パピエ ダルメニイ(Papier d’Arménie)|アルメニアの香りをフランスの紙に変えた歴史とものづくり

パピエダルメニイのTradition冊子を配したブランド記事用生成イメージ。

グループ企業や投資ファンドの中で薄れてしまうに任せるのではなく、この歴史を続けること。

アルノー・シュヴァルツ

「パピエ ダルメニイ(Papier d’Arménie)」という名前を聞くと、アルメニアで作られた香りの製品を思い浮かべるかもしれない。しかし、その小さな紙の冊子が生まれ、現在まで製造されているのはフランスである。

物語の始まりは1885年。フランス人のオーギュスト・ポンソがアルメニアで出会った、樹脂を焚いて家を香らせる習慣にさかのぼる。彼が持ち帰った着想を、薬剤師アンリ・リヴィエが紙に香りを染み込ませる方法へと発展させた。こうして1888年、香りを含んだ紙を小冊子にまとめた「パピエ ダルメニイ」が誕生した。

基本情報

  • ブランド名:Papier d’Arménie(パピエ ダルメニイ)
  • 創業:1885年(香り付き冊子の成立は1888年)
  • 創業に関わった人物:Auguste Ponsot(オーギュスト・ポンソ)、Henri Rivier(アンリ・リヴィエ)
  • 発祥国:フランス
  • 製造拠点:フランス・モンルージュ
  • 現経営者:Arnaud Schvartz(アルノー・シュヴァルツ)
  • 公式サイト:Papier d’Arménie

創設者とブランドの成り立ち

1885年、オーギュスト・ポンソがアルメニアで出会った香り

19世紀後半、オーギュスト・ポンソはアルメニアを旅し、現地の人々が香りのある樹脂を焚いて室内を香らせる習慣に出会った。その樹脂が、のちにパピエ ダルメニイの中心的な原料となるベンゾインである。

ベンゾインは、樹木から得られる芳香性の樹脂である。甘さやバルサムを思わせる温かみのある香りを持ち、香料としても長く利用されてきた。当時、樹脂を燃やすことには室内の空気を清めるという考え方も結びついていた。ポンソが関心を持ったのも、そうした香りの習慣であった。

薬剤師アンリ・リヴィエと、香りを染み込ませる紙の発明

ポンソとともに製品開発を進めたのが、薬剤師アンリ・リヴィエである。

リヴィエは、ベンゾインを90度のアルコールに溶かすことで、樹脂の香りを持続的に感じられる液体を得られることに着目した。そこに香料を加え、より複雑な香りを持つ混合液を作った。

しかし、液体のままではアルメニアで見た習慣を手軽に再現できない。そこで二人が選んだのが、液体をよく吸収する吸取紙、すなわちブロッティングペーパーであった。

紙は香料を含ませることができ、細長く切り分ければ少量ずつ使用できる。さらに、適切に加工された紙は、火をつけた後に炎を消すと、ゆっくりとくすぶりながら香りを放つ。

1888年の冊子誕生と、1889年パリ万国博覧会

薄い紙を切り離して使用できる小冊子は、樹脂の塊や香料を入れた容器とは異なる。必要な分だけ紙を取り出せるうえ、冊子として保管しやすい。香りの原料だけでなく、扱いやすい形まで含めて一つの製品にしたところに、ポンソとリヴィエの発明があった。

翌1889年にはパリ万国博覧会で金賞を獲得した。この年はエッフェル塔が完成した年でもある。産業技術や新しい製品が各国から集まる博覧会で評価されたことは、誕生して間もないパピエ ダルメニイにとって重要な出来事だった。

モンルージュに根づいた製造と家族経営

パピエ ダルメニイの製造は、パリの南に隣接するモンルージュで続けられてきた。現在もこの街に工場があり、香り付きの紙を作る工程が守られている。

ブランドのもう一つの特徴は、共同開発者アンリ・リヴィエの家系によって経営が継承されてきたことである。

アンリ・リヴィエの曾孫であるミレイユ・シュヴァルツが経営を引き継いだのは、1990年代初頭であった。

ミレイユは、伝統製品を受け継ぐ立場でありながら、事業の停滞という課題にも向き合うことになった。彼女が経営を引き継いだ当時、生産規模は年間約25万冊にとどまっていたという。

ミレイユは販売活動を強化し、広告会社との協働やインターネットを通じた販売など、時代に合わせた方法を取り入れた。その結果、2016年には年間生産が200万冊を超える規模に拡大していた。

伝統的な製法を維持する一方で、製品を届ける仕組みは更新していく。その姿勢は、ミレイユ自身の言葉にも表れている。

私たちは、長い歴史を持ち、今も家族で営む企業です。

ミレイユ・シュヴァルツ

2010年代には、フランスの伝統的な技術を持つ企業を対象とした「Entreprise du Patrimoine Vivant(EPV、無形の技術的遺産を継承する企業を認定する制度)」の認定も受けた。紙への含浸や乾燥、選別といった工程は、ブランドを特徴づける製造技術として位置づけられている。

2025年、5代目アルノー・シュヴァルツへの継承

2025年9月、ミレイユ・シュヴァルツから息子のアルノー・シュヴァルツへ経営が引き継がれた。アルノーはアンリ・リヴィエの家系に連なる5代目である。

そのなかでアルノーが掲げているのは、会社の歴史を大きな企業グループの一部として埋没させるのではなく、独立した家族企業の物語として続けていくことである。ブランドの継承と更新は、現在のパピエ ダルメニイにとって切り離せない課題となっている。

ブランドのこだわり

ベンゾインを香りの中心に据えた紙づくり

ベンゾインは、樹木から採れる芳香性の樹脂を指す。甘く温かみのある香りを特徴とし、香水でもバルサム調やアンバー調の表現に用いられる。

パピエ ダルメニイでは、この樹脂を香り付きの紙の基礎として用いている。現在の公式情報では、ラオス産のベンゾインが原料として紹介されている。ブランド名はアルメニアでの着想に由来するが、香料の原料がすべてアルメニアから調達されているわけではない。

製造の最初の段階では、ベンゾイン樹脂をアルコールに溶かし、時間をかけて香りを抽出する。その後、香料を加えて紙へ染み込ませるための液体を調製する。具体的な配合はブランドの製造上の秘密として守られている。

含浸・乾燥・圧搾を重ねる約6か月の製造工程

小さな冊子の完成までには、およそ6か月を要する。公式資料では、製造に少なくとも12の工程があると説明されている。

まず、ベンゾインを使った香料液を時間をかけて準備する。紙は異なる液体を用いた含浸工程を経て、香りと燃焼に必要な性質を与えられる。その後、乾燥と圧搾を行い、紙の状態を整える。

紙は液体を吸収する一方、湿り方や乾燥の進み方によって形状が変わる素材でもある。そのため、香りを十分に含ませることと、冊子として扱える紙の状態を保つことを両立させなければならない。

アルノーは、工程を急がせることの難しさを次のように表現している。

急ぎすぎると、紙はすぐにそれを知らせます。バランスを失い、ゆがみ、破れてしまうのです。

アルノー・シュヴァルツ

乾燥後の紙は人の手で選別され、適切な大きさに裁断される。さらに冊子の形に組み立てられ、包装される。

紙をゆっくりくすぶらせる仕組み

パピエ ダルメニイの香り付き冊子は、紙片の一部に火をつけ、炎を消した後、ゆっくりとくすぶらせることで香りを広げる仕組みである。

使用時は紙片を一つだけ切り離して蛇腹に折り、耐熱性のある器の上で火をつけ、炎を消してくすぶらせる。公式の案内に従い、換気を行い、燃焼中はそばを離れない。

2006年、フランシス・クルジャンと生まれた「Arménie」

長く「Tradition(トラディション)」の香りを中心としてきたパピエ ダルメニイに、新しい創作の機会が訪れたのは2006年である。

フランスで行われたアルメニアに関する文化交流の機会を背景に、ミレイユ・シュヴァルツは調香師フランシス・クルジャン(Francis Kurkdjian)との協働を始めた。

2006年に生まれた「Arménie(アルメニ)」は、当初は限定的な企画として構想された。その後、継続的に扱われる香りとなり、ブランドの定番の一つに加わった。

「Arménie」ではアンバーやバニラを思わせる香りに、ミルラとセイロンシナモンの葉から得られる精油が組み合わされている。

2009年、「Rose」による新しい香りの展開

クルジャンとの協働は「Arménie」で終わらなかった。2009年には「Rose(ローズ)」が加わった。

この作品ではバラを中心に、フルーティーな要素やスパイス、バニラ、蜂蜜を思わせるニュアンスが組み合わされている。

「Tradition」がベンゾインを中心とするブランドの原型を示し、「Arménie」がアンバーやスパイスの方向へ発展した作品であるのに対し、「Rose」は花の香りを紙の媒体へ取り込んだ展開といえる。

その後、ブランドは香り付きキャンドルなどにも表現を広げている。しかし、香りの創作を理解するうえで中心となるのは、紙の冊子から出発したという事実である。クルジャンとの仕事は、その伝統的な形式が新たな香りを受け入れられることを示した。

製法を受け継ぎながら、香りの表現を変えていく

ポンソとリヴィエはアルメニアで見た習慣をフランスの紙製品へと変換した。ミレイユは伝統的な製品を維持しながら事業の販路と発信方法を更新し、クルジャンとの協働によって香りそのものの幅を広げた。そしてアルノーは、2025年からその経営と製造の継続を担っている。

参考文献