ヴァルール・アブソリュ(Valeur Absolue) ― 「香水以上のもの」を追い求めた、スイス発ニッチラグジュアリーフレグランスの物語

ヴァルール・アブソリュの世界観と代表製品「HARMONIE Eau de Parfum 100ml」を表現したブランドイメージ ブランド創業者

「私が望むのは、すべての女性の顔に笑顔をもたらすこと。」

— ベネディクト・フカール(Bénédicte Foucart)、ヴァルール・アブソリュ創設者

基本情報

設立年: 2012年(一部情報源では2013年とも記載。下記注記参照)

創設者: ベネディクト・フカール(Bénédicte Foucart)

公式サイト: https://www.valeurabsolue.com(グローバル)/ https://www.valeurabsolue.co.uk(UK)

日本公式: https://latelierdesparfums.jp(ブルーベル・ジャパン「ラトリエ デ パルファム」)

⚠️ 設立年について: アイエムディー(IMD/国際経営開発研究所)のケーススタディは「2012年から2022年のブランドの発展」と記述しているが、日本のピーアール・タイムズ(PR TIMES)掲載プレスリリースやその他日本語メディアは「2013年に創業」と記載している。公開されている情報に揺れがあるため、確定できる範囲で記載した。

創設者・ブランドの成り立ち

15年のキャリアが蓄えたもの

ベネディクト・フカールのキャリアは、世界的なラグジュアリービューティー企業での約15年間の実務から始まった。まず、エリザベス・アーデン(Elizabeth Arden)でインターナショナル・バイス・プレジデントを務め、数多くのフレグランスローンチに深く携わった。続いて、世界有数の香料メーカーであるフィルメニッヒ(Firmenich)でグローバルマーケティングのヘッドとして活躍した。

この経歴が示すのは、ひとりの女性が「作る側」と「売る側」の両方を知り尽くした、稀有なバックグラウンドを持つ起業家であるという事実だ。大手企業の内側から、フレグランス業界の構造と消費者心理を同時に観察してきたフカールにとって、その経験はやがて大きな「問い」を生むことになる。

1万人の女性との対話が生んだ問い

ターニングポイントは、フィルメニッヒ在職中に関わった大規模な消費者調査だった。米国とヨーロッパで合計1万人の女性を対象に行われたこのリサーチは、フレグランス市場に対する女性の不満が確実に高まっていることを明らかにした。

フカールは後のインタビューでその内容を次のように語っている。

「私が大手香水メーカーに在籍していたとき、大規模な消費者調査を実施し、世界中の多くの女性と話をしました。その結果、ますます多くの女性がフレグランス市場の提案に失望していることがわかりました。多くの香水を『表面的すぎる』『品質の高い原材料が欠けている』『21世紀の価値観と合っていない』と感じており、香水店に入ると圧倒されてしまうとも言っていました。」

当時の市場は、年間約600種もの新作が発売されるにもかかわらず、世界中で最も売れているのはエリザベス・アーデンの「レッド・ドア」やシャネルの「ノー5」といった古典的フレグランスのままだった。フカールは、香水業界が「ボトルの中身(香り)」よりも「ボトルの外側(イメージ作り)」に投資を傾け過ぎていると指摘する。その言葉には、業界へのリスペクトと、鋭い批評眼が同居している。

スイスのボン・ジェニーから始まった旅

ブランド立ち上げにあたり、フカールはまず本拠地スイスのジュネーブを選んだ。最初の販売先として選ばれたのは、ジュネーブやローザンヌに店舗を持つ高級百貨店「ボン・ジェニー(Bon Génie)」のローザンヌ店だった。

「スイスはクオリティを重視する市場です。私にとって、このテスト市場がヴァルール・アブソリュのポジショニングを確立するための場となりました」とフカールは語っている。クラフツマンシップと品質への厳しい目を持つスイスの消費者に支持されることが、世界展開への信頼の礎になると考えてのことだった。

ブランドは順調に展開先を広げ、やがてニュージーランド、そして2021年には日本市場にも上陸する。2021年10月13日、ブルーベル・ジャパンの手によってルミネや渋谷ヒカリエなどの主要店舗で取り扱いが開始された。

困難もあった10年の歩み

スイスの国際経営開発研究所(IMD)がヴァルール・アブソリュを取り上げたケーススタディ(著作権年2023年、公式掲載2024年1月)は、ブランドの発展をビジネス視点から描いている。2022年時点では「野心的な事業計画と持続可能なROI(投資収益率)が未達成な状態」が続いており、東アジアの大手ディストリビューターからの大口受注がかえって財務的な負担になりかねない状況に直面していたとも記されている。「粘り強さが頑固さに変わっていないか」を問いながらも前進し続けるフカールの姿は、ニッチブランドが世界展開する険しさを正直に物語っている。

ブランドのこだわり

「プリュ・ク・パルファム(Plus que Parfum)」の哲学

ヴァルール・アブソリュが掲げる最も根本的なコンセプトは、「プリュ・ク・パルファム(Plus que Parfum=香水以上のもの)」だ。このブランドの香水は、美しい香りであることを大前提としながら、それ以上の三つのアプローチを融合している。科学的研究の分野と、伝統的・ホリスティックな思想の両方を着想源とする考え方だ。

  • アロマコロジー(Aromachology):天然香料が人間の心理・気分に与える影響を研究する学問
  • リトセラピー(Lithotherapy):鉱石・半貴石のエネルギーに意味を見いだす伝統的なホリスティックケアの手法
  • ニューロコスメティクス(Neurocosmetics):神経系と皮膚の相互作用を利用した科学的アプローチ

イモーテルフラワーエキスという「秘薬」

ブランドがフレグランスの共通成分として紹介しているのが「アレオマット・ペルペトゥア™(Areaumat Perpetua™)」、すなわちイモーテルフラワー(ヘリクリーズ、別名「エバーラスティング」)の天然エキスだ。このエキスについて、原料メーカーは皮膚の細胞からのベータ・エンドルフィンの放出を促進すると説明している。

ベータ・エンドルフィンは、鍼灸治療、マッサージ、あるいは日光浴の際に体内で分泌される「幸福感のホルモン」として知られる物質だ。「香水をつけるたびに、幸福感に包まれたセンサリー・バブルの中に入る」というブランドの約束は、科学的根拠に基づいているとフカールは主張する。ブランド側の説明では、原料の試験でアレオマット・ペルペトゥアの局所適用が唾液中のコルチゾール(ストレスホルモン)濃度を低下させたともされる。ただし、原料に関する試験やブランドの説明は、この香水そのもののストレス軽減・気分改善効果を医学的に実証したものとは区別する必要がある。

ジェムストーン:「見えないものを見えるようにする」

ヴァルール・アブソリュのボトルを一目見た人が最初に驚くのは、透明なガラスボトルの底にきらめく半貴石だろう。フカールはこのデザインの意図をこう語っている。

「非常に忙しい市場の中で、女性が手にとった瞬間に『これは他とは違う、ボトルの中には香りだけでなく、もっと多くのものが詰まっている』と数秒で伝えなければなりませんでした。目に見えない成分の個性を、目に見える形で表現しながら、同時に希少で唯一無二のデザインにする必要がありました。」

石の選定はリトセラピーの文脈から行われており、たとえばハーモニーには穏やかさを象徴するアメシスト、センシュアリテには愛と女性性を象徴するマザーオブパールが選ばれた。

ブランドは石の役割を、リトセラピーで用いられる三つの考え方によって説明している。「クロモセラピー(色の波動が感情に影響を与える)」「オリゴセラピー(石が皮膚に接触して微量元素・ミネラルを放出する)」「エネルギー的作用(石の結晶構造が人体のエネルギーと共鳴する)」だ。これらはブランドが採用する思想・象徴的な意味づけであり、香水中の石による治療効果や健康効果が科学的に実証されたという意味ではない。

グラース産・ハンドメイドの製造へのこだわり

全製品は、南フランス・グラース(Grasse)にて手作業で仕上げられている。グラースは世界の香水製造の聖地とも呼ばれる地だ。使用する原材料は、カラブリア産ベルガモット、ローズ・ドゥ・メイのアブソリュート、ジャスミン、トンカビーン、オーストラリア産サンダルウッドオイル、ベチバーなど厳選された天然原料が中心で、原産地まで追跡可能なサプライチェーン管理を行っている。

「クリーン」と「責任あるラグジュアリー」

ヴァルール・アブソリュは、全製品において多環式ムスク(PCM)、CMR物質(発がん性・変異原性・生殖毒性物質)、フタル酸エステル、重金属、着色剤を一切使用しない「クリーンフレグランス」を標榜している。ヴィーガン・クルエルティフリーも徹底されている。パッケージには完全リサイクル可能なコンポーネントを採用し、カーボンフットプリントの低減にも取り組む。

パッケージデザイン:カーザ・レックス(Casa Rex)との出会い

ブランドのロゴ・ビジュアルアイデンティティのデザインを手がけたのは、ブラジルのデザイナー、グスタボ・ピケイラが率いるサンパウロ&ロンドン拠点のデザイン事務所「カーザ・レックス(Casa Rex)」だ。ピケイラはブラジルを代表する気鋭のグラフィックデザイナーとして知られている。カーザ・レックスによるヴァルール・アブソリュのビジュアルアイデンティティは、インターナショナル・デザイン・アワーズ(IDA)のロゴ・商標・シンボル部門でシルバー・アワードを受賞している。

キャンドルボトルは、ニューヨークのアーティスト、アル・ユージーン・ナチロ(Al Eugene Naciro)がデザインを担当した。

香水ラインナップ

レ・クラシック コレクション(Les Classiques)

ヴァルール・アブソリュの基幹コレクション。7種の香りがラインナップされ、それぞれがひとつの「感情・心の状態」をテーマとし、対応するジェムストーンと組み合わせた構成になっている。フランスの調香師たちによって創作され、全てグラースで製造される。

コレクション当初は3種(ハーモニー、ジョワ・エクラ、センシュアリテ)でスタートし、段階的に7種まで拡張されたと思われる。

香水名テーマフレグランスファミリージェムストーン
ハーモニー(Harmonie)調和・安らぎフローラル・ムスク・ウッディアメシスト
ジョワ・エクラ(Joie-Éclat)喜び・輝きフローラル・シトラス・ウッディシトリン
センシュアリテ(Sensualité)官能・女性らしさフローラル・ウッディ・アンバーマザーオブパール
ヴィタリテ(Vitalité)活力・ポジティブシトラス・フルーティ・シプレペリドット
セレニチュード(Sérénitude)平静・安定フローラル・ウッディ・スパイシーアマゾナイト
コンフィアンス(Confiance)自信・積極性オリエンタル・ウッディ・フルーティカーネリアン
ルージュ・パッション(Rouge Passion)情熱・セクシュアリティフローラル・オリエンタルガーネット

ラインナップはオードパルファム(14mL・50mL・100mL)の他、ドライボディオイル(全6種)、パフューム キャンドル(全7種)も展開する。

レ・エッセンシェル コレクション(Les Essentielles)

2018年にリリースされたセカンドコレクション。エコサート/コスモス(ECOCERT/Cosmos)オーガニック認証を取得した、100%ナチュラル・ヴィーガンの処方が特徴だ。ガラスボトルはリフィル対応で、サステナビリティへのコミットメントをより高めたラインとして位置づけられる。

ラインナップはハーモニー・エッセンシェル(アメシスト)、ジョワ・エクラ・エッセンシェル(シトリン)、センシュアリテ・エッセンシェル(ローズクォーツ)の3種。レ・クラシック コレクションとはジェムストーンも微妙に異なり、センシュアリテにはマザーオブパールではなくローズクォーツが選ばれている点が興味深い。

オンブル&ルミエール コレクション(O&L Collection)

ブランドの公式サイト(フランス語版)には、現在「オンブル・エ・ルミエール(Ombre et Lumière=影と光)コレクション」が展開されていることが確認できる。「私たちの中に宿る二元性、私たちの人間性を定義するものを讃える」という文言が記されており、レ・クラシックやレ・エッセンシェルとは異なる方向性を示唆している。ただし、このコレクションの詳細(収録フレグランス数、ジェムストーンの有無など)については、現時点で詳しい英語・日本語の公開情報が見当たらなかった。

ちなみに…

ヴァルール・アブソリュのボトルデザインには、ちょっとしたサプライズが隠されている。パフューム・キャンドルシリーズは、燃え尽きた後もガラス製の広口瓶として再利用できる設計になっているが、キャンドルの底部にはジェムストーンが沈んでいることがある。「ガラスジャーの底にある宝物を見つけた人に、幸運が訪れるような気分をもたらす粋な演出」とフカールは語っている。

また、ブランド名「Valeur Absolue(ヴァルール・アブソリュ)」はフランス語で「絶対的な価値」を意味する。ブランドのスローガン「ビー・ジ・アブソリュート・ユー(Be the Absolute You=絶対的なあなたでいること)」は、外見や立場ではなく、自分自身の内側にある絶対的な価値を香りを通じて表現するという哲学を端的に表している。

参考文献