フランソワ・ロベール(François Robert)──受け継いだ技で、バラの表情をひらく

フランソワ・ロベールのスケッチと代表作品を掲載した調香師名鑑のサムネイル 調香師名鑑

「意識して嗅覚を使うことで、嗅覚は磨かれます。匂いに集中すればするほど、よりよく嗅げるようになるのです。」

フランソワ・ロベール──パフューム・ソサエティのインタビューより

1957年12月生まれ、フランスの調香師。

祖父と歩いた花畑、父から学んだ処方、インドの路地や大西洋の海辺。フランソワ・ロベールの仕事には、受け継いだ技術と、自分の鼻で歩いて得た記憶の両方が息づいています。名家に生まれたことを幸運と呼びながら、香りを知る方法は日々の観察にあると語る調香師です。

調香史

香料瓶のある家に生まれて

フランソワの父はギー・ロベール(Guy Robert)。エルメス(Hermès)のカレーシュ(Calèche、1961)や、ロシャス(Rochas)のマダム ロシャス(Madame Rochas、1960)、アムアージュ(Amouage)のゴールド(Gold、1983)などを手がけた調香師です。大叔父には、シャネル(Chanel)の二代目専属調香師として知られるアンリ・ロベール(Henri Robert)がいます。

一族の歴史は、天然香料の抽出技術に取り組んだジョセフ・ロベール(Joseph Robert)にまで遡ります。グラースのアントワーヌ・シリス(Antoine Chiris)で働き、フランソワ・コティ(François Coty)にも調香を教えた人物です。ファーンの公式紹介などでは、フランソワはこの一族の四代目の調香師とされています。

アンリもシリスで経験を積み、1952年にはシャネルでエルネスト・ボー(Ernest Beaux)の後を継ぎます。プール ムッシュウ(Pour Monsieur、1955)、No.19(1970)、クリスタル(Cristalle、1974)はアンリの作品です。父ガイの作品と混同されることもありますが、二人は別々の足跡を残しています。

そんな家族のなかで、フランソワにとってムエットや小さな香料瓶は、物心ついたときから身近なものでした。最初の匂いの記憶を尋ねられると、祖父のシェービングクリームを挙げています。

「とても昔風で、でも実にクラシックな香りでした。名前もブランドも覚えていませんが、また出会えば分かると思います。」

フランソワ・ロベール、パフューム・ソサエティのインタビューより

夏休みには弟と一緒に、カンヌの祖父母の家で過ごしました。祖父はグラースとカンヌの間に広がるオレンジ畑、ジャスミン畑、バラ畑へ連れていき、香料の違いや使い方を教えてくれます。8歳のころには、すでに香りを学ぶ空気のなかにいたのです。

14歳で始まった修業

最初の実地訓練は、14歳のときのロシャスでした。父が深く関わったブランドですが、本人の回想から分かるのは、ここで早くから調香の現場に触れたということです。

その後はパリの化学専門校エスコム(ESCOM)で学び、グラースやジュネーブでも訓練を積んだと紹介されています。家族のなかで自然に身につけた嗅覚の経験へ、化学と職業的な調香の勉強を重ねていきました。

父ガイは、家庭の外でも大切な師でした。2019年の英国放送協会(BBC)の取材では、長いキャリアを通じて父の影響を受けてきたと話しています。家の処方を引き継ぐことは、完成した答えを受け取るだけでなく、それを組み立てる考え方を学ぶことでもありました。

初期作品と、バラとの長い対話

1990年のローラン ギャロス フォーメン(Roland Garros for Men)は、フランソワ自身が初期作として挙げる香水です。子供のころから好きだった、生姜の清潔で繊細な匂いと味を作品に取り入れました。

翌1991年には、レ パルファン ド ロジーヌ(Les Parfums de Rosine)のラ ローズ ド ロジーヌ(La Rose de Rosine)を手がけます。創設者マリー=エレーヌ・ロジョン(Marie-Hélène Rogeon)との協働は、その後も長く続いていきました。

出発点になるのは、ロジョンの庭や自分の庭に咲くバラ、あるいは一緒に訪ねたバラの展示会でした。花の名前だけで作品を決めるのでなく、一輪から感じる微妙な違いを香水の中心へ育てます。

「バラの香りは単純に思えますが、見た目よりずっと複雑です。ここ数年、自分の庭にある特別なバラを中心にした香水を作ろうとしています。」

フランソワ・ロベール、パフューム・ソサエティのインタビューより

同じバラを見続けても、すぐに満足できる香水になるとは限りません。身近な花を長く観察する姿勢に、フランソワの素材との付き合い方が表れています。

シナロームからインドへ

フランソワは1998年ごろから2005年まで、フランスのシナローム(Synarome)で調香部門の責任者を務めたと紹介されています。この時期の仕事には、レナ・ピエロッティ(Lena Pierottie)とのランバン(Lanvin)のベチバー(Vétyver、2003)があります。

2005年から2008年にかけては、インドのゴールドフィールド・フレグランシズ(Goldfield Fragrances)で調香の責任者として働きます。ムンバイでは、観光客のあまり行かない路地を歩くのが好きだったそうです。

ラジャスタンで飲んだお茶から、カルダモンの魅力にも出会いました。その香りは忘れられず、以来、できるだけ作品に使いたい素材になったといいます。

しかし旅で出会うのは、心地よい匂いだけではありません。暑さのなかで生ごみが発する強烈な臭いには、慣れるまで時間がかかりました。それでも、その経験を切り捨てることはしません。

「あらゆる匂いは興味深いものです。『悪い』匂いのなかにも、いつも何か『良い』ものがあります。」

フランソワ・ロベール、パフューム・ソサエティのインタビューより

快・不快を判断して終わるのではなく、その匂いのどこに惹かれ、何が強く印象に残ったのかを見る。長く調香を続けても、街を歩くことが新しい勉強になるのです。

英国のクインテッセンスと、次の世代

2008年秋には、英国南岸のブライトン近郊で活動するクインテッセンス・フレグランシズ(Quintessence Fragrances)へ移ります。会社登記上の取締役就任日は2009年2月9日です。創作と並行し、香水を評価し、若い人を育てる仕事にも携わりました。

エロディー・デュランド(Elodie Durande)は、その代表的な教え子です。モンペリエで学んだ彼女の天然香料に対する感性を見込み、ブライトンでの訓練へ招いたと、ファーンの公式サイトは紹介しています。二人の出会いの場所については、ファーンではグラース、メモワーズの紹介ではサント・マルグリット島と記されており、資料によって異なります。

エロディーは2014年2月にクインテッセンスのインターンとなり、その後は評価の仕事を経験します。フランソワの指導で調香師としての訓練を進め、2019年1月に調香師となりました。

2024年10月29日、フランソワは同社の取締役を退任しています。同じ月に、クインテッセンスはルクタ(Lucta)グループへの参加を発表しました。取締役退任は確認できますが、それだけで調香活動そのものを引退したという意味にはなりません。

ファーンでつながる、天然香料の技術

サマセット発のファーン(Ffern)では、フランソワとエロディーがともに季節の香りを作ってきました。創業者オーウェン・ミアーズ(Owen Mears)と、その姉妹でクリエイティブディレクターのエミリー・キャメロン(Emily Cameron)が、年に四つの季節の香水を届けるブランドです。

会員の名簿に基づいて制作する仕組みや、天然原料を中心に香りを組み立てる方針も特徴です。近年はエロディーが主任調香師として創作を主導し、フランソワから受け継いだ経験を、自分の解釈へと発展させています。

フランソワは調香学校イジプカ(ISIPCA)での教育にも携わってきました。また、2012年には調香師の創作と地位を守ることを目指す国際調香師クリエイターズサークル(International Circle of Perfumer-Creators)の創設に参加しています。2016年の紹介では、フランス調香師協会(SFP)の技術委員会を率いる肩書きも確認できます。香水を作る仕事と、その技術や立場を次に伝える仕事を、並行して続けてきた人物です。

創作哲学──素材を変えながら、深さを残す

天然香料を好むフランソワですが、すべての作品に同じ原料を入れ、自分の署名にすることにはこだわりません。香りの組み合わせを試し、そのときの気分や依頼、時代に応じて変えていきます。

「それでも、豊かで特別な天然香料をいくつか加えることは好きです。複雑で多面的なそれらが、香水に深みを与えるからです。」

フランソワ・ロベール、パフューム・ソサエティのインタビューより

旅の記憶から選ぶ原料もさまざまです。ジンジャーやカルダモンに加え、コルシカやギリシャのシスタス、イモーテル、タイム、ローズマリー、フェンネル。海辺の草木や潮の匂いも、繰り返し再現したいと語る対象です。

好きな香調にはシプレを挙げています。花だけでは説明できない奥行きや、肌にのせたときに現れる謎めいた表情に惹かれるといいます。素材を豊かに重ねながら、その奥をもう一度嗅いでみたくなる香りを求めています。

制作に必要な時間も、一律には語れません。初めの試作を顧客が気に入り、そのまま発売した経験がある一方、ロジョンとは、一作に非常に長い時間をかけました。

「ローズ ドムは、二人とも満足するまでに10年近く取り組みました。ですから簡単には言えません。平均に近いのは、5〜8か月でしょう。」

フランソワ・ロベール、パフューム・ソサエティのインタビューより

速くできたから浅いわけでも、時間をかけたから必ずよいわけでもありません。香りと依頼の内容によって、納得できる地点へ届くまでの時間が違うのです。

代表作とその背景

ラ ローズ ド ロジーヌ──赤いバラの厚み

1991年のラ ローズ ド ロジーヌは、ブランドの礎となった香りです。スミレとマリーゴールドの入口から、ローズ、ジャスミン、アイリスへ広がり、トンカ豆、ベンゾイン、ペルーバルサムが温かさを残します。

ブランドの紹介では、豊かな赤いバラを中心にした作品とされています。軽い花の水を思わせるだけでなく、花弁の厚みやパウダーのような質感まで感じさせる構成です。濃度20パーセントとされるパルファムの展開にも、原料の豊かさを大切にする考え方が表れています。

その後のロジーヌ作品では、ロジッシモ(Rosissimo、2010)のグレープフルーツのような明るさ、ローズ カシミール(Rose Kashmirie、2007)のサフランとカルダモン、マジャリス(Majalis、2013)のシナモンなど、異なるバラの表情を描き分けました。

「グレープフルーツのニュアンスがあるバラが、ロジッシモの発想になりました。サフランとカルダモンを思わせるバラからは、ローズ カシミールが生まれました。」

フランソワ・ロベール、パフューム・ソサエティのインタビューより

先にスパイスや果実を選び、バラへ足しただけではありません。庭の花そのものに感じた別の匂いを広げることで、一輪のなかにある複雑さを香水へと移しているのです。

ドブリス──父の香りを再び世へ

エルメスのドブリス(Doblis)は、父ガイが1955年に作った香水です。2004年の限定復刻では、息子フランソワがその再構成に携わりました。専門媒体では、ジャン=クロード・エレナ(Jean-Claude Ellena)との共同作と紹介されています。

古い香水の復刻は、単に同じ名前をラベルへ戻す仕事ではありません。使える原料や製造の条件が変わるなかで、過去の香りのどこを伝えるかが問われます。家族の技術を継いだフランソワが、父の作品をもう一度届けるという点でも印象的な仕事です。

セント オブ ア ドリーム──現代のフローラル・シプレ

2016年、メイクアップアーティストのシャーロット・ティルブリー(Charlotte Tilbury)は、最初の香水セント オブ ア ドリーム(Scent of a Dream)を発表しました。フランソワが調香し、広告にはケイト・モス(Kate Moss)が登場しています。

ジャスミン、ローズ、バイオレットなどの花に、ヘディオン、アンブロクサン、イソ・イー・スーパーといった素材が透明感や広がり、木質の余韻を与えます。ブランドは人を惹きつける香りという物語を強く打ち出しましたが、それを、香水が誰にでも同じ心理作用をもたらすという意味で受け取る必要はありません。

香水評では、フローラル・シプレ、あるいは透明感のあるフローラル・パチョリの作品として論じられています。伝統的な香調への愛着を持ちながら、現代の軽さと明るさを求める依頼に応えた仕事です。

ちなみに…

レ島(Île de Ré)を初めて訪れたとき、フランソワは大西洋の強い潮の匂いに驚いたといいます。幼いころに知った地中海とは違う、潮の満ち引きや砂丘の植物の香り。それ以来、ニューヨーク、ムンバイ、ブライトンなど、水辺に近い場所で働くことを好んできました。

パフューム・ソサエティの取材では、自分用に香水を買ったことも、贈られたこともないと話しています。家族から伝わる処方を自分でまとえることは、調香師一家ならではの楽しみでもあります。

自分が作りたかった作品として挙げるのは、ランバンのアルページュ(Arpège)、父のカレーシュ、イブ サンローラン(Yves Saint Laurent)のオピウム(Opium)、ケンゾー(Kenzo)のプールオム(Pour Homme)、ミュグレー(Mugler)のエンジェル(Angel)、ショパール(Chopard)のカシミール(Casmir)、ブルガリ(Bvlgari)のオ パフメ オーテヴェール(Eau Parfumée au Thé Vert)、そしてエルメスのテール ドゥ エルメス(Terre d’Hermès)です。古典から新しい香調を開いた作品まで、関心は一つの時代に収まりません。

一方、生活のなかに香りが増えすぎることには戸惑いも語っています。父の家に泊まったとき、新しい洗剤で洗ったシーツから、寝返りを打つたびに強い香りが立ち、眠れなくなったことがありました。香りを作る側でも、いつでも香りに包まれていたいわけではない。その距離感も、日々の匂いをよく観察する人らしいものです。

調香作品

主な作品を年代順にまとめています。季節限定作はシリーズとして記載しています。

年 ブランド 作品名 共同調香師
1990 ローラン ギャロス(Roland Garros) ローラン ギャロス フォーメン —
1991 レ パルファン ド ロジーヌ ラ ローズ ド ロジーヌ —
1993 レ パルファン ド ロジーヌ ラ クープ ドール(La Coupe d’Or) —
1994 レ パルファン ド ロジーヌ メア クルパ(Mea Culpa) —
1995年ごろ レ パルファン ド ロジーヌ ル ミュゲ ド ロジーヌ(Le Muguet de Rosine) —
1998 レ パルファン ド ロジーヌ ローズ デテ(Rose d’Été) —
2001 レ パルファン ド ロジーヌ プシエール ド ローズ(Poussière de Rose) —
2002 レ パルファン ド ロジーヌ エキューム ド ローズ(Écume de Rose) —
2002 レ パルファン ド ロジーヌ アン ゼスト ド ローズ(Un Zest de Rose) デルフィーヌ・コリニョン(Delphine Collignon)
2003 ランバン ベチバー レナ・ピエロッティ
2004 レ パルファン ド ロジーヌ ローザ フラメンカ(Rosa Flamenca)、ユヌ フォリー ド ローズ(Une Folie de Rose) —
2004 エルメス ドブリス(限定復刻) ジャン=クロード・エレナ。原作:ギー・ロベール
2005 レ パルファン ド ロジーヌ ローズ ド フー(Rose de Feu)、ローズ ドム(Rose d’Homme) —
2007 レ パルファン ド ロジーヌ ディアボロ ローズ(Diabolo Rose)、ローズ カシミール —
2008 レ パルファン ド ロジーヌ ローズ プラリネ(Rose Praline)、ゼフィール ド ローズ(Zéphir de Rose) —
2009年ごろ レ パルファン ド ロジーヌ シークレット ド ローズ(Secrets de Rose) —
2010 メアリー・グリーンウェル(Mary Greenwell) プラム(Plum) —
2010 レ パルファン ド ロジーヌ ロジッシモ —
2011年ごろ フリーダモディン(Friedemodin) ヴェルティーヌ(Vertine)、ジャルダン ミスティック(Jardin Mystique)、ロゼ ド ニュイ(Rosée de Nuit) —
2012 ベックス ロンドン(Bex London) ロンドナー SE1(Londoner SE1)、ロンドナー N6(Londoner N6)、ロンドナー W1X(Londoner W1X)、ロンドナー EC2(Londoner EC2) —
2012 レ パルファン ド ロジーヌ ロータス ローズ(Lotus Rose) —
2013 メアリー・グリーンウェル レモン(Lemon) —
2013 レ パルファン ド ロジーヌ マジャリス —
2013年ごろ フリーダモディン フー フォレ(Feu Follet) —
2014 ベックス ロンドン ロンドナー SW1X(Londoner SW1X) —
2016 シャーロット・ティルブリー セント オブ ア ドリーム —
2018年以降 ファーン ウィンター19(Winter 19)、スプリング19(Spring 19)、サマー19(Summer 19)、オータム19(Autumn 19)ほか季節シリーズ エロディー・デュランドと協働。近年はエロディーが主導
発売年不詳 レ サントゥール(Les Senteurs) アポジェ(Apogée) —

参考文献