洗って乾かした服に、まだにおいが残っている。そんなとき、菌の働きに加えて考えたいのが、布に残った皮脂の「酸化」です。
2020年の研究では、人工的な皮脂汚れを付けた布を使い、洗濯水に加えた銅が、皮脂由来のにおい成分の発生を増やすことが示されました。さらに、銅をつかまえる成分と酸化を抑える成分を洗剤に組み合わせると、測定したにおい成分が減りました。これは人が嗅いだ臭さの評価ではなく、においの分子ができる過程を調べた研究です。
布に残った皮脂から、においの分子が生まれる
研究を行ったのは、P&GのGregory S. Miracleらです。目に見える汚れが落ちても、繊維に残る皮脂が時間とともに変化し、においを生むことがあります。皮脂には、スクアレンや脂肪酸など、酸化されやすい成分が含まれます。スクアレンは皮脂を構成する油性成分の一つです。
ここでいう自動酸化は、油性成分が酸素と関わり、連鎖的な化学反応を起こしていく過程です。その途中で成分が分解し、揮発しやすい小さな分子が生まれます。光や熱に加え、銅のような金属イオンも、この反応を進める触媒として働くことがあります。
そこで研究チームは、二つの方向から反応を抑えようとしました。一つは「キレート剤」で銅をつかまえ、反応に関わりにくくする方法。もう一つは「抗酸化剤」で、連鎖反応を進める反応性の高い分子を捉える方法です。それぞれ単独の場合と、組み合わせた場合を比較しました。
人工皮脂を付けた布を、洗って乾かして測る
主な試験には、綿50%・ポリエステル50%の白い布を使いました。スクアレン、脂肪酸、植物油などを含む人工の皮脂汚れを一定量付け、35℃で4~7日置いてから洗濯しています。一回の洗濯には汚れを付けた布16枚を入れ、ほかの布と一緒に、市販の縦型またはドラム式洗濯機で洗いました。
水には米国シンシナティの水道水、またはその軟水化処理水を使い、硬度条件もそろえました。乾燥機で中温・45分乾燥した後、布から揮発する成分をGC-MSで分析しました。GC-MSは、混ざった成分を分離し、それぞれの量を調べる装置です。
においの指標にしたのは、皮脂の酸化で生まれる3種類の分子です。中心となる3-メチル-2-ブテナールなどの合計を比較しました。測定では布を容器に入れ、80℃で90分間置いてから気体を採取しています。数値は、この加温した分析条件で布から出た指標成分の濃度であり、室温の服の周りに漂う濃度そのものではありません。
実験は複数回の洗濯と、その中の複数試料を組み合わせて反復し、洗濯機の違いが偏りにならないよう処理を割り振りました。人が着た衣服を日常生活の中で追跡した試験や、嗅覚パネルによる評価は行っていません。
銅を加えると、指標成分が増えた
銅の添加量を変える実験では、指標成分の平均濃度は、銅を追加しない条件で62 nmol/Lでした。水1g当たり400ngの銅を加えると120 nmol/L、800ngでは162 nmol/Lに増えました。1200ngでは163 nmol/Lで、それ以上にはほとんど増えていませんでした。この比較は各条件12測定です。
つまり、この実験では銅を加えるほど指標成分が増え、ある程度で頭打ちになりました。「銅を追加しない」条件にも、水道水にもともと含まれる銅はあり得ます。銅が完全にゼロの水との比較ではありません。
銅をより少なく添加した別の実験でも、指標成分は増えました。そこへジエチレントリアミン(DETA)というキレート剤を洗剤に組み込むと、指標成分が減りました。DETAは、この研究で銅の働きを抑えるために検討された成分です。
ただし、同じ量のDETAでも銅が多い条件では低減率が小さくなりました。銅をつかまえる量に限りがあることが、一つの理由として考察されています。また、別のキレート剤を増やしても同じ結果にはならず、金属をつかまえる成分なら何でも同じように働くわけではないことも示されました。
抗酸化剤とキレート剤を組み合わせるとどうなるか
抗酸化剤も、種類によって結果が大きく違いました。同じ配合割合で7種類を比較した実験では、指標成分の低減率は5~95%に分かれています。水になじむか、油性の汚れに入りやすいかといった性質が働き方に関わる可能性を、著者らは議論しています。
その中から詳しく検討されたのが、論文でMtBHPPと略される抗酸化剤です。酸化の連鎖を抑える働きを持つフェノール系の化合物で、研究では布の油性汚れに作用させることを狙っています。
二つの成分の組み合わせを比較した実験では、次の結果になりました。各条件の測定数は18です。
- 追加のMtBHPPとDETAを含まない対照:143 nmol/L
- MtBHPPを0.037%含む処方:80 nmol/L、対照より44%低下
- MtBHPPを0.037%、DETAを0.05%含む処方:14 nmol/L、対照より90%低下
配合割合はいずれも洗剤中の重量割合です。この実験では、抗酸化剤だけの場合より、銅への対策も組み合わせた場合に指標成分が少なくなりました。別の比較でも、DETA単独による低減に加え、抗酸化剤との組み合わせによる低減が確認されています。
ここでの「90%低下」は、特定の3成分の合計が、その実験の対照より少なかったという意味です。「人が感じる臭さが90%弱くなった」「どんな服でも9割消臭できる」という読み方にはなりません。表の数値にはばらつきもあり、論文は平均値と標準偏差を示していますが、この比較について有意差検定の結果は示していません。
成分の見える化と、比較するときの注意点
研究チームは、分析装置のデータを色に変える表示方法も作りました。人工皮脂を付けた綿タオルを各処方で洗い、におい指標の多さを色で表すと、キレート剤と抗酸化剤を含む処方では低い値が示されました。これは化学分析の結果を見やすくする工夫で、人が嗅いだ印象を画像にしたものではありません。
実験を読むうえで重要なのが、水道水にもともと含まれる銅の扱いです。その濃度は日によって変わりますが、研究では各回・各洗濯機について測定していません。その代わり、一つの実験では同じ日に同じ水源で対照と処理条件を比較しています。
そのため、別の日の実験表にある濃度を直接並べ、「こちらの処方のほうが必ず優れる」とは判断できません。比較は、同じ実験の中の対照を基準にする必要があります。
今回の研究は、洗剤処方を設計するための人工汚れによる試験です。銅の量、布の素材、皮脂の状態、洗い方が異なる家庭での効果は、別途確かめる必要があります。また、家庭でキレート剤や抗酸化剤を洗剤に追加する使い方を検証したものではありません。
まとめ
人工皮脂を付けた布では、洗濯水に加えた銅によって、洗濯・乾燥後に測定されるにおい指標成分が増えました。一方、銅の働きを抑えるキレート剤と酸化の連鎖を抑える抗酸化剤を組み合わせた処方では、抗酸化剤だけの場合より、その成分が少なくなる比較結果が得られました。
服のにおいを考えるときには、菌の働きに加え、残った皮脂がどんな化学変化を起こすかも重要です。この研究は、においができてから対処するだけでなく、においの分子が生まれる反応そのものを抑えるという洗剤設計の可能性を示しています。
著者10人はいずれもP&G所属です。論文では利益相反はないと申告されています。独立した研究資金の説明欄は確認できませんでした。
参考文献
- Miracle, G. S. ほか(2020). Copper Chelants and Antioxidants in Laundry Detergent Formulations Reduce Formation of Malodor Molecules on Fabrics. Journal of Surfactants and Detergents, 23, 1125–1134. DOI・公開されている原著全文。


