
- Eight & Bob Archives
- Eight & Bob Annicke #5 Eau de Parfum – 30ml
- Eight & Bob Annicke #2 Eau de Parfum – 100ml
- EIGHT & BOB ANNICKE #3 EAU DE PARFUM
- Review: Eight & Bob Annicke Discovery Set
- The alchemy of intensity: Exploring the Les Extraits collection
- Buy EIGHT & BOB Les Extraits Discovery Set 4x9ml Online
- Eight & Bob Les Extraits Discovery Set 4x9ml – BeautyTheShop
- Eight & Bob Robert F. Kennedy Special Edition, Sample
- The Original Robert F Kennedy Special Edition
- マッターチェ:ジ・オリジナルの物語に関する注記
- エイト・アンド・ボブ公式:ジ・オリジナル
- エイト・アンド・ボブ公式:ロバート・F・ケネディ スペシャルエディション


