花は、遺伝子を残したまま香りを失う?

花は、遺伝子を残したまま香りを失う? 香りの科学

花の香りは、いつでも強いほうが有利とは限りません。花粉を運んでくれる相手が変わると、香りの役割も変わるかもしれません。では、香りが弱くなる進化は、どうやって起こるのでしょうか。

Kathy Darraghらが2025年に発表した研究は、熱帯に育つコスタス属の植物を調べました。この仲間では、祖先がハチに花粉を運んでもらう状態から、ハチドリに頼る状態への変化が、別々の系統で繰り返し起きています。研究者は、そのたびに花の香りも同じように変わったのか、さらに遺伝子の側で何が起きているのかを探りました。

30種の花から、空気中へ出る香りを集める

研究では、野外と温室で育つコスタス属30種から、合計100試料を採取しました。生きた植物の花を袋で囲み、午前9時ごろから午後3時ごろまで、6時間にわたって流れる空気から香り成分を集めています。花の周りの空気も採取し、背景にもともとある成分を区別しました。

成分の分析には、混ざった物質を分けて調べるGC–MSという装置を使いました。植物の系統関係も合わせ、ハチドリに花粉を運んでもらうようになった八つの独立した変化を含めて比較しています。

さらに、近縁の3種について、花でどの遺伝子がどれほど読み出されているかをRNAから調べました。遺伝子が存在するかどうかは、それとは別に4種のゲノムで比較しました。30種すべての遺伝子を同じ深さで調べたわけではありません。

ハチドリが運ぶ花では、香りが少ない傾向

ハチが花粉を運ぶ花では、検出された香り成分が平均約9種類だったのに対し、ハチドリが運ぶ花では平均約2種類でした。成分の化学的な多様さや、放出量を表す機器の測定指標も、ハチが運ぶ花のほうが高くなりました。

主な成分はテルペン類です。ハチドリの花だけに特有の成分へ置き換わるというより、ハチの花にもある成分の一部が、少量出ているという傾向でした。背景の空気の成分を除くと、花由来の香りを検出できない試料もありました。

ただし、ハチドリが運ぶ花がすべて無臭だったわけではなく、ハチが運ぶ花にも、香りの少ない種がありました。「検出できない」は、この採取時間と分析条件での結果で、成分が一分子も出ていないという意味ではありません。

種同士の近縁関係を考慮しても、香りの量や多様さの違いは残りました。祖先の状態を推定する解析では、ハチドリ媒への変化に伴って香りが減る一方、一部のハチ媒の系統では、祖先よりも香りが豊かになったと考えられました。

遺伝子の消失より、花での働き方が違う

研究者が注目したのは、テルペン類を作る酵素の遺伝子です。3種の花を比べると、香り成分の多いハチ媒の種では、この遺伝子群が盛んに読み出されていました。香りの少ないハチドリ媒の種では、読み出しがごく弱くなっていました。

では、香りの少ない花では、遺伝子そのものがなくなったのでしょうか。4種のゲノムを比べると、ハチドリ媒の2種だけで、この遺伝子群が特に多く失われたという傾向は見つかりませんでした。

この組み合わせから、著者らは、香りの低下には遺伝子を失うことより、花で遺伝子を使う程度を下げることが関わると考えています。対照的に、香りがとても豊かなハチ媒の1種では、遺伝子の重複と高い読み出しが見られ、香りの多様化と結びついていました。

もっとも、発現を変える具体的なDNAの違いを特定したり、遺伝子を操作して香りが戻ることを確かめたりした研究ではありません。花のRNAの採取時刻も一つなので、それより早い時間に起きる働きを見逃している可能性があります。

香らないことにも、意味があるのかもしれない

香りが減る理由として、著者らが有力と考えるのは、ハチを引き寄せにくくすることです。ハチドリに花粉を運んでもらうようになった花では、以前の相手を呼び続けることが、必ずしも有利ではないのかもしれません。

比較的最近ハチドリ媒へ変わった系統でも香りが少なく、同じ傾向が繰り返されていました。著者らは、単に香りが不要になってゆっくり衰えるだけでなく、香りを減らすことに有利な選択が働いた可能性を指摘しています。

ただし、香りを変えてハチの訪問や花粉の運搬効率を直接比べたわけではありません。今回のコスタスを訪れるハチとハチドリのどちらが、どの条件でより有効に花粉を運ぶかも、まだ十分に分かっていません。「ハチを呼びにくくするため」という説明は、検証を待つ仮説です。

遺伝子が残る理由についても、著者らは二つの可能性を挙げています。発現が下がってから遺伝子が壊れるまでには時間がかかるのかもしれません。あるいは、テルペン類は植物の防御などにも関わるため、花での役割が小さくなっても、他の場所では遺伝子が必要なのかもしれません。

まとめ

コスタスの花では、花粉を運ぶ相手がハチからハチドリへ変わる進化とともに、香りの減少が繰り返し起きたと考えられました。詳しく調べた種の比較は、その変化が、香りを作る遺伝子を失うことだけでなく、花での使い方を変えることで生じうると示しています。

同じ「香りが少ない花」へ進化しても、そこへ至る遺伝的な道筋まで同じとは限りません。著者らは今後、遺伝子の働きを調整する仕組みを、独立した系統間で比べることを課題にしています。花の香りは、増える方向だけでなく、呼ぶ相手に応じて弱まる方向にも変わってきたのです。

参考文献

Darragh, K., Kay, K. M., & Ramírez, S. R. (2025). The Convergent Evolution of Hummingbird Pollination Results in Repeated Floral Scent Loss Through Gene Downregulation. Molecular Biology and Evolution, 42(2), msaf027. DOI: 10.1093/molbev/msaf027(原著全文)。

研究は米国国立科学財団とJean H. Langenheimの植物生態・進化学講座の支援を受けています。著者らは利益相反なしと申告しています。原著:© The Author(s) 2025、Oxford University Press刊、CC BY-NC 4.0。